- はじめに――なぜ今、半世紀前の相場師なのか
- 第1章 立花義正という人物――その生涯
- 1-1. 生年と時代背景
- 1-2. 三菱系造船会社のエンジニアとして
- 1-3. 太平洋戦争とビルマ出兵
- 1-4. 戦後、自社株から始まった株への興味
- 1-5. 朝鮮特需と最初の幸運
- 1-6. スターリン暴落――1953年の地獄
- 1-7. 暗黒の試行錯誤期――本に埋もれる日々
- 1-8. 詐欺師まがいの「先生」たちとの邂逅
- 1-9. 商品相場(小豆)への転向
- 1-10. 兜町の老人――運命の一言
- 1-11. 二度目の悲劇――工場での事故と片足切断
- 1-12. 退職、そして再起への決断
- 1-13. パイオニアという生涯の相棒
- 1-14. 500万円から5億円へ
- 1-15. 著書『あなたも株のプロになれる』の誕生
- 1-16. 1985年、立花の死
- 第2章 『あなたも株のプロになれる』という一冊だけの遺産
- 第3章 立花哲学の根幹――「当て屋」から「技術者」へ
- 第4章 分割売買という思想
- 第5章 逆張りの本質――「材料を忘れる」
- 第6章 うねり取りとリズム
- 第7章 ツナギの技法――両建ての真髄
- 第8章 本玉・試し玉・乗せ――建玉の構造
- 第9章 道具――場帖、玉帖、グラフ
- 第10章 銘柄の限定と専門化
- 第11章 雑音無視という哲学
- 第12章 ゼロをつくる――区切りの思想
- 第13章 メンタルとリズム――精神管理の重要性
- 第14章 30年の結論――立花の到達点
- 第15章 現代の個人投資家への示唆
- 第16章 立花哲学の限界と注意点
- 第17章 立花義正から学ぶ普遍的なもの
- おわりに――立花義正と私たち
- 参考資料
はじめに――なぜ今、半世紀前の相場師なのか
スマートフォンを開けば、AIによる株価予測、SNSでの「億り人」自慢、瞬時に約定する高頻度取引、そしてインデックス積立を勧めるFIRE系インフルエンサーの動画があふれています。投資の世界は、立花義正という人物が現役で売買していた昭和の時代とは、外見上、まったく別物に変貌しました。
それでも私は、いま改めて立花義正の投資哲学について書きたいと思います。理由はシンプルです。彼が30年かけて獲得した「相場で食っていくとはどういうことか」という洞察は、テクノロジーやツールが変わっても、いっこうに古びていないからです。むしろ、情報が爆発的に増え、判断の軸を失いやすくなった今だからこそ、立花の哲学は強烈な光を放っていると感じます。
立花義正は1909年生まれの相場師です。著書はたった一冊、『あなたも株のプロになれる――成功した男の驚くべき売買記録』のみ。続編もなければ、有料セミナーもなく、雑誌連載もない。Wikipediaの記述ですら数行で終わっています。それなのに、この一冊だけが、令和の今もなお版を重ね、ネット上で「相場のバイブル」と称され、本物の個人投資家たちに静かに、しかし深く、影響を与え続けているのです。
私は長年、この本を読み返してきました。最初に手にしたときは正直、何が書いてあるのか半分も理解できませんでした。「ナンピン三分の一」「ツナギ」「本玉」「試し玉」――専門用語の壁が高く、しかも内容が思った以上に哲学的で、即効性のあるノウハウ本を求めていた当時の私には、まったく刺さらなかったのです。
ところが、自分自身で痛い目を見るたびに、この本に戻ってくるようになりました。損切りができずに塩漬けにしてしまったとき。短期トレードのつもりが長期保有に化けてしまい、結局大損したとき。SNSの情報に振り回されて、自分のスタイルを見失ったとき。そのたびに、立花の言葉が新しい意味で響くようになりました。「材料を映して株価が動けば、相場がいわゆる『あと付け』になっているわけだから、その反対のことをする」――最初は禅問答にしか聞こえなかった一節が、ある日突然、痛切な真実として腹に落ちる瞬間が来るのです。
この記事では、私が立花義正の投資哲学について長年考えてきたことを、できる限り体系的に、そして分かりやすくお伝えしたいと思います。単なる手法の紹介に終わらず、彼がなぜそのような思想に到達したのか、そして現代の私たち個人投資家にとって、その思想がどんな意味を持つのかまで掘り下げていきます。
10万字を超える長い文章になりますが、章立てを工夫しましたので、必要な部分だけ読んでいただいても構いません。とはいえ、できれば最初から最後まで通して読んでいただけると、立花の思想の有機的なつながりが見えてくるはずです。
それでは、半世紀以上前にパイオニア株という一銘柄を相手に、500万円を5億円に変えた一人の男の哲学の世界へ、ご案内します。
第1章 立花義正という人物――その生涯
1-1. 生年と時代背景
立花義正は1909年(明治42年)に生まれ、1985年(昭和60年)に76歳で亡くなりました。これはWikipediaにも記載されている最低限の事実です。明治、大正、昭和という日本の激動の時代を生き、戦争、復興、高度経済成長、そして石油危機まで、ほぼすべての歴史的局面を体験した世代に属しています。
この時代背景を押さえておくことには意味があります。なぜなら、立花が相場の世界に入り込んでいった経緯は、彼個人の物語であると同時に、戦後日本の経済史の縮図でもあるからです。彼が直面した「スターリン暴落」も、「朝鮮特需」も、彼自身の人生の中で起きた具体的な出来事であって、ニュースの中の他人事ではありませんでした。歴史と相場と人生が、文字通り三位一体になっているのです。
1-2. 三菱系造船会社のエンジニアとして
立花の青年期から壮年期の本業は、三菱系の造船会社のエンジニアでした。サラリーマンです。証券会社の人間でも、投資顧問でもありません。これは立花義正の投資哲学を理解する上で、決定的に重要なポイントです。
立花は最初から「相場のプロ」だったわけではなく、技術者として工場で働きながら、副業的に株式投資を始めた人物です。つまり、私たちの大多数が置かれている「日中は仕事、空いた時間で投資」というスタイルの先輩なのです。
エンジニアという職業柄、立花には「物事を技術として捉える」という思考の癖がありました。これは後年、彼が相場を「当てるゲーム」ではなく「習得すべき技術」として捉え直すうえで、決定的な役割を果たします。彼の本のタイトルにある「あなたも株のプロになれる」の「プロ」とは、要するに「技術を身につけた人」という意味なのです。
1-3. 太平洋戦争とビルマ出兵
立花は太平洋戦争でビルマ(現ミャンマー)に出兵した経験を持ちます。当時の日本軍にとってビルマ戦線は、第二次大戦中でも特に悲惨な戦場の一つで、補給は乏しく、密林とマラリアと飢餓に苦しめられました。インパール作戦で有名な、あの戦線です。
これがどう投資哲学につながるのかと思われるかもしれません。直接的な記述はあまり残っていませんが、私の解釈では、こうした極限状況を生き延びた経験は、立花の相場観に「生き残ることの優先性」という色濃い感覚を植え付けたのではないかと感じます。彼の本を読むと、「儲ける」よりも「死なない」ことへの異様なまでのこだわりが行間ににじんでいるのです。
「相場で大儲けすることよりも、相場で生き延びることのほうがはるかに難しい」――立花は何度もこのメッセージを発信しています。これは戦場帰りの感覚と無縁ではないでしょう。
1-4. 戦後、自社株から始まった株への興味
終戦後、立花は会社で配布された自社株をきっかけに、株式投資に興味を持つようになります。これも当時の日本人サラリーマンとして、典型的な入口でした。財産税対策などで自社株を持つ機会は多く、そこから本格的な投資に入っていくパターンは珍しくなかったのです。
ここで重要なのは、立花が「最初は素人だった」という事実です。後に5億円を築く相場師になるとはいえ、出発点は私たち普通の投資家とまったく同じ。自社株を眺め、株価が上がったり下がったりすることに興味を持ち、なんとなく取引を始めた――そういう普通の人だったのです。
天才肌の投資家ではない、努力と挫折と再起の人。これが立花義正という人物の最も大きな魅力であり、彼の投資哲学に説得力を与えている源泉でもあります。
1-5. 朝鮮特需と最初の幸運
1950年に勃発した朝鮮戦争は、敗戦から立ち直りつつあった日本経済に「朝鮮特需」という大きな追い風をもたらしました。在日米軍向けの物資調達、軍需関連株の急騰など、株式市場は短期間で活況を呈します。
立花も、この朝鮮特需の波に乗って、株価の値上がりを経験しました。本のタイトル『あなたも株のプロになれる』の第1章は「初心者の幸運とスターリン暴落」となっていますが、この「初心者の幸運」がまさに朝鮮特需期の経験を指していると考えられます。
初心者の幸運というのは、相場の世界で本当に怖い現象です。なぜなら、まったく技術を持たない人間が、相場全体の上昇の力だけで儲かってしまうと、自分の腕で儲けたと錯覚してしまうからです。立花も例外ではなく、この時期、自分は株が分かると思い込んでいた節があります。
1-6. スターリン暴落――1953年の地獄
そして、運命の1953年3月。立花の人生を一変させる事件が起きます。ソ連の独裁者スターリンの死亡が報じられ、東西冷戦の不透明感から、日本の株式市場は一日にして大暴落に見舞われたのです。これがいわゆる「スターリン暴落」「スターリンショック」と呼ばれる出来事で、戦後日本の証券史における最大級のショック安の一つでした。
立花の著作には、このときの証券会社店頭の凄絶な情景が記録されています。書評ブログ「かまーんの習慣化で豊かになるブログ」によると、立花の本(17ページ付近)には次のような記述があるそうです:
朝からストップ安ばかりです。買い物なしストップですから、値がつかないままです。証券会社の店先で気が狂った女の人がいたそうです。私も証券会社に行きましたが、そこの入り口のわきにある鉢植えの植木につかまって立っている中年の男の人が、葉をむしって散らかしていました。しかし、だれも目にとめません。それどころではないのです。そのうちに、その中年の男の人の足もとに水たまりができました。見るとズボンがびしょぬれです。暴落の恐ろしさに小便をもらしてしまったのです。
これを読んだとき、私は背筋が冷たくなりました。失禁するほどの恐怖を伴う暴落。立花自身も、椅子のひじ掛けを握りしめた手が離れなくなり、指を一本一本ほどいてようやく立ち上がったと書いています。
立花はこの暴落で、遺産も含めた全財産を失ったとされています。これが彼にとっての一度目の大敗です。普通の人なら、ここで株は二度とやらないと心に誓って人生をやり直すところでしょう。しかし立花は、そうしなかった。むしろここから、本格的に「相場とは何か」を考え始めるのです。
1-7. 暗黒の試行錯誤期――本に埋もれる日々
スターリン暴落後、立花は猛烈な勉強を始めます。仕事が終わったあと、休日のすべてを、株の研究にあてました。壁一面の本棚は株式投資の本でびっしりと埋まり、押し入れにも本、新聞の切り抜き、手書きのチャートが山積みになったといいます。
立花のこの努力家ぶりは、彼の本を読んだ多くの読者が口を揃えて指摘するところです。私もこの逸話を初めて読んだとき、強烈な親近感と同時に、ある種の絶望感を覚えました。なぜなら、それだけ努力しても、立花はその後も株で勝てない時期が続いたからです。
「知識はあっても、できなかった」――これは、立花を解説するブログでよく使われる言い回しですが、まさに核心を突いています。本を読むことと、相場で利益を出すことは、根本的に別の能力なのです。
1-8. 詐欺師まがいの「先生」たちとの邂逅
勝てない日々の中、立花は何人かの「相場の先生」と称する人物に弟子入りを試みます。当時は今のようにネットがありませんから、株式投資のノウハウを学ぶには、書籍以外には対面の「先生」に頼るしかありませんでした。
しかし、立花が出会った人々の多くは、いわゆるインチキ投資顧問だったようです。著書では、こうした「先生」たちに騙された経験が赤裸々に語られています。お金を払い、情報を買い、信頼して取引した結果、さらなる損失を抱えてしまう――立花の物語のこの部分は、現代でいうところの「SNS情報商材詐欺」や「ペーパー株トレーダーへの課金」と本質的に変わりません。
時代は変わっても、相場で苦しむ初心者が「誰か信頼できる人に教えてもらいたい」と願う気持ちは普遍的であり、その心理につけ込む人々もまた、いつの時代にも存在するのです。
1-9. 商品相場(小豆)への転向
株式投資で勝てない立花は、ついに商品相場、特に小豆相場への転向を決意します。これが彼の人生における最初の決定的な転機となりました。
なぜ小豆だったのか。立花自身の解説によれば、商品相場のほうが値動きに「クセ」があり、需給要因が明確で、株式のような企業業績や政策などの不透明要素が少ないため、技術を磨きやすいと判断したからのようです。
そして兜町(かぶとちょう、東京の証券街)の小さな仲買店で、立花は人生を変える出会いをします。
1-10. 兜町の老人――運命の一言
兜町の小さな取次店に立ち寄った立花は、そこで老相場師に出会います。複数のブログで「商品取引所のお爺さん」「昔気質のような老相場師」と表現されているこの人物が、立花に決定的なアドバイスを与えたのです。
そのアドバイスとは、要約すると次のようなものでした。
銘柄をひとつに絞りなさい。あちこち手を出すから上達しないのだ。一つの銘柄を徹底的に売買して、その値動きのクセを体に覚え込ませなさい。
これが、立花の人生を変えた一言です。書評ブログ「AI投資による自分年金研究室」によれば、立花はこの老人に諭され、「銘柄固定方式でのうねり取りに絞ることにして、相場技術に開眼していった」とされています。
私はこのエピソードに、ある種の宗教的な感動すら覚えます。誰でもない、名もなき市井の老人から、たった一つのアドバイスを受け取り、それを真剣に実行したことで、人生がまったく違う方向に進んでいく――これは小説のような話ですが、立花の場合は紛れもなく現実だったのです。
老人の言葉のもう一つの重要な部分は、「材料を映して株価が動けば、相場がいわゆる『あと付け』になっているわけだから、その反対のことをすること、具体的に言えば、悪材料が出て下げたら逆向かいで買うことですよ」というものでした。この一言が、立花の逆張り思想の出発点となります。
そしてもう一つ、老人は分割売買のヒントも与えました。「ヒントは、昔から言う『ナンピン三分の一』『乗せは三分の一』『ツナギは三分の一』ですよ。これは書き留めておきなさい」――この三つの三分の一が、立花の生涯の指針となるのです。
1-11. 二度目の悲劇――工場での事故と片足切断
しかし、立花の試練はまだ終わっていませんでした。彼は再び大きな失敗をします。退職金の前借りまでして大きな建玉をしたところで、株価が大暴落。損切りできずに含み損を抱え、1ヶ月間、夜も眠れず酒浸りの日々が続きました。
そして、致命的な事件が起きます。寝不足のまま勤務していた工場で、飛んできた鉄板が立花を直撃したのです。脇腹の傷は腹膜を破り、腸がはみ出しそうだったといいます。膝は皿の骨が砕け、関節がグチャグチャになっていた。体が弱っていたため回復力もなく、足は腐ってきました。
そして、4月末、片足を切断する手術が行われたのです。
この出来事は、立花の人生のどん底でした。本の73ページあたりにこう書かれているといいます:
私は精神的にも打ちのめされ、廃人同然でした。ふるえる手で手紙を書き、家内に持って行ってもらいました。すべてを清算してくれるように頼んだのです。
すべての株を清算し、相場から足を洗い、リハビリに専念する――この時点で、立花は完全に「相場の世界からの引退」を覚悟していました。
1-12. 退職、そして再起への決断
しかし、運命はさらに残酷でした。事故により会社を辞めざるを得なくなった立花は、心ない女子社員に陰で嘲笑されるなどの屈辱も味わったといいます。職場の居場所も失い、退職を余儀なくされたのです。
ここで立花がどうしたか。彼は再び、相場の世界に戻ってくる決断をします。退職金500万円を元手に、本格的に専業相場師としての道を歩み始めるのです。1953年のスターリン暴落で全財産を失い、その後も負け続け、片足を失い、職を失い――どん底の中で、立花はもう一度立ち上がったのです。
私はこの場面が、立花義正という人物の本質を最もよく表していると思います。普通なら、ここで諦めて、二度と相場には手を出さないだろう。あるいは、捨て鉢になって、めちゃくちゃな取引で破滅するだろう。しかし立花は、過去の失敗から学び、技術を磨くことを誓って、もう一度、相場と向き合ったのです。
1-13. パイオニアという生涯の相棒
そして立花が選んだ専門銘柄が、パイオニア株です。当時のパイオニアは、まだ「パイオニア工業」とも呼ばれていた頃の銘柄で、オーディオ機器メーカーとして成長していました。
立花はこの一銘柄を、17年間にわたって売買し続けたのです。17年です。普通の投資家が一つの銘柄を5年保有することすら稀な現代の感覚からすると、信じがたい数字でしょう。彼は自らを「パイオニ屋」と呼びました。
ブログ「ねほり.com」によれば、立花氏(1909年生)はパイオニア1銘柄だけを17年間売買し続け、大きな資産を築いた成功者です。なお、本に収録されている売買譜は、昭和49年(1974年)7月始め~昭和51年(1976年)末までの売買記録で、これは立花の相場師としての最も成熟した時期にあたります。
1-14. 500万円から5億円へ
最終的に立花は、退職金500万円を元手に5億円の資産を築き上げました。アメブロのある記事では「生活費を引いて、5億残された」と記載されています。
500万円を5億円ですから、約100倍。期間は約30年(昭和28年~昭和57年とされています)。年率に換算すると、おおよそ16%前後の複利成長です。これは、現代のインデックス投資の平均リターン(年率6〜8%)の倍以上ですし、ウォーレン・バフェットの長期リターン(年率約20%)には及ばないものの、それに迫る水準です。
何より、500万円という比較的小さな元手から、生計を立てながら5億円まで増やしたという点が驚異的です。生活費を毎月引き出しながら、それでも資産を増やしていく。これがどれほど難しいことか、専業投資家を志したことのある人なら痛感するはずです。
1-15. 著書『あなたも株のプロになれる』の誕生
そして晩年、立花は自分の30年の経験を一冊の本にまとめます。それが『あなたも株のプロになれる――成功した男の驚くべき売買記録』です。
この本を世に送り出すうえで重要な役割を果たしたのが、相場師であり投資教育者でもあった林輝太郎氏でした。林氏は立花の友人であり、彼の売買技術の価値を見抜いていました。本の冒頭には「立花さんのこと――林輝太郎」という章があり、立花の人物像を林氏が紹介するという構成になっています。
注目すべきは、立花がこの本以外に著作を残していないという事実です。続編もなければ、雑誌連載もない。投資顧問業も始めなかった。本当に、自分の経験を一冊だけ書き残して、静かに相場の世界から去っていったのです。
このことから、立花の動機が金儲けや知名度ではなかったことがうかがえます。書評ブログ「トレードラボ」では、「先輩として何か残せるものがあるのでは、といった愛情に満ちた内容で、この本を売ってお金儲けをしたいという類の本では無い」と評されています。
1-16. 1985年、立花の死
立花義正は1985年に76歳で亡くなりました。日本がバブル経済の絶頂期に向かって突き進んでいたまさにその時期に、彼は静かにこの世を去ったのです。
本の刊行は1987年4月(楽天ブックスの情報による)とされており、これは立花の死後となります。原稿が遺稿として残り、林輝太郎氏らの手によって本にまとめられた可能性が高いです。
彼の生涯を振り返ると、これは単なる「儲かった投資家」の物語ではありません。一人の男が、戦争を生き延び、財産を失い、健康を失い、職を失い、それでも諦めずに自分の道を見つけ、それを誰かに伝え残そうとした――そういう普遍的な人間ドラマなのです。
私が立花の哲学を語るときに、必ず人物像から始めるのは、このためです。彼の手法だけを切り出して語っても、それは枝葉に過ぎません。なぜ彼がそういう手法に到達したのか、何を失い、何を学んだのか――それを理解せずに、ナンピン三分の一だのツナギだのを真似しても、本質には触れられないのです。
第2章 『あなたも株のプロになれる』という一冊だけの遺産
2-1. 本の基本情報
立花義正の著書『あなたも株のプロになれる――成功した男の驚くべき売買記録』は、同友館から出版されています。サイズはB6判、ページ数は約280ページ。ISBN:9784496013560、初版は1987年4月(楽天ブックスの情報による)と記載されており、これは立花の死後(1985年没)に刊行されたことになります。
この事実は重要です。立花は生前に自分の本が出版されるのを見届けていない可能性が高いのです。原稿が遺稿として残り、林輝太郎氏らの手によって本にまとめられた、と推測されます。実際、本の冒頭の林氏による「立花さんのこと」という追悼的な性格の章があることからも、そう考えられます。
価格は現在1,980円(税込)程度。中古市場ではブックオフなどで500円台でも入手可能です。それでも何十年も版を重ね続け、令和の現在も書店で買えるロングセラーであることは特筆すべきです。
2-2. 目次の全体像
楽天ブックスや同友館の公式ページに掲載されている目次を整理すると、以下のような構成になっています:
第1部 研究と試行錯誤
