まず、その質問の暴力性に気づいてほしい
履歴書を眺める面接官の目が、ある一点で止まる。ペンの先が、職歴欄の空白をなぞる。そして顔を上げて、こう言う。
「こちらの期間、空白がありますが、何をされていたんですか?」
何度この質問を受けたかわからない。10回、20回、あるいはもっと。転職のたびに、この質問は律儀に飛んできた。まるで空港の税関で「このスーツケースの中身は何ですか」と聞かれるように、職歴の隙間に何が詰まっているのかを検査される。密輸でもしていたのかと言わんばかりの目つきで。
ここで私が本当に言いたいことを、先に全部書いておく。
生きていた。
以上である。空白期間に何をしていたか。生きていた。息を吸って吐いて、飯を食って寝て、たまに笑って、わりとよく落ち込んで、それでもどうにか次の日を迎えていた。それが空白期間の正体だ。だが面接の場で「生きていました」と答えたら、おそらく不採用になる。いや、確実になる。だからこそ、この場で書いておきたいのだ。面接室では絶対に言えないことを。
「空白」という言葉の残酷さ
そもそも「空白期間」という言い方自体がおかしい。
会社に所属していない期間を「空白」と呼ぶということは、会社に所属している期間だけが「色つき」で、それ以外は「無」だということになる。人生の価値が、法人への所属によってのみ認定されるシステム。私たちは生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで途切れなく生きているのに、履歴書の上では、企業名が書かれていない期間は存在しなかったことになる。
あの期間、私は確かにそこにいた。朝が来て、昼が来て、夜が来た。ハローワークに通い、求人票を眺め、電話をかけ、断られ、また翌日同じことを繰り返した。コンビニのバイトで食いつなぎ、図書館で時間を潰し、夜は安いアパートの部屋で天井を眺めた。空白? 冗談ではない。あれほど密度の濃い時間はなかった。ただし、その密度は履歴書に書ける種類のものではなかっただけだ。
英語には「gap year」という概念がある。大学入学前や卒業後に一年ほど旅行やボランティアをする期間のことで、これは「豊かな経験」として肯定的に語られる。日本の「空白期間」と何が違うのか。やっていることは大して変わらない。違うのは、それが「選択」か「結果」かという点だけだ。自ら選んだ空白は「経験」になり、やむを得ず生まれた空白は「欠落」になる。同じ時間なのに。
面接官が本当に聞きたいこと
「空白期間は何をしていたのか」——この質問の真意を翻訳すると、おそらくこうなる。
「あなたはその期間、怠けていたのか、それとも何かやむを得ない事情があったのか。もし怠けていたなら、うちに入ってからも怠ける可能性がある。だから弁明してくれ」
つまりこれは質問ではなく、裁判だ。被告人は私。罪状は「企業に所属していなかった罪」。面接官は検察官で、私は証言台に立たされている。無罪を証明せよ、と。
しかし、考えてみてほしい。就職氷河期に大学を出て、100社以上に落ちた人間に、「なぜ空白があるのか」と聞くのは、嵐の日にずぶ濡れで歩いている人に「なぜ濡れているんですか」と聞くようなものだ。雨が降っていたからだ。傘がなかったからだ。それ以上の説明が必要か。
だが面接では、もっと「前向き」な回答が求められる。「資格取得の勉強をしていました」「自分のキャリアを見つめ直す期間でした」「語学の勉強に充てていました」——こういう、面接官が安心する答え。その期間にも「成長」していた証拠を提示せよ、という無言の圧力。
正直に言おう。あの期間、私は成長していなかった。生存していた。成長と生存は別のものだ。植物で言えば、枝を伸ばしていたのではなく、根を枯らさないようにしていた。それは外から見えない。履歴書にも書けない。でも、それがなければ今の自分はここにいない。
模範解答の不毛さ
転職マニュアルには、空白期間についての「模範解答」が載っている。
