数えてみたら17回だった。
一人で年を越した回数。正確には「パートナーと一緒ではない年越し」の回数だ。実家に帰った年もある・友人と過ごした年もある(数回)・完全に一人だった年もある。でも「パートナーと二人で年を越す」という経験を、私は成人してから一度もしていない。
この事実を、悲しいと思うか否か。「少し」と「時々」という副詞がつく程度には、思う。でも「とても」ではない。この塩梅について、17回分の大晦日を振り返りながら書いてみる。
最初の一人年越し:全然気にしていなかった
最初の一人年越しは20代前半だった。就職活動が続いていて、年末年始も「来年こそは」という言葉を自分に向けながら過ごした年だ。
その頃の一人の年越しは、特に寂しいという意識がなかった。周りの友人も似たような状況の人が多く、「誰かと年越しをするのが当然」という感覚がまだ薄かった。大晦日はNHKを見て、年が変わったら寝る。それだけだった。
思い出してみると、最初の一人年越しは「一人の年越し」という意識がなく、ただ「年末」という日のひとつだった。あれが17回続くとは、その時は思っていなかった。
30代の年越し:「また一人か」が始まった頃
30代に入ったあたりから、年越しに「また一人か」という意識が入り込んできた。
周囲の友人が結婚し始め・子どもができ始めた時期と重なる。年賀状に家族写真が増えていった。SNSに「家族で初詣」「旦那と年越しそば」という投稿が流れてくるようになった。
大晦日の夜、テレビをつけると「家族で見ているであろう番組」の空気が漂っている。年越しそばを一人で作って食べる。「この行為を誰かと一緒にやっていたらどんな感じだろう」という想像が、30代から入り込んできた。
特に辛かったのは31日の夜より、元旦の朝だった。目が覚めると静かで、誰もいない。「おめでとう」を言う相手がいない状態の元旦は、大晦日より「一人であること」を意識させた。
40代の年越し:戦略的に一人を楽しもうとした
40代になると、私は「一人の年越しを攻略しよう」という方向に舵を切った。
具体的には、大晦日に「自分だけのための贅沢」を設定するようにした。年に一度だけ買うような高価な食材を用意する・好きな映画やドラマを一気見するための環境を整える・来年やりたいことを丁寧に書き出す——これらを「大晦日の儀式」にした。
この戦略は、部分的には機能した。「年越しをただ受動的に過ごす」より「年越しという時間を積極的に使う」方が、翌日の元旦の気分が良かった。「一人だから何もできない」から「一人だからこそできること」へのフレームの変換だった。
でも完全に機能したわけでもなかった。用意した食材を一人で食べていると、「これを誰かと食べたら」という想像が出てくることは止められなかった。準備した美味しいものは一人より二人で食べる方が美味しいと思う。これは感傷ではなく、食事という行為の本質だと思っている。
「おめでとう」を誰かに言いたくて LINEを送りまくった年
ある年の元旦、私は連絡先に登録されている全員に「明けましておめでとうございます」のメッセージを送った。
送った直後に気づいた。これは「おめでとう」を言いたいのではなく「おめでとう」と返してもらいたかっただけだ、と。もっと正確に言えば、「誰かと繋がっていること」を確認したかった。年越しという区切りの時間に、自分の存在を誰かに認識されたかった。
これは悪いことではない。でも「全員に一斉送信」という手段は、少し寂しい方法だったかもしれない。本当に繋がりたい人に、一人ずつ、その人に向けた言葉で連絡する方が、同じ「繋がりの確認」でも質が違う。
翌年からは、元旦のメッセージを送る相手を「本当に今年も繋がっていたい人」に絞るようにした。5人以下になった。でもその5人からの返信は、前の年の全員への一斉送信より、確かに届いた感があった。
一人の年越しが教えてくれたこと
17回の一人年越しを振り返ると、年越しという時間が「自分と向き合う時間」として機能していたことに気づく。
誰かといる年越しは「外向きの行事」として機能する。一緒に笑う・一緒に食べる・一緒にカウントダウンする。でも一人の年越しは否応なく「内向きの時間」になる。今年は何があったか・来年は何をしたいか・この1年で何が変わったか——誰かと話しながら考えるのではなく、自分の中で考える。
就職氷河期世代として、年末に「今年も状況は変わらなかった」という感覚を抱えた年越しが何回もあった。変わらなかった年収・変わらなかった雇用形態・変わらなかった人間関係の薄さ。これらを一人の静かな部屋で確認することは、決して楽しいことではなかった。
でも同時に、「変わらなかった」という確認と向き合うことで、「来年は変えよう」という意思が固まることもあった。誰かと騒ぐ年越しでは流してしまうような「現状直視」を、一人の年越しはしてしまう。それは不都合で・時に辛く・でも必要なことだったと思う。
18回目の年越しに向けて
17回の一人年越しを経た今、私は「18回目はどうなるか」を確定的に予測していない。
婚活を続けていることは事実だ。でも「今年こそパートナーと年越しを」という目標を年末に向けて設定することは、もうしていない。設定して叶わなかった年が複数あったからでも・諦めたからでもなく、年越しという行事への過大な意味付けをやめたからだ。
一人の年越しは、悲しい年越しではない。少なくとも私の17回は、全部が悲しい年越しではなかった。静かで・孤独で・時々寂しくて・でも確かに「自分が生きた年末」だった。
来年も一人かもしれない。でも今年より上手く一人の年越しをできると思っている。17回のキャリアがあるから。

