面接で「最後に何か質問はありますか」と言われても何も浮かばない病
面接終盤の恐怖
面接の最後に、必ず来る質問がある。
「最後に、何かご質問はありますか?」
この質問が来る瞬間、毎回、体が硬直する。面接中のどの質問よりも、この質問が怖い。「志望動機は?」も「自己PRをどうぞ」も、事前に準備できる。暗記した台詞を再生すればいい。だが「何か質問はありますか」は、その場で考えなければならない。考えるための時間は、体感で3秒もない。3秒で、気の利いた質問を思いつかなければならない。
思いつかない。
頭が真っ白になる。何を聞けばいいのか。「何か聞いてください」と言われているのに、聞くことがない。聞きたいことはある。「この会社はブラックですか」「残業は本当に月20時間以内ですか」「正社員登用ありと書いてありますが本当ですか」。聞きたいが、聞けない。聞いたら印象が悪くなる。印象が悪くなると落ちる。
結果、「特にありません」と答えてしまう。答えた瞬間、面接官の表情が微妙に変わる。「特にない」は、面接の世界ではマイナス評価だ。「この人は、うちの会社に興味がないんだな」と解釈される。興味がないわけではない。興味はある。だが質問が浮かばない。浮かばないことと興味がないことは別物だが、面接官にはそう見えない。
なぜ質問が浮かばないのか
「何か質問はありますか」に対して質問が浮かばない理由を、自己分析してみた。
理由1。聞きたいことが「聞いてはいけないこと」だから。本当に聞きたいのは、給料の実態、残業の実態、人間関係の実態、離職率、有給の取得率。これらは面接で聞くと「条件ばかり気にする人」と思われるリスクがある。だから聞けない。聞ける質問と聞きたい質問が一致しない。
理由2。面接で疲弊しているから。面接の30分から1時間、緊張し続けている。志望動機を述べ、自己PRをし、職歴を説明し、退職理由を述べ。これらの質疑応答で脳のリソースを使い果たしている。最後の「質問はありますか」の段階では、脳が省エネモードに入っている。新しい思考を生成する余力がない。
理由3。「質問をする」経験が少ないから。派遣社員として働いてきた私は、「質問される側」であることが多かった。面接では質問される。仕事では指示される。「自分から質問する」という能動的な行為に、慣れていない。質問する筋肉が、鍛えられていない。
理由4。「正解」を探してしまうから。「何か質問はありますか」には、暗黙の「正解」がある。面接対策の本には、「会社の成長戦略について聞く」「入社後のキャリアパスについて聞く」「チームの雰囲気について聞く」など、模範的な質問例が載っている。これらの「正解」を思い出そうとして、逆に頭が固まる。正解を探しているうちに、時間が過ぎる。
準備しても浮かばない
面接対策として、事前に質問を準備しておくべきだ。これは常識だ。常識だとわかっているから、準備する。
ネットで「面接 逆質問 例」と検索する。たくさんの例が出てくる。「御社の今後の事業展開について教えていただけますか」「入社後の研修体制はどのようなものですか」「このポジションに求められるスキルは何でしょうか」。
これらをメモに書き出し、暗記する。暗記して面接に臨む。面接の最後、「質問はありますか」と聞かれる。暗記した質問を思い出そうとする。
思い出せない。
暗記したはずなのに、面接の緊張で記憶が飛ぶ。メモは鞄の中だ。面接中にメモを取り出すのは気が引ける。取り出さないから、記憶に頼る。記憶は緊張で白紙。白紙の記憶から質問を絞り出そうとして、「特にありません」が出てくる。
こう書くと情けないが、これが実態だ。準備しても、本番で発揮できない。準備と本番の乖離。この乖離は、面接経験が豊富な人ほど小さくなる。だが私は面接に「慣れる」ほど面接を受けていない。正確に言えば、面接は何度も受けているが、受かっていないから「成功体験」がない。成功体験がないと、自信がつかない。自信がないと、本番で固まる。固まるから成功しない。成功しないから自信がつかない。ここにもループがある。
「特にありません」の代償
「特にありません」と答えた面接で、採用されたことはない。因果関係があるかどうかは不明だが、相関はある。
面接官にとって、「質問はありますか」は応募者の意欲を測る質問だ。質問がある=意欲がある。質問がない=意欲がない。この等式が、面接の世界では成立している。
だから「特にありません」は、「意欲がありません」と翻訳される。意欲がない人間を採用する理由はない。不採用。こうして「特にありません」は不採用の直接的な原因になりうる。
3秒の沈黙と、5文字の回答(「特にありません」)で、30分の面接の印象がひっくり返る。30分間一生懸命アピールしても、最後の5文字で台無しになる可能性がある。クレーンゲームで景品をつかんだのに、出口の手前で落とすようなものだ。
「質問する力」の格差
「何か質問はありますか」に対応できる力は、一種のスキルだ。このスキルは、教育と経験によって培われる。
良い大学を出た人は、ゼミやディスカッションで「質問する」訓練を受けている。プレゼンのあとに質問する習慣がある。質問することが知的活動の一部として位置づけられている。
ビジネスの世界で活躍している人は、会議やミーティングで質問することに慣れている。「いい質問ですね」と褒められた経験がある。質問することがポジティブに評価される環境にいる。
一方、派遣社員として働いてきた私は、「質問する」ことよりも「指示に従う」ことを求められてきた。質問は「わかっていない証拠」として受け取られるリスクがあり、できるだけ質問せずに業務をこなすことが、良い派遣社員の条件だった。質問するスキルは、使わなければ退化する。退化したスキルで面接に臨んでも、質問が浮かぶはずがない。
質問する力にも格差がある。この格差は、面接の合否に直結する。質問が上手い人は面接に受かりやすく、質問が苦手な人は落ちやすい。質問力という名の、見えないフィルターが存在する。
最近の対策
最近は、対策を変えた。暗記するのではなく、面接中にメモを取るようにした。
面接官の説明を聞きながら、気になった点をメモする。「入社後の研修は○ヶ月と言っていたが、具体的にどんな内容か」「チーム構成は○人と言っていたが、平均年齢はどれくらいか」。面接中に聞いた情報をベースに、質問を作る。
この方法なら、暗記の必要がない。面接中のリアルタイムな情報から質問を生成するので、面接官にとっても「ちゃんと聞いていたんだな」という印象を与えられる。
メモを取ること自体が面接で許されるのかどうか、最初は不安だった。だが実際にやってみると、面接官は特に気にしない。むしろ「メモを取るほど真剣に聞いている」と好意的に受け取られるケースもあった。
この方法に変えてから、「特にありません」は減った。ゼロにはなっていないが、減った。質問が浮かぶ確率が上がった。上がったが、まだ面接に受かっていない。質問はできるようになったが、他の要素——年齢、職歴、雇用形態——で落ちている。質問力だけでは、他のハンデを覆せない。
それでも、「特にありません」と言わずに済むようになったことは、小さな進歩だ。小さな進歩を積み重ねて、いつか面接を突破する日が来ることを信じている。信じなければ、面接に行く動機がなくなる。動機がなくなれば、すべてが止まる。止めないために、信じる。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。面接の逆質問で固まった経験がある人は、きっと少なくないはずです。