「家族の介護に専念しておりました」「体調を崩し、療養しておりました」「資格試験の勉強をしておりました」——なるほど、どれも面接官を納得させる力がある。つまり、「正当な理由」があれば空白は許されるということだ。
では、「正当な理由」とは何か。
介護は正当。病気は正当。勉強は正当。では、「何もできなかった」は? 「毎日求人に応募していたが全部落ちた」は? 「精神的に追い詰められて部屋から出られない日があった」は? これらは「正当」の枠に入るのか、入らないのか。
入らないのだ。少なくとも、面接の世界では。
だから人は嘘をつく。あるいは、嘘とまでは言わないまでも、装飾する。三日で挫折した簿記の勉強を「資格取得に向けた学習期間」と言い換え、週に一度ハローワークに行っていたことを「積極的なキャリア探索」と翻訳する。空白期間に限らず、面接とは本質的に翻訳作業である。自分の現実を、面接官が受容可能な言語に変換する作業。その翻訳精度が高い人間が採用され、低い人間が不採用になる。
これは能力の測定ではない。翻訳スキルの測定だ。そして翻訳スキルと仕事の能力は、必ずしも一致しない。口下手だが仕事のできる人間はいくらでもいるし、面接が得意だが仕事はさっぱりという人間もいくらでもいる。でも、面接というフィルターがそういう構造になっている以上、私たちは翻訳に励むしかない。
空白期間の正体
では、実際のところ、あの空白期間に私は何をしていたのか。面接用の翻訳ではなく、原文のまま書いてみる。
朝、目が覚める。一瞬、自分がどういう状況にいるのかを忘れている。それが一日の中で最も幸福な瞬間だ。数秒後に現実を思い出し、布団の中で天井を見つめる。今日も何もない一日が始まる。いや、「何もない」は正確ではない。やるべきことはある。求人情報を探す。電話をかける。書類を送る。やるべきことはあるのだが、「何にもならない」かもしれないという予感がずっとつきまとう。
コンビニの夜勤バイトで最低限の生活費を稼ぐ。深夜2時、客のいない店内で品出しをしながら、大学時代の友人は今頃ちゃんとした会社のデスクに座っているんだろうなと思う。比較しても意味がないことはわかっている。わかっていても比較する。人間の脳は、自分を苦しめる比較を自動的にやってしまう、不便な装置だ。
ハローワークの待合室。番号を呼ばれるまで、プラスチックの椅子に座って待つ。周りには自分と同じような顔をした人々がいる。誰も目を合わせない。目を合わせると、お互いの状況を確認してしまうからだ。相談員に案内される求人票は、前回とほとんど同じ。給与欄の数字を見て、これで家賃と食費を払えるかどうか暗算する。払えるが、それ以外には何も残らない。
夕方、アパートに帰る。テレビをつけるとニュースが流れている。「景気回復の兆し」とアナウンサーが言っている。どこの国の話だろうと思う。少なくとも、この部屋には届いていない。
こういう日々の繰り返し。これが空白期間の原文だ。翻訳すれば「求職活動に注力していた期間」になるが、原文はもっと泥臭くて、もっと地味で、もっと長い。
時間感覚の歪み
空白期間には、独特の時間感覚がある。
一日が長い。とんでもなく長い。仕事をしている人間にとっての一日は、タスクとミーティングと締め切りで分割されていて、気づけば夕方になっている。しかし空白期間の一日は、仕切りのない広大な平野のようなもので、朝から晩まで地平線しか見えない。やることがないわけではないのだが、やったところで結果が出る保証がなく、その不確実性が時間の体感を引き延ばす。
一方で、月日は恐ろしく速い。ふと気づくと三ヶ月が経っている。半年が経っている。一年が経っている。一日一日は長いのに、振り返ると一瞬。このパラドックスは、空白期間を経験した人間にしかわからない。
そして空白が長くなるほど、次の就職が遠のくという悪循環。面接官は空白が三ヶ月なら微笑んでくれるが、半年になると眉を寄せ、一年を超えると明らかに警戒する。空白期間は、それ自体が空白期間を延長させる装置として機能する。雪だるまだ。止めたくても、坂道の途中では止められない。
面接官への手紙
ここで、すべての面接官に手紙を書きたい。もちろん、実際には渡さない手紙だ。
面接官殿。