- 初心者の幸運とスターリン暴落
- 銘柄の限定
- 努力は自分自身で
- 実技の質が問題
- “当て屋”から脱皮せよ
- 実行意欲をもて
- 分割売買の基準
- 相場師に見栄は不要
- 一発必中は必敗の法
- 理論より実践面
第2部 売買の定石
- 売買するための道具
- 自己改造法
- 本格的売買への切替え
- 抽象的相場論を排せ
- 技術の向上
- ツナギ売り開始
- 売り乗せ
- 本玉と増し玉
- 利益確保とツナギ
第3部 売買技法の上達
- 売買の区切り
- ツナギの技法
- グラフと場帖
- タイミングの狂い
- 基本の次の段階
- 乗せは逆張り
- 満足する売買
- 受入れ態勢
- 根の玉
第4部 建て玉の操作
- 大波と小波
- 売買における短所と長所
- 悪手を避ける
- ポジションを作るには
- 区切りのつけかた
- 「取れる」ように取る
- 本玉維持のツナギ
- 読者は理想の相場師に
- 株式売買三十年の結論
この目次を眺めるだけでも、立花の関心の所在がよく分かります。「当てる」ことではなく「技術」を磨くこと、そして「玉を操作する」ことへのこだわりです。
2-3. 受賞歴と評価
立花の著書は、パンローリング社主催の「ブルベア大賞2007-2008」において特別賞を受賞しています。これはWikipediaにも記載されている事実です。受賞時には、立花本人は既に亡くなって20年以上経過していたわけですが、それでも作品の価値が再評価されて表彰されたという点に、この本の長く深い影響力がうかがえます。
楽天ブックスのレビューでも、「三回読み返して、頭にたたき込みました」「とにかく買って読んでみてください。プロの張り方が暴露されてます」「古典的名著です。特に半生を語った部分は下手な小説より魅力的」といった熱量の高いコメントが並んでいます。
2-4. 本の構造――「半生記」と「売買技法」の二重構造
この本を読んで気づくのは、内容が二つの層で構成されていることです。
一つは、立花義正の半生を語る「物語」の層。スターリン暴落で破産し、事故で片足を失い、それでも500万円の退職金から5億円を築き上げた一人の男の人生が、生々しく語られます。書評では「下手な小説より魅力的」と評されるほどです。
もう一つは、彼が30年かけて獲得した売買技術を解説する「教科書」の層。分割売買、ツナギ、本玉、試し玉、玉帖の付け方など、極めて具体的な技術論が展開されます。
この二層構造は、決して偶然ではないと私は思います。立花は、技術だけを抽象的に語っても伝わらないことを知っていた。だから、自分の人生という具体例の中に、技術を埋め込んで提示したのです。
「この場面で、私はこう判断した。その結果こうなった」という具体的な記述が、技術論の説得力を支えています。これは、現代の投資本の多くが失っているものです。
2-5. 売買譜の公開という前代未聞の試み
そして、この本の最大の特徴は、立花自身の実際の売買譜(売買記録)が、ほぼ生のまま掲載されているという点です。
書評では「実際の売買に使われた場帖や玉帖が複数掲載されている」と紹介されています。具体的には、昭和49年(1974年)7月始めから昭和51年(1976年)末までの約2年半のパイオニア株の売買記録が、日付、株価、建玉、売買の意図、結果まで含めて、こと細かに記載されています。
これは投資本の世界では極めて異例です。なぜなら、自分の手法を本に書くと真似されてしまう、あるいは批判の的になる、というリスクがあるからです。多くの投資本は、抽象的な原則論にとどまったり、過去の儲かった話だけをエピソード的に語ったりします。
ところが立花は、儲かった取引も、損切りした取引も、判断ミスも、すべて公開してしまったのです。ねほり.comというブログでは、この売買譜を実際にグラフ化して検証する試みが行われており、「2年で約30回も月曜売り買いをしている」など、立花が自ら掲げた原則を破っている例まで指摘されています。
立花は完璧な相場師ではありませんでした。彼自身も判断ミスをしていたし、自分のルールを破ることもあった。それでもトータルで勝っていた――この生々しい現実こそが、この本の価値の核心なのです。
2-6. なぜ「あと付け」のような本にしなかったのか
これは私の解釈ですが、立花は「成功者の語る後付けの理屈」を徹底的に嫌っていたようです。だからこそ、自分の本でも、後付けの理屈ではなく、生のプロセスを記述することにこだわったのではないでしょうか。
立花の言葉に「材料を映して株価が動けば、相場がいわゆる『あと付け』になっているわけだから、その反対のことをする」というものがあります。これは取引の文脈での発言ですが、彼の思想の根本にある「あと付けへの嫌悪」をよく表しています。
世の中の多くの投資本は、「私はこうして儲けた」というあと付けの英雄譚です。しかし立花は、「私はこう失敗し、こう試行錯誤し、こう少しずつ技術を獲得していった」というプロセスそのものを書こうとした。これが、半世紀近くこの本が読み継がれている理由の一つだと思います。
2-7. 林輝太郎との関係――師ではなく友人
立花義正を語るうえで欠かせないのが、林輝太郎との関係です。林輝太郎は1926年生まれ、商品先物取引で名を上げた相場師であり、後に林輝太郎投資研究所(現・林投資研究所)を設立した投資教育者です。Wikipediaによれば、林は1948年(昭和23年)に集団売買の時代に平和不動産株10株を92円50銭で買い、利益をあげたのが相場師としての始まり、とあります。
立花と林の関係は、しばしば「師と弟子」と誤解されますが、実態は「友人」または「同志」に近かったようです。立花のほうが17歳ほど年上ですから、年齢的には立花が兄貴分。しかし相場の世界での実績や、教育者としての立場は林が先輩格。お互いを尊敬し合う、対等な相場師同士の関係だったと推測されます。
林は自身の著書『うねり取り入門』などで、立花のパイオニア株売買を「個人プロの典型」として高く評価しています。逆に立花は、林のことを著書の中で言及し、「もし自分が売買をはじめた頃、林先生の本を読んでいたら、もっと早く基本の方法を知ることができただろう」と書いている節があります。
二人の関係性は、「うねり取り」「分割売買」という日本独自の相場技法の系譜を考えるうえで、非常に重要です。江戸時代の本間宗久(米相場の伝説的相場師)に始まり、林輝太郎、立花義正、そして板垣浩や旭洋子といった現代に近い相場師たちまで、この系譜は脈々と受け継がれているのです。
2-8. 本が「読みにくい」と言われる理由
正直に言うと、この本は「分かりにくい」「初心者には難しい」と評されることが多い本です。私自身、最初に読んだときは「何を言っているのか半分も理解できない」と感じました。
なぜ読みにくいのか。理由はいくつかあります。
第一に、用語が独特で、現代の証券用語とは違うものが多用されています。「玉(ぎょく)」「ツナギ」「本玉(ほんぎょく)」「試し玉(ためしぎょく)」「乗せ(のせ)」「逆張り(ぎゃくばり)」など、伝統的な相場用語をそのまま使っています。
第二に、立花は理論的・体系的な記述があまり得意ではなかったようで、文章があちこちに飛びます。同じ話題が複数の章にまたがって出てきたり、突然関係ない逸話が挟まったりします。
第三に、これは最も本質的な理由ですが、立花が伝えようとしているのは「形式知」ではなく「暗黙知」だからです。手法そのものよりも、「相場とどう向き合うか」「自分自身をどう改造するか」という、本来言葉で伝わりにくい領域に踏み込んでいるのです。
しかし、これらの「読みにくさ」は、決して欠点ではありません。読みにくいからこそ、何度も読み返さざるを得ず、そのたびに新しい発見がある。読みにくいからこそ、簡単に消費されて忘れられることなく、半世紀読み継がれている――そう考えることもできます。
2-9. 「永遠のバイブル」と呼ばれる所以
カマンブログでは、この本が「永遠のバイブル」と表現されています。Amazonのレビューでも、長年再読を続けている人が多く、「擦り切れるくらい読んだ」という証言が複数あります。
なぜ「バイブル」なのか。私の解釈では、それはこの本が「答え」ではなく「問い」を提供しているからです。
普通の投資本は「こうすれば儲かる」という答えを提示します。しかし立花の本は、「あなた自身は相場とどう向き合うのか」という問いを、繰り返し読者に投げかけてきます。
「あなたは当て屋のままでいいのか?」 「あなたは自分の型を持っているか?」 「あなたは雑音に振り回されていないか?」 「あなたは自分の銘柄を持っているか?」
この問いの数々に向き合うことなしに、立花の手法だけを真似しても、何も得るものはありません。逆に、これらの問いに真剣に向き合えば、たとえ立花の手法を一字一句真似しなくとも、自分なりの投資哲学が立ち上がってくる――そういう仕掛けになっているのです。
2-10. 本の中で繰り返される六つの上達ステップ
立花は本の中で、株式売買において重要なこととして次の六つを挙げています。これも書評で何度も引用される、本書のエッセンスです:
- 基本を知ること
- 練習すること
- 自分の売買を固めること
- 実践に応用できるようになること
- 上手な人の売買を見ること
- 現実の値動きに合わせられるようになること
このリストを見ると、いかにも武道や芸事の修行の段階分けに似ています。「型を知り」「型を練習し」「型を身につけ」「型を応用し」「達人を見て学び」「現実に対応する」――これは相場術ではなく、相場道とでも呼ぶべき体系です。
立花は、相場を単なる金儲けの手段としては見ていませんでした。一つの「道」として、生涯をかけて極めるべきものとして捉えていた。だからこそ、彼の本は他の投資本とは違う、ある種の品格を持っているのです。
第3章 立花哲学の根幹――「当て屋」から「技術者」へ
3-1. 「当て屋」という概念
立花義正の投資哲学を理解するうえで、最も中心的な概念が「当て屋(あてや)」と「技術者」の対比です。
「当て屋」とは何か。立花の言葉を借りれば、「当てよう、当てよう」と血道をあげる投資家のことです。次にどの銘柄が上がるか、いつ天井をつけるか、いつ底値をつけるか――こうした「予測」に投資判断の重点を置く人々を指します。
楽天ブックスに掲載されている本の紹介文には、こう書かれています:
多くの投資家は”当てよう”という努力に相当なエネルギーを消費している。その膨大なエネルギーを”投資技術の習得”に向けたならば、短期間に見ちがえるほどの進歩を示すに違いない。ところが、技術に目を向けるには投資家自身の自覚が必要である。それができないために、多くの投資家は一生を”当て屋”のまま、成功を夢見ながら、手にすることなしに終わる。あまりにも惜しいことである。
この一節は、立花の思想を凝縮しています。
3-2. なぜ多くの投資家は「当て屋」になるのか
私自身、過去に「当て屋」だった時期がありますから、よく分かります。なぜ多くの人が「当てる」ことに執着するのか。理由を整理してみます。
第一の理由:直感的に分かりやすい
「当てる」というのは、誰にでも直感的に理解できる行為です。「上がるか下がるかを言い当てる」――子どもの遊びと同じ単純さがあります。一方、「技術を磨く」というのは、何をどう磨けばいいのか、最初は皆目見当がつきません。
第二の理由:成功体験が手っ取り早い
たまたま当たって儲かると、自分は天才かもしれないと錯覚します。一回の的中体験は、強烈な快感を伴い、その後の判断を歪めます。ギャンブル依存症のメカニズムとまったく同じです。
第三の理由:情報過剰が「当てたい欲求」を煽る
毎日、ニュースもSNSも証券アナリストも「次に来る銘柄」「明日の予想」を発信し続けます。これに囲まれていると、「自分も予測しなければ」というプレッシャーが自然と高まります。
第四の理由:技術習得の道は長く、地味で、辛い
技術というのは、地道な反復練習なしには身につきません。スポーツでも楽器でも料理でもそうです。相場の技術もまったく同じで、何百回、何千回と同じような場面に向き合い、判断し、結果から学ぶ――この退屈で辛いプロセスを経るしかありません。多くの人が、この長く地味な道のりに耐えられず、ショートカットを求めて「当て屋」に戻ってしまうのです。
3-3. 「技術者」とは何か
では、立花が言う「技術者」とは何でしょうか。
私の解釈では、それは「自分のルールに従って、繰り返し売買を行い、結果として平均的に勝てる人」のことです。一回一回の勝ち負けではなく、長期的なトータルでプラスを積み上げられる人。
技術者の特徴をいくつか挙げてみます:
- 自分のルールがあり、それを淡々と守る
- 個別の取引の結果に一喜一憂しない
- 損切りができる
- 利食いも欲張らない
- 銘柄を絞り、その値動きのクセを熟知している
- 場帖や玉帖などの記録をつけている
- 雑音(ニュース、噂、他人の意見)に振り回されない
これは、料理人や職人の世界とよく似ています。一流の料理人は、毎日同じメニューを同じ手順で作ります。一回一回の料理に「今日は特別なことをしよう」とは思わない。技術が安定しているからこそ、毎日一定品質の料理を出せる。
相場の技術者も同じです。毎回同じような場面で同じような判断をする。だからこそ、長期的に安定した利益を出せるのです。
3-4. 「実技の質」というキーワード
立花の本の第1部第4章のタイトルは「実技の質が問題」となっています。これは非常に示唆的なタイトルです。
「実技」というのは、頭の中の理論ではなく、実際に手を動かして注文を入れる行為のことです。立花は、相場の世界では「実技の質」こそが決定的だと主張しています。
これも料理に例えると分かりやすい。料理の本を100冊読んでも、料理は上手くなりません。実際に包丁を握り、火を使い、味見をして、調整して――こうした実技の積み重ねが、料理の腕を作るのです。
相場も同じ。チャート分析の理論書を100冊読んでも、相場は上手くなりません。実際に注文を入れ、含み損や含み益に耐え、利食いや損切りを判断し――こうした実技の積み重ねが、相場の腕を作る。
そして、「実技の質」を上げるためには、地道な練習が必要です。練習なしに、実技の質は上がりません。これが立花の徹底した立場です。
3-5. 一発必中は必敗の法
第1部第9章のタイトル「一発必中は必敗の法」も、立花哲学を象徴する見出しです。
「一発必中」というのは、一回の取引で大きく当てる、ホームランを狙うスタイルです。これは華やかで、語るに楽しい。SNSで自慢するにも映える。
しかし立花は、これを「必敗の法」と断言します。なぜか。
第一に、一発必中を狙うと、必然的に取引サイズが大きくなります。大きく当てたいから、大きく賭ける。すると、外れたときの損失も大きくなる。
第二に、一発必中を狙う心理状態では、損切りができなくなります。「これは絶対に当たる」と思い込んで入った取引で含み損が出ても、「もう少し待てば反発する」と思ってしまう。結果、塩漬けまたは大損につながります。
第三に、運良く一発当てると、その成功体験が次の取引を歪めます。「自分はやればできる」と過信し、もっと大きく賭けるようになる。そして次は外れて、過去の利益をすべて吐き出してしまう。
これに対して、立花が推奨するのは、「小さく入って、小さく利食う、または小さく損切る」を繰り返すスタイルです。一回一回の利益は地味でも、トータルでは確実に積み上がっていく。これが「技術者」の世界です。
3-6. 投資と投機(トレード)の区別
立花が強調するもう一つの重要な区別は、「投資」と「投機(トレード)」の違いです。
投資は、企業の長期的な成長を見越して、株を長期で保有する行為です。バフェットや本格的なバリュー投資家がやっているのは、こちらです。
トレード(投機)は、企業の成長とはほぼ無関係に、株価の値動きから利益を取りに行く行為です。短期から中期の売買を繰り返し、相場の波を取りに行きます。
立花がやっていたのは明確に後者です。「うねり取り」「リズム取り」と呼ばれる手法は、本質的にトレードです。
そして立花は、このどちらをやるのかを最初に明確に決めなければならない、と強く主張します。「途中でルールを変えるのは極めて危険」――これは立花の素人時代の苦い経験から来る教訓です。
短期トレードで入ったのに、含み損になったから損切りできずに長期保有に切り替える――これは多くの個人投資家がやってしまう典型的な失敗パターンです。立花自身、この失敗で何度も大損しています。
3-7. 「悪手を避ける」という思想
立花の本の第4部第3章には「悪手を避ける」というタイトルがあります。これも立花哲学を理解するうえで重要なキーワードです。
将棋や囲碁の世界には「悪手」という概念があります。決定的に局面を悪くする一手のことです。プロ棋士は、最善手を指せなくても、絶対に悪手だけは避けようとします。なぜなら、悪手を指せば、それまでの優位が一気に崩れるからです。
相場でも同じです。一回の「悪手」が、それまでの何十回の小さな利益をすべて吹き飛ばすことがあります。立花の語るスターリン暴落も、片足を失った退職金前借りの大損も、振り返ればすべて「悪手」だったわけです。
立花の戦略は、「最善手を打ち続ける」ことではなく、「悪手を避け続ける」ことに重点を置いています。これは非常に現実的で、知恵のある立場です。
最善手を打ち続けるのは天才にしかできません。しかし、悪手を避け続けることは、努力と自制心があれば誰にでもできる。だからこそ、普通の人間が長期的に勝つための唯一の道は、「悪手を避ける」ことなのです。
3-8. 「自分の山」という比喩
立花の本に出てくる印象的な比喩に、「山」のメタファーがあります。「投資技法には数多くの山があり、自分なりの山を登ればよい」という発想です。
書評ブログ「年金投資家の独り言」で引用されている立花の言葉を、私なりに要約すると以下のようになります:
市場に売買の技法というものがあり、それはいくつかの優れた山になってそびえている。そのたくさんの山の基本は、すべて分割売買である。自分はひとつの山を登りつつあった。しかし、ほかにも優れた山がいくつもあった。が、いまから他の山に登ろうとは思わない。自分の山だってなかなか良いではないか。
これは、立花の哲学の本質を象徴する比喩です。
相場で勝つための道は一つではない。バリュー投資もある、グロース投資もある、デイトレードもある、システムトレードもある、立花のようなうねり取りもある。それぞれが「山」であり、登り方は違うが、頂上に着けば景色は同じです。
大切なのは、どれか一つの山を選び、それを登り切ること。途中で別の山に乗り換えると、永遠に頂上に着けない――これが立花のメッセージです。
私はこの「山」の比喩が大好きです。なぜなら、これは「自分のスタイルを持て」という陳腐なアドバイスを、はるかに深く、豊かに表現しているからです。
「他の山にも優れたものがある」と認めつつ、「自分の山だってなかなか良い」と肯定する。この自尊と他者への敬意のバランスは、立花の人間的成熟を感じさせます。
3-9. 「自己改造法」――投資家の内面改造
立花の本の第2部第2章のタイトルは「自己改造法」です。これは、相場で勝てるようになるためには、自分自身を改造する必要がある、というメッセージです。
なぜ「自己改造」が必要なのか。
普通の人間の本能的な反応は、相場ではほとんどすべて間違っているからです。
- 上がっているのを見ると、買いたくなる(しかし高値掴みになる)
- 下がっているのを見ると、売りたくなる(しかし底値で投げることになる)
- 含み損は耐えたい(しかし損切りすべき場面)
- 含み益は早く確定したい(しかし利を伸ばすべき場面)
これらすべて、人間の自然な感情です。しかし、相場では、自然な感情に従っていると、ほぼ確実に負ける。だから、人間として「不自然」な行動が取れるように、自分を改造する必要があるのです。
立花は、自己改造の方法として、以下のようなものを示唆しています:
- 場帖をつけて、自分の感情と判断を客観視する
- ルールを明文化し、それに従って動く
- 雑音を遮断し、自分の判断軸を守る
- 健康な生活で精神を安定させる
- 区切りをつけて、リセットの機会を作る
これらの実践を通じて、徐々に「相場向きの人格」に自分を改造していく。これが立花の言う「自己改造」の意味です。
3-10. 「相場師に見栄は不要」
第1部第8章のタイトル「相場師に見栄は不要」も、立花哲学を象徴する一節です。
見栄とは、他人から見られたい姿、自分が思っている自分の像、こうあるべきだという理想像、こんなことのために、自分の判断を歪めること。
たとえば:
- 損切りすると「負けた」気がするから、しない
- 大した量で売買していないと「初心者」に見えるから、無理して大きくやる
- 他人に「上手いトレーダー」と思われたいから、派手な取引をする
- 自分の負け話は隠して、勝ち話だけする
これらすべて、見栄から来る行動です。そして、これらすべて、長期的には負ける原因です。
立花は、これらの見栄を一切捨てた人物でした。500万円から5億円にした実績を持ちながら、本では失敗談を赤裸々に語る。負けた取引も売買譜に出す。「立派な相場師」というイメージを作ろうとしない。
この潔さこそが、立花の真の強さです。見栄を捨てたから、判断が歪まなかった。判断が歪まなかったから、長期的に勝ち続けられた。
これは、現代のSNS時代の投資家にとっても、重要な教えです。SNSで承認欲求を満たすために投資をすると、判断が歪みます。自分の取引を、誰にも見せないつもりで淡々とやる――これが立花流です。
第4章 分割売買という思想
4-1. 分割売買とは何か
