はじめに——「電気を消した後の10分間」に何を考えるか
23時。布団に入る。スマートフォンを枕元に置く。エスシタロプラム5mgを飲む。水で流し込む。部屋の電気を消す。「パチッ」。スイッチの音。6畳のワンルームが暗闇に包まれる。目が暗闇に慣れるまで30秒。窓からの街灯の薄明かりで「天井」がぼんやり見える。
この「電気を消してから眠りにつくまでの10分間」が——1日の中で最も「自分と向き合う時間」だ。昼間は「仕事」で頭が占領されている。帰宅後は「もやし炒め」「発泡酒」「読書」「散歩」で時間が埋まる。「忙しくしている」ことで「考えなくて済む」。だが電気を消した瞬間——「忙しさの壁」が消え、「自分の思考」だけが残る。暗闇の中の「自分の思考」。これが「1日で最も正直な10分間」。
第1章 22歳の夜——「明日、面接がある」の不安
22歳の夜。電気を消す。暗闇。「明日、面接がある」。3社目。「また落ちるのだろうか」。「何を言えばいいのだろう」。「志望動機」を頭の中で繰り返す。「御社の○○に共感し」——嘘だ。共感していない。「どこでもいいから雇ってください」が本音。本音は言えない。嘘を用意する。嘘を練習する。暗闇の中で。天井に向かって。「御社の○○に——」。繰り返すうちに不安が大きくなる。心臓がドクドクする。「眠れない」。目を閉じても「面接のシミュレーション」が止まらない。1時間経過。2時間経過。3時。「明日の面接に寝不足で行くのか」。焦りが不安を加速する。「不安→眠れない→焦り→さらに不安」のスパイラル。27歳でゾルピデム(睡眠薬)を処方されたのは——この「眠れない夜のスパイラル」が原因。
第2章 30歳の夜——「暗闇が怖い」
30歳。リーマンショック後。無職。借金。電気を消す。暗闇。「暗闇が怖い」。物理的な暗闘が怖いのではない。「暗闇の中で自分の思考と向き合うのが怖い」。暗闇は「思考を増幅する」。昼間は「やることがある」から思考が分散する。暗闇では「やることがゼロ」になり「思考が一点に集中する」。その「一点」が「将来への不安」。「このままどうなるのだろう」「仕事は見つかるのだろうか」「借金は返せるのだろうか」「生きていけるのだろうか」。
「暗闇の10分間」が「暗闇の2時間」に延びた。「2時間の不安のループ」。目を閉じても「思考が止まらない」。開けても「天井しか見えない」。「電気をつける」選択肢もあるが「電気をつけたら眠れなくなる」(光が覚醒を促す)。「暗闘に耐える」しかない。耐える。1時間。2時間。3時間。4時に眠る。6時30分に起きる。2時間半の睡眠。「2時間半の睡眠で1日を乗り切る」生活が——1ヶ月続いた。
第3章 37歳の夜——「エスシタロプラムを飲んでから眠る」
37歳。エスシタロプラムを飲み始めた。「電気を消す前にエスシタロプラム5mgを飲む」。薬が「思考のスパイラル」を抑制する。「不安→不安→不安」のループが「不安→……まあいいか→眠い」に変わった。「まあいいか」が入るようになった。この「まあいいか」が「睡眠の門」を開ける。
エスシタロプラムを飲んでからの「電気を消した後の10分間」は——「穏やか」になった。不安が「ゼロ」ではないが「マネジメント可能なレベル」に下がった。「不安はある。でも眠れる」。この「でも眠れる」が——薬の価値であり「月2500円の治療費の成果」であり「10分間の暗闇を乗り越える力」だ。
第4章 45歳の夜——「電気を消す前の儀式」
45歳の夜の「電気を消す前の儀式」が確立されている。ステップ1(22時30分)。エスシタロプラム5mgを飲む。水で。ステップ2(22時35分)。スマートフォンを「おやすみモード」にする。通知をオフ。画面の明るさを最低に。ステップ3(22時40分)。布団に入る。本を10分間読む(就寝前の読書。内容は「小説」か「エッセイ」。実用書やニュースは「脳が覚醒する」ので避ける)。ステップ4(22時50分)。本を閉じる。スマートフォンを枕元に置く(目覚まし用)。ステップ5(22時55分)。電気を消す。「パチッ」。
この「5ステップの儀式」が「暗闘の10分間を穏やかにする」準備となっている。「儀式がある→体と脳が『眠りモード』に移行する→暗闇の中で不安が暴走しない」。「儀式=睡眠の前準備」。もやし炒めの「フライパンを温める→油を引く→もやしを入れる」の準備と同じ構造。「準備があれば本番がスムーズ」。
第5章 「暗闇の10分間」に考えること——現在の思考パターン
電気を消した。暗闘。目を閉じる。「今日何があったか」を振り返る——のは「やらない」ことにした。「振り返り」は「風呂の時間」(風呂の時間参照)にやる。就寝前の振り返りは「ネガティブな記憶が増幅される」リスクがある。暗闇は「ネガティブの増幅装置」。だから「振り返りはやらない」。
