氷河期世代から見た「初任給高騰」の風景——新卒30万円時代に、手取り16万円の男が思うこと

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はじめに——「新卒の初任給が30万円を超えた」というニュースを見た夜

2026年春。もやし炒めを作りながらスマートフォンのニュースを見た。「2026年度の大卒初任給を30万円以上とする企業は245社。前年比9割増」(日本経済新聞)。「就職人気企業トップ20のうち16社が30万円以上の初任給」。伊藤忠商事36万円。ソニーグループ36万3000円。三菱商事35万円。ファーストリテイリング33万円。GMOインターネットグループに至っては新卒年収710万円のプログラムがある。NECやDeNAは——AI人材に「新卒で年収1000万円」を提示している。

フライパンの中のもやし炒めが——ジュージュー言っている。醤油をかける手が——止まった。「30万円」。新卒の初任給。「30万円」。自分の手取りは——16万円。45歳。派遣社員。23年間働いてきた。「23年間働いた男の手取り」が——「社会に出て1日目の新卒の初任給」の「半分強」。もやし炒めの醤油が——少し多く入った。しょっぱい。今夜のもやし炒めは——「しょっぱい」。

第1章 「数字」を並べてみる——2001年と2026年の25年間

2001年。自分が大学を卒業した年。大卒の初任給は——約20万円前後だった。「20万円の初任給をもらえる正社員の椅子」が——なかった。求人倍率0.99。1人に1社の椅子もない。100社受けて全滅。「20万円の初任給すら手に入らなかった男」。派遣社員として働き始めた。手取り——15万円前後。2026年。25年後。今の新卒の大卒初任給は——平均26万7220円(過去最高)。大企業は30万円以上。トップ企業は35万〜50万円。

25年間の変化を数字で見る。2001年の大卒初任給:約20万円。2026年の大卒初任給:約26万7000円。上昇率:約33.5%。25年間で約6万7000円の上昇。「6万7000円」。もやし炒め2233食分。「2233食分のもやし炒め」が——25年間で初任給に加算された。

一方、自分の25年間。2001年の手取り:約15万円。2026年の手取り:16万円。上昇率:約6.7%。25年間で約1万円の上昇。「1万円」。もやし炒め333食分。「25年間の成長がもやし炒め333食分」。「新卒の初任給の25年間の成長は2233食分」。「自分の25年間の成長は333食分」。差:1900食分。「25年間で1900食分のもやし炒めの差がついた」。1900食÷365日=約5.2年分。「自分と新卒の間に、もやし炒め5.2年分の距離がある」。

「この距離は——永遠に縮まらない」。新卒は来年さらに昇給する。自分は——派遣社員のまま。「距離は広がり続ける」。「もやし炒めの距離が毎年広がっていく」。これが——「数字の現実」。感情を排した、乾いた事実。

第2章 「最初の感情」——嫉妬でも怒りでもない。「虚しさ」だった

ホワハラの記事を読んだときは「嫉妬」が最初の感情だった(ホワハラの風景参照)。だが初任給のニュースへの最初の感情は——「虚しさ」。「嫉妬」は「相手が持っているものが欲しい」感情。「虚しさ」は「自分が何を持っていないかを突きつけられる」感情。「嫉妬」には「怒り」のエネルギーがある。「虚しさ」には——「何もない」。ただ——「空っぽ」。

「23年間働いて手取り16万円」。この事実を——「25年前に初任給20万円を手に入れた同世代」の視点で見れば——「あのとき正社員になっていれば、今頃30万円以上もらっているのかもしれない」。「あのとき」。「あのときの100社不採用」が——「25年後の今の手取り16万円」を決定した。「2001年の選択」が——「2026年の現実」を規定している。「25年前の自分の無力さ」が——「25年後の自分の虚しさ」の原因。

だが——「2001年の選択」は「選択」だったのか。「100社受けて全滅」は「選択」なのか。「選べなかった」のではないか。「正社員の椅子が100個あって、1つも選ばなかった」のではない。「椅子が0個だった」。「0個の椅子から選ぶことはできない」。「選べなかった結果」が——「25年後の手取り16万円」。「選べなかった人間」が——「選び放題の時代」のニュースを読む。「虚しい」のは——「当然」だ。

