はじめに——「手」は人生の記録装置だ
45歳の手を見る。右手。左手。シワが増えた。指の関節が少し太くなった。爪の伸びるスピードが遅くなった(気のせいかもしれない)。手のひらに「タコ」はない。「肉体労働をしていない手」だ。キーボードを叩く手。フライパンを振る手。つり革を掴む手。発泡酒の缶を開ける手。この手が23年間で「何をしてきたか」を記録する。
手は「最も働いている体のパーツ」だ。1日に「数万回」の動作をする。キーボードのタイピング(1分間に200〜300打。8時間で約10万〜14万打)。もやし炒めのフライパン振り(10分間で約100〜200回)。つり革の握りしめ(40分間。握力を維持し続ける)。歯磨き(3分間。ブラシを細かく動かす)。これらの「手の動作」を23年間積み重ねた結果が「45歳の手」だ。
第1章 「キーボードを叩く手」——23年間で推定5億打
派遣事務の仕事。主な作業は「パソコンでのデータ入力」「メール作成」「書類作成」。キーボードを叩くことが「仕事の99%」。1日のタイピング数を推定する。1分間に平均250打×60分×8時間=12万打/日(休憩を含めると実質6〜7時間。約10〜11万打/日)。年間出勤245日×10万打=2450万打/年。22年間で約5億3900万打。「5億打以上キーボードを叩いた」。
5億打。5億回、指がキーボードに触れた。「Enter」キーを押した回数だけでも推定数十万回。「Backspace」キー(間違いを消すキー)は——さらに多いかもしれない。「打って、消して、また打つ」。この繰り返しが「事務の仕事」であり「氷河期世代の労働の具体的な形」だ。
5億打の「健康への影響」。「腱鞘炎」のリスク。手首の腱鞘(腱を覆うさや)が繰り返しの動作で炎症を起こす。自分は(今のところ)腱鞘炎にはなっていないが「手首のだるさ」を感じることがある。「5億回の打鍵」が手首に蓄積したダメージは「ゼロではない」。対策:キーボードの「リストレスト」(手首の下に敷くクッション。100均で110〜330円)。1時間に1回「手首のストレッチ」(手首をゆっくり回す。10秒。0円)。
第2章 「フライパンを振る手」——2808回の「もやし炒めの手つき」
28歳からもやし炒めを作り始めた。17年間で2808回。1回あたり「フライパンを振る動作」は推定100〜200回(もやしをひっくり返す、混ぜる等)。2808回×150回(平均)=42万1200回。「42万回フライパンを振った手」。42万回の「フライパンの振り」は——「筋トレ」に近い。フライパンの重さは約700g。もやし+豚こま=約250g。合計約950g。「950gを42万回振った」。腕と手首の筋肉が——鍛えられていたのかもしれない。「もやし炒めは腕のエクササイズ」。
「もやし炒めの手つき」は17年間で進化した。28歳のとき:「おそるおそるフライパンを持ち、ぎこちなく振る」。もやしがフライパンから飛び出した。30歳のとき:「慣れてきた。リズミカルに振れるようになった」。もやしが飛び出さなくなった。35歳のとき:「片手でフライパンを振りながら、もう片方の手で醤油を投入する」。両手のコーディネーション。40歳のとき:「フライパンを煽って(あおって)もやしを宙に舞わせる」技術を習得。テレビの料理番組で見た「プロの動き」を自己流で再現。45歳の現在:「フライパンを持つ手」が「体の延長」になっている。「意識しなくても最適な力加減で振れる」。「手がもやし炒めを覚えている」状態。「身体知」。
「手がもやし炒めを覚えている」ことの意味。認知症になっても「手が覚えている動作」は最後まで残ることがある。「手続き記憶」と呼ばれる。「自転車の乗り方」を忘れないのと同じメカニズム。「もやし炒めの作り方」が手続き記憶として刻まれていれば——70歳になっても80歳になっても「もやし炒めは作れる」かもしれない。「手がもやし炒めを覚えている限り、自分は生き延びられる」。手は「生存の最後の砦」だ。
第3章 「つり革を掴む手」——7200時間握り続けた右手
通勤電車。満員電車。つり革を掴む。40分間。「つり革を40分間握り続ける」のは「握力の持久力テスト」に近い。成人男性の平均握力は約45〜50kg。つり革を掴むのに必要な握力は約5〜10kg。「5〜10kgの力を40分間維持する」。これを22年間×245日=5390回。「5390回×40分=21万5600分=3593時間。約3600時間つり革を掴んでいた」。右手で。左手は——本を持っていた(39歳以降)。
「つり革を掴む手」の「記憶」。揺れに合わせて「力を入れたり緩めたりする」微妙な力加減。急ブレーキで「全力で握りしめる」瞬間。隣の人が近づいてきて「指がぶつかる」不快感。「つり革の金属が冬は冷たく、夏は汗で滑る」。22年間の「つり革の感触」が右手の記憶に刻まれている。
痴漢冤罪防止のために「両手をつり革に上げる」日もあった(通勤電車22年史参照)。「両手を上げた状態で40分間立つ」のは「腕が疲れる」が「冤罪のリスクを下げる」ための「手の使い方」。「手の位置」が「社会的リスクの管理」に直結する。「手をどこに置くか」が「人生を左右する」。大げさではない。痴漢冤罪は「手の位置」で人生が狂う。
第4章 「発泡酒の缶を開ける手」——「プシュッ」の4140回
発泡酒の缶を開ける。右手の親指で「プルタブ」を引き上げる。「プシュッ」。この動作を推定4140回行った。4140回の「プシュッ」。4140回の「1日の終わりの儀式」。「プルタブを引く→プシュッの音→炭酸の匂い→口に含む→ゴクッ→ふぅ」。この一連の動作が「右手の親指」で始まる。「右手の親指はプルタブ専門の指」と言っても過言ではない。