代わりにやること。方法1は「4-7-8呼吸法」。鼻から4秒吸う→7秒止める→口から8秒吐く。3〜5回繰り返す。「呼吸に集中する→思考がストップする→副交感神経が優位になる→眠くなる」。方法2は「もやし炒めのバリエーションを考える」。「明日はオイスターソースバージョンにしようか」「ニンニク多めにしようか」。「楽しい想像」は「不安な思考」を追い出す。「脳は2つのことを同時に考えられない」。「もやし炒めの想像」で「不安の席」を占領する。方法3は「散歩のルートを想像する」。「明日の散歩は公園の方に行こうか」「桜が咲いているかな」。「景色の想像」が「暗闇の中に風景を描く」。目は閉じているが「脳の中に公園の風景」が広がる。暗闇が「脳内の公園」に変わる。
第6章 「電気を消す」行為の心理学——「1日の終了宣言」としてのスイッチ
電気のスイッチを切る。「パチッ」。この音は「1日の終了宣言」だ。「今日はここまで。お疲れ様、自分」。スイッチの「パチッ」は「区切りの音」であり「許可の音」(「もう頑張らなくていいよ」)であり「安全の音」(「布団の中は安全だよ」)。
「電気を消す」前に「全ての行為」が完了している必要がある。「もやし炒めを食べた」✓。「発泡酒を飲んだ」✓。「風呂に入った」✓。「歯を磨いた」✓。「エスシタロプラムを飲んだ」✓。「本を少し読んだ」✓。「全チェックリスト完了→電気を消す資格がある→スイッチを切る」。「電気を消す」は「1日の全タスクの完了を確認する行為」でもある。「全タスクが完了した安心感」が「安眠の土台」になる。
「電気を消し忘れて寝てしまう」日がたまにある。翌朝「電気がつけっぱなし」で目が覚める。「あ、消し忘れた」。「消し忘れた=1日の終了宣言をしていない=前日がちゃんと終わっていない」感覚。「ちゃんと終わらせなかった前日」が「ちゃんと始まらない翌日」を生む。「電気を消す=1日をちゃんと終わらせる」行為は「翌日をちゃんと始めるための準備」だ。
第7章 「暗闇の6畳」は「世界で最も安全な場所」
暗闇の6畳。何も見えない。何も聞こえない(冷蔵庫の「ブーン」以外)。「何もない」空間。だがこの「何もない」が「安全」を意味する。「誰もいない=攻撃されない」。「何も見えない=比較対象がない(SNSの他人の幸せが見えない)」。「何も聞こえない=満員電車の騒音がない。職場の電話の音がない」。暗闇の6畳は「刺激がゼロの空間」であり「ストレスの発生源がゼロの空間」。
「ストレスがゼロの空間」は「手取り16万円の人間」にとって「最も贅沢な空間」かもしれない。高級ホテルのスイートルーム(1泊5万円)も「ストレスがゼロの空間」だが「5万円のコスト」がかかる。6畳のワンルームの暗闇は「家賃5万円÷30日=1667円/日」で「ストレスがゼロの空間」を提供する。「1667円で1日分の安全を買う」。電気を消した後の暗闇は「1667円の安全空間」の「最も安全な時間帯」。「誰にも邪魔されない8時間」。8時間×365日×23年=67160時間。「6万7000時間の安全な暗闇」を23年間で過ごした。もやし炒めの時間(2808回×10分=468時間)の143倍。「暗闇で過ごした時間」が「もやし炒めで過ごした時間」の143倍。「暗闇」は「もやし炒め」よりはるかに長い「人生の時間」を占めている。
結論——「電気を消す」ことは「明日を信じる」ことだ
電気を消す。暗闇。目を閉じる。「眠る」。「眠る」とは「意識を手放す」ことであり「コントロールを放棄する」ことであり「無防備になる」ことだ。「無防備になれる」のは「安全だと信じているから」。「この部屋は安全だ」「明日も目が覚める」「明日もまた生きていける」。これらの「信頼」がなければ「眠れない」。22歳のとき「信頼」がなかった。だから「眠れなかった」。45歳の今「信頼が少しだけある」。もやし炒めがある。NISAがある。エスシタロプラムがある。散歩がある。「明日もまた、もやし炒めが作れる」。この「信頼」が「眠り」を可能にする。
電気を消す。「パチッ」。暗闇。目を閉じる。4秒吸う。7秒止める。8秒吐く。「明日はもやし炒めのオイスターソースバージョンを作ろう」。「散歩は公園の方に行こう」。「NISAの残高を月末に確認しよう」。楽しい想像で暗闇を埋める。不安は——「まだ少しある」。だが「楽しい想像」のほうが「少しだけ大きい」。「楽しい想像>不安」。この不等式が成り立っている限り——眠れる。眠れれば——明日が来る。明日が来れば——もやし炒めを作れる。もやし炒めを作れれば——生き延びられる。
「電気を消す」ことは「明日を信じる」ことだ。「明日もまた電気をつける」と信じて——今夜の電気を消す。「パチッ」。おやすみ。自分。おやすみ。もやし炒め。おやすみ。発泡酒。おやすみ。NISA。おやすみ。6畳のワンルーム。おやすみ——。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