あなたが「空白期間は何をしていたのか」と尋ねるとき、あなたは質問をしているのではなく、試験をしています。「この人物は、社会のレールに乗り続ける能力がある人間か」を判定する試験です。
しかし、レールから降りた理由は様々です。自ら降りた人もいれば、突き落とされた人もいる。そして就職氷河期に社会に出た人間の多くは、そもそもレールの上に立たせてもらえなかった人間です。レールが足りなかったのです。定員オーバーで、ホームに取り残された人間です。
あなたの質問に対する「正解」が、「前向きな理由」であることは知っています。「勉強していました」「スキルアップに励んでいました」——そう答えれば、あなたは安心するのでしょう。しかし本当のことを言えば、あの期間の私は前を向けていませんでした。横を向いたり、下を向いたりしていました。たまに後ろを振り返って、「どこで間違えたのだろう」と考えていました。
それでも、ここにいます。あなたの前に座っています。それは、あの空白期間を通過して、なお働きたいと思っているからです。それだけでは不十分でしょうか。
不十分なのでしょうね。知っています。だから模範解答を用意してきました。「資格の勉強をしていました」。どうぞ、メモしてください。
氷河期世代にとっての「空白」の意味
就職氷河期世代にとって、空白期間は個人的な問題ではなく、世代的な症状だ。
新卒で正社員になれなかった人間が、その後の転職市場で「空白期間」を問われる。しかしその空白は、本人が作ったものではない。社会が作ったものだ。椅子取りゲームで椅子の数が足りなかった。座れなかった人間が「なぜ座っていなかったのか」と聞かれる。椅子がなかったからだ、と言っても、「それはあなたの問題です」と返される。
この構造の理不尽さに、当時は気づけなかった。いや、薄々気づいてはいたが、言語化できなかった。「時代のせいだ」と言えば言い訳に聞こえるし、「自分のせいだ」と言えば嘘になる。どちらも正確ではなく、正確なのは「時代のせいであり、かつ、自分にはどうしようもなかった」という、救いのない事実だけだ。
あれから20年以上が経って、ようやく「就職氷河期世代の支援」が政策として語られるようになった。遅い。あまりにも遅い。20代で必要だった支援が、40代になって「検討」されている。骨折した翌日に湿布が届くようなもので、ないよりはましだが、骨はもう変な方向にくっついてしまっている。
空白期間に得たもの
さて、ここまで面接官への不満を並べてきたが、せっかくなので空白期間に得たものについても書いておこう。面接で使える話ではないが、個人的な棚卸しとして。
まず、「人間は暇に耐えられない」ということを知った。仕事がないと暇になるだろうと思うかもしれないが、実際はそうではない。暇ではなく、「不安で手が動かない状態」になる。やるべきことはあるのに動けない。動けないから自己嫌悪に陥る。自己嫌悪がさらに動けなくする。この負のループを経験して初めて、「仕事がある」ということのありがたさを知った。仕事とは、やるべきことを外部から与えてもらえるシステムだ。自分で自分を律するより、誰かに「これやって」と言われるほうが、ずっと楽なのだ。
次に、「社会的な肩書きがないと人間はどう扱われるか」を知った。初対面の相手に「お仕事は?」と聞かれるのが恐怖だった。「今ちょっと探しているところで」と答えると、相手の目に微妙な色が浮かぶ。同情、警戒、あるいは軽い蔑み。そのどれとも言い切れない、カテゴリ分け不能な目つき。名刺がないと人間扱いされにくいこの社会で、名刺なしで生きる経験は、ある種の解像度を上げてくれた。人を肩書きで判断しない、という当たり前のことが、頭ではなく身体でわかるようになった。
そして、「コンビニのおにぎりの味の違いがわかるようになった」。これは完全に余談だが、金がないと食事のバリエーションが極端に減り、同じ商品を繰り返し食べることになる。結果、微妙な味の差に敏感になる。セブンの鮭とファミマの鮭の違いがわかるようになった。この特技は面接では使えなかったが、実生活ではそこそこ役に立っている。