「プルタブを引く力」は約1〜2kg。軽い。だが「この1〜2kgの力」が「1日のストレスを解放するスイッチ」。「スイッチを入れる」のは手の仕事。手が「ストレスの解放弁」を操作している。「手=精神のコントロールパネルのオペレーター」。もやし炒めのフライパン(体の栄養の供給)。発泡酒のプルタブ(精神のストレス解放)。つり革(社会への移動手段の確保)。キーボード(収入の獲得)。手は「生存のすべて」に関わっている。
第5章 「100均の商品を手に取る手」——110円の選択を何千回行った手
100均で「商品を手に取る」動作。「これ、いるかな」。手に取って「3秒間考える」(自販機の前の3秒間と同じ構造)。「いる」→カゴに入れる。「いらない」→棚に戻す。「手に取って戻す」動作の繰り返し。100均での買い物は月1〜2回。1回あたり「手に取る回数」は5〜15個。年間120〜360回の「手に取る→判断する→カゴに入れる/戻す」の意思決定。23年間で2760〜8280回。「8000回以上の110円の意思決定」を手が行った。
「手に取る」行為は「所有の予行演習」だ。「持ったときの重さ」「素材の感触」「サイズ感」。これらの「触覚情報」が「買うかどうかの判断」に影響する。「手に持ったとき心地よいもの」は買いやすい。「手に持ったとき違和感があるもの」は棚に戻しやすい。「手」が「消費の最終審判官」として機能している。
第6章 「何も掴んでいない手」——一人暮らしの手は「誰の手も握らない」
22歳から45歳まで23年間。「誰かの手を握った」のは何回か。握手。帰省時に親の手に触れた(「手」を「握る」ではないが「触れた」)。それ以外に——思い当たらない。「手をつないだ」経験は——23年間で「ゼロ」。パートナーがいないから。「手をつなぐ相手がいない」。
「手をつなぐ」行為は「オキシトシン(愛着ホルモン)」の分泌を促す。オキシトシンは「安心感」「信頼感」「ストレスの軽減」をもたらす。「手をつなぐだけで精神が安定する」。23年間「手をつないでいない」自分は——「23年分のオキシトシン」を失っている。
「手をつなぐ代わり」にできること。自分の「右手で左手を握る」。「セルフハンドホールド」。これでも「多少のオキシトシンが分泌される」とする研究がある。「自分で自分の手を握る」。悲しい行為に見えるかもしれないが——「0円でオキシトシンを得る方法」としては合理的。もう1つの代替。「もやし炒めを作っているとき、フライパンの取っ手を握る」。「取っ手を握る」行為は「何かを掴んでいる」感覚を与え「手が機能している実感」を与える。「掴むものがある」ことは「存在の実感」につながる。「何も掴んでいない手」は「不安」。「何かを掴んでいる手」は「安心」。フライパンの取っ手。発泡酒の缶。文庫本。つり革。「掴むもの」は常にある。「掴むもの」がある限り——手は「生きている」。
第7章 「手」の未来——65歳の手で「もやし炒め」は作れるか
65歳。手の握力は低下している。成人男性の平均握力は50代で約43kg。60代で約39kg。70代で約35kg。「握力が35kgに低下しても、フライパンは振れるか」。フライパン(950g)を持つのに必要な握力は約3〜5kg。「35kgの握力があれば余裕」。70歳でも80歳でも——「握力が5kg以上あればもやし炒めは作れる」。
「握力を維持する」ための投資。投資1は「握力トレーニング」。100均のハンドグリップ(110円)。1日10回×3セット。0.5分。「月に15分の投資で握力を維持」。投資2は「料理を続ける」。もやし炒めを作り続けること自体が「手のエクササイズ」。フライパンを振る。包丁を使う(もやし炒めに包丁は不要だが、他の料理には必要)。「料理をやめたら手が衰える→手が衰えたら料理ができなくなる→料理ができなくなったら栄養が偏る→栄養が偏ったら体が壊れる」。「料理を続ける=手を維持する=体を維持する」の連鎖。もやし炒めは「手の維持装置」でもある。
「80歳でもやし炒めを作る手」を想像する。シワだらけの手。指の関節が太い。動きは遅い。だが「フライパンを持てる」。「醤油をかけられる」。「皿に盛れる」。「できる」。80歳の手が「もやし炒め」を作る。その手は——22歳のときより「遅い」が22歳のときより「上手い」。58年間の「もやし炒めの手続き記憶」が手に刻まれている。「手が覚えている」。脳が忘れても。名前を忘れても。「もやし炒めの作り方」だけは——手が覚えている。最後の最後まで。手が動く限り。もやし炒めは——作れる。
結論——「この手」で生き延びてきた
45歳の手。右手と左手。23年間で5億回キーボードを叩いた手。42万回フライパンを振った手。3600時間つり革を掴んだ手。4140回発泡酒の缶を開けた手。8000回100均で商品を手に取った手。260冊の本のページをめくった手。エンディングノートに「デジタル資産の一覧」を書いた手。エスシタロプラムの錠剤を口に運んだ手。「この手」で23年間を生き延びてきた。「この手」がなければ——「もやし炒め」も「発泡酒」も「NISA」も「読書」も成立しなかった。すべてが「手の動作」から始まっている。
「手」に「ありがとう」と言いたい。22歳から45歳まで。よく働いてくれた。よくフライパンを振ってくれた。よくキーボードを叩いてくれた。よくつり革を掴んでくれた。「ありがとう、右手。ありがとう、左手」。壁に向かって言うのではなく「自分の手に向かって言う」。手は——答えない。だが「明日もまたフライパンを握ってくれる」。それが「手の返事」だ。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

