家賃5万円以下の部屋に20年住んで気づいたこと

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家賃5万円以下の部屋に20年住んで気づいたこと

最初の部屋は家賃3万8000円

一人暮らしを始めた22歳のとき、最初に借りた部屋は家賃3万8000円だった。

木造アパートの2階。6畳一間、ユニットバス、キッチンは一口コンロ。築30年。駅から徒歩18分。日当たりは北向きで、冬は寒く、夏はなぜか暑い。壁は薄く、隣の住人のテレビの音が聞こえる。上の階の足音も聞こえる。

3万8000円。この金額は、就職に失敗してアルバイトで食いつないでいた22歳にとって、ギリギリの出費だった。バイト代が月10万円程度。その中から3万8000円。残り6万2000円で食費、光熱費、通信費、交通費、その他すべてを賄う。

あれから20年以上。住所は変わったが、「家賃5万円以下」というラインは変わっていない。3万8000円から始まり、4万2000円、4万5000円、現在の5万円弱。少しずつ上がっているが、ずっと5万円以下の世界にいる。

5万円以下の部屋に20年住んで、いくつかのことに気づいた。気づいたことは、すべて地味だ。華々しい発見はない。地味な発見が、地味に積み重なっている。

気づき1:部屋は自分を映す鏡

家賃5万円以下の部屋は、そこに住む人間の経済状態を忠実に反映する。

壁紙が黄ばんでいる。自分の歯も黄ばんでいる。エアコンが古い。自分の体も古くなってきた。排水口の流れが悪い。自分の人生の流れも悪い。

冗談のような比喩だが、半分は本気だ。安い部屋には、安い部屋なりの老朽化がある。設備が古い、水回りが劣化する、建具が歪む。これらの劣化を修繕するのは大家の責任だが、家賃が安い物件の大家は、修繕にお金をかけたがらない。修繕費をかけても、家賃を上げられないからだ。結果、劣化が放置される。

劣化した部屋に住んでいると、自分自身の劣化にも鈍感になる。「まあ、こんなもんか」と受け入れてしまう。壁紙の黄ばみも、蛇口の水漏れも、自分の腰痛も、「まあ、こんなもんか」。この「まあ、こんなもんか」が、生活全体のトーンを決めている。

気づき2:「狭さ」は慣れる

6畳一間。約10平米。この広さで20年以上暮らしてきた。

最初は狭いと思った。荷物が入りきらない。収納が少ない。物を置く場所がない。だが1年、2年と住むうちに、狭さに適応した。必要最小限の物しか持たないようになった。不要なものは捨てる。新しいものを買うときは、古いものを一つ処分する。これを繰り返すうちに、6畳に収まる生活が確立された。

狭さに慣れると、広い部屋に行くと落ち着かなくなる。友人の家(かつて友人がいた頃)に遊びに行くと、リビングの広さに圧倒される。「こんなに広い空間に住んでいるのか」。広い空間は、贅沢であると同時に、自分の部屋の狭さを突きつけてくる。

狭い部屋は、選択肢を制限する。趣味の道具を置く場所がない。本棚を大きくできない。客を呼べない(呼ぶ客がいないが)。だが選択肢が制限されることで、シンプルになる。シンプルな生活は、管理が楽だ。管理が楽なのは、エネルギーの節約になる。

狭さは制約であり、同時にシンプルさの強制だ。強制されたシンプルさを、ミニマリズムと呼ぶかどうかは別として、結果的に物が少ない暮らしは、精神的にはそこまで悪くない。物が少ないから掃除が楽。掃除が楽だから清潔を保てる。清潔を保てれば、最低限の自己尊重を維持できる。

気づき3:安い部屋ほど隣人が近い

家賃の安い物件は、壁が薄い。壁が薄いということは、隣人の生活が手に取るようにわかるということだ。

隣の住人が何時に起きるか。テレビで何を見ているか(音声が漏れてくる)。電話で誰と話しているか(声が聞こえる)。何時に寝るか。いびきをかくかどうか。

この「隣人が近い」感覚は、孤独な人間にとっては両義的だ。

良い面。誰かが隣にいる、という感覚。壁一枚向こうに人がいる。生活音が聞こえる。人の気配がある。一人暮らしの完全な孤独が、壁を通して少しだけ和らぐ。

悪い面。音がストレスになる。深夜のテレビの音、早朝の目覚まし、壁を叩くような物音。神経質な人間にとっては、安眠を妨げる要因だ。

私は、隣人の生活音をどちらかと言えばポジティブに受け取っている。うるさいときもあるが、「人がいる」という安心感のほうが大きい。完全な無音の部屋は、実は不気味だ。生活音は、他者の存在の証明であり、自分が社会の中にいる(物理的に)ことの確認だ。

気づき4:家賃は人生のアンカー

月の支出の中で、家賃は最大の固定費だ。手取り16万円のうち5万円が家賃。約31%。この31%は、毎月確実に出ていく。減らせない。交渉の余地がない。

家賃5万円が、人生のアンカー(錨)として機能している。アンカーとは、動かせない基準点のことだ。家賃5万円を起点に、残りの11万円で他のすべてを賄う。食費、光熱費、通信費、医療費、交通費、日用品、貯蓄。11万円をこれらに配分する。

もし家賃が3万円だったら、残りは13万円。2万円の差額で、食費を増やすか、NISAの積立を増やすか、歯医者に行くか。選択肢が広がる。

もし家賃が7万円だったら、残りは9万円。食費を削り、光熱費を削り、何もかもを削る。生存すら危うくなる。

家賃5万円というアンカーは、たまたま私の収入で「ギリギリ成り立つ」ラインだ。このラインが1万円でも上がれば、生活が破綻する。ラインが1万円下がれば、少しだけ楽になる。この1万円の幅の中に、生活の質のすべてが収まっている。

気づき5:20年後も同じ部屋にいるかもしれない

20年前、3万8000円の部屋に住んでいた。20年後、5万円弱の部屋に住んでいる。変わったのは家賃の額面だけで、「5万円以下の部屋」という枠は変わっていない。

20年後——65歳の自分は、やはり5万円以下の部屋に住んでいるだろう。年金だけの収入になれば、家賃5万円は重い。4万円以下に抑える必要があるかもしれない。4万円の部屋。今より狭い。今より古い。今より駅から遠い。

あるいは、URの安い部屋に移るかもしれない。地方のURなら、家賃3万円台の物件もある。地方に行けば家賃は安いが、仕事がない。年金生活なら仕事は不要かもしれないが、年金だけで足りるのか。

20年後の住まいのことを考えると、不安になる。不安になるが、20年前に今の住まいのことを心配していたかというと、していなかった。20年前は「今」を生きるのに精一杯で、20年後のことなど考える余裕がなかった。

同様に、今の自分も「今」を生きるのに精一杯だ。20年後のことは、20年後の自分に任せるしかない。任せるしかないが、今のうちにできる準備はしておく。NISAの積立。URの情報収集。地方移住の選択肢の検討。

家賃5万円以下の部屋に20年住んで気づいたこと。それは「安い部屋でも生きていける」ということ、そして「安い部屋にしか住めない人生でも、それなりの尊厳は維持できる」ということだ。尊厳は、家賃の額面では決まらない。決まらないことを、20年かけて学んだ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。家賃5万円以下の部屋に長年住んでいる人は、きっと少なくないはずです。

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