第3章 「怒り」は誰に向けるべきか——新卒に怒っても意味がない

「新卒が30万円もらってるのに、俺は16万円だ。不公平だ」。——この「怒り」は誰に向けるべきか。「新卒」に向けるのは——「八つ当たり」。彼ら・彼女らは「自分の能力と努力で就職した」。「売り手市場」は「彼らが作ったもの」ではない。「時代が彼らに有利だった」だけ。「時代が自分に不利だった」だけ。「時代のせいで苦しむのは自分」だが「時代が有利な人を恨む権利」は——「ない」。

もやし炒めに例える。「スーパーの閉店間際に行ったら半額シールのもやしが売り切れていた」。怒る。だが「半額もやしを買えた人」に怒るのは——「筋違い」。「半額もやしを買えた人」は「たまたま早く来た」だけ。「自分が遅く来た」のが原因。——いや、「遅く来た」のではなく「その時間にしか来れなかった(仕事の都合で)」。「来れる時間が限られていた」のは——「自分のせい」か。「仕事のせい」か。「社会のせい」か。「誰のせいでもない」。「構造」のせいだ。

「構造」。就職氷河期を生んだ構造。「バブル崩壊→企業の採用凍結→新卒の就職先が消滅→非正規雇用の拡大→賃金の停滞→25年間の手取り16万円」。この「構造」が——「自分の人生」を規定した。「怒り」を向けるなら——「構造」に。「なぜ氷河期世代を放置したのか」「なぜ非正規雇用の待遇改善を25年間しなかったのか」「なぜ今になって新卒だけ30万円にするのか」。「怒り」は「構造への批判」に変換すべき。「個人への嫉妬」に堕としてはいけない。

第4章 「初任給30万円」のカラクリ——もやし炒めで解剖する

「初任給30万円」は——「本当に30万円」なのか。日本人材ニュースの記事によれば「初任給42万円の裏の真実」として「固定残業代を含む企業が増えている」。例えば「初任給33万5000円(固定残業代20時間分を含む)」。固定残業代を除くと——「28万円程度」。「30万円以上と見せかけて、実質28万円」。「もやし炒めの大盛り無料」と書いてあるが「大盛りの中身はもやしの水分が多いだけ」のようなもの。「見た目は大盛り。実質は普通盛り」。

さらに「初任給30万円だが、ボーナスなし・退職金なし」の企業もある。「年収=30万円×12ヶ月=360万円」。一方「初任給25万円だがボーナス4ヶ月の企業」。「年収=25万円×16ヶ月=400万円」。「初任給が低い企業のほうが年収が高い」ケースがある。「数字のマジック」。「見出しの30万円」に騙されてはいけない。

だが——「カラクリがあっても、25万〜28万円は確実にもらえる」。自分の手取り16万円と比較すれば——「カラクリがあっても自分より10万円以上多い」。「もやし炒めの水増しがあっても、フランス料理は——もやし炒めより量が多い」。カラクリを指摘したところで——「自分の16万円は増えない」。

第5章 「中高年の賃金抑制」——初任給の裏で起きていること

日本人材ニュースの記事タイトルが象徴的だった。「2026年も初任給高騰の裏で中高年の賃金抑制と”黒字リストラ”が継続か」。「初任給を上げた分のコスト」は——「どこかから捻出する必要がある」。「どこから?」。「中高年の賃金を抑制することで」。つまり——「若者の初任給を上げるために、中高年の賃金を抑える」構造。

「45歳の自分」は——「まさにその『中高年』」。「初任給が上がるほど、自分の賃金は上がりにくくなる」。「初任給30万円のニュース=自分の賃金が上がらないニュース」。「他人の幸福が自分の不幸とトレードオフになっている」構造。

「黒字リストラ」。「業績が好調な企業が中高年を対象に希望退職を募る」。「業績が良いのに——中高年を辞めさせる」。「辞めさせた分のコストで——若者の初任給を上げる」。「中高年の人生のコストで——若者の初任給を賄う」。氷河期世代は——「最初に椅子を奪われ(新卒時の不採用)、次に椅子から降ろされる(中高年のリストラ)」。「二度奪われる世代」。

だが——「中高年の賃金抑制」は「正社員の中高年」の話。「派遣社員の自分」は——「抑制される賃金すらない」。「抑制の対象にすらなれない」。「存在しない椅子は倒されない」。「椅子がない人間は——リストラの心配もない。椅子がないから」。——これは「メリット」か。「デメリット」か。「わからない」。「もやし炒めしか食べていない人間は、フランス料理の値上げに影響されない」のと同じ。「影響されない=関係ない=存在が無視されている」。

