眠れない夜に検索する言葉が年々変わってきた話

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眠れない夜に検索する言葉が年々変わってきた話

深夜2時のスマートフォン

眠れない。

布団の中で目を閉じている。閉じているが、眠れない。脳が勝手に回転し続けている。考えなくていいことを考え、心配しなくていいことを心配し、答えの出ない問いを繰り返す。

布団の中で2時間粘って、諦める。枕元のスマートフォンに手を伸ばす。画面の光が目に刺さる。時刻は深夜2時。明日は朝8時出勤。あと5時間しか寝られない。5時間すら寝られないかもしれない。

スマートフォンのブラウザを開く。検索窓をタップする。何かを検索する。何を検索するかは、その時々の不安の内容によって変わる。

そして気づいた。眠れない夜に検索する言葉が、年々変わってきている。検索ワードの変遷を辿ると、その時期の自分が何に不安を感じていたかが、くっきりと浮かび上がる。検索履歴は、不安の年代記だ。

20代後半の検索ワード

20代後半。就職に失敗し、派遣で働き始めた頃。

眠れない夜の検索ワードは、「正社員 なれない 理由」「就職氷河期 いつ終わる」「派遣から正社員 方法」「転職 未経験 20代後半」。

この時期の検索は、「どうすれば現状を打破できるか」に集中している。前向きと言えば前向き。打破する方法を探していた。希望はまだあった。情報を得れば、状況は変わるかもしれない。検索は、希望の行為だった。

検索結果を読んで、「やっぱり資格を取ったほうがいいのか」「もっとたくさんの企業に応募するべきか」と考える。考えているうちに、少しだけ前向きな気持ちになる。前向きになると、少しだけ眠気が来る。スマートフォンを置いて、目を閉じる。そのまま寝落ちする。

20代後半の不眠は、「行動のための不眠」だった。何かしなければ、という焦りが眠りを妨げていた。

30代前半の検索ワード

30代前半。正社員になれないまま、派遣を転々としていた頃。

検索ワードが変わった。「30代 正社員 もう遅い」「30歳 貯金なし 普通?」「結婚できない 原因」「一人暮らし 将来 不安」。

疑問形から「もう遅い」系のキーワードに変わった。打破する方法を探しているのではなく、「もう手遅れなのかどうか」を確認しようとしている。希望と絶望のあいだで揺れている時期の検索ワードだ。

検索結果は、「30代でも大丈夫」という記事と、「30代では厳しい」という記事が半々。どちらを信じるかは、その夜の気分次第。「大丈夫」を信じた夜は少し安心して眠れる。「厳しい」を信じた夜は、さらに眠れなくなる。

「30代 貯金なし 普通?」の検索は、自分を安心させるための検索だ。「自分だけじゃないんだ」と思いたい。検索結果に「30代で貯金ゼロの人は○%います」と書いてあれば、「ああ、自分だけじゃないんだ」と安堵する。安堵は一時的だが、その夜の睡眠を少しだけ助けてくれる。

30代後半の検索ワード

30代後半。いわゆる「35歳の壁」を超えた頃。

「35歳 転職 限界」「非正規 35歳 将来」「独身 35歳 老後」「年金 見込額 少ない」。

検索ワードに「老後」が登場し始めた。将来への不安が、漠然とした「将来」から「老後」という具体的な形を取り始めた。

「年金 見込額 少ない」を検索したのは、ねんきん定期便を見た直後だったと思う。あの封筒を開けた夜、眠れなかった。スマートフォンで年金について調べまくった。「年金 月5万 生活できる」「老後 2000万円 貯められない」「年金だけ 暮らせるのか」。

深夜3時に年金のシミュレーションサイトで試算し、出てきた数字に絶望し、シミュレーションの画面を閉じて布団に潜り込んだ。潜り込んでも数字が頭から離れない。朝方4時に、ようやく疲労で意識が落ちた。

40代前半の検索ワード

40代前半。年齢による体力の低下を実感し始めた頃。

「40代 疲れが取れない」「40代 腰痛 原因」「40代 老眼 始まり」「40代 体力低下 食い止め方」。

健康関連のキーワードが急増した。体の不調が増えるにつれて、検索も体に関するものが増える。

「40代 疲れが取れない」は、おそらく私以外にも大量の人が検索しているだろう。検索結果には「加齢による自然な変化です」「運動不足が原因かもしれません」「ストレスが原因の可能性があります」と、ざっくりした回答が並ぶ。どれも正しいが、どれも具体的な解決策にはならない。知りたいのは「今すぐ疲れを取る方法」であり、「加齢は自然なことです」ではない。