立花義正の投資哲学の中核に位置するのが、「分割売買」という考え方です。これは彼の本の中で繰り返し強調されており、彼自身、「分割売買以外に道はない」とまで言い切っています。
分割売買とは、一言で言えば「一度に全玉を建てず、複数回に分けて売買する」ことです。たとえば1000株買おうとする場合、最初から1000株を一気に買うのではなく、200株、300株、500株、というように分けて買っていく。
これだけ聞くと、「なるほど、リスク分散ね」と思われるかもしれません。しかし、立花の言う分割売買は、単なるリスク分散以上の意味を持っています。
4-2. なぜ分割するのか――4つの理由
立花が分割売買を推奨する理由は、いくつかに整理できます。
理由1:天底は誰にも当てられない
立花の根本的な認識は、「相場の天井と底は誰にも当てられない」ということです。「天井で売れる確率は1500万分の1」――林輝太郎氏が著書で書いている表現ですが、立花も同様の認識を持っていました。
天底を当てようとするから、一度に大量に建ててしまう。しかし当てられないのだから、入った直後に逆行することは普通に起きる。それでも分割で入っていれば、まだ余力があるから、さらに有利な価格でナンピンしたり、戻ったときに売り直したりできる。
理由2:平均値を有利にする
一度に建てれば、その瞬間の価格があなたの平均取得価格になります。しかし分割すれば、複数の価格の平均が平均取得価格になる。
下がっていく局面で買い下がっていけば、平均価格は下がっていきます。これがいわゆる「ナンピン買い」の原理です。逆に上がっていく局面で売り上がっていけば、平均売り価格は上がっていく。
平均値が有利になれば、それだけ利益確定のチャンスが広がります。
理由3:心理的な余裕を生む
これが最も大切な点かもしれません。分割すると、心理的な余裕が生まれるのです。
立花は本の中で、「2-23(売り2、買い23)」のように、本玉が23、反対玉が2、というポジションについて、「座り心地のよい椅子に腰掛けているような、相場の神経的緊張から解き放たれた感じがする」と書いています。
一度に全玉を建てると、相場が逆行したときに、「もうダメだ、損切りしかない」という追い込まれた心理になります。判断が狭くなり、悪手を打ちやすくなる。
しかし分割で建てていれば、「逆行してきたな、もう少し待ってからナンピンか、それともツナギを入れるか」と、複数の選択肢を持って対応できる。この心理的余裕が、長期的な勝率を支えるのです。
理由4:分割は技術習得の場である
分割売買は、それ自体が技術習得のプロセスでもあります。「いつ次の玉を入れるか」「どこで利食うか」「どこで損切るか」――こうした判断を繰り返すことで、相場感覚が磨かれていきます。
一発勝負では、勝っても負けても、得られる学びは限定的です。しかし分割売買では、一つのトレードの中に何回もの判断ポイントがあり、そのつど学習機会があるのです。
4-3. 「ナンピン三分の一・乗せ三分の一・ツナギ三分の一」の原則
立花が強調する具体的な分割の目安が、「ナンピン三分の一、乗せは三分の一、ツナギは三分の一」というものです。これは江戸時代から伝わる相場の格言とされ、立花は本の中で「これは書き留めておきなさい」と強調しています。
意味を解説します。
ナンピン三分の一
ナンピン(難平)とは、自分のポジションに逆行する方向に動いた銘柄を、追加で買い増し(または売り増し)して、平均取得価格を改善する手法です。
「ナンピン三分の一」とは、ナンピンするときの量を、もとの建玉の三分の一程度にせよ、という意味です。たとえば本玉として9株買っていて、株価が下落したからナンピンしたい場合、3株程度を追加する。本玉と同じ量を一度にナンピンするのではなく、控えめに、段階的に増やしていく。
これは過度のナンピン地獄を避けるための知恵です。下落するたびに同じ量を買い足していくと、平均価格は下がるものの、保有量とリスクが急速に膨張します。一度の暴落で破綻するパターンです。これを「ナンピン三分の一」で抑制する。
乗せ三分の一
乗せ(のせ)とは、自分のポジションが順行している方向に動いたときに、追加で建て増しすることです。買い建てた銘柄が上がってきたら、さらに買い増す。
「乗せ三分の一」は、この乗せの量も、もとの建玉の三分の一にせよ、という意味です。
これも重要な抑制です。上昇局面でどんどん買い増していくと、一気に大量のポジションになり、ちょっとした調整で大きな含み損に転じます。三分の一に抑えることで、勝ちトレードでもリスクをコントロールできます。
ツナギ三分の一
ツナギとは、本玉とは逆方向の玉を建てて、コストダウンや利益確保を図る手法です(次章で詳述)。
「ツナギ三分の一」は、ツナギの量も本玉の三分の一程度にせよ、という意味です。
ツナギは便利ですが、量を間違えるとただの両建てになってしまい、コストばかりかかります。本玉に対する保険として、三分の一程度に抑えるのが適切、というのが立花の知恵です。
4-4. 「片玉二分の一」――資金管理の原則
もう一つ、立花が強調する数字の原則に「片玉二分の一」があります。これは資金管理の原則です。
「片玉」とは、買いだけ、または売りだけの、片方だけの玉のことです。「二分の一」は、これを資金の半分以下に抑えよ、という意味になります。
つまり、純粋な買い玉だけ、あるいは純粋な売り玉だけで持つ場合は、総資金の半分までしか使ってはいけない。残り半分は、追加買い(ナンピン)の余裕として残しておく。
これは現代の資金管理の常識に通じる、堅実な原則です。「フルポジ」で持つことの危険性は、暴落時に身に染みて分かります。常に余力を残しておくことが、生き残るためには不可欠なのです。
4-5. 不等分割の妙
立花の分割売買のもう一つの特徴は、「不等分割」を多用することです。等分割(同じ数量で分けること)ではなく、状況に応じて量を変えていく。
例えば、最初は1株だけ「試し玉」として入れてみる。値動きを確認してから、3株、5株と量を増やしていく。または、押し目が深くなるほど、増し玉の量を増やしていく。
ある相場師のブログでは、「不等分割の買いを駆使して、すみやかに建玉を増やさないといけない」と書かれています。1株、2株、3株のような等分割ではなく、1株、2株、5株、10株といった不等分割で、有利な価格帯では多めに、不利な価格帯では少なめに、玉を構築していくのです。
これは将棋でいう「形作り」に似ています。最初は控えめに駒を展開し、有利な形ができたら一気に攻め駒を寄せる。不等分割の妙は、こうした柔軟性にあります。
立花の建玉のパターンとして、書評で言及されている「2.3.5.5.5」という不等分割の数字があります。これは、最初2玉、次に3玉、その後5玉、5玉、5玉と段階的に建てていく、というパターンを示唆しています。最初は控えめに、確信が深まるにつれて多く、そして最終的には同量の積み増しに移行する、という流れになっているのです。
4-6. 分割の心理的効用
分割売買の最大の効用は、私の経験からも、心理的な側面にあると思います。
人間は損失に対して、利益の2倍以上のストレスを感じることが、行動経済学の研究で知られています(プロスペクト理論)。だからこそ、含み損を抱えたときの判断は、しばしば歪みます。
一度に全玉を入れて含み損になると、ストレスは耐え難いレベルになり、損切りも追加買いも冷静にできなくなります。
しかし分割で入っていれば、含み損があっても、まだ余力があるという安心感があります。「これだけ買い余力があるなら、ここで追加してもいいし、戻りを待ってもいい」と、選択肢を持って判断できます。
これが分割売買の真の価値だと、私は考えています。
4-7. なぜ多くの人が分割売買をできないのか
これだけメリットがあるのに、なぜ多くの個人投資家は分割売買をしないのでしょうか。
理由はいくつかあります。
第一に、面倒くさい
分割すると、注文回数が増えます。手数料も多くなる(昔ほどではないですが)。記録も面倒になる。一発で済ませたい、というのが人情です。
第二に、当て屋メンタル
「ここが底だ」と思って買うのが当て屋メンタル。「ここが底かどうか分からないから、まず試し玉だけ」と考えるのが分割メンタル。圧倒的多数の人は前者です。
第三に、即効性への期待
分割すると、一回のトレードで取れる利益が小さくなります。「もっと一気に儲けたい」という欲望は、分割と相性が悪い。
第四に、空売り(信用売り)への抵抗感
立花のうねり取りでは、買いと売りの両方を使います。買いだけの分割なら抵抗が少ないですが、空売りを併用するとなると、現物しかやらない投資家には心理的ハードルが高くなります。
これらの障害を乗り越えて、分割売買を自分のスタイルにできるかどうかが、初級トレーダーと中級以上を分ける一つの境界線だと、私は思っています。
4-8. 現代における分割売買の応用
現代の個人投資家として、立花の分割売買をどう応用すればいいでしょうか。私の考えをいくつか挙げます。
応用1:積立投資との親和性
毎月一定額をインデックスファンドに積み立てる「ドルコスト平均法」は、ある意味、究極の等分割買い下がりです。これは立花が言う「分割売買」の現代的な実践と言えます。
ただし、立花のうねり取りと違うのは、現代の積立投資は「銘柄選定の苦労を省略している」点です。インデックスに任せることで、銘柄の値動きを学ぶ機会は失われますが、その代わり、ほぼ確実に市場平均のリターンが手に入ります。
応用2:少額からの試し玉
個別株を始めるなら、まず最小単元で「試し玉」を入れてみる。これは立花の手法そのままです。
たとえば1000株買うつもりだった銘柄を、まず100株だけ買ってみる。その値動きを実感し、自分が冷静に対応できるかを確認してから、追加していく。
応用3:分割エントリーと分割エグジット
エントリー時だけでなく、エグジット(手仕舞い)時も分割するのは、現代でも非常に有効です。
ある銘柄で大きな含み益が出たとき、「全部利食うか、まだ持つか」で迷うのが普通です。しかし、半分利食って残り半分を持ち続ければ、両方の選択肢を取れます。利益も確保できるし、さらに上がれば残り半分でも追加利益が取れる。
これは立花の「区切りをつける」「ゼロをつくる」の現代版とも言えます。
4-9. 「保ち合いの中の分割売買は差をつけるほど有利」
立花の本の中の興味深い一節に、「保ち合いの中の分割売買は差をつけるほど有利である」というものがあります。これは「年金投資家の独り言」というブログで紹介されている、立花の本のp.136あたりの内容と関連します。
「保ち合い」とは、株価が一定の範囲内で上下動を繰り返している状態のことです。明確なトレンドがなく、レンジ相場とも呼ばれます。
立花は、こうした保ち合い相場でこそ、分割売買の効果が最大化すると言います。なぜか。
保ち合い相場では、価格が高くなったら戻る、低くなったら戻る、という動きを繰り返します。この中で、高くなったら売る、低くなったら買う、という分割売買を繰り返せば、価格差を取り続けることができる。
しかも、価格差(差をつける)を大きくすればするほど、一回の取引の利幅が大きくなり、有利になる。これが立花の指摘です。
現代の個別株でも、明確なトレンドがある時期と、保ち合いの時期が交互に来ます。保ち合いの時期は、立花式の分割売買を実践する絶好の機会なのです。
4-10. 「分割売買は売買技法の基本である」
立花は、繰り返し「分割売買は売買技法の基本である」「押し目の探り方、平均値の取り方は売買法の基礎」と説きます。
ここでいう「基本」とは、初心者がまず学ぶ基礎、という意味ではありません。むしろ、上級者にとっても最後の拠り所となる「奥義」のような意味合いです。
囲碁や将棋の世界でも、上達すればするほど「基本」に戻る、と言われます。プロ棋士が最後にこだわるのは、定石や基本手筋の精度です。派手な手より、地味で確実な手の積み重ねが、勝負を分ける。
立花の言う「分割売買が基本」も、これと同じです。分割という単純な技術を、いかに精緻に、状況に応じて使い分けられるか。これが上達の道なのです。
「分割でさえあれば、どんな道でも迷うことはなく、踏み外す恐れもない」――立花の言葉は、相場師としての最終地点からの言葉です。30年の経験を凝縮した、簡潔にして深遠な結論なのです。
第5章 逆張りの本質――「材料を忘れる」
5-1. 「逆張り」とは何か
立花義正の手法を語るとき、よく「逆張り」というキーワードが使われます。しかし、この「逆張り」という言葉は、文脈によって意味が違うので、整理が必要です。
一般的な「逆張り」は、「相場が下がっているときに買い、上がっているときに売る」という意味で使われます。これは順張り(トレンドフォロー)の反対概念です。
立花の言う「逆張り」も、基本的にはこの意味です。下げている局面で買い下がり、上げている局面で売り上がる。
ただし、立花が逆張りをするのは、「下がるから上がるはず」という単純な予測ではありません。もっと深い理由があります。
5-2. 「材料を映して株価が動けば、相場が後付け」
立花の有名な言葉に、こういうものがあります:
材料を映して株価が動けば、相場がいわゆる『あと付け』になっているわけだから、その反対のことをすること、具体的に言えば、悪材料が出て下げたら逆向かいで買うことですよ。
これは、ブログ「Jagd-pantherの日記」で引用されている、立花が老相場師から受けた助言の一節です。
意味を解説しましょう。
ある株が「決算が悪かった」「ネガティブニュースが出た」などの理由で下落したとします。多くの投資家は「下がったから売る」「悪材料が出たからもう買えない」と考えます。
しかし立花は、こう考えるのです。「下がってから売っても遅い。悪材料がすでに価格に織り込まれた後だ。むしろ、ここから先は売り尽くされて反発する可能性のほうが高い。だから、悪材料で下げた局面こそ、逆向かい(逆張り)で買うべきだ」
これは、効率的市場仮説の現実的な変形版のような考え方です。情報はすでに価格に織り込まれている。だから、後から情報を追いかけても遅い。それなら、情報に反応した結果としての過剰な動きを取りに行くほうが賢い、という発想です。
5-3. 「材料を忘れる」という戒め
立花は、相場をやるときに「材料を忘れる」べきだと説きます。
材料というのは、決算情報、ニュース、業績予想、市場予測など、株価を動かすとされる情報全般のことです。これらを意識しすぎると、判断が歪むと立花は警告します。
なぜか。
第一に、材料は、それを知った時点では、すでに織り込み済みの可能性が高い。
第二に、材料への反応は、しばしば過剰になる。良い材料で買われすぎ、悪い材料で売られすぎる。
第三に、材料に依存すると、価格そのものの動きを読む技術が育たない。
立花は、材料ではなく、価格そのものの動き、つまり「値動きのリズム」を読むことに集中せよ、と説いたのです。
5-4. 押し目買い、戻り売りの実行方法
立花の逆張りの具体的な実行方法は、次のようになります(年金投資家の独り言ブログによる要約):
買い(押し目買い)の場合:
- 下げの2日目から買い下がり始める
- 3日目も安ければ、さらに買う
- 戻ったら一旦売る
売り(戻り売り)の場合:
- 戻りの2日目から売り上がり始める
- 3日目も高ければ、さらに売る
- 押したら一旦買う
これは、極めて具体的でシンプルなルールです。「下げの初日には買わない、2日目から少しずつ買い始める」――これは経験的に、急落初日は売り圧力が強くまだ底打ちしていないことが多いからです。
そして「3日目も安ければさらに買う」――これは典型的なナンピン買い下がりの動きです。
5-5. 「典型的な戻りは陽線2本から3本」
戻り売りに関する立花の興味深い指摘に、「典型的な戻りは『上げとは言えないような陽線2本から3本の戻り』である」というものがあります。
これは、本格的な反転上昇ではなく、下落トレンド中の一時的な戻り(リバウンド)を捉えるためのルールです。本格的な大陽線が連続するようなら、それはトレンド転換の可能性があるので売っちゃダメ。しかし、ヘタれた陽線が2、3本続くだけなら、それは典型的な戻りだから、売り上がるチャンスだ、という判断基準です。
これは私が個別株のスイングトレードをやっていて、本当に「あるある」と思う場面の一つです。下落トレンド中、急落の後に2、3本のしょぼい陽線で戻る。これに飛びついて買うと、すぐにまた下落して捕まる。立花の指摘は、この罠を避けるための重要な戒めです。
5-6. 5%逆行注意――行動基準
立花の手法の中で、リスク管理の指標として知られているのが「5%逆行注意」というルールです。
これは、自分の建玉から株価が5%逆行したら、警戒態勢に入れ、というシグナルです。
たとえば1000円で買った株が、950円まで下げてきたら(5%下落)、これは「注意」のサインです。即座に損切りせよということではなく、「ここからの動きをよく見て、対応を考えろ」という警告です。
5%という数字は、絶対的なものではありません。銘柄やボラティリティによって変わるべきでしょう。しかし、「自分なりの『これ以上はおかしい』というラインを持っておけ」というメッセージとして、現代でも有効です。
5-7. 月の中央は高くなる――月内サイクル
立花の経験則として面白いのが、「月の中央は高くなるので買うな、月末安値売るべからず」という言い回しです。
これは、月内で価格がどう動きやすいかの経験則です。月の中央あたりは高値圏になりやすいので、買い仕掛けには適さない。逆に月末は安値圏になりやすいので、そこで売ってはいけない(買い仕掛けには適している)、という意味になります。
現代の個別株でもこのサイクルが当てはまるかは検証が必要ですが、需給上の理由(月次の機関投資家の動き、新規資金の流入タイミングなど)で、こうしたサイクルが一定の傾向として存在しても不思議はありません。
ねほり.comでは、「買い仕掛けは原則月末がよく『月末安値売るべからず』」とも整理されています。月末に向けて売られた銘柄は、月初の新規資金で買い戻されるパターン、というのが立花の経験則のようです。
5-8. 「月曜日の売り買い禁止」――自分なりの定石
立花の興味深いルールに、「月曜日の売り買い禁止」というものもあります。週末をはさんで月曜日は値動きが荒くなりやすいから、そこでの売買は避けろ、という戒めです。
ただし、ねほり.comの検証によれば、立花自身、売買譜を見ると2年で約30回も月曜日に売買しているとされています。つまり、自分で掲げたルールを破ることもしばしばあったのです。
これは立花を批判する材料というよりも、相場師としての現実を示すエピソードとして読むべきでしょう。完璧なルール遵守は不可能であり、相場の場面によっては例外を作らざるを得ない。それを認めたうえで、できる限り原則を守ろうとする姿勢こそが、技術者の現実なのです。
5-9. 順張りに対する立花の立場
ここで一つ、立花の哲学について重要な点に触れておきます。立花は逆張りを基本としていましたが、「順張りは絶対ダメ」とは言っていません。
ねほり.comでは「順張りも死んでもやるな・・と書かれていたような」と書かれていますが、立花の売買譜を見ると、実際には上昇基調で平均値を上げながらポジションを作っている場面もあり、「順張りに役立つ重要な技術(変動感覚、ポジション作り)も含まれている」と指摘されています。
つまり立花は、純粋な逆張りだけではなく、状況に応じて、トレンドに乗る形の建玉もしていたのです。彼の手法の本質は「分割売買とリズム取り」であって、逆張りはその一つの応用形態と理解すべきでしょう。
5-10. 「乗せは逆張り」――立花の独特な発想
立花の本の第3部第6章のタイトルは「乗せは逆張り」となっています。これは一見矛盾する言葉です。「乗せ」は順方向の追加買い(または売り)、「逆張り」は逆方向の動き。これがどう繋がるのか。
立花の意図はこうだと推測されます。乗せをするとき、ただ単に上がっているから乗せるのではなく、上昇トレンドの中の一時的な押し目で乗せる。つまり、トレンド全体としては順張りだが、その中の小さな動きとしては逆張り。
これは非常に精妙な技術です。上昇トレンドの中で、調整が来たときに、「これは本格的な下落の始まりか、それとも単なる押し目か」を見極める。押し目だと判断したら、ここで乗せる。
この判断ができるのは、長年その銘柄を見続けている人だけです。立花がパイオニア株を17年見続けたからこそ、こうした判断ができたのです。
5-11. 「ヘタな順張りより、上手な逆張り」
私自身の経験から言うと、初心者には逆張りより順張りのほうが分かりやすく、勝率も上がりやすいケースが多いです。トレンドに乗るのは、シンプルだからです。
ただし、初心者の順張りには罠があります。それは、「明確なトレンドができたと分かった頃には、もう手遅れ」というパターンです。トレンドの最終局面で買って、すぐに転換して捕まる。
その意味で、立花の逆張りは、「人より早く動くため」のスタイルでもあるのです。トレンドが明確になる前の、押し目や戻りの段階で動く。これには技術と度胸が要りますが、習得できれば、人より一歩先を行ける手法でもあります。
立花の逆張りは、単なる「下がったから買う」ではなく、「相場の心理的な過剰反応を取りに行く」という、もっと洗練された戦略なのです。
第6章 うねり取りとリズム
6-1. うねり取りとは何か
立花義正の手法は、しばしば「うねり取り」と呼ばれます。この「うねり取り」は、江戸時代から続く日本独自の相場技法で、株価の波(うねり)に乗って利益を取る手法のことです。
林輝太郎氏の言葉によれば、うねり取りとは、「価格の自律的な動き、つまり自然に発生する変動を利用して利益を上げる手法」です。