第6章 「もやし炒め」と「初任給30万円」——60円と30万円の距離

もやし炒め60円。初任給30万円。「60円と30万円」。「30万円÷60円=5000」。「初任給30万円=もやし炒め5000食分」。「5000食÷365日=13.7年分」。「新卒の初任給1ヶ月分=もやし炒め13.7年分」。自分がもやし炒めを17年間作り続けた。「17年間のもやし炒め=新卒の初任給1.2ヶ月分」。

「17年間の食事」が「1.2ヶ月の給料」に相当する。「自分の17年間の食の歴史」が——「新卒の1ヶ月ちょっとの給料」。この計算に——「意味はない」。だが「虚しさを数値化する」ことで——「虚しさが客観的に見える」。「客観的に見える=感情に飲み込まれない=冷静でいられる」。もやし炒めの「計量スプーン」と同じ。「感情を計量する」。「計量すれば入れすぎない」。「虚しさを計量すれば、虚しさに飲み込まれない」。

第7章 「新卒30万円」を「羨ましい」と思う自分と「良かったね」と思う自分

正直な感情を2つに分解する。感情1は「羨ましい」。「自分の時代にもこの初任給があれば」。「自分が22歳のときに30万円もらえていたら、人生はまるで違っていた」。「NISAを25歳から始められていたら」「もやし炒めではなく普通の料理を食べられていたら」「パニック障害にならなかったかもしれない」。「もしも」の連鎖。「もしも」は——「無限に続く」。だが「もしも」は——「現実にはならない」。

感情2は「良かったね」。——意外かもしれないが「良かったね」の気持ちが——「ある」。なぜか。「自分が経験した地獄を、今の若者が経験しなくて済む」から。「100社不採用の恐怖」「手取り15万円で家賃を払えない恐怖」「非正規雇用の不安定さ」。これらを——「今の新卒は経験しなくて済む」。「自分が苦しんだから、次の世代も苦しむべきだ」とは——思わない。「自分が苦しんだからこそ、次の世代には苦しんでほしくない」。

もやし炒めの例え。「自分は60円のもやし炒めで生き延びた。だから他の人も60円で生き延びるべきだ」——とは思わない。「自分は60円で生き延びた。他の人が500円で美味しいものを食べられるなら、それは良いことだ」。「自分の苦痛を他人に強制する」のは——「苦痛の再生産」であり「最も意味のない行為」。

だが——「良かったね」と思えるまでに「23年間かかった」のも事実。「最初の10年間」は「怒り」しかなかった。「次の10年間」は「諦め」だった。「最後の3年間」でやっと「もやし炒めの哲学」を確立して「自分の人生を肯定できるようになった」。「肯定できるようになったから——他人の幸福を祝えるようになった」。「自分が幸福でなければ、他人の幸福を祝えない」。「自己肯定が他者肯定の条件」。「もやし炒めを美味いと思えるようになったから、フランス料理を美味いと思える人を——祝えるようになった」。

第8章 「それでも聞きたい」——なぜ氷河期世代は放置されたのか

初任給を30万円に上げる余裕が——「今の企業にはある」。「人手不足だから」「採用競争が激しいから」。だが——「25年前も人手は必要だった」。「25年前も若者は就職したかった」。「なぜ25年前は初任給を下げ、採用を凍結し、若者を路上に放り出したのか」。「なぜ今は初任給を30万円に上げてまで若者を獲得しようとするのか」。

答えは——「少子化」。「2001年は若者が余っていた。2026年は若者が足りない」。「若者が余っている=安く使い捨てる。若者が足りない=高く買い集める」。「人間を商品として扱っている」構造が——25年間変わっていない。「安いときは買い叩き、高いときは競り上げる」。「もやしの値段」と同じ。「もやしが大量に出回る→30円。もやしが不足する→40円」。「もやしの需給で価格が決まる」ように——「若者の需給で初任給が決まる」。

「自分は——需給の底で社会に出た」。「もやしが最も安い日に市場に出荷された」。「30円のもやし」として。「今の新卒は——需給の頂点で社会に出る」。「もやしが最も高い日に出荷される」。「50円のもやし」として。「同じもやし(同じ人間)なのに、出荷日(卒業年)で値段(初任給)が違う」。「もやしに罪はない。市場に罪がある」。「若者に罪はない。社会に罪がある」。

第9章 「手取り16万円」でも「120バリエーション」がある——自分だけの豊かさ

初任給30万円の新卒は——「もやし炒め120バリエーション」を持っているか。「NISAの残高90万円」を持っているか。「散歩30分/日の習慣」を持っているか。「読書年間30冊」を持っているか。「パニック障害を乗り越えた精神力」を持っているか。——「持っていない」(まだ社会に出て1日目だから。これから手に入れるかもしれないが)。