「何をしていたのか」の答え
改めて考えてみる。空白期間に何をしていたのか。
耐えていた。
もう少し正確に言えば、自分が壊れないように調整していた。社会からの接続が切れた状態で、自分という存在のメンテナンスをしていた。部品の交換はできなかったが、これ以上壊れないように養生テープを貼っていたような期間だ。
ハローワークに通うことは、求職活動であると同時に、社会とのつながりを維持する行為だった。相談員と話す数分間が、その日唯一の「社会的な会話」であることもあった。コンビニのバイトも同様で、給料をもらうためだけでなく、どこかに「所属」するために続けていた面がある。
人間は所属を必要とする生き物だ。会社、学校、サークル、何でもいい。どこかに属していないと、自分が透明になっていくような感覚がある。空白期間の本当の苦しさは、経済的な困窮よりも、この「透明化」にある。自分が社会のどこにも計上されていない、という感覚。コンビニの防犯カメラに映っているのに、存在としては映っていない、という不思議な離人感。
面接官はそんな話を聞きたいわけではないだろう。わかっている。だから模範解答をもうひとつ用意しておく。「自分を見つめ直し、本当にやりたいことを考える時間にしていました」。我ながら空虚な響きだが、面接では通用する。通用するということは、面接とはそういう場所だということだ。
問いを変えてほしい
最後に、ひとつだけ提案がある。
「空白期間は何をしていたのか」という質問を、やめてほしいとは言わない。採用する側にも事情があるのはわかる。ただ、聞き方を変えてもらえないだろうか。
たとえば、「その期間を経て、何か変わったことはありますか?」——こう聞いてくれれば、答えやすくなる。空白期間に何をしていたかではなく、空白期間のあとに何が残ったかを聞いてくれれば、もう少し正直に答えられる。
「打たれ強くなりました」と言えるかもしれない。「仕事があることのありがたさを知りました」と言えるかもしれない。「コンビニのおにぎりに詳しくなりました」とは言わないが、そういう小さな発見があったことくらいは伝えられるかもしれない。
「何をしていたのか」は過去を裁く質問だ。「何が変わったか」は未来につなげる質問だ。どちらの質問をする面接官の前で働きたいかと聞かれたら、答えは明白だろう。
もっとも、面接を受ける側に、面接官を選ぶ権利など実質的にはない。特に空白期間のある人間には。だから、これは独り言だ。面接室では絶対に言わない独り言。でも書いておきたかった。いつか誰かの目に触れて、「ああ、そういう考え方もあるんだな」と思ってもらえたら、それだけで空白期間のひとつくらいは報われる気がする。
そして今日も誰かが聞かれている
この文章を書いている今日も、どこかの面接室で誰かが「空白期間は何をしていたのか」と聞かれている。その誰かは、用意してきた模範解答を述べ、面接官はメモを取り、数日後に合否が通知される。
もしその誰かがこれを読んでいるなら、伝えたいことがある。
あなたの空白は、空白ではない。あなたがそこにいた時間は、履歴書に書けなくても確かに存在した時間だ。その時間に何もしていなかったように見えても、実際にはたくさんのことをしていた。悩み、迷い、耐え、それでも次の日に目を覚ますという選択を繰り返していた。それは立派なことだ——と、面接官は言ってくれないだろうから、私が代わりに言っておく。
100社落ちた人間が言うのだから、多少の説得力はあるだろう。あるいはないかもしれない。100社落ちた人間の言葉に説得力があるかどうかも、面接官次第だ。世の中の大半のことは、聞く側の姿勢で決まる。
さて、模範解答の準備はできましたか。深呼吸をして、面接室のドアを開けましょう。あなたの「空白」は、あなたが思っているほど空っぽではないのだから。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。すべての「空白期間」を持つ人が同じ経験をしたわけではありません。でも、同じ質問にうんざりした人は、きっと少なくないはずです。