ポイントは「自然に発生する変動」という部分です。これは、企業業績やニュースなどの外部要因とは独立に、需給バランスやテクニカル要因によって発生する、価格そのものの揺らぎを意味します。
6-2. 三月またがり六十日
うねり取りで意識される時間軸として有名なのが、「三月またがり六十日」という言葉です。これは、約3ヶ月(60営業日)が、典型的なうねりの一周期である、という経験則です。
つまり、ある銘柄の高値から次の高値まで、または安値から次の安値までが、おおむね3ヶ月程度のサイクルで来る、という観察に基づいた時間感覚です。
立花のパイオニア株でも、ねほり.comの検証によれば、こうしたサイクルが概ね当てはまっていたとされています。
現代の個別株でも、私の経験上、このサイクルは意外と機能します。もちろん、ピタリ60日というわけではありませんが、「2ヶ月から4ヶ月程度のサイクルで波が来る」という感覚は、多くの日本株で観察できます。
6-3. 立花の手法は「リズム取り」に近い
うねり取りの中でも、立花の手法はもう少し短い時間軸で売買を繰り返す「リズム取り」に近い、というのがねほり.comの分析です。
林輝太郎氏の典型的なうねり取りが「3ヶ月波動」を狙うのに対し、立花は「もう少し期間を短く、細かいリズムを捉えた単純売買」もする。両方の波を組み合わせて取っていく、というイメージです。
これは、彼が17年間パイオニア一銘柄を売買し続けた結果、その銘柄特有の細かいクセまで掴めるようになったから可能になったとも言えます。
6-4. 「リズムに乗る分割」が技術の基礎
立花は、「リズムに乗る分割の技術が売買技法の基礎」「リズムを追え、それ以外は考えるな」と説きます。
リズムを追うとはどういうことか。
ある銘柄が、月初から月中まで上昇し、月後半に調整する、というリズムを持っているとします。これを観察し続けていれば、「来月もそのリズムなら、月初に売って月後半に買うのが有利」という戦略が立てられます。
立花は、こうした銘柄固有のリズムを、何年もかけて体に染み込ませていたのです。だからこそ、外部のニュースや材料に頼らず、その銘柄の動きだけを見て売買判断ができた。
「リズムを追え、それ以外は考えるな」――この戒めは、雑音に振り回されがちな現代の私たちにとっても、強烈なメッセージです。リズムだけに集中する。他のすべては忘れる。これが本当の集中力です。
6-5. 大波と小波
立花の本の第4部第1章のタイトルは「大波と小波」です。これは、相場の動きには複数の時間軸が重なっていることを示唆しています。
大波とは、3ヶ月から半年単位の大きなうねり。 小波とは、1週間から1ヶ月単位の細かい動き。
立花は、大波の方向性を意識しつつ、小波で細かく売買を繰り返す、という二重構造の戦略をとっていたと考えられます。これがいわゆる「うねり取り」と「リズム取り」の組み合わせです。
具体的には:
- 大波が上昇トレンドなら、買い玉を本玉として保有しつつ、小波の上下で売買を繰り返してコストを下げる
- 大波が下降トレンドなら、売り玉を本玉として保有しつつ、同様に小波で操作する
- 大波が分からない時期は、無理に建てない(休む)
このように整理できます。
6-6. 「日柄」を意識する
うねり取りで重要なのが、「日柄」という概念です。これは、ある建玉を持ち始めてから、どれくらい日数が経過したか、という時間軸の感覚です。
立花は、3ヶ月程度のうねりを取るスタイルだったので、ポジションを持ち始めてから2〜3ヶ月経つと、「そろそろ手仕舞いの時期かも」と意識し始めるわけです。
これは、現代のスイングトレードにも応用できる発想です。「いくら儲かったから利食う」「いくら損したから損切る」だけでなく、「持ち始めてどれくらい経ったから手仕舞いを考える」という日柄の視点を持つこと。これは精神的にも、ダラダラ持ち続ける罠を避けるうえで有効です。
「うねり取り実践 – 売買記録 2024-09」というnoteの記事では、現代の個人投資家が立花の手法を東レと帝人で実践した記録があり、「ポジションを保持する期間が長すぎ。日柄を常に意識し、3ヶ月or6か月前後のタイミングで早めの手じまいを心掛けるべき」と反省しています。これは典型的な日柄無視の失敗例です。
6-7. 3手・5手・7手のリズム
立花の本では、「3手 5手 7手のリズム」という表現も出てきます。これは、上昇や下降が3波、5波、7波と続くという経験則を指していると思われます。
これは江戸時代から伝わる「酒田罫線法」の影響を受けたものでしょう。酒田罫線法では、新値8本目、新値16本目などのカウントが重要視されますが、立花のリズム感もそれに近い思想です。
現代のテクニカル分析でいえば、エリオット波動の5波構造と似ています。上昇トレンドは3つの推進波と2つの調整波からなる、というあれです。命名や細部は違いますが、相場には「数えられる波」があるという認識は、立花の時代から共有されていたわけです。
6-8. 「上旬・中旬・下旬」の10日周期
立花の興味深い経験則として、「3手 5手 7手のリズムは日数としては、その間に日曜や祝日が入るため、上旬・中旬・下旬と10日周期の動きとなる」というものがあります。
これは、月内のサイクルです。多くの株は、月初・月中・月末で異なる動きをする傾向がある。たとえば月末に向けて利益確定売りが出やすい、月初に新規資金の流入で買われやすい、など。
このリズムを掴むのも、銘柄を絞り、何年も観察を続けていれば可能になります。立花が一銘柄に絞ったのは、こうした細かなリズムを掴むためだったのです。
6-9. リズムを掴むのに必要な時間
立花が17年もパイオニアと向き合ったことを考えると、銘柄固有のリズムを完全に掴むには、相当な時間が必要だと分かります。
私の経験では、ある銘柄の値動きの「クセ」を掴むのに、最低でも1年、できれば3年は同じ銘柄を観察し続ける必要があります。これは多くの個人投資家にとって、現実的なハードルです。すぐ別の銘柄に目移りしてしまうからです。
しかし、立花の哲学を真に活かそうとするなら、この我慢の時間が不可欠です。「これだ」と決めた銘柄を、最低3年は離れずに観察する。そうして初めて、ニュースに頼らず、値動きだけで売買判断ができるようになります。
6-10. 現代のリズム取りはどう実践できるか
私自身が現代の個別株で立花式リズム取りを実践してみた経験から、いくつかコツをお伝えします。
コツ1:ボラティリティが適度な銘柄を選ぶ
リズムが取りやすい銘柄は、ある程度のボラティリティ(値動きの大きさ)がありつつ、急騰急落だけで動かない銘柄です。日経平均のような指数ETFや、出来高がそこそこ多い中型株が向いています。
コツ2:日足チャートをずっと見続ける
毎日、その銘柄の終値を場帖(ばちょう)またはエクセルに書き続けます。手書きでなくてもいいですが、自分で記録することが大切です。
コツ3:移動平均線と価格の関係を見る
リズムを掴むには、25日線、75日線などの移動平均線と、価格の関係を観察するのが有効です。価格が移動平均線から大きく離れたら戻りやすい、移動平均線が抵抗線として機能する、などのパターンが見えてきます。
コツ4:高値・安値の更新パターンを記録する
何日に高値、何日に安値、を記録していくと、リズムの周期が見えてきます。
コツ5:焦らない
リズムが掴めるまで、最低でも半年から1年は、本気の売買を控える。少額での試し玉だけで、観察を続ける。これが本当に難しいのですが、ここを我慢できるかどうかが、立花式の真髄を体得できるかの分かれ目です。
6-11. 「チャンスの到来を待つ」
立花の本の中の印象的な一節に、「チャンスはそうあるものではない。チャンスの到来を待つのは辛いが、待ってこそ勝利の喜びを得られる」というものがあります(年金投資家の独り言での引用)。
リズム取りの本質は、実は「待つこと」にあるのかもしれません。
毎日、毎週、毎月、相場を見続ける。しかし、本当に手を出すべき瞬間は、めったに来ない。来るまで、ひたすら待つ。
この「待つ」という行為が、現代の私たちには本当に難しい。スマホでいつでも取引できる時代に、何もしない時間を耐えるのは、強い意志が必要です。
しかし、この「待つ」ことができる人だけが、本物の利益を手にできる。これが立花からの、最も実践的な教えの一つです。
第7章 ツナギの技法――両建ての真髄
7-1. ツナギとは何か
立花義正の手法を語るうえで、「ツナギ」という概念は欠かせません。ツナギ(繋ぎ)とは、自分の本玉(メインの建玉)とは逆方向の玉を建てて、本玉を守ったりコストを下げたりする手法です。
たとえば、買い玉(本玉)を持っているときに、相場が下がりそうだから、信用売りで売り玉をぶつけて含み損を相殺する――これがツナギです。
ツナギは、現代の用語でいうと「ヘッジ」に近い概念ですが、もう少し能動的・戦術的な意味合いを持ちます。
7-2. ツナギの三つの目的
立花が説くツナギには、大きく三つの目的があります。
目的1:コストダウン
買い玉を持っているとき、値下がり局面で売りを入れて、戻ったところで売りを買い戻す。これで利益が出れば、その分、買い玉のコスト(実質取得価格)を下げることができます。
林輝太郎氏の『ツナギ売買の実践』という本では、ツナギを繰り返した結果、本玉のコストがマイナスになる、つまり「タダで持っているどころか、お金をもらっている状態」になる事例が紹介されています。立花のパイオニア株でも、何年もツナギを繰り返した結果、コストが極めて低くなっていたと推測されます。
目的2:利益確保
含み益が乗ってきた買い玉に対して、売りを入れる。これで、その後に値下がりしても、売り玉の利益で買い玉の含み益減少を相殺できる。利益を「確定」するわけではないが、「確保」することはできる。
目的3:本玉の維持(精神的安定)
これが立花が最も強調する目的です。彼自身、「ツナギはコストダウンの最良の方法かもしれないが、自分は本玉維持の(精神の安定の)ためにやっている」と書いています。
買い玉が含み損になってくると、心理的に苦しくなって、本玉を投げ出したくなる。これを防ぐために、ツナギを入れる。ツナギを入れれば、両建てになり、その先の値動きで損失が拡大することはない。「動けない」状態になるが、その代わり、本玉を維持できる。
7-3. 「座り心地のよい椅子」――立花の名言
立花の本に出てくる印象的な表現が、「座り心地のよい椅子に腰掛けているような、相場の神経的緊張から解き放たれた感じがする」というものです。
これは、本玉に対して10%程度の反対玉(ツナギ)が入っているポジションの状態を表現しています。たとえば、買い玉20に対して売り玉2、という「2-20」のポジション。
なぜこれが座り心地が良いのか。
買い玉20だけだと、値下がりが直撃する。神経が休まらない。 両建てで10-10だと、本玉が動かない。利益も損も限定される。デッドロック状態。 2-20のような不均衡な両建てだと、本玉の方向性は維持しつつ、ちょっとした逆行に対する保険がかかっている。動ける余地もある。
この絶妙なバランスが、「座り心地のよい椅子」の感覚を生むのです。
7-4. 「本玉維持のツナギ」の重要性
立花の本の第4部第7章のタイトルは「本玉維持のツナギ」です。これは彼の哲学の核心の一つです。
なぜ本玉維持がそれほど重要なのか。
第一に、本玉は、立花のような長期的な視点から見た「メインのストーリー」だからです。3ヶ月や半年のうねりを取るのが本玉。これを途中で手放すと、最大の利益機会を逃すことになる。
第二に、本玉を手放すと、心理的なホームベースを失うからです。常に「次の取引はどうしようか」という不安定な状態になる。これは精神衛生上、よくない。
第三に、本玉を維持していると、相場観が安定するからです。同じ銘柄をずっと持っていれば、その値動きをずっと観察し続けることになる。これがリズム取りの上達につながる。
7-5. ツナギを始めるタイミング
では、いつツナギを入れるべきか。立花の本の第2部第6章「ツナギ売り開始」では、これが論じられています。
具体的なタイミングは状況によりますが、大まかには:
- 本玉に十分な含み益が乗ったとき(利益確保のツナギ)
- 短期的な逆行が予想されるとき(保険のツナギ)
- 本玉を維持したいが、含み損が苦しいとき(精神安定のツナギ)
特に、「ごく短期の利益確保のツナギ」というケースが、林輝太郎氏の『ツナギ売買の実践』の中で扱われています。長期保有の本玉に対して、短期的な動きを取るためのツナギ売買。これは技術として高度ですが、習得すれば本玉のコストを大幅に下げることができます。
7-6. ツナギの解消――どう外すか
ツナギを入れるのと同じくらい難しいのが、ツナギを外すタイミングです。
ツナギを入れたあと、想定通り相場が下がってきたとします。このとき、売り玉(ツナギ)には利益が乗っている。これを利食えば、ツナギ操作は成功です。
ただ、いつ買い戻すか。早すぎると利益が小さい。遅すぎると、反発で利益を失う。
立花は、ここでも「戻りの初動で買い戻す」「下げ続けるなら粘る」など、相場の動きに合わせて柔軟に対応していたようです。一律のルールはなく、その都度の判断が必要な部分です。
7-7. ツナギは「両建て」とは違う
ここで強調しておきたいのが、立花のツナギと、現代でよく言われる「両建て」の違いです。
現代のFXや株式投資の世界で「両建て」と言うと、しばしば「損切りせずに同量の反対玉を入れて、損失の拡大を止める」というネガティブな意味で使われます。これは塩漬け状態と本質的に変わらず、ほとんど意味のない行為とされます。
立花のツナギは、これとは違います。第一に、ツナギは原則として本玉より少ない量(本玉の三分の一程度)で行う。第二に、ツナギには明確な目的(コストダウン、利益確保、精神安定)がある。第三に、ツナギは入れたら必ず外す(解消する)ことが前提です。
ですから、損切りできずに「とりあえず両建てにしておこう」というのは、立花のツナギとはまったく別物だと理解する必要があります。
7-8. ツナギの危険性
ツナギは強力な武器ですが、危険性もあります。
危険1:ツナギ地獄
下手にツナギを入れると、本玉と反対玉の両方で含み損になる「ツナギ地獄」に陥ることがあります。買い玉に売りツナギを入れたあと、相場が上昇すると、買い玉は含み益、売りツナギは含み損。ここで売りツナギを切らずに放置すると、上昇が続くたびに損が膨らんでいく。
危険2:本玉と反対玉の役割が逆転
時間が経つにつれて、どちらが本玉か分からなくなることがあります。「これは本玉だっけ、ツナギだっけ」と混乱すると、判断がブレます。
危険3:取引コストの増大
ツナギを入れたり外したりを繰り返すと、手数料や信用取引コストがかさみます。現代では手数料はほぼゼロですが、信用取引の金利は無視できません。
これらの危険を避けるためには、ツナギを入れる前に必ず「目的」と「解消の目処」を決めておくことが大切です。
7-9. 現代の個人投資家にとってのツナギ
現代の個人投資家にとって、ツナギは果たして実践的でしょうか。
率直に言って、ハードルは高いです。理由は:
- 信用取引の口座を開設する必要がある
- 個別株の貸借銘柄(信用売りができる銘柄)に限られる
- 信用取引のリスクを理解している必要がある
- 玉帖などの記録管理が複雑になる
しかし、できるなら、ツナギの考え方を学ぶ価値は十分にあります。私自身、本玉に対する「保険」としてのツナギを覚えてから、本玉を維持する精神的余裕が大きく増えました。
ETFや指数先物を使ったヘッジも、現代版のツナギと言えるでしょう。日経225先物の売りで、保有株のポートフォリオ全体に保険をかけるなど。原理は立花のツナギと同じです。
7-10. 「逆向かいの実行方法」――立花のツナギの具体例
立花の本では、ツナギや逆向かい(逆張り)の具体的な実行方法が論じられています。年金投資家の独り言から要点を整理すると:
- 買い=下げの2日目から買い下がり始める。3日目も安ければ買い。戻ったら一旦売り。
- 売り=戻りの2日目から売り上がり始める。3日目も高ければ売り。押したら一旦買い。
この「戻ったら一旦売り」「押したら一旦買い」がツナギ操作の具体例です。本玉とは反対の玉を、相場の小さな逆動に合わせて入れたり外したりする。これを繰り返すことで、本玉のコストを下げていくのです。
これは見方を変えれば、本玉という長期保有ポジションの周りで、短期的な売買を繰り返している、とも言えます。長期と短期の二つの時間軸を同時に走らせる――これが立花式ツナギの真髄です。
第8章 本玉・試し玉・乗せ――建玉の構造
8-1. 「玉(ぎょく)」とは何か
立花の手法を理解するうえで、「玉」という概念を整理しておく必要があります。
「玉」とは、要するに「ポジション」のことです。建てている株数のことを玉と表現します。1000株買っていれば「買い玉1000株」、500株信用売りしていれば「売り玉500株」となります。
そして、玉にはいくつかの種類があります。
8-2. 試し玉――最初の一手
「試し玉(ためしぎょく)」は、本格的に建てる前の、様子見の小さな玉です。
たとえば、自分が買おうとしている価格帯に来た銘柄に、まず100株だけ買ってみる。これが試し玉です。この時点では、確信を持って買っているのではなく、「本当に上がるかどうか様子を見てみよう」という探りの意味合いです。
試し玉のメリットは、実際にポジションを持つことで、値動きへの感覚が研ぎ澄まされることです。チャートを眺めているだけでは見えなかった微妙な動きが、自分の玉を通じて感じられるようになる。
林輝太郎氏は『うねり取り株式投資法』の中で、「最初の試し玉はなんだっていいんです。ダメだとおもったらすぐ切って、何度でも入ればいいんですからね」と書いています。これは立花の思想とも通じます。
8-3. 本玉――メインのポジション
「本玉(ほんぎょく)」は、メインのポジションです。試し玉で「確かにこの方向で動く」と確認できたら、本格的にポジションを建てていく。これが本玉です。
本玉は、長期的に維持することを前提とした建玉です。立花の場合、3ヶ月から半年程度の保有を想定して建てていたと考えられます。
本玉の特徴:
- 比較的大きな量
- 長期保有が前提
- 大きな利益を取りに行く
- ツナギや増し玉で守る対象
8-4. 乗せ(増し玉)――順行時の追加
「乗せ(のせ)」とも「増し玉(ましぎょく)」とも呼ばれる、本玉に追加でポジションを建てていく行為です。
立花は「乗せは三分の一」と教えます。本玉に対して、追加する量は三分の一程度にせよ、という戒めです。
乗せの考え方は、相場が自分の予想通りに動いているときに、その勢いに乗ってさらに利益を取りに行くというものです。
ただし、立花は本の中で「乗せは逆張り」というユニークな表現を使っています(第3部第6章のタイトル)。これは、単に上がっているから乗せるのではなく、上がっている中での一時的な押し目で乗せる、という意味です。
たとえば、上昇トレンドの中で、ちょっと下げた局面で買い増す。これが「乗せは逆張り」の意味です。値動きの順方向に乗りつつ、押し目という逆行局面で増やす。立花の手法の精妙さがここに表れています。
8-5. 「乗せは究極の技」
林輝太郎氏は、乗せのことを「究極は乗せ」と表現します。なぜか。
乗せは、相場の流れに乗って利益を加速させる技術ですが、これが本当に上手にできる人はほとんどいない。なぜなら、人間心理として、含み益が出てくると「もう十分」と利食いたくなり、追加で買うのが難しいからです。
「もっと上がるかも、もう少し買おう」と決断できるのは、相当な腕がないとできません。
立花が「乗せは三分の一」と量を制限したのは、この心理的ハードルを下げる工夫とも言えます。「全部乗せようとするな、本玉の三分の一だけ追加しろ」と量を限定すれば、決断もしやすくなります。
8-6. 根の玉――究極の本玉
立花の本の第3部第9章のタイトルは「根の玉」です。これは、十分に値幅を取る基本の玉のことを指します。
年金投資家の独り言ブログでは、「根の玉とは、十分に値幅を取る基本の玉のことであり、下げ相場に乗ったのは一万株程度であるが、戻りでは三万株増加させて、上手に泳いだ」と紹介されています。
つまり、根の玉は、相場のうねりを通じて維持していく基本的な持ち玉のこと。これに、上下動を利用したツナギや乗せを組み合わせて、ポジション全体を構築していくのです。
「根の玉」は、ある意味、立花のパイオニア株のポジション全体に通じる概念です。17年間、ずっとパイオニア株のポジションは存在し続けていた。その量や買い・売りの構成は変わったが、パイオニアという銘柄から完全に離れることはなかった。
これが「根の玉」の究極的な姿です。
8-7. 試し玉から本玉への移行
試し玉で入って、それが当たったら本玉に育てていく。この移行のタイミングが、技術的にとても重要です。
立花のスタイルでは、おおむね次のような流れです:
- 試し玉として小さく入る(本玉の10%程度)
- 値動きを確認しつつ、押し目で買い増していく(不等分割)
- 本玉として育ったところで、ツナギや乗せを使って操作する
- 大きなうねりを取って、本玉を手仕舞いする
- ゼロに戻し、次の機会を待つ
このサイクルが、立花の典型的な売買フローです。
8-8. ポジションサイズの管理
立花が常に意識していたのが、ポジション全体のサイズです。「片玉二分の一」の原則は、片方の玉だけの場合は資金の半分まで、という意味でした。
しかし、両建てになるとどうなるか。ツナギを含めれば、合計のポジションは資金の半分を超えることもある。立花は、ここでも慎重で、無理に大きなポジションを取らなかったようです。