「お金で測れない資産」が——「23年間のサバイバルで蓄積された」。「120バリエーションのもやし炒め」は——「30万円では買えない」。「17年間の調理経験」は——「初任給がいくらであっても手に入らない」。「時間をかけた蓄積」だけが生む「資産」。「初任給30万円は1日で手に入る。120バリエーションは17年かけないと手に入らない」。「速度で負けた。蓄積で勝った」。——「勝ち負け」ではないが。「自分だけの豊かさ」を——「確認する」。「確認しないと見えなくなるから」。「数字(16万円)の前に隠れてしまうから」。

「お金の豊かさ」と「経験の豊かさ」は「別の次元」にある。「16万円は少ない。だが120バリエーションは多い」。「どちらの数字で自分を測るか」を——「自分で選ぶ」。「社会は16万円で自分を測る」。「自分は120バリエーションで自分を測る」。「測り方が違えば、結果が違う」。「社会の測り方では『負け組』。自分の測り方では『120バリエーションの男』」。「どちらの測り方を採用するかは——自分が決める」。

第10章 「初任給30万円の世界」に対して、手取り16万円の男ができること

できること1は「嫉妬を認めて、手放す」。「羨ましい。認める。だが引きずらない」。「嫉妬を引きずる=もやし炒めの醤油を入れすぎるのと同じ。しょっぱくて食べられなくなる」。「大さじ1(適度な嫉妬)で止める」。できること2は「自分の領域で成長を続ける」。「初任給は変えられない。だがもやし炒めのバリエーションは増やせる。NISAは積み立てられる。散歩は続けられる。読書は続けられる」。「変えられるものを変える」。

できること3は「若者を応援する」。「若者が30万円もらって、いい仕事をして、いい社会を作ってくれるなら——それは自分にとってもいい社会になる」。「若者の成功=社会の成功=自分の生活環境の改善」。「利己的な応援」でも「応援」は「応援」。できること4は「もやし炒めを作り続ける」。「60円の食事が自分の基盤」。「基盤がある限り——立っていられる」。「初任給がいくらになろうと——もやし炒めは60円」。「もやしの値段は変わらない」。「自分の基盤は揺るがない」。

できること5は「この感情を書く」。「虚しさも、嫉妬も、怒りも、『良かったね』の気持ちも——書く」。「書くことで整理される。整理されれば消化される。消化されれば栄養になる」。「もやし炒めが体の栄養になるように。感情の言語化が心の栄養になる」。このエッセイ自体が——「初任給30万円のニュースを消化するためのもやし炒め」。

結論——「初任給」は「もやし炒めの値段」と同じ——「値段」で「味」は決まらない

もやし炒め60円。フランス料理5000円。「値段」は83倍違う。だが「味の価値」は——「値段では測れない」。「60円のもやし炒めが5000円のフランス料理より美味い夜」が——「ある」。「値段=味」ではない。初任給16万円。初任給30万円。「金額」は約2倍違う。だが「人生の価値」は——「金額では測れない」。「16万円の人生が30万円の人生より豊かな日」が——「ある」。「金額=人生の価値」ではない。

自分の人生の「値段(16万円)」は——低い。それは事実。否定しない。だが自分の人生の「味(もやし炒め120バリエーション+NISA90万円+散歩の習慣+読書30冊/年+パニック障害の克服+23年間のサバイバル)」は——「悪くない」。「悪くない」と——思えるようになった。23年かかったが。もやし炒めの「味」を信じるように。自分の「味」を——信じる。

初任給30万円の世界を——「遠くから見ている」。「参加できない祭り」を「塀の外から見ている」。「楽しそうだな」。「いい音楽が聞こえるな」。「でも——自分の家にも、もやし炒めと発泡酒がある」。「自分の食卓にも、ラジオの音楽がある」。「祭りには参加できないが——自分の食卓は悪くない」。

今夜のもやし炒め。少し醤油が多く入った。「しょっぱい」。でも——食べる。「しょっぱいもやし炒め」も——「自分が作ったもやし炒め」だから。「味が完璧でなくても——自分の手で作ったものには意味がある」。「初任給が30万円でなくても——自分の手で生きてきた人生には意味がある」。60円のもやし炒めの意味。16万円の人生の意味。「意味」は——「自分が決める」。「社会が決める値段」ではなく。「自分が決める意味」で——生きていく。明日も。もやし炒めを作りながら。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

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