キャリアの空白という名の足枷──就職氷河期世代が「最初の5年」で奪われたもの

この記事は約63分で読めます。
  1. はじめに
  2. 第1章 「初期空白」とは何か──まず言葉を定義する
    1. 1-1. 三つの形の「空白」
    2. 1-2. 「空白」とは、誰が決めたのか
    3. 1-3. 「最初の5年」が決定的だった理由
    4. 1-4. この記事のスタンス
  3. 第2章 数字で見る「初期空白」の広がり
    1. 2-1. 初職正社員率という指標
    2. 2-2. 「最初は非正規」が、その後も続いた
    3. 2-3. 若年無業者64万人という規模
    4. 2-4. フリーター217万人の意味
    5. 2-5. 不本意非正規という概念
  4. 第3章 「ヨーヨー型キャリア」という発見
    1. 3-1. JILPTの画期的な分析
    2. 3-2. 「最初から非正規だった」ではない
    3. 3-3. EUの先行研究を援用した概念
    4. 3-4. 「ヨーヨー型」が示すもの
    5. 3-5. JILPT資料シリーズNo.296の知見
  5. 第4章 なぜ「初期空白」は埋まらないのか──四つの構造
    1. 4-1. 構造1:「OJT神話」が機能しなかった
    2. 4-2. 構造2:「ジョブ型」採用の不在
    3. 4-3. 構造3:「ブランク説明」という関門
    4. 4-4. 構造4:「即戦力」という呪文
  6. 第5章 奪われた「教育される機会」
    1. 5-1. 教育の機会、それ自体が奪われた
    2. 5-2. 「教育格差」は、20年後の賃金格差になる
    3. 5-3. 「能力が低い世代」という、二重の暴力
    4. 5-4. 「初職」の質が、その後を決める
    5. 5-5. 自費でリスキリングする世代
  7. 第6章 非正規という名の「初期空白」──派遣・契約・アルバイトの実態
    1. 6-1. 「働いていたのに、空白とされる」という不条理
    2. 6-2. 派遣社員の実態──3か月ごとの不安
    3. 6-3. 契約社員という「中途半端な存在」
    4. 6-4. アルバイトという「最も見えない労働」
    5. 6-5. 「非正規でも生計を立てる」ことの過酷さ
  8. 第7章 短期離職という「もうひとつの空白」
    1. 7-1. 「3か月で辞めた」が職歴に残る恐怖
    2. 7-2. 短期離職の理由を、誰が判定するのか
    3. 7-3. 「ヨーヨー型」の入り口は短期離職
    4. 7-4. 「定着性」という幻想
  9. 第8章 時間とともに積み上がっていったもの
    1. 8-1. 「最初の5年」の差は、5年では終わらない
    2. 8-2. 賃金カーブの上で永遠に下にいる
    3. 8-3. 「失われた時間」が複利で利息を生む
    4. 8-4. 「自己肯定感の低下」という見えにくい蓄積
  10. 第9章 仲間たちの「初期空白」──証言を集める
    1. 9-1. 統計の向こうにある一人ひとり
    2. 9-2. 木下の場合──「あと一歩で正社員」を5年
    3. 9-3. 美咲の場合──「派遣6年、その後10年」
    4. 9-4. 健太の場合──「3社で計2年」
    5. 9-5. 私自身のこと──「派遣5年、その後の20年」
  11. 第10章 「ヨーヨー」の中で歳をとっていく──30代・40代の現実
    1. 10-1. 30代:「あれ、自分どこにいるんだろう」
    2. 10-2. 40代:「人生の収支」が見え始める
    3. 10-3. 「正社員になっても安定しない」現実
    4. 10-4. 40代の「孤立」という新しい問題
  12. 第11章 「キャリアの空白」を読み替える──ヨーヨーは何を生んだか
    1. 11-1. 空白ではなく、「別のキャリア」だったとしたら
    2. 11-2. 派遣社員が学んだもの
    3. 11-3. 短期離職が教えてくれたこと
    4. 11-4. 無業期間に何が起きていたか
    5. 11-5. それでも「読み替え」だけでは足りない
    6. 11-6. 堀有喜衣氏の指摘──「実存への社会的承認」
  13. 第12章 次の世代への手紙──空白を生まないために
    1. 12-1. 私たちの経験を、誰かに引き渡したい
    2. 12-2. AI時代に新卒となる若者へ
    3. 12-3. 政策の決定者へ
    4. 12-4. 同世代の仲間へ
  14. おわりに
  15. 参考資料一覧
    1. 政府・公的機関の資料
    2. 労働政策研究・研修機構(JILPT)関連資料
    3. 研究論文・専門記事
    4. 報道記事・ウェブ媒体
    5. 事典・データベース
    6. 注記事項

はじめに

50歳になった。

私は1976年生まれ、1999年3月卒。前回までの記事で、就職氷河期世代の問題、奨学金、そして「新卒時の正社員就職の失敗」について書いてきた。今回は、その続きの話だ。

新卒で正社員になれなかった。あるいは、なれたけれど短期で離脱した。では、そのあと、何が起きたのか。社会人としての最初の数年──普通の世代なら「OJTで仕事を覚え」「失敗しながら一人前になっていく」その時期──私たちは、何をしていたのか。何を奪われていたのか。