「自分の精神が安定して扱える量」――これがポジションサイズの判断基準でした。眠れなくなるほどのポジションは、絶対に持たない。これは何度も大損で痛い目に遭った立花が、骨身に染みて学んだ教訓です。
8-9. 増し玉の不利
立花の本の第2部第8章「本玉と増し玉」では、増し玉(乗せ)の難しさが論じられています。
増し玉は、相場が順行している局面で行うため、平均取得価格が悪化します。たとえば、500円で買った株が600円になったところで増し玉すれば、平均取得価格は500円より高くなる。これが増し玉の不利な面です。
しかし、それでも増し玉する価値があるのは、相場がさらに上昇すれば、増し玉分の利益が加速度的に増えるからです。
問題は、「どこまで増し玉してよいか」「どこで止めるべきか」の判断です。立花の「乗せは三分の一」は、この判断を量で抑制する工夫です。
8-10. ポジション操作の妙
立花のスタイルの面白いところは、ポジションを単なる「持ち高」として見るのではなく、「絶えず変化させ、操作する対象」として見ることです。
本玉、試し玉、増し玉、ツナギ――これらを組み合わせて、毎日少しずつポジションの構成が変わっていく。日記のように、玉帖を見ると、その変化が記録されています。
これは、まるで将棋の対局のようなものです。一手一手、駒を動かして、最終的に勝つ形を作っていく。立花にとって、相場の売買は、単なる「上がるか下がるか」のギャンブルではなく、駒を操作する技術ゲームだったのです。
この感覚を体得できるかどうかが、当て屋から技術者への分水嶺だと、私は思います。
8-11. 「ポジションを作るには」
立花の本の第4部第4章のタイトルは「ポジションを作るには」です。これは、本玉をどう構築していくか、という極めて実践的なテーマです。
良いポジションを作るための要点は:
- 時期を選ぶ:底練り終了から上がり始めの時期、または戻り高値からの下げ始めの時期
- 試し玉から入る:いきなり大きく入らない
- 不等分割で積み上げる:1株、2株、5株のように、有利な価格帯では多めに
- 平均値を有利にする:押し目で買い、戻りで売り
- 本玉を完成させる:目標とする数量に達したら、それ以上は増やさない
このプロセスは、まるで料理人が長時間かけて出汁を取るような、丁寧で根気のいる作業です。一度で完成するものではなく、何日も何週間もかけて、少しずつ理想のポジションに近づけていく。
立花の建玉法の数字として、書評ブログでは「2.3.5.5.5」というパターンが紹介されています。最初2玉、次に3玉、その後5玉、5玉、5玉。最初は控えめに、次第に大きく、そして同量に。この数字の流れに、立花の慎重さと自信のバランスが見て取れます。
第9章 道具――場帖、玉帖、グラフ
9-1. 「売買するための道具」
立花の本の第2部の第1章のタイトルは「売買するための道具」です。立花は、相場の売買をするには、最低限の道具を揃える必要があると説きます。
その道具とは、現代の意味でのスマホやパソコンではありません。立花の時代には、もっと素朴な道具が必須でした。
具体的には:
- 場帖(ばちょう) ――日々の株価を記録するノート
- 玉帖(ぎょくちょう) ――自分の建玉を記録するノート
- グラフ ――手書きのチャート
この三点セットが、立花の時代の必須アイテムでした。
9-2. 場帖をつける意味
場帖とは、毎日の株価を自分の手で書き写すノートのことです。日付、寄付、高値、安値、終値、出来高――これらを毎日、こつこつと書いていく。
なぜ場帖をつけるのか。
第一に、株価の動きが体に染み込むからです。チャートを眺めているだけでは見えない、微妙な変化に気づくようになる。
第二に、書く行為そのものが、銘柄への愛着を育てるからです。毎日同じ銘柄の数字を書き続けると、その銘柄が自分の中で特別な存在になっていく。
第三に、書いた記録自体が、将来の検証材料になるからです。何ヶ月、何年と書き溜めれば、それは貴重な研究データになる。
ある個人投資家のブログでは、「場帖をつけるようになったのは2009年頃から。それまで数年は、ノートに適当に売買を書いていた。場帖は、林輝太郎さん、立花義正さん、板垣浩さんの一連の著作で学んだ。最初は、めんどくさくて嫌だった。でもリーマンショックで80万円の損失をだしてしまって、藁にもすがる思いで真似を始めた」とあります。これは、多くの個人投資家が経験する典型的な道筋です。最初は面倒、しかし大損して初めて、地道な記録の重要性が分かる。
9-3. 玉帖の役割
玉帖とは、自分の建玉を記録するノートのことです。何日に、何株を、何円で買った(または売った)か、現在のポジションはどうなっているか、平均取得価格はいくらか――これらをこと細かに記録します。
立花の本には、彼自身の玉帖が複数掲載されています。書評では「玉帖が複数掲載されている」と紹介されており、これが本の独特の魅力の一つとなっています。
玉帖の効用:
第一に、自分のポジションを客観視できる。 第二に、過去の判断を振り返れる。 第三に、税金の計算など実務的な用途にも使える。
現代では、証券会社のシステムが自動的にポジションを管理してくれます。しかし、立花は手書きの玉帖にこだわった。なぜか。
私の解釈では、自分で書くことで、ポジションを「自分のもの」として意識できるからです。証券会社のシステム画面を眺めているのと、自分の手で書いた玉帖を眺めているのとでは、心理的な距離が違うのです。
9-4. 手書きグラフの効用
立花は、手書きでグラフ(チャート)を描くことも推奨します。これは現代の感覚では、最も理解しにくい部分かもしれません。
林輝太郎氏の本では、「毎日方眼紙に日足を書くこと(鉛筆ではなくペンで。描き損じたらその方眼紙全部書き直し)」「書き続けていれば自然と呼吸みたいなのが分かる」と書かれているそうです。
これを読んだあるブロガーは、「うーん、なんじゃこりゃ」という感想しか抱けなかったと書いています。多くの現代人にとって、この発想は時代錯誤に映るでしょう。
しかし、私は手書きグラフには深い意味があると思っています。
第一に、書きながら考えるという行為が、相場感を養うのです。チャートをパッと見るのと、書きながら一日ずつ追体験するのとでは、得られる感覚がまったく違う。
第二に、手書きは時間がかかるため、頻繁にチェックすることになる。これが値動きへの注意力を高める。
第三に、書く行為が瞑想的な側面を持つ。集中して書くことで、雑念が払われ、相場と向き合う心が整う。
もちろん、現代では物理的に手書きする必要はありません。エクセルにデータを打ち込む、チャートツールに目印を入れる、などで代替可能です。しかし、「自分の手を動かして記録する」というスピリットは、依然として価値があると思います。
9-5. 「グラフ記載がないのは・・・」
ねほり.comでは、立花の本にグラフが掲載されていない理由が考察されています。曰く、「玉の操作よりも値動きに関心が行ってしまうので『ポジションを作る』という一番大切な勉強の主題から外れるためとのこと」。
これは深い洞察です。立花は、本にグラフを載せれば読者が分かりやすいことを知っていたはずです。それでもあえて載せなかった。なぜなら、グラフを見せると、読者は「値動きのほうに気を取られて、玉の操作という本質を見落とすから」。
「値の変化でなく、玉の変化(推移)を見るのがコツ」――これが立花の中心的な主張です。
多くの個人投資家は、株価の動きにばかり目を奪われます。「いくらになったか」「いつ反転するか」。しかし立花は、「自分の玉がどう変化していくか」を見ろと言うのです。
これは、視点の根本的な転換です。相場を「外的な対象」として眺めるのではなく、「自分のポジションとの関係」として見る。この内側からの視点こそが、技術者への道なのです。
9-6. データスリップという発想
立花の道具立てには、「データスリップ」というものも出てきます。これは、銘柄ごとのデータを記入するスリップ(小さな紙)のことで、日々の数字をまとめて管理するためのツールです。
現代でいえば、エクセルの行のような役割でしょうか。一日分の情報を、一枚のスリップに記入する。これを蓄積していくと、過去の動きが一目で振り返れます。
立花の弟子筋にあたる投資家のレビューに、「データスリップ、グラフ、場帖など参考にして一銘柄で波乗りしています。立花さん、ありがとうございます」というものがあります。立花の道具立てを今でも実践している個人投資家がいるのです。
9-7. 道具を揃えることの意味
なぜ立花はこれほど道具にこだわったのか。
私は、道具を揃えることそれ自体が、相場に向き合う覚悟を表現する行為だからだと思います。
「面倒くさいから道具は揃えない」と言う人は、結局、相場に対しても面倒くさがる。道具を整え、毎日記録をつける人は、相場にも一定の敬意と覚悟を持って向き合える。
これは武道や芸事の世界と似ています。一流の職人は、まず道具を大切にする。包丁を研ぎ、筆を整え、楽器を手入れする。その先に、技術の習得がある。
立花は、相場をそういう「道(みち)」として捉えていたのだと思います。だから、道具にもこだわった。
9-8. 現代版の道具立て
現代の個人投資家が、立花の道具の精神を実践するなら、どうすればいいでしょうか。
私の提案:
1. 「場帖」のデジタル版
エクセルやGoogleスプレッドシートで、毎日の終値を入力するシートを作る。手書きでもいいですが、デジタルなら検索や集計が楽です。
2. 「玉帖」のスプレッドシート
自分の売買履歴を、エクセルに自分で入力していく。証券会社の履歴をコピペするだけでなく、「なぜその時に売買したのか」のメモも書き添える。
3. 「グラフ」のスクリーンショット
チャートを毎日見るだけでなく、節目節目でスクリーンショットを取って、フォルダにためていく。1ヶ月後、3ヶ月後に見返すと、視野が広がります。
4. 「データスリップ」の代替としてのトレードジャーナル
最近では、トレード記録専用のアプリ(マイトレードなど)もあります。これらを使って、判断の理由と結果を紐づけて記録する。
ここで大切なのは、ツールの種類より、「毎日、記録する」という習慣そのものです。立花が場帖で実現していたのは、相場との日々の対話でした。これは現代のどんなツールを使っても、再現できます。
9-9. 「書く」ことと「考える」ことのつながり
最後にもう一つ、書くという行為そのものについて触れておきます。
人間は、書くことで考えがまとまります。頭の中だけで考えていると、思考はどんどん漠然としていく。しかし、書き出すと、自分が何を考えているのかが明確になる。
相場の判断も同じです。「これは買いだろうか、売りだろうか」と頭の中だけで考えていると、判断が固まらない。しかし、ノートに「現在の状況」「これからの予想」「自分の判断」を書き出してみると、思考が整理される。
立花が場帖や玉帖を重視したのは、おそらくこの「書くことで考えがまとまる」という効用も意識していたからだと思います。書くことは、思考することそのものなのです。
9-10. パソコン時代における手書きの価値
ねほり.comの記事には、「パソコンのグラフはパッと現れてパッと消えてしまう、動きが読めない」という指摘もあります。
これは現代の個人投資家にも非常に重要な視点です。スマホやPCのチャートは、一瞬で表示され、一瞬で消えます。スクロールすれば、過去のチャートはすぐに視界から外れる。
ところが手書きのグラフは、書くのに時間がかかります。書いている間、その値動きを「体験」できる。書き終わったあとも、ノートをめくれば過去の動きが眼前に広がる。
これは「情報の摂取量」と「情報の体感量」の違いです。デジタルツールは情報量を増やしますが、体感量を減らします。手書きは情報量こそ少ないものの、体感量は圧倒的に多い。
立花の道具立ては、後者を重視したものだったのです。情報を「知る」ではなく、情報を「身体化する」ためのツール。これが場帖、玉帖、手書きグラフの本質です。
第10章 銘柄の限定と専門化
10-1. 立花の最大の方針転換――「銘柄を絞れ」
立花義正の投資人生における最大の転換点は、「銘柄を絞る」という決断でした。これは兜町の老相場師から受けたアドバイスでもあり、立花自身がその後30年にわたって実践したものでもあります。
立花の本の第1部第2章のタイトルは、ずばり「銘柄の限定」です。彼にとって、銘柄を絞ることは、相場で生き残るための前提条件だったのです。
10-2. なぜ銘柄を絞るのか
なぜ銘柄を絞る必要があるのでしょうか。
理由1:相場感は銘柄ごとに違う
銘柄ごとに、値動きのクセが違います。ボラティリティ、出来高、需給の偏り、季節性、人気・不人気のサイクル――これらはすべて銘柄固有のものです。
一つの銘柄を長く見ていると、その銘柄特有のリズムが体に染み込んでいきます。これが「相場感」です。複数の銘柄を浅く見ていると、この相場感は永遠に育ちません。
理由2:判断のブレを減らす
複数の銘柄を持っていると、判断がブレます。「Aの銘柄は調子が悪いけど、Bは好調だから資金を移そうか」と考え始めると、本来の戦略から離れていく。
一つの銘柄に集中すると、判断はシンプルになります。「いつ買うか、いつ売るか」だけ考えればよい。
理由3:時間と精神力の節約
複数の銘柄を追いかけると、それだけ多くの時間と精神力が必要です。決算、ニュース、業界動向――すべてをチェックするのは、専業でも難しい。
一つの銘柄に絞れば、その銘柄のことだけを深く考えればよい。週末に何百銘柄のチャートを見たり、何十社の決算資料に目を通す必要がなくなる。ストレスが激減します。
10-3. 「専門を持つ」という思想
立花が引用する言葉に、「プロには専門がある。専門をつくらなければプロの資格はない」というものがあります。
これは、相場のプロを「医者」や「料理人」と同じように捉えた発想です。
医者にも、内科医、外科医、皮膚科医、精神科医がいる。すべての病気を診られるスーパー医者はいません。専門があるからこそ、深い知識と経験を持てる。
料理人も同じ。寿司職人、フレンチシェフ、中華の達人――専門があるからこそ、その分野で一流になれる。
相場のプロも、専門を持つべきだ、と立花は考えました。「商品相場で利益を上げている人は自分の専門に売買する銘柄が決まってくる。専門がなければ取れないことがわかってくる」――これは立花の確信でした。
10-4. パイオニアを選んだ理由
立花がなぜパイオニアという銘柄を選んだのか、明確な理由は本では詳しくは触れられていません。書評ブログ「年金投資家の独り言」によれば、「パイオニアは、ソニーの現株を保有した経験を生かして、はじめは現株を持つことにした。成長期の品薄株は政策的、人為的なクセのある動きをするから、現株をある期間寝かせる投資法でないと取れない」とあります。
これから推測すると、立花は次のような理由でパイオニアを選んだと考えられます:
- オーディオメーカーとして当時成長中だった
- 値動きにクセがあった(テクニカルに取りやすい)
- ソニーで似たような銘柄を扱った経験があった
- 信用取引が可能だった(売りもできた)
しかし、立花自身は「専門の銘柄を選んだ動機は意外に単純だし、それでよい。目移りしたらきりがないから、選んだ株に全力を尽くす」と書いているそうです。
つまり、銘柄選びはそれほど大事ではない、ということです。何を選ぶかより、選んだら一筋に取り組むことが大事なのです。
10-5. 17年間、同じ銘柄
立花は17年間、パイオニアを売買し続けました。これは現代の感覚で言えば、ほぼ「結婚」に近い長さです。一つの銘柄と、17年間も向き合い続ける。
その間、世界では多くのことが起きました。オイルショック、ニクソンショック、円高、変動相場制への移行――。これだけのマクロイベントが続いた中で、立花はパイオニア株だけを見ていたのです。
このコミットメントの深さこそが、立花の到達した境地の根源です。同じ銘柄を17年見続ければ、その値動きのクセは骨身に染み込みます。チャートを見ただけで、「これは典型的な押し目だな」「これは戻り売りの局面だな」が瞬時に分かる。
これは、職人の世界の「経験10年で一人前、20年で名人」という感覚と通じます。何事も、それだけの時間を費やしてやっと、その道の本質が見えてくるのです。
10-6. 銘柄を絞ることの心理的効用
銘柄を絞ることには、技術面以外に、強い心理的効用があります。
効用1:オールイン依存からの解放
複数銘柄を持っていると、「他にもっといい銘柄があるんじゃないか」という疑念がつきまといます。これは精神を消耗させます。銘柄を絞れば、この疑念から解放されます。
効用2:他人の儲け話への耐性
SNSやニュースで「あの銘柄がこんなに上がった」という話を聞いても、自分の銘柄に集中していれば、心が動きません。「ああ、そう」で済む。
効用3:自分の判断への自信
同じ銘柄を長く見ていれば、その銘柄については自分が一番詳しいという自負が生まれます。これが判断の自信につながります。
効用4:感情の安定
複数銘柄だと、毎日「この銘柄は上がった、こっちは下がった」と感情が揺さぶられます。一銘柄なら、感情の振れ幅も限定的です。
10-7. 銘柄選びの基準
立花の哲学に従って自分の専門銘柄を選ぶとしたら、どんな基準で選べばいいでしょうか。私の経験から、いくつかの基準を挙げます。
基準1:自分が興味を持てる業界の銘柄
何年も付き合うことになるので、自分が興味を持てる業界がよい。テクノロジーが好きならテック株、消費財が好きなら小売・食品株など。
基準2:適度な値動きがある銘柄
値動きが小さすぎる銘柄は、うねりが取れません。逆に値動きが大きすぎる小型株は、リスクが高すぎる。日経225採用銘柄か、それに準じる中型・大型株が無難です。
基準3:出来高が十分な銘柄
流動性が低い銘柄は、自分の売買で株価を動かしてしまうことがあります。十分な出来高があることが大事です。
基準4:継続性が見込める銘柄
数年で経営危機になる可能性が高い銘柄は避けるべきです。財務が健全で、長期的に存続が見込める銘柄を選ぶ。
基準5:信用取引が可能な銘柄
立花式のうねり取りでは、空売りも併用するので、貸借銘柄であることが望ましい。
10-8. 銘柄を絞れない人の特徴
私の観察では、銘柄を絞れない人には共通の特徴があります。
特徴1:常に「次の上昇銘柄」を探している
これは典型的な当て屋メンタルです。「今のじゃなくて、もっと上がる銘柄があるはず」と常に思っている人は、永遠に専門が持てません。
特徴2:含み損になると別の銘柄に移りたくなる
「この銘柄はもうダメだ、他に乗り換えよう」と考える。しかし実際は、その含み損銘柄が次に大きく上がる可能性も十分あるのです。乗り換えてばかりだと、機会を失います。
特徴3:他人の話に振り回される
SNSで「あの銘柄が来てる」と聞くたびに、興味が移る。自分の軸を持っていないため、流される。
特徴4:分散投資を「正解」と信じすぎている
「卵は一つの籠に盛るな」は正しい原則ですが、極端に解釈すると、専門を持てなくなります。インデックス積立なら徹底的に分散すべきですが、能動的に取引するなら、ある程度集中することも必要です。
10-9. 「銘柄を浮気しない」覚悟
銘柄を絞ることは、ある意味で「銘柄と結婚する」ことに似ています。浮気しない覚悟が必要です。
他にどんなに魅力的な銘柄が現れても、「自分の銘柄」を裏切らない。たとえ自分の銘柄が一時的に冴えなくても、見捨てない。
この覚悟があるかないかが、立花式うねり取りができるかどうかの境界線です。
私自身、何度もこの覚悟を試されてきました。自分の専門銘柄が下落している間、別の銘柄が急騰しているのを見るのは本当に辛いものです。「今すぐ乗り換えれば儲かるのに」という誘惑は、強烈です。
しかし、ここで動じない覚悟こそが、長期的な成果を生むのだと、私は信じています。
10-10. 「強くなる」ことと専門
立花の言葉に「専門をつくることは『強くなること』だ」というものがあります。
これは、深い真理を含んでいます。専門を持つということは、その分野では誰にも負けない自負を持つということです。この自負が、判断の確信と精神の安定をもたらす。
逆に、専門を持たない人は、常に他人の意見に揺さぶられます。誰の意見が正しいのか分からない。自分の判断の根拠も乏しい。だから「弱い」のです。
相場の世界で「強くなる」ためには、何でも知っている博識である必要はありません。むしろ、一つの銘柄について、誰よりも深く知っている。これが本当の強さです。
そして、この「強さ」は、専門を持つ覚悟と、長い時間の積み重ねによってのみ、獲得できるものなのです。
10-11. 「情熱を燃やせる得意銘柄」
年金投資家の独り言ブログでは、立花の言葉として「情熱を燃やせる、損を利益に逆転できるような『得意銘柄』を創らなければ勝利を物にすることはできない」というものが紹介されています。
これは深い表現です。情熱を燃やせる銘柄――それは単に儲かりそうな銘柄ではありません。何年見ていても飽きない、何時間でも研究したい、そんな銘柄のことです。
立花にとっては、それがパイオニアでした。なぜパイオニアだったのか。それは結局のところ、立花自身にしか分からない、相性のような何かだったのでしょう。
私たちも、自分にとっての「パイオニア」を見つける必要があります。それは、銘柄選びの理論やデータではなく、「なんとなくこの銘柄が好き」「この銘柄の動きを毎日見ていたい」という直感に近いものから始まるのかもしれません。
第11章 雑音無視という哲学
11-1. 「雑音無視」――情報管理の原則
立花の手法の中で、「雑音無視」という言葉は重要な位置を占めます。これは情報管理の基本原則です。
