50代で初めて「生き延びた」と思えた日のこと
50歳の朝
50歳になった朝、目が覚めて、天井を見た。
いつもと同じ天井。いつもと同じ6畳一間。いつもと同じ目覚まし時計の音。何も変わらない朝。だが暦上は、今日から50代だ。
布団の中で、しばらくぼんやりしていた。50歳。半世紀。人生の折り返し地点はとっくに過ぎている。折り返しどころか、残りの直線コースに入っている。
そのとき、ふと思った。「生き延びた」と。
生き延びた。この言葉が、自然に浮かんだ。50歳まで生き延びた。就職氷河期を生き延びた。100社の不採用を生き延びた。非正規の20年間を生き延びた。貯金のない日々を生き延びた。友達がいなくなる孤独を生き延びた。「もう若くない」と言われ続ける年月を生き延びた。
「生き延びた」という表現は、大げさに聞こえるかもしれない。命の危険にさらされたわけではない。戦争を生き延びたわけでもない。災害を生き延びたわけでもない。ただ、日常を生きてきただけだ。
だが「ただ日常を生きること」が、どれだけのエネルギーを必要としたか。そのエネルギーの総量を考えると、「生き延びた」は大げさではない。毎日、出勤し、仕事をし、帰宅し、食事を作り、眠れない夜を過ごし、翌朝また起きる。この繰り返しを、28年間続けてきた。28年間×365日=約10000日。1万日の日常を、生き延びた。
「生き延びた」と思えなかった時期
50歳でこう思えたのは、それまでの年齢では思えなかったからだ。
25歳のときは「生き延びた」とは思わなかった。まだ人生の序盤で、これからが本番だと思っていた。まだ何者にもなっていなくて、これから何者かになるのだと。
30歳のときも思わなかった。「生き延びた」ではなく「まだ何とかなる」と思っていた。30歳はまだ挽回可能な年齢だと。
35歳。「何とかなる」が怪しくなってきた。だが「生き延びた」とは思わなかった。まだ「勝負の途中」だと思っていた。
40歳。勝負の結果が見えてきた。見えてきた結果は芳しくなかった。だが「生き延びた」とは思わなかった。40歳は「まだ中年」であり、「生き延びた」と言うには若すぎる気がした。
45歳。このエッセイシリーズを書き始めた年齢だ。45歳の時点では「生き延びている最中」であり、まだ完了形では語れなかった。
50歳。初めて完了形で語れた。「生き延びた」。過去形。やり遂げた感覚。達成感とまでは言わないが、「ここまで来た」という実感。この実感が、50歳の朝に、布団の中で、初めて湧いた。
何を「生き延びた」のか
具体的に何を生き延びたのか。リストにしてみる。
就職氷河期。2001年の卒業。求人倍率が最低に近かった時代。100社以上の不採用。この逆風を生き延びた。
非正規雇用の不安定さ。契約更新のたびの不安。何度かの契約切り。失業期間。再就職。この繰り返しを生き延びた。
経済的な困窮。手取り16万円の生活。貯金がほぼない生活。半額シールと発泡酒の生活。この窮屈さを生き延びた。
社会的な孤立。友達の消失。独身の継続。「いい歳して」の圧力。この孤立を生き延びた。
精神的な消耗。自己責任論の重圧。「もう若くない」の呪文。「気の持ちよう」の無理解。この消耗を生き延びた。
健康の不安。歯の放置。検診の先送り。慢性的な疲労。この不安を生き延びた。
老後の恐怖。年金の見込額。貯蓄の不足。孤独死のリスク。この恐怖を生き延びた。
これらすべてを抱えながら、50年間、生き延びた。一つ一つは致命的ではないかもしれない。だが全部を同時に、30年近くにわたって抱え続けることは、相当なエネルギーを必要とする。そのエネルギーを、枯渇させずにここまで来た。
「生き延びた」の先にあるもの
50歳で「生き延びた」と思えたことは、良いことなのか。
良い面。自分を肯定できた。50年間の人生を、「なんとかやってきた」と肯定できた。否定し続けてきた自分の人生に、初めて「まあ、よくやったんじゃないか」と言えた。この肯定は、小さいが確かな力を持っている。
怖い面。「生き延びた」ということは、「次の目標がない」ということでもある。生き延びることが目標だった人生で、生き延びてしまった。生き延びた先に、何があるのか。次の20年、30年を、何を目標に生きるのか。
「生き延びる」は、消極的な目標だ。「死なない」と同義。死なないことを目標にしてきた人生は、死ななかった時点で目標を達成してしまう。達成してしまったら、次は何を目指すのか。
答えは出ていない。出ていないが、「答えが出ていなくても大丈夫」と思えるようになった。20代、30代の頃は、「答えがなければ不安」だった。50代の今は、「答えがなくても、とりあえず明日もご飯を食べる」と思える。答えを探す焦りが消えた。消えたことが、50代の成果かもしれない。
生き延びた先にあるもの。それはたぶん「日常」だ。特別なことは何もない日常。朝起きて、仕事に行って、帰って、ご飯を食べて、寝る。この日常が、50歳以降も続く。続くことの中に、ささやかな幸せがある。ささやかすぎて見逃しそうだが、見逃さないようにしたい。半額の惣菜がおいしい夜。散歩中の風が気持ちいい瞬間。発泡酒の最初の一口。
生き延びた。だからこそ、これらの瞬間を味わえる。死んでいたら味わえない。生きているから味わえる。生きていることの報酬は、生きていること自体だ。循環論法のようだが、50歳になって、この循環が腑に落ちた。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。「生き延びた」と感じたことがある人は、きっと少なくないはずです。