私自身、新卒で入った中小企業が半年で経営難に陥り、22歳の冬に解雇通告を受けた。それから5年間、契約社員と派遣を行き来した。正社員に戻れたのは28歳。あの5年間は、私の職歴の上では「空白」とされた。何度も転職活動で「この空白期間に何をしていましたか」と聞かれた。「派遣で働いていました」と答えると、面接官は微妙な顔をした。「正社員」のキャリアラダーから外れた時間は、世間からは「空白」として扱われた。

だが、私自身にとっては、その5年間は決して空白ではなかった。必死で働いていた。生活費を稼ぎ、奨学金を返し、次のステップを探していた。それでも、社会のものさしでは「キャリアではない」と判定された。

この記事では、この「キャリアの初期空白」というものに、徹底的にこだわって書いてみたい。「空白」とは何だったのか。誰がそれを「空白」と呼んだのか。その「空白」は、私たちの人生に何を残したのか。そして、「空白」ではなく「初期キャリア」として捉え直すことは、可能なのか。

文字数は10万字を超える。長いけれど、この「最初の5年」をどう扱うかは、私たちの世代を理解するうえで決定的に重要だと思っている。

参考にした資料はすべて文末にまとめた。本文中の数字・事実は出典を確認できる範囲で書いた。引用した友人・知人の声は、本人の承諾を得たうえで、プライバシー保護のために仮名にしている。

それでは始めよう。


第1章 「初期空白」とは何か──まず言葉を定義する

1-1. 三つの形の「空白」

「キャリアの初期空白」と一口に言っても、当事者によってその形はまったく違う。私の周りの氷河期世代の友人たちを見渡しただけでも、少なくとも三つの形がある。

第一の形は、完全な無業期間としての空白だ。卒業後、就職できないまま、フリーターや無職の状態で過ごした期間。アルバイトすら長続きせず、実家でひきこもり状態になった人もいる。職歴の欄に書けるものが、文字どおり何もない状態。

第二の形は、非正規雇用としての空白だ。アルバイト、派遣、契約社員として働いていた期間。実態としては毎日働き、賃金を得ていた。だが、職歴として扱われるとき、「正社員のキャリア」とは別のものとして区別された。私自身が経験したのは、主にこの形だった。

第三の形は、短期離職を繰り返す空白だ。新卒で入った会社をすぐ辞め、次の会社もすぐ辞め……というサイクル。一つひとつは「職歴」だが、つなげて見ると「定着しない人」として評価される。書類選考でまず弾かれる。

この三つの形は、それぞれ別の問題のように見えて、根は同じだ。どれも、「日本社会が想定する『正常なキャリア』のレールから外れた時間」を意味する。そして、その時間は、本人の意思とは関係なく、「空白」というレッテルを貼られていく。

1-2. 「空白」とは、誰が決めたのか

ここで、根本的な問いを立てておきたい。「キャリアの空白」という言葉は、誰が、いつから使い始めたのか。

少なくとも、私が学生だった頃には、こんな言葉はなかった。「キャリア」という言葉自体、当時はまだ一般的な日本語ではなかった。それが、就職氷河期を経て、「キャリアを積む」「キャリアを築く」「キャリアパスを描く」という表現が日常化し、その対概念として「キャリアの空白」「キャリアブランク」という言葉が定着した。

転職サイト「マイナビ転職」の面接対策ページには、「ブランク(空白・離職期間)がある、正社員経験が少ない方向けの面接質問と回答例」というカテゴリーがある。そこでは、採用担当者がブランク期間について「業務に支障を与える理由でないかを確認する」「入社後に安定して稼働できる心身の状態にあるか、仕事のブランクをどう補っているかを見極める」と説明されている。

つまり「空白」とは、採用する側、企業の側が定義した概念だ。「正常なキャリア」とは「ある会社の正社員として継続的に働き続けている状態」のことであり、そこから外れた時間が「空白」として、一種の「異常」「説明を要するもの」として扱われる。

考えてみてほしい。私が派遣社員として5年間、必死に働いていたのに、その5年は「ブランク」と呼ばれる。一方、同じ5年間を一つの会社の正社員として過ごした人は、その5年が立派な「キャリア」になる。働いていた時間の長さは同じ。本人の労力も、同じか、むしろ派遣の方が大変なくらいだった。それでも、「正社員かそうでないか」というたった一つの基準で、片方は「キャリア」、片方は「空白」と分けられる。

この線引きそのものが、私たち氷河期世代を苦しめた根本だった。

1-3. 「最初の5年」が決定的だった理由

なぜ「最初の5年」がこれほど決定的なのか。

日本の雇用慣行のなかで、新卒の最初の数年というのは、極めて特殊な時間として設計されている。企業は新卒を「ポテンシャル(潜在可能性)」で採用し、入社後の数年間で、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を通じて仕事を教える。給料はその間、それほど高くない。だが、その代わりに「企業特殊的人的資本」(その会社で通用するスキル)が、本人の中に蓄積されていく。

5年も経つと、新卒は「使える人材」になっている。配属された部署で実務を回せ、後輩の指導もでき、簡単なプロジェクトを任される。この「20代後半までの蓄積」が、その後の30代・40代・50代のキャリアの土台になる。

逆に言えば、この「最初の5年」を、企業が用意した訓練機会の中で過ごせなかった人は、土台そのものがない。その後、30歳になって正社員に潜り込んでも、24歳から正社員だった人と比べれば、5年分の蓄積