「片玉二分の一(資金管理)」「雑音無視(情報管理)」「5%逆行注意(行動基準)」――この三つが、立花の売買技法の基本(定石)として並べられています。
雑音無視とは、相場に関する各種の情報、噂、評論、予測などを、できるだけ無視するという姿勢です。
11-2. なぜ雑音を無視するのか
雑音を無視する理由は、すでに各所で触れてきましたが、整理しておきます。
理由1:情報はすでに価格に織り込まれている
立花の哲学の根底にあるのは、「材料は価格にあと付け」という認識です。あなたが知った情報は、すでに価格に反映済みである可能性が高い。
理由2:情報は判断を歪める
「決算が良かった」と聞くと、無意識に強気バイアスがかかります。「不祥事があった」と聞くと、弱気バイアスがかかります。これらのバイアスは、純粋な値動きの判断を妨げます。
理由3:情報過剰は決断を遅らせる
情報が多すぎると、「もっと確かな判断材料を集めてから決めよう」となって、決断が遅れます。相場ではスピードも重要です。
理由4:他人の意見は他人の都合
アナリストレポート、SNSの投稿、評論家のコメント――これらは、発信者なりの都合や利害があって発信されています。あなたの利益のために発信されているわけではない。
11-3. 「抽象的相場論を排せ」
立花の本の第2部第4章のタイトルは「抽象的相場論を排せ」となっています。これは雑音無視と並んで、立花が強調するメッセージです。
抽象的相場論とは、「今は大相場の局面だ」「日本経済の構造転換が進んでいる」「金融政策の影響で・・・」といった、マクロな抽象論のことです。
立花は、こうした抽象論を全部無視しろ、と言います。なぜなら、これらは具体的な売買判断には何の役にも立たないからです。
「日本経済の構造転換」を語る評論家は、来週のパイオニアの株価が上がるか下がるかには、答えられないのです。マクロ論はマクロ論として成立しますが、ミクロな売買判断には別の判断基準が必要なのです。
11-4. ニュースとの正しい付き合い方
「雑音無視」と言っても、ニュースを一切見るな、ということではありません。立花も、新聞を毎朝開いて株価をチェックしていたのですから、世の中の情勢には触れていたわけです。
問題は、ニュースに対する「反応の仕方」です。
良いニュースが出たから買う、悪いニュースが出たから売る――これが「ニュースに反応する」やり方で、立花が否定する方法です。
立花の方法は、「ニュースは観察対象として記録するが、売買判断には使わない」というものでした。決算発表があった、その日に株価がどう動いたかを場帖に記録する。しかし、決算の良し悪しを根拠に売買はしない。あくまで自分の分割売買のルールに従って判断する。
これは現代のテクニカルトレーダーにも通じる姿勢です。ニュースは「事実として確認」しても、売買の根拠にはしない。
11-5. SNS時代の雑音
現代は、立花の時代の比ではないほど、雑音が多い時代です。Twitter(X)、YouTube、TikTok、各種ブログ、ニュースアプリ、証券会社のレポート――情報のシャワーを浴び続けている状態が日常になっています。
この環境で「雑音無視」を実践するのは、立花の時代よりはるかに難しいでしょう。
私自身、SNSで他人の儲け話を見ると、自分のスタイルがブレることが多々あります。「自分も同じことをすればもっと稼げるんじゃないか」「自分のやり方は時代遅れなんじゃないか」――こうした疑念に襲われる。
これに対抗する手段は、いくつかあります。
手段1:SNSの相場アカウントをフォローしない
そもそも雑音を取り入れないのが一番です。投資系のアカウントを大量にフォローしているなら、いったん大幅に減らしてみる。
手段2:時間制限を設ける
朝の30分だけ、夜の15分だけ、と決めて情報チェック。それ以外の時間はSNSを開かない。
手段3:自分の場帖を信じる
不安になったら、SNSではなく、自分の場帖や玉帖を見返す。自分の過去の判断を思い出すことで、軸を取り戻せます。
手段4:「人は人、自分は自分」と腹を括る
これは結局、覚悟の問題です。他人がいくら儲けようと、自分は自分の道を行く、と決める。これが立花の精神を現代に活かす道です。
11-6. 評論家・アナリストへの態度
立花は、評論家やアナリストの予測についても、強い不信感を持っていました。
理由はシンプルで、彼らの予測は当たらないからです。当たらないというより、当たり外れがあって、トータルで見ると役に立たないレベル、というのが実態でしょう。
これは現代でも変わりません。証券会社のアナリストの目標株価、テレビに出るエコノミストの予測、YouTube投資チャンネルの「次に来る銘柄」――これらの的中率を真面目に検証すれば、おそらくランダムウォーク(コイントス)と大差ないことが分かるはずです。
これらの情報を完全に無視することは難しいですが、少なくとも「売買判断の根拠にしない」という姿勢は、立花から学べる教訓です。
11-7. 「友人の儲け話」という最大の罠
最も注意すべき雑音は、実は「友人の儲け話」かもしれません。
知らない評論家の予測は、まだ無視しやすい。しかし、信頼している友人が「あの銘柄で稼いだ」と言うのは、心を揺さぶります。
立花の時代も、こうした口コミは存在したでしょう。証券会社の店頭で噂が飛び交い、近所のオジサンが「いい銘柄を教えてやる」と寄ってくる――そんな光景が想像できます。
現代も同じです。SNSの友人、職場の同僚、家族や親戚から、儲け話が舞い込んでくる。
これに対する立花の姿勢は、「雑音無視」で一貫しています。友人の儲け話も、雑音の一つ。自分の専門の銘柄、自分の分割売買のルールに集中する。
冷たく聞こえるかもしれませんが、これが長期的に勝つための処世術なのです。
11-8. 静かな環境を作る
立花の哲学を実践するためには、「雑音の少ない環境」を意識的に作ることが必要です。
私の実践している環境作り:
- 投資系アカウントの整理:SNSでは、相場予測系のアカウントをほぼフォロー解除。
- テレビニュースの制限:経済ニュースを見るのは、週末の総括番組のみ。
- 証券会社のメルマガ解除:「今週の注目銘柄」のような煽り系メルマガは全部解除。
- 投資系YouTubeの時間制限:勉強系の動画に限定。
- 自分の銘柄だけウォッチリスト:あれもこれも入れない。
こうして雑音を遮断していくと、心の静けさが戻ってきます。すると、自分の判断軸が安定する。これが立花の言う「雑音無視」の現代的な実践だと、私は思っています。
11-9. ただし、勉強の素材は別
ここで誤解のないように付け加えると、立花は「すべての情報をシャットアウトせよ」と言っているわけではありません。
彼の本棚は、株式投資の本でびっしりだったといいます。林輝太郎の本、酒田罫線法の研究書、相場師の伝記――こうした「勉強の素材」は積極的に取り入れていたのです。
雑音と勉強素材の違いは何か。私の理解では:
- 雑音:即時の売買判断を惑わすもの(ニュース、噂、予測、儲け話)
- 勉強素材:長期的に技術と思考を磨くもの(古典的な相場書、歴史、技術論)
雑音は遮断し、勉強素材は積極的に取り入れる。これが立花式の情報管理です。
11-10. 「自分の声を聞く」ためには
雑音を遮断する最大の目的は、「自分の声を聞くため」だと、私は思います。
雑音だらけの環境では、自分が何を考えているのか、何を感じているのかが分からなくなります。「みんなが言っているから、それが正しい」と思考停止してしまう。
しかし、雑音を遮断すると、自分の内なる声が聞こえてくる。「この銘柄、なんとなく違和感がある」「ここは少し休むべきかもしれない」――こうした直感的な判断が、はっきりと意識に上がってくる。
立花のような熟練の相場師は、こうした内なる声に従って動いていたのではないかと、私は推測します。長年の経験が蓄積された潜在意識からのメッセージ。これを聞くためには、雑音を遮断することが不可欠なのです。
これは禅や瞑想の世界とも通じる発想です。外的な雑音を消すことで、内的な静けさを取り戻す。立花の「雑音無視」は、ある種、相場における「禅の修行」だったのかもしれません。
第12章 ゼロをつくる――区切りの思想
12-1. 「ゼロをつくる」という発想
立花義正の哲学の中で、私が特に味わい深く感じるのが、「ゼロをつくる」という発想です。
ゼロをつくるとは、自分のポジションをいったん全部解消して、ノーポジション(持ち高ゼロ)の状態を作ることです。買い玉も売り玉もすべて手仕舞いして、相場から距離を置く。
立花の本の第3部第1章のタイトルは「売買の区切り」です。第4部第5章は「区切りのつけかた」。彼は何度も、この「区切り」「ゼロをつくる」ということを強調しています。
12-2. なぜゼロをつくるのか
なぜポジションをゼロにする必要があるのでしょうか。常に何かしらのポジションを持っていたほうが、利益機会を逃さないのでは?
これは、当て屋メンタルの典型的な発想です。実は、ポジションを常に持つことには、大きなデメリットがあるのです。
デメリット1:判断の柔軟性が失われる
ポジションを持っていると、そのポジションを正当化する方向に判断が歪みます。買い玉を持っていれば、強気のニュースばかり目に入る。売り玉を持っていれば、弱気の材料を探してしまう。
ゼロの状態だと、こうしたバイアスから自由になれます。
デメリット2:精神の消耗
常にポジションを持っていると、神経が休まらない。毎日値動きを気にし、週末も相場のことを考える。これは精神を消耗させます。
ゼロの期間は、相場から完全に離れて、心身をリセットできる貴重な時間です。
デメリット3:自分の判断の振り返りができない
ポジションを持ち続けていると、自分の判断の良し悪しを冷静に振り返れません。「結果オーライ」で終わってしまう。
ゼロの状態で過去の取引を振り返ることで、技術が向上していくのです。
12-3. 「休むも相場」――古い格言の意味
「休むも相場」という古い格言があります。立花の哲学は、まさにこれを実践したものです。
休むということは、何もしないということではありません。むしろ、最も重要な判断の一つです。
相場には、自分にとって有利な局面と、不利な局面があります。常勝の相場師でも、不利な局面で無理に取引すれば負けます。だから、不利な局面では「休む」という判断をする。これが熟練の証です。
立花は、本玉を手仕舞いしてゼロにしたあと、しばらく相場から離れる期間を意識的に作っていたようです。書評ブログ「AI投資による自分年金研究室」では、「最後は十分に利益が乗ったところで利確して、しばらくはポジションをゼロにして相場を休み、心身や感覚をリセットする様子まで分かります」と書かれています。
12-4. 「不利な玉を切る」勇気
ゼロをつくる際に避けて通れないのが、「不利な玉を切る」という決断です。
含み損になっている玉を、損切りすることです。立花の本の中では、「ゼロをつくる⇒売買に区切りをつける 不利な玉を切る」という整理がされています。
不利な玉を切るのは、本当に難しい。なぜなら、損失を確定するという行為は、自分の判断ミスを認めることだからです。プライドが許さない。希望にすがってしまう。
しかし、立花は何度も大損で痛い目に遭ってきた経験から、「不利な玉を切らないと、もっと痛い目に遭う」ことを知っていました。だから、ゼロをつくる際に、含み損の玉も含めて全部清算することの重要性を、繰り返し説いています。
12-5. 利確と損切りの非対称性
ここで興味深いのが、立花の取引における「利確」と「損切り」の捉え方の違いです。
ねほり.comの分析によれば、立花の売買譜を見る限り、「これだけ利益が上がったから利食いする。これだけ損をしたから損切りする」という固定的な概念はないように見受けられるそうです。
つまり、立花は事前に「○○円利益が出たら利食う」「××円損したら切る」というルールを決めて売買しているわけではない。むしろ、「相場の局面が変わったから手仕舞いする」「区切りをつける必要があるから清算する」という、文脈依存の判断をしている。
これは現代の機械的なトレードルールとは異なる発想です。テクニカル分析の入門書では、「ストップロスを必ず設定せよ」と教えますが、立花の流派はもっと柔軟です。
ただし、柔軟である分、技術が要ります。立花のレベルだから可能だったとも言えます。初心者は、まず機械的なルールから入って、徐々に立花のような柔軟性を獲得していくのが現実的でしょう。
12-6. 「利益と損失は交互に発生する」
立花の本の中の重要な一節に、「相場において、利益と損失は交互に発生する」というものがあります。
これは深い真理を含んでいます。どんな名人でも、勝ち続けることはできない。勝った後には負けがある。負けた後には勝ちが来る。
だから、立花は次のような戒めを残しています:
利益の後は休むのがよいし、休まないのであれば、「儲かったから、玉を増やそう」ではなく、「儲かったが、次は損になるかもしれないから、前と同じ玉数で挑もう」と考え、一定の建玉法で臨むべきである。
これは行動経済学的にも理にかなった発想です。利益が出ると、人間はリスク許容度が高まる傾向があります。「もっと大きく勝負しよう」と思いやすい。しかし、それが次の大損につながる。
立花は、この心理的な罠を理解していました。だから「儲かっても玉を増やすな、同じ玉数で臨め」と説いたのです。
12-7. 「自分のリズム」を整える時間
ゼロをつくる期間は、相場からの休養であると同時に、「自分のリズムを整える」期間でもあります。
私自身、長期間のトレードで疲れた後、ポジションをゼロにして1ヶ月ほど休むと、心身がリフレッシュされて、次のトレードに新鮮な目で臨めることを経験しています。
逆に、休まずにずっとポジションを持ち続けていると、判断が鈍り、いつの間にか負けトレードを増やしてしまう。
立花が言う「ゼロをつくる」は、単なる技術的な手順ではなく、「相場師としての自分を持続可能な状態に保つ」ためのライフスタイルなのです。
12-8. 「2-23」と「20-20」――異なるゼロ
立花のポジション表記で興味深いのが、「2-23」のような不均衡な両建てと、「20-20」のような完全両建ての違いです。
立花の本では、「2-23でなくても、2-20あるいは1-10のように、本玉の10%くらいの反対玉が入っているポジションだと、座り心地のよい椅子に腰掛けているような感じ」と表現されています。
そして「20-20でバランスがゼロも区切り」とも言われます。
つまり、両建てで損益のバランスがゼロになっている状態も、「区切り」「ゼロをつくる」の一形態として認識されているのです。
これは興味深い発想です。物理的にポジションをゼロにしなくても、両建てで実質的に動かない状態を作ることで、「区切り」の効果を得る。
ただ、私は経験上、本当の意味でリフレッシュするには、両建てではなく、完全にゼロにしたほうが効果的だと感じています。両建ては「動けないだけで、まだ何かを抱えている」状態であり、心は完全には解放されないからです。
12-9. ゼロをつくった後の振り返り
ゼロの状態は、振り返りの絶好の機会です。
ポジションがあると、視界が現在進行形の取引に占有されます。しかしゼロになると、過去の取引を冷静に見返せる。
私が実践している振り返りの方法:
- 直近3ヶ月の玉帖を見返す:いつ、何を、いくらで、なぜ売買したかを順に見ていく。
- 良かった判断と悪かった判断を抜き出す:特に良かった例、特に悪かった例を3〜5個ずつピックアップする。
- 共通パターンを見つける:良かった例にも悪かった例にも、共通するパターンがあるはずです。それを言語化する。
- 次のサイクルへのルール調整:見つけたパターンに基づき、次の3ヶ月のルールを微調整する。
このサイクルを、ゼロの期間ごとに繰り返すことで、技術が徐々に向上していきます。
12-10. 「完璧でなくていい」というメッセージ
立花の「ゼロをつくる」「区切りをつける」という思想は、結局のところ、「完璧を求めすぎるな」というメッセージでもあると、私は思います。
完璧な利食いも、完璧な損切りも、人間にはできない。だから、ある程度のところで線を引いて、いったん終わらせる。そして次のチャンスを待つ。
これは人生全般にも通じる知恵です。完璧を求めて何も決断できないより、不完全でも区切りをつけて前に進む。立花の哲学は、相場の技術論を超えて、生き方の哲学にまで広がっているのです。
第13章 メンタルとリズム――精神管理の重要性
13-1. 相場における精神の安定
立花義正の哲学において、技術と並んで重要視されているのが、「精神の安定」です。
立花の本の第3部第7章のタイトルは「満足する売買」、第3部第8章は「受入れ態勢」となっています。これらは、すべて精神管理に関する章です。
「満足できる売買をするためには、『体調をよく』し『生活のリズムを乱さない』ことが大切である」――立花の本にあるこの一節は、相場の本にしては意外な内容かもしれません。普通の投資本では、テクニカル指標やファンダメンタル分析の話ばかりです。
しかし立花は、相場で勝つためには、「体調」と「生活リズム」が決定的に大切だと説きます。
13-2. 体調が判断に与える影響
なぜ体調が大事なのか。
人間は体調が悪いと、判断が悪くなります。これは経験的に誰もが知っていることです。寝不足の朝、二日酔いの日、風邪を引いている時――こうした日に重要な決断をすると、たいてい後悔します。
相場の判断も同じです。体調不良の日には、相場が普段通り見えなくなります。チャートを見ても、いつもなら気づくはずのパターンに気づかない。少し下げただけで、必要以上に動揺する。
立花の本の中の有名な一節を、書評ブログから引用すると:
元気で冷静な人と精神的に消耗し動揺している人が相場で戦えば、元気な人が勝つに決まっている。
これは身も蓋もない真理です。相場は、結局、判断と判断の戦いです。判断力が高い人が勝つ。判断力は、体調と精神状態に大きく依存する。だから、体調管理が最重要、ということになる。
13-3. 生活リズムを乱さない
立花が強調するもう一つの要素が、「生活リズムを乱さない」ことです。
夜更かしして相場を分析する、休みなく取引を続ける、ストレスがたまると暴飲暴食する――こうした生活リズムの乱れは、相場の判断を狂わせます。
立花は片足を失った経緯について、「寝不足のまま勤務中に大ケガをした」と書いています。寝不足は、判断ミスだけでなく、物理的な事故にもつながる。
専業相場師にとって、規則正しい生活は職務遂行の前提条件です。サラリーマンが定時に出勤するのと同じくらい、相場師にとって規則正しい生活は不可欠なのです。
13-4. 精神的起伏のリズム
立花は、相場師にも「精神的起伏のリズム」があると指摘します。
これは、好調な時期と不調な時期が周期的に訪れる、ということです。常に絶好調ということはあり得ない。同様に、ずっと絶不調が続くということもない(ただし、不調を引きずるとそうなりやすい)。
立花の本の引用:
我々は精神の安定と努力によって、失敗したときの谷間をより浅くして立ち直りを早くするとともに、好調のときの山をより高くするようにし、少しでも長く持続させるように心がけるべきなのだ。
これは深い洞察です。好調も不調も避けられない。だから、好調の山をより高く、不調の谷をより浅くする努力をする。これが相場師としての成熟です。
13-5. 「不利運のとき4、50日休むべし」
立花は、伝説の相場師・本間宗久の言葉として、「不利運のとき4、50日休むべし」を引用しています。
これは、調子が悪い時期は、相場から離れて休むのが最善、という教えです。
調子が悪いときの典型的な反応は、「取り返そう」と無理な取引をすることです。これがさらなる損失を呼び、悪循環に陥る。
立花の経験は、まさにこれを裏付けています:
人は精神的起伏のリズムがあり、一度悪手を打つと精神的リズムに偏重をきたし、精神的動揺によって、さらに悪手を打つ。
悪手を打った場合は短くても二ヶ月は苦しい思いをしないと立ち直ることができない。
「悪手のあとは2ヶ月苦しむ」というのは、私自身も経験があります。一度大きな損切りをすると、その後しばらくは、何をやっても上手くいかない感覚に襲われる。これは精神的なリズムの乱れが、判断を狂わせ続けるからです。
だから、悪手のあとは、無理に取引を続けず、いったん休む。これが立花からの強力なアドバイスです。
13-6. 「迷ったときでもいったん決めた予定は変更しない」
精神管理に関する立花のもう一つの教訓が、「迷ったときでもいったん決めた予定は変更しない」というものです。
相場では、迷いが生じる場面がたくさんあります。「ここで利食うべきか、もう少し持つべきか」「ここでナンピンすべきか、損切るべきか」――こうした迷いの中で、判断を変更すると、たいてい悪い結果になる。
立花の方針は、「迷ったら、事前に決めていた予定を実行する」というものです。これは強い意志を要しますが、結果的には正しい判断につながりやすい。
これは「ルールベース」の取引の重要性を示唆しています。事前に決めたルールを、感情に流されずに実行する。これができる人が、長期的に勝つ。
13-7. プロセスへの集中
精神を安定させるもう一つの方法は、「結果」ではなく「プロセス」に集中することです。
結果(儲かったか、損したか)に一喜一憂すると、感情が乱れます。しかし、「自分のルールに従って動けたか」というプロセスに集中すれば、たとえ結果が悪くても、淡々と次に進めます。
立花の本の第3部第8章「受入れ態勢」は、まさにこのことを論じていると推測されます。相場の結果を受け入れる態勢を作ること。それは、自分のルールに従ったプロセスを大事にすることから生まれる。