「腰痛 原因」を検索すると、「ストレッチをしましょう」「正しい姿勢を心がけましょう」「整形外科を受診しましょう」。すべて正しい。だが深夜2時にストレッチをする気力はないし、正しい姿勢は明日の仕事中に意識するとして、整形外科は金がない。結局、検索しても解決しない。解決しないのに検索する。検索すること自体が、不安への対処行動になっている。

40代半ばの検索ワード

40代半ば。現在。

「孤独死 対策」「一人暮らし 倒れたら」「保証人 いない 賃貸」「生活保護 条件」「老後 一人 必要な金額」「終活 独身 何をする」。

検索ワードが、完全に「老後」と「死」にシフトした。20代の頃は「正社員になるには」だった検索が、45歳では「孤独死を防ぐには」になっている。検索ワードの変遷は、希望の縮小の記録でもある。

「孤独死 対策」を深夜2時に検索している自分を、外から見たらどう映るだろう。哀れに見えるかもしれない。だが当事者にとっては、これは現実的な情報収集だ。孤独死は他人事ではない。自分に起こりうる未来だ。その未来に対して、今できる対策を調べる。検索は、もはや希望の行為ではなく、リスク管理の行為だ。

「生活保護 条件」を検索したこともある。生活保護を受けることに対する心理的な抵抗は大きいが、「もしものとき」の選択肢として知っておく必要がある。深夜2時に生活保護の条件を調べる45歳。この構図の重さを、どう受け止めればいいのか。

検索ワードに映る心の変遷

20年分の検索ワードを並べてみると、心の変遷が一本の線として見える。

20代後半。「どうすれば正社員になれるか」。希望。行動への意欲。

30代前半。「もう遅いのか」。希望と絶望の混在。確認への渇望。

30代後半。「老後はどうなるのか」。具体的な不安の発生。

40代前半。「体がつらい」。健康への不安。身体的な衰えの実感。

40代半ば。「死んだらどうなるのか」。終末への意識。リスク管理。

希望→不安→恐怖。この順序で、検索ワードは変遷してきた。

ただし注意したいのは、この変遷が必ずしも「悪化」を意味しないことだ。20代の検索は希望的だったが、その希望は漠然としていた。40代の検索は重いが、具体的だ。具体的であるぶん、対策が取りやすい。漠然とした希望より、具体的な恐怖のほうが、行動を促す力がある。

「孤独死 対策」を検索した翌日、見守りサービスを調べた。「年金 少ない」を検索した翌月、NISAを始めた。「生活保護 条件」を検索したことで、自分が利用できる制度の存在を知った。

深夜の検索は、翌日の行動の種だ。不安が種を蒔き、情報が水をやり、行動が芽を出す。この循環が、眠れない夜の唯一の効用かもしれない。

眠れない夜の検索をやめるために

理想的には、深夜の検索はやめたほうがいい。

深夜のスマートフォンは睡眠の質を下げる。ブルーライトが脳を覚醒させる。不安な内容を検索すると、さらに不安が膨らむ。膨らんだ不安はさらに眠りを遠ざける。

だが「やめたほうがいい」と「やめられる」は別物だ。不安で眠れないとき、何もしないでいられるか。暗い天井を見つめて、不安が頭の中でぐるぐる回るのを、ただ耐えていられるか。スマートフォンを見ることで、少なくとも不安を「外に出す」ことができる。検索窓に不安を入力して、検索結果を読む。この行為が、不安の内圧を少しだけ下げてくれる。

本当に必要なのは、深夜の検索をやめることではなく、深夜に検索しなければならないほどの不安を、昼間のうちに処理することだ。昼間に相談できる相手がいれば、深夜の検索は減る。昼間に対策を取れていれば、夜の不安は軽くなる。

だが昼間は仕事で忙しく、相談する相手もいない。だから不安は夜に持ち越される。持ち越された不安が、深夜2時のスマートフォンを起動させる。

今夜も眠れないかもしれない。眠れなかったら、またスマートフォンを手に取るだろう。今夜の検索ワードは何だろう。わからない。わからないが、何かを検索するだろう。検索することで、不安と折り合いをつける。折り合いがついたら、少しだけ眠れるかもしれない。

明日の朝は6時半起き。あと4時間半。4時間半でいい。4時間半眠れれば、明日は動ける。動ければ、また一日を凌げる。凌ぐための燃料が、4時間半の睡眠だ。少ないが、ゼロではない。ゼロでなければ、動ける。

スマートフォンを枕元に置いて、目を閉じる。検索の余韻が、まだ頭に残っている。余韻が薄れるのを待つ。薄れたら、少しだけ意識がぼやける。ぼやけた意識の向こうに、浅い眠りがある。その眠りに、そっと手を伸ばす。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。眠れない夜にスマートフォンを開いた経験がある人は、きっと少なくないはずです。

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