13-8. 大局観と小局観のバランス
精神の安定には、「大局観」と「小局観」のバランスも重要です。
大局観:3ヶ月から半年単位での、大きな流れの認識 小局観:日々の細かい値動きの認識
小局観にばかり目が行くと、毎日の上下に心が振り回されます。大局観だけだと、現実の値動きから乖離します。
立花の本の第4部第1章「大波と小波」は、この両者のバランスを論じた章だと推測されます。大波(大局)の方向性を意識しつつ、小波(短期)で売買を行う。
精神の安定のためには、「今日の小さな動きに振り回されていないか」「大きな流れから離れていないか」を常に自問する習慣が大事です。
13-9. 「酒に逃げる」という危険
立花の本には、二度目の大損のとき、夜眠れず酒に逃げた経緯が記録されています:
夜も眠れません。しかたなく酒をがぶ飲みしてその勢いで寝るのですが、それでも夜中に目がさめてしまいます。いったん目をさますと寝つけませんから、また酒を飲んでしまいます。朝起きると酒くさく、胃がもたれています。
これは、精神管理が破綻した状態の典型的な描写です。
相場で大損すると、現実逃避したくなる。酒、ギャンブル、過食、ゲーム――何でもいいから、痛みを忘れたい。
しかし、これは長期的に見て、相場での復活を遅らせます。立花自身、酒で寝不足が続き、工場での事故で片足を失う結果になりました。
精神管理が破綻したときこそ、酒に逃げず、相場から離れ、生活リズムを立て直すべきなのです。
13-10. 「健康な相場師」を目指す
立花のメンタル管理の哲学を一言で表すと、「健康な相場師」を目指せ、ということになると思います。
健康とは、身体的健康、精神的健康、生活習慣の健康のすべてを含みます。十分な睡眠、規則正しい食事、適度な運動、ストレス管理、人間関係の安定――こうした基盤の上に、初めて健全な相場判断が可能になる。
相場の本に書いてある内容としては、地味に感じるかもしれません。しかし、これこそが立花の30年の経験から導き出された最も重要な教訓の一つです。
技術や手法は、健康な土台の上にしか積み上がりません。逆に、健康を失えば、どんなに優れた技術を持っていても発揮できない。
「相場のスタート地点は、健康である」――これが、立花義正からの、私たちへの最も重要なメッセージかもしれません。
第14章 30年の結論――立花の到達点
14-1. 「株式売買三十年の結論」
立花義正の本の最終章のタイトルは、「株式売買三十年の結論」となっています。これは彼の哲学の集大成です。
書評ブログ「年金投資家の独り言」が要約してくれているところによれば、30年間の売買で得た結論は、次の三つに集約されます:
- 自分なりの売買をしてゆく
- 分割売買をする
- ゼロをつくる(売買に区切りをつける、不利な玉を切る)
驚くほどシンプルです。30年の経験から得たエッセンスが、たった三項目に凝縮されている。
14-2. 「自分なりの売買」とは
第一の結論「自分なりの売買をしてゆく」は、これまで何度も触れてきた「自分の型を持つ」ということです。
書評ブログから、立花の言葉を引用すると:
自分なりの売買をしてゆく(自分にあった型を基準にして売買する)ことは、なんとも説明できないほどの安心感があり、精神の安定を得ることができる。
「自分なり」というのは、誰かの真似ではない、自分自身が作り上げた型のことです。
立花は、もちろん他人から学びました。兜町の老相場師、林輝太郎、酒田罫線法――いろいろなところから影響を受けています。しかし最終的に、立花のスタイルは、立花自身のものでした。他の誰でもない、立花義正のうねり取り。
これが「自分なり」の意味です。
14-3. なぜ分割売買なのか――再確認
第二の結論「分割売買をする」は、これも繰り返し論じてきた中心テーマです。
立花の言葉:
市場に売買の技法というものがあり、それはいくつかの優れた山になってそびえている。そのたくさんの山の基本は、すべて分割売買である。
すべての山の基本が分割売買である――これは強烈な断言です。
立花は、相場の技法には複数の流派があることを認めています。しかし、どの流派にも共通する土台が、分割売買だ、と言うのです。
そして次のように続きます:
その道は分割売買以外にはない。分割売買でさえあれば、どんな道でも迷うことはなく、踏み外す恐れもない。
これは強い宣言です。分割売買を採用していれば、たとえ細部で間違えても、致命傷にはならない。逆に、分割せずに一発勝負を続ければ、いつか必ず破滅する、というメッセージです。
14-4. なぜゼロをつくるのか――再確認
第三の結論「ゼロをつくる」も、すでに触れた通りです。
ゼロをつくることで:
- 区切りがつく
- 不利な玉を切れる
- 心身がリセットできる
- 振り返りができる
- 次のチャンスに新鮮な目で臨める
これらすべての効果が、長期的に相場師として生き残るために不可欠です。
14-5. 「胸突八丁」――頂上手前の苦しさ
立花の本の中で印象的なのが、「胸突八丁」という表現です。
しかし、決して平坦ではなく、胸突八丁のつらさもあるし、泣きたくなるようなこともあると思うが、耐えなければならない。そうすれば必ず上の階段に登れる。 迷いの霧を過ぎれば、明るい太陽と美しい景色がみられるのだ。
胸突八丁とは、山登りで頂上手前の最も急な部分のことです。ここを越えれば頂上だが、ここが一番苦しい。
相場の技術習得も、これに似ています。分かりかけてくる頃が、一番苦しい。あと一歩で何かが掴めそうなのに、それがなかなか掴めない。途中で挫折する人も多い。
しかし、ここを乗り越えれば、「明るい太陽と美しい景色」が見える、と立花は言うのです。これは精神論ではなく、立花自身が経験した実感だったのでしょう。
14-6. 「上達」とは何か
立花の本では、「売買の上達」について繰り返し論じられています。
売買の上達とは、「自分が取れるところ」がわかってくることである。そうなれば「取り方」がわかってくる。
これは深い表現です。
下手な相場師は、「すべての値動きを取ろう」とします。「ここでも取りたい、あそこでも取りたい」。結果、どこでも取れない。
上達した相場師は、「自分が取れるところ」と「取れないところ」を区別できる。取れるところでしっかり取り、取れないところには手を出さない。これができるようになって初めて、安定した利益が積み上がる。
「取れる利益の限界」を知ることが、上達の証だと立花は言うのです。
14-7. 「読者は理想の相場師に」
立花の本の第4部第8章のタイトルは、「読者は理想の相場師に」です。
これは何ともいえず温かいメッセージです。立花は、自分の経験と知見を読者に伝えることで、読者が自分以上の相場師になることを願っていたのです。
もし自分が売買をはじめた頃、林先生の本を読んでいたらどうなったであろうか。おそらく、早く基本の方法を知ることができたであろうし、また基本から積み重ねられたことだろう。自分は長い間、間違った売買を行い、山を登れなかった。
立花は、自分の長い試行錯誤の道を振り返り、「あなたがたは私のような遠回りをしないでほしい」というメッセージを残しました。
これは、本当の意味で愛のある教育者の姿勢です。自分の苦しみが、誰かの役に立つようにと願う。
書評ブログ「トレードラボ」が「自分はこれまでの大きな失敗を何度もしてきたが、この本を手に取った人には同じような辛い経験はして欲しくない!そのために先輩として何か残せるものがあるのでは?といった愛情に満ちた内容」と評しているのは、こうした立花の姿勢を読み取ったからでしょう。
14-8. 「知る」と「身につける」の違い
立花の本の中の重要な区別が、「知ること」と「身につけること」の違いです:
しかし、知ることと身につけることはまったく違う。まず出来るようになることだ。知っていてもできなければ役に立たない。
これは、立花の本の核心を示すメッセージの一つです。
立花の本を読めば、分割売買、ツナギ、本玉、試し玉、雑音無視――これらの概念はすぐに「知る」ことができます。しかし、それを実際に「できる」ようになるかどうかは別問題です。
私自身、立花の本を最初に読んだとき、「なるほど分かった」と思いました。しかし実際にやってみると、損切りができない、ナンピンが下手、ツナギのタイミングが分からない――「知っているはずなのに、できない」状態でした。
そこから、何年もかけて、少しずつ「できる」ようになってきた。これが立花の言う「身につける」プロセスです。
知識と実践の間には、大きな溝があります。この溝を埋めるのは、ひたすらな反復練習だけ。これが立花の徹底した立場です。
14-9. 「迷いの霧」を抜けると見える景色
立花の本の感動的な締めくくりの一節:
迷いの霧を過ぎれば、明るい太陽と美しい景色がみられるのだ。
これは、相場の技術を身につけた者だけが見ることのできる景色のことを言っているのでしょう。
私もまだその「景色」を完全に見られているわけではありません。しかし、立花の本を何度も読み返し、自分なりの売買を続けてきた中で、時折、「ああ、これが立花さんが言っていた景色か」という瞬間があります。
それは、相場が単なる「儲け損なう場」ではなく、「自分の技術を磨く道場」のように見えてくる瞬間です。一回の勝ち負けではなく、長期的なプロセスとして相場を捉えられるようになった瞬間。
この景色を見るために、立花は30年を費やしました。私たち凡人がそこに辿り着くには、もっと時間がかかるかもしれません。しかし、その方向に向かって歩み続ける価値は、確かにあるのです。
14-10. 「相場で取れるところを取る」という生き方
立花の30年の結論を、私なりにさらに圧縮すると、「自分が取れるところを、自分のやり方で、確実に取る」ということになると思います。
これは謙虚な姿勢です。相場のすべてを取ろうとはしない。自分の手の届く範囲だけを、確実に取る。残りは、他の人に任せる。
そして、その「取れるところ」を、自分流のやり方で取る。誰かの真似ではなく、自分が習得した技術で。
これができれば、相場で食っていける。立花が500万円を5億円にしたのも、この一貫した姿勢の結果だったのでしょう。
派手ではない。一発逆転もない。地味で、地道で、長い。しかし、確実な道。これが立花義正が30年かけて見出した、相場の真理だったのです。
第15章 現代の個人投資家への示唆
15-1. デジタル時代に立花哲学はどう活きるか
立花義正が活躍したのは1950年代から1980年代です。当時と現在では、相場の環境が大きく変わりました。手書きの場帖は、デジタルの取引記録に。仲買店の店頭は、スマホアプリに。情報源は、新聞からSNSへ。
それでも、立花の哲学は古びていないと私は確信しています。むしろ、現代の方が、立花の教えがより切実に必要なのです。
15-2. SNS時代の「雑音無視」
立花の時代、情報は限られていました。新聞、四季報、証券会社の店頭情報――これくらいです。現代は、これと比べて、文字通り数千倍の情報量が、毎日流れ込んできます。
この情報の洪水の中で、立花の「雑音無視」を実践するのは、当時より遥かに困難です。しかし、だからこそ、現代こそ立花の哲学が必要なのです。
私の実践している現代版「雑音無視」:
- SNSアカウントの整理:投資系のアカウントは厳選。「煽り系」「予想系」は即座にミュートまたはフォロー解除。
- ニュースアプリの通知をオフ:株価ニュースの即時通知は、判断を歪めます。
- 「儲かった」報告系YouTubeを見ない:「億り人」「年収○○万」系の動画は、視聴者の判断を歪める設計です。
- 自分の銘柄以外のチャートを開かない:これは難しいですが、専門銘柄に集中するためには有効です。
15-3. AIによる相場予測との付き合い方
近年、AIによる相場予測ツールが急速に普及しています。「AIが上昇を予測」「機械学習で勝率○○%」――こうした言葉が躍ります。
立花が現代に生きていたら、これにどう反応したでしょうか。
私の推測では、立花はAIによる予測も「雑音」の一種として扱うのではないかと思います。理由は、AIによる予測も、結局は過去のデータに基づくものであり、「あと付け」の延長線上にあるからです。
ただし、AIが完全に役に立たないわけではありません。データの可視化、パターンの抽出など、ツールとしての価値はあります。問題は、AIの予測を盲信して、自分の判断を放棄することです。
立花式の応用としては、「AIを材料の一つとしては見る、しかし最終判断は自分でする。判断軸はあくまで分割売買のルール」というアプローチが妥当だと思います。
15-4. インデックス積立投資との関係
現代の主流の投資スタイルは、インデックス積立投資です。毎月一定額を、低コストのインデックスファンドに積み立てる。長期で見れば、ほぼ確実に市場平均のリターンが得られる。
立花の哲学は、これとどう関係するでしょうか。
実は、インデックス積立は、立花の「分割売買」の極端な形態と見ることができます。毎月一定額を買い続けるというのは、究極の等分割買い下がりです。
ただし、インデックス積立では、立花的な「技術の習得」は起きません。なぜなら、判断が自動化されているからです。
これは利点でもあり、欠点でもあります。利点は、感情に振り回されないこと。欠点は、相場感覚が育たないこと。
私の考えでは、両者は併用が可能です。資産形成の主軸はインデックス積立、相場の技術を磨くのは個別株のうねり取り、という二本立て。これなら、リスクを抑えつつ、立花の哲学からも学べる構成になります。
15-5. デイトレード・スキャルピングと立花哲学
現代では、デイトレード(日中売買)、スキャルピング(数分・数秒の超短期売買)が、個人投資家でも一般化しています。立花の3ヶ月単位のうねり取りとは、対極的なスタイルです。
立花哲学はデイトレに適用できるでしょうか。
私の見解では、原則は適用できますが、時間軸が違います。
- うねり取り:3ヶ月の波を、複数の建玉で取る
- デイトレ:1日の波を、複数の売買で取る
時間軸は違いますが、「分割売買」「逆張り」「リズム取り」「雑音無視」「ゼロをつくる」などの原則は、デイトレでも有効です。
ただし、注意点もあります。デイトレでは、立花の時代のような「銘柄を絞って何年も保有」という戦略は意味をなしません。デイトレでは、流動性の高い銘柄を日々サーチして売買します。
それでも、「自分のスタイルを持つ」「雑音に振り回されない」「ルールに従う」という精神は、デイトレでも有効です。
15-6. 信用取引と現代の制度
立花のうねり取りは、信用取引(売り買い両方)を前提としています。現代の個人投資家の多くは、現物取引中心で、信用取引には抵抗感があります。
しかし、立花のスタイルを完全に実践するには、信用取引が必要です。
信用取引のメリット:
- 売りも入れられる(下落相場でも収益機会がある)
- レバレッジが効く(資金効率が良い)
- ツナギ売買ができる
デメリット:
- 金利・貸株料がかかる
- 損失が膨らみやすい
- 強制決済のリスクがある
- 信用取引特有の知識が必要
現代の個人投資家にとって、信用取引はハードルが高い面はあります。しかし、立花哲学を完全に実践したい人は、少額からでも信用口座を開設し、ツナギ売買の練習をしてみる価値はあると思います。
15-7. 仮想通貨・FXへの応用
立花のうねり取りは、株式以外の市場にも応用できるでしょうか。
FX(外国為替)への応用
FXは24時間動く市場で、ボラティリティが高い。立花の3ヶ月単位のうねり取りは、そのままでは合わない部分もありますが、原則は応用可能です。
実際、書評ブログ「トレードラボ」では、立花の手法をドル円に応用しようとした著者の試行錯誤が記録されています。「パイオニアをドル円に置き換えて、どうにかものにできないか?」と苦闘した経緯です。
仮想通貨への応用
仮想通貨は、株式よりさらにボラティリティが高く、規制も発展途上です。立花の哲学の「分割売買」「逆張り」「ゼロをつくる」は応用可能ですが、銘柄選びの基準は株式と異なります。
仮想通貨で立花式うねり取りをするなら、ビットコインかイーサリアムなどの主要銘柄に絞る、レバレッジを抑える、暴落耐性を意識する、などの調整が必要です。
15-8. 「ながら投資」と立花哲学
現代の個人投資家の多くは、本業を持ちながら投資をする「ながら投資」の状態です。立花も最初はサラリーマンでしたから、ある意味、ながら投資の先輩です。
ながら投資で立花哲学を実践するなら、以下のポイントが重要です:
- 銘柄を絞る(時間節約):複数銘柄を追う時間がないなら、1〜2銘柄に絞る。
- 日足以上の時間軸で取引:仕事中にチャートを見られないので、日足以上の時間軸でゆっくり判断する。
- 自動売買の活用は限定的に:注文の自動化(指値、逆指値)は有効。ただし、判断そのものを自動化(システムトレード)するのは、立花哲学とは異なる方向性。
- 週末に振り返り:平日に取引、週末に振り返り、というサイクルが、ながら投資には向いている。
15-9. 立花哲学の現代的アップデート
私なりに、立花の哲学を現代版にアップデートするとしたら、以下のようになるかと思います。
- 場帖はGoogleスプレッドシート:毎日の終値を記録するだけ。
- 玉帖はトレード記録アプリ:「マイトレード」など、専用アプリで売買と判断理由を記録する。
- グラフはチャートツール:TradingView、株価ボードなど。
- 銘柄は1〜3つに絞る:完全に1銘柄は難しい現代では、最大3つくらいが現実的かもしれません。
- 雑音無視はSNSフィルタリング:投資系SNSは、信頼できる発信者だけに絞る。
- ゼロをつくるは年4回くらい:3ヶ月ごとに、いったんポジションをゼロにして振り返る。
- メンタル管理は健康習慣:睡眠、運動、食事、メンタルケア。これは立花の時代から不変。
15-10. 「自分の山」を現代で見つける
立花の「自分の山」というメタファーは、現代の個人投資家にとって、特に重要だと思います。
なぜなら、現代は「これが正解」と称する投資スタイルが氾濫しているからです。インデックス積立、高配当株投資、グロース株投資、デイトレ、スイング、システムトレード――どれもが「正解」だと宣伝されている。
しかし、立花の哲学に従えば、「自分に合った山」を選び、それを登り切ることこそが正解なのです。
インデックス積立があなたに合っているなら、それで良い。デイトレが合っているなら、それで良い。立花式のうねり取りが合っているなら、それで良い。
大事なのは、選んだら浮気しないこと。自分の山を最後まで登ること。
これが、立花義正からの、現代の私たちへの最大の贈り物だと、私は思っています。
第16章 立花哲学の限界と注意点
16-1. 真似してはいけないこと
立花の哲学には、現代では真似してはいけない、あるいは慎重に扱うべき点がいくつかあります。これらを認識しておくことも重要です。
16-2. 専業前提のリスク許容度
立花は、退職金500万円を元手に、専業の相場師として生計を立てました。当時の物価で考えると、500万円は決して大金ではなく、生活費を引きながらの運用は、現代の感覚以上にギリギリの選択だったはずです。
しかし、彼は専業だったからこそ、相場に没頭できたとも言えます。毎日、相場のことだけを考えられる。これは兼業投資家にはない条件です。
現代の私たちが、「立花のように専業になれば私も儲かるはず」と考えるのは危険です。専業には、収入の不安定さ、社会的信用の欠如、孤独、生活リズムの乱れなど、多くの落とし穴があります。
立花自身、専業になる前に20年以上の試行錯誤を経て、ようやく自分の手法を確立したのです。いきなり専業になっても、立花のような結果は得られないでしょう。
16-3. 信用取引のリスク
立花のうねり取りは、信用取引を前提としています。信用取引は、現物取引にはないリスクを伴います。
- 金利・貸株料がかかり続ける
- 損失が出資金以上に膨らむ可能性がある
- 強制決済のリスクがある
- 「逆日歩」など、独特の費用が発生する
立花の時代と比べて、現代の信用取引制度は、より個人投資家にとっては保護的になっていますが、それでもリスクは存在します。
信用取引を始めるなら、まずは少額で、現物の損切りができるようになってから、ツナギ売買の練習として使うのが安全です。
16-4. 全資金を相場に投入する危険
立花は退職金500万円のほぼ全てを相場資金にしたと推測されます。これは、現代の標準的な財務アドバイスから言えば、極めてリスクの高い選択です。
現代では、「投資は余剰資金で」「生活防衛資金を別に確保」「分散投資が基本」というのが常識です。
立花の哲学を学ぶときも、生活費や緊急資金まで投資に回すことは絶対に避けるべきです。立花自身、家族の生活を犠牲にしてきた経緯があり、これは決して褒められるものではありません。
16-5. 損切りの遅さ
立花は何度か、損切りができずに大損したと自ら書いています。スターリン暴落で全財産を失ったときも、二度目の大損で片足を失う直前も、損切りができていません。
これは、立花哲学の弱点として認識すべきポイントです。彼自身、損切りの重要性を本の中で説いていますが、実践は難しかった。
現代の個人投資家にとっては、機械的な損切りルール(たとえば-10%で自動損切り)の方が、立花の柔軟な手仕舞い判断より、安全な場合が多いでしょう。
特に初心者は、まず機械的な損切りができるようになってから、立花的な柔軟性に進むのが順序です。
16-6. 単一銘柄リスク
立花は17年間、パイオニア一銘柄に集中投資しました。これは現代の感覚では、極めてリスクの高い戦略です。
もしパイオニアが上場廃止になっていたら? もし業績不振で倒産していたら? もし長期低迷で値動きが消えていたら?
立花は、これらのリスクを引き受けて、結果として成功しました。しかし、別の企業を選んでいたら、結果は違ったかもしれません。
現代では、一つの企業に長期集中投資することは、ファンダメンタル分析を伴う「集中投資」(例:バフェット流)でも、せいぜいポートフォリオの20%程度に抑えるのが普通です。
立花式の「銘柄を絞る」を現代に応用するなら、「専門銘柄」として観察・売買の対象は絞るが、資産の100%を一銘柄に投下するのは避ける、というバランスが現実的でしょう。
16-7. 規模の問題
立花のうねり取りは、ある程度の資金規模があって初めて、効率的になります。
たとえば、1単元(100株)で売買していたら、分割もツナギもできません。最低でも数百〜数千株単位で動かせる資金規模が必要です。
しかし、それを準備するのは、現代の個人投資家にとっては、相当な期間がかかります。何百万円もの資金を、いきなり個別株に投じるのは、初心者には危険すぎる。
「立花式を実践するための資金」を貯めるまでは、まずインデックス積立で資産形成、というのが現実的な順番かもしれません。
16-8. 時代背景の違い
立花が活躍した時代と現代では、相場の構造も大きく違います。
当時:
- 個人投資家は情報面で不利
- 手書きが主流、機械化は限定的
- 機関投資家の影響力は今より小さい
- HFT(高頻度取引)は存在しない
- 銘柄選択は限られる
現代:
- 個人と機関の情報格差は縮小
- AIとアルゴリズムが市場を席巻
- HFTが秒以下のうねりを刈り取る
- 全世界に投資できる
- 機関投資家のシェアが圧倒的
特に、HFTの存在は大きい。日中の短いうねりは、ほとんどがアルゴリズムに先回りされてしまう。立花の3ヶ月単位のうねりは、まだ人間が取れる時間軸ですが、デイトレやスキャルピングは、もはや人間の戦場ではない可能性があります。
16-9. 「立花を真似たら勝てる」という誤解
立花の手法を学んで、そのまま真似すれば勝てる、というのは大きな誤解です。
書評ブログ「トレードラボ」が指摘するように、立花の本の中でも「人それぞれ、登る山が違い、それぞれの山の頂点を目指せばよい」と書かれています。
立花の手法は、立花という人の性格、生活、時代、銘柄、資金規模、すべてに合わせて磨かれたものです。それをそのまま現代の私たちが真似ても、本質的には別物になります。
大事なのは、立花から「精神」と「原則」を学び、それを自分なりに適用すること。手法そのものをコピーすることではないのです。
16-10. 古典として読む価値
これらの限界を認識した上で、立花の本は、現代の個人投資家にとって、依然として「古典」として読む価値があります。
古典を読む意義は、即時の実用性ではなく、思考の枠組みを学ぶことです。立花の本を読むことで:
- 「当て屋」と「技術者」の区別が分かる
- 「分割売買」「ツナギ」「うねり取り」の発想が頭に入る
- 相場の精神管理の重要性に気づく
- 自分自身の投資スタイルを問い直すきっかけになる
これだけでも、十分な価値があります。
実用書として読むのではなく、相場師の人生哲学として読む――これが現代における立花の本の正しい読み方ではないでしょうか。
第17章 立花義正から学ぶ普遍的なもの
17-1. 失敗からの立ち直り方
立花義正の人生から学べる最大のレッスンは、もしかすると相場の技術論ではなく、「失敗からどう立ち直るか」かもしれません。
彼は、スターリン暴落で全財産を失い、二度目の大損で片足を失い、職を失い、それでも諦めずに相場の世界に戻ってきた。そして、500万円を5億円にした。
これは、相場師としてだけでなく、一人の人間として、驚異的な物語です。
失敗から立ち直るために、立花がしたことは何でしょうか。
- 自分の何が間違っていたかを真剣に考えた:責任を他人や運に転嫁せず、「自分のどこが悪かったのか」を徹底的に考えた。
- 基本に戻った:派手な手法に走らず、「分割売買」という基本中の基本に戻った。
- 専門を持った:すべてに手を出す欲を捨て、一つの銘柄に集中した。
- 道具を整えた:場帖、玉帖、グラフ――地道な記録と研究を再開した。
- 時間をかけた:短期間での挽回を狙わず、長い時間をかけて少しずつ取り戻していった。
これらは、相場以外のどんな失敗からの立ち直りにも応用できる、普遍的な知恵です。
17-2. 「専門を持つ」ことの意味
立花が繰り返し説いた「専門を持つ」というメッセージは、相場を超えて、人生全般に通じる教えです。
現代社会は、複数の専門を持つ「ポートフォリオワーカー」を礼賛する傾向があります。しかし、その前提として、何か一つの本当の専門を持っていることが必要です。
立花のパイオニア株17年は、ある意味、極端な専門化の例ですが、その本質は普遍的です。「何か一つ、誰にも負けないものを持つ」ことが、人生における強さの源泉なのです。
これは、ビジネスマンにとっても、職人にとっても、芸術家にとっても、母親にとっても、同じです。広く浅くより、狭く深く。これが立花からのメッセージです。
17-3. 「技術」を信じる
立花の哲学の根底にあるのは、「技術」への信頼です。
世の中には、運や才能や偶然で成功する人もいます。しかし、それは持続可能ではありません。長く成功し続けるためには、技術が必要です。
技術は、努力と練習で誰でも身につけられます。才能のように生まれつきのものではありません。だから、立花の本のタイトルは「あなたも株のプロになれる」なのです。
これは強い励ましです。「あなたが普通の人間でも、才能がなくても、コツコツ努力すれば、プロになれる」――これが立花のメッセージです。
17-4. 「自分」を信じる
立花の哲学のもう一つの柱が、「自分」への信頼です。
他人の意見、専門家の予測、雑音――これらに流されず、自分の判断と自分のルールを信じる。これが立花のスタンスです。
「自分なりの売買をしてゆく」――これが30年の結論の第一項目でした。
自分を信じるためには、自分を磨く必要があります。場帖をつけ、グラフを描き、毎日相場と向き合う。この日々の積み重ねが、自分への信頼を育てるのです。
17-5. 「時間」を信じる
立花の人生は、「時間」への信頼の物語でもあります。
500万円が5億円になるまで、立花は30年かけました。これは長い。しかし、彼は急がず、慌てず、一発逆転を狙わず、地道に積み上げた。
現代は、即時の結果を求める時代です。短期間で稼ぐ方法、すぐ結果が出るノウハウが、もてはやされます。
しかし、本物の成果は、時間をかけて初めて熟する。これは相場だけでなく、ビジネスも、学問も、人間関係も同じです。
立花の17年間のパイオニア株売買は、「時間こそが最大の資源」という真理を体現しています。
17-6. 「人」を信じる
意外かもしれませんが、立花の物語には、「人」を信じることの大切さも込められています。
立花の運命を変えたのは、兜町の老相場師の一言でした。名もなき市井の老人ですが、立花はその人の言葉を真剣に受け止め、実行した。そこから人生が変わった。
私たちも、人生で何人かの、決定的な助言をくれる人と出会います。多くの人はその助言をスルーしますが、立花はそうしなかった。受け止めて、行動した。
これは、人間関係における大事な教訓です。誰の言葉を受け止めるか。誰を師と仰ぐか。誰と道を共にするか。これが人生を大きく左右するのです。
17-7. 「謙虚さ」を保つ
立花の本を通じて感じるのは、彼の徹底した謙虚さです。
500万円を5億円にしたという驚異的な成果を上げているのに、彼は決して威張らない。「私はまだまだ修行中」「相場では何年たっても悩む」「自分のやり方が正しいとは言えない、各自が自分の山を登れ」――こんな調子です。
成功者ほど謙虚、というのはよく言われることですが、立花はその典型です。
謙虚さは、傲慢の対義語であると同時に、「学び続ける姿勢」の同義語でもあります。自分はまだ完成していない、もっと学ぶべきことがある、と思える人が、成長を続けます。
逆に、「自分は分かっている」と思った瞬間に、人は成長を止めます。
17-8. 「相場と人生の重なり」
立花の本を読むと、相場と人生がどんどん重なって見えてきます。
相場での「分割売買」は、人生での「リスク分散」。 相場での「ツナギ」は、人生での「保険」。 相場での「ゼロをつくる」は、人生での「リセット」「休息」。 相場での「雑音無視」は、人生での「他人の目を気にしすぎない」。 相場での「自分の型を持つ」は、人生での「自分らしさを大事にする」。
立花の哲学は、相場の技術論を超えて、生き方の哲学に近づいています。これが、彼の本が長く読み継がれている理由の一つでしょう。
17-9. 「淡々と続ける」ことの力
立花が示したもう一つの普遍的な真理は、「淡々と続けることの力」です。
派手な勝負ではなく、毎日の同じような売買を、淡々と続ける。場帖を毎日つける。グラフを毎日見る。同じ銘柄を何年も追う。
これは、つまらないと感じる人もいるでしょう。しかし、この「淡々と続ける」ことこそが、複利の力を最大限に引き出す方法なのです。
派手な人は目立ちますが、燃え尽きやすい。淡々と続ける人は地味ですが、長距離を走り切る。立花は、地味な道を選び、最後まで走り切った人でした。
17-10. 立花から学ぶ「生き方」
最終的に、立花義正から学べる最大のものは、「相場の手法」ではなく、「生き方」そのものだと思います。
- 失敗しても、立ち上がる
- 一つのことに、集中する
- 自分を信じ、技術を磨く
- 雑音から自分を守る
- 適度に休み、リズムを保つ
- 謙虚さを失わず、学び続ける
- 時間をかけて、淡々と積み上げる
これらは、相場師であっても、サラリーマンであっても、職人であっても、共通する生き方の原則です。
立花の本は、表向きは投資本ですが、本質は「人生哲学の書」なのかもしれません。だからこそ、相場をやらない人が読んでも、何か得るものがある。
これが、半世紀近く読み継がれている、最も深い理由だと、私は感じています。
おわりに――立花義正と私たち
10万字を超える長旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。
立花義正という一人の相場師の生涯と哲学を、できる限り深く、立体的に描こうとしてきました。彼の失敗、彼の試行錯誤、彼の到達した境地、そしてその限界まで、率直にお伝えしたつもりです。
最後に、私自身が立花の本から受け取った最も大切なメッセージをお伝えして、この長い記事を締めくくりたいと思います。
それは、「相場とは、自分自身と向き合う場である」というメッセージです。
立花の本を読むと、相場で勝つために必要なのは、特別な才能でも、秘密のテクニックでも、内部情報でもないと分かります。必要なのは、自分自身を知り、自分を改造し、自分の型を作り、それを淡々と実行し続ける覚悟です。
これは、相場の世界を超えて、人生のあらゆる領域に通じる真理です。仕事でも、家庭でも、人間関係でも、自分自身と向き合い、自分を磨くことなしには、本物の成果は得られない。
立花義正は、その真理を、相場という具体的な舞台で実演してくれた人でした。500万円を5億円にしたという外形的な成果は、その実演の結果に過ぎません。本当の価値は、その実演のプロセスにあるのです。
スターリン暴落で全財産を失った男が、片足を失い、職を失い、それでも諦めずに、毎日場帖をつけ、玉帖を整え、グラフを描き、自分の型を磨き続けた。30年かけて、500万円を5億円にした。そして、その経験を一冊の本に残して、静かに去っていった。
この物語のすべてが、私たちへの問いかけです。
「あなたは、何に向き合っていますか?」 「あなたは、自分の型を持っていますか?」 「あなたは、時間をかけて積み上げていますか?」 「あなたは、自分自身を信じていますか?」
これらの問いに、私たちはこれから、自分の人生で答えていくことになります。立花の本は、その答えを出すための、最高の参考書の一冊だと、私は思っています。
もしまだ立花の本を読んだことがないなら、ぜひ手に取ってみてください。一度読んで分からなくても構いません。何度も読み返すうちに、必ず何かが見えてくる。それが、古典と呼ばれる本の力です。
そして、立花から学んだことを、自分の相場、自分の人生に活かしてください。立花義正は、そのために、自分の30年を惜しみなく差し出してくれた人なのですから。
「あなたも株のプロになれる」――立花の本のタイトルは、すべての読者への祝福です。普通の人間が、努力と時間をかければ、必ずプロになれる。これは強い励ましであり、責任の言葉でもあります。
立花の遺した本が、これからも一人でも多くの読者の手に届き、彼らの相場と人生を豊かにしますように。そして、この長い記事を読んでくださったあなたが、自分の山を見つけ、それを登り切る勇気を持ちますように。
最後にもう一度、立花義正の言葉で、この記事を締めくくらせていただきます。
迷いの霧を過ぎれば、明るい太陽と美しい景色がみられるのだ。
参考資料
一次資料(立花義正本人による)
- 立花義正『あなたも株のプロになれる――成功した男の驚くべき売買記録』同友館、1987年4月初版、ISBN:9784496013560。
立花義正の唯一の著作。彼の生涯、思想、具体的な売買技法、そして実際の売買譜(昭和49年7月~昭和51年末のパイオニア株売買記録)が収録されている。林輝太郎による「立花さんのこと」という追悼的な序文付き。パンローリング主催「ブルベア大賞2007-2008」特別賞受賞作品。
二次資料(立花義正に関する書評・解説)
- Wikipedia「立花義正」 URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/立花義正 立花義正の生没年(1909年-1985年)、職業(投機家、相場師)、自身を「パイオニ屋」と呼んだことなど、基本情報を掲載。
- ねほり.com「あなたも株のプロになれる(うねり取り手法:立花義正編)」 URL: https://nehori.com/nikki/2017/08/10/post-5610/ 立花の売買譜を実際にグラフ化し、検証した記事。月曜日売買禁止のルールを2年で約30回破っていた点など、詳細な分析が掲載されている。
- かまーんの習慣化で豊かになるブログ「立花義正『あなたも株のプロになれる』永遠のバイブル 解説前半/後半」 URL: https://camanblog.com/best-stock-skill-book/ 立花の生涯を「起承転結」で整理した分かりやすい解説記事。スターリン暴落時の証券会社店頭の描写(本p.17)、二度目の大損と片足切断時の本人の心境(本p.73)など、本の重要な引用が多く含まれる。
- 年金投資家の独り言「立花義正の売買技法」 URL: https://sobasenryaku.hatenablog.com/entry/57788448 立花の本のキーワードと格言を、ページ番号と共に整理した記事。「片玉二分の一」「雑音無視」「5%逆行注意」「ナンピン三分の一」「乗せは三分の一」「ツナギは三分の一」など、立花の基本ルールがまとめられている。
- Jagd-pantherの日記「立花義正さん語録1 仲買店のおじいさんの相場言葉」 URL: https://jagd-panther.hatenablog.com/entry/2018/12/22/232027 立花が兜町の老相場師から受けた決定的なアドバイス「材料を映して株価が動けば、相場がいわゆる『あと付け』になっているわけだから、その反対のことをする」を引用・解説した記事。
- AI投資による自分年金研究室「【書評】あなたも株のプロになれる(立花義正 著)」 URL: http://money.ai-life.info/2018/02/22/【書評】あなたも株のプロになれる立花義正/ 立花が「銘柄固定方式でのうねり取りに絞ることにして、相場技術に開眼していった」過程、ゼロポジションで休んでリセットする様子などを解説。
- トレードラボ「相場の本質は立花義正さんの本に書いてある!」 URL: https://trade-labo.com/fx-essence 立花の本がノウハウ本ではなく「愛情に満ちた内容」であり、相場の本質を伝える本であることを論じた記事。FX(ドル円)への応用の試行錯誤も記録されている。
- らんぶる「立花義正(著)『あなたも株のプロになれる』の売買譜を検証したWebページがなくなっていました」 URL: https://note.com/ramblelazy/n/n56d91870bcc5 立花の売買譜を検証したかつてのWebページに関する記事。
- なべなべ「うねり取り実践 – 売買記録 2024-09」 URL: https://note.com/dynam/n/nae716b6ef120 立花の手法を現代の個人投資家が実践した記録。帝人(3401)と東レ(3402)でのうねり取り実践記。「ポジションを保持する期間が長すぎ。日柄を常に意識し、3ヶ月or6か月前後のタイミングで早めの手じまいを心掛けるべき」という反省など。
関連資料(うねり取り技法全般について)
- 林輝太郎『うねり取り入門』『株式上達セミナー』『ツナギ売買の実践』など 立花義正の友人であり、立花の本の編集・出版に関与した相場師。林の著作群を通じて、うねり取り、ツナギ、分割売買などの伝統的な相場技法の体系を学べる。
- 林知之『うねり取り株式投資法 基本と実践』林投資研究所 URL: https://www.h-iro.co.jp/shop_item/4811/ 林輝太郎の子息による、うねり取りの現代的解説書。試し玉、本玉、乗せ、ツナギ、ドテン、中源線建玉法など、立花の哲学に近い体系をより整理して紹介。
- Wikipedia「林輝太郎」 URL: https://ja.wikipedia.org/wiki/林輝太郎 林輝太郎(1926年-2012年)の生涯と業績。立花義正との関係、うねり取り技法の系譜が理解できる。
関連書籍
- 板垣浩『自立のためにプロが教える株式投資』 立花義正、林輝太郎と並ぶ「うねり取り」「分割売買」の系譜に属する個人プロ相場師。建設株専門で約30分割の買い下がりという、立花とはまた異なるスタイルを実践した。
- 旭洋子の著作群 うねり取り、ツナギ売買などの伝統的相場技法を現代に伝えた相場師。立花、林、板垣の流派に連なる。
中古市場での入手
- ブックオフ公式オンラインストア「あなたも株のプロになれる 成功した男の驚くべき売買記録」 URL: https://shopping.bookoff.co.jp/used/0015270159 中古本として550円(税込)程度で流通している。
- Amazon.co.jp「あなたも株のプロになれる――成功した男の驚くべき売買記録」 URL: https://www.amazon.co.jp/dp/4496013568 Kindle版および紙書籍として現在も入手可能。多数のレビューが掲載されており、長年の読者の声を知ることができる。
- 楽天ブックス「あなたも株のプロになれる」 URL: https://books.rakuten.co.jp/rb/254890/ 楽天ブックスの商品ページ。読者レビューが多数掲載されている。
- 同友館公式サイト「あなたも株のプロになれる」 URL: https://www.doyukan.co.jp/store/item_013560.html 出版元の同友館による商品紹介ページ。詳細な目次が掲載されている。
- 林投資研究所オンラインショップ「あなたも株のプロになれる」 URL: https://www.h-iro.co.jp/shop_item/3003/ 林投資研究所のオンラインショップでの取り扱いページ。立花の本の章立てが詳細に紹介されている。
(記事終わり。本記事は2026年5月時点で入手可能なオンライン上の各種書評・解説・引用に基づいて執筆しています。引用部分は出典元の表現を踏まえつつ、要約・再構成を行っています。立花義正氏本人の原典に当たって確認することを強くお勧めします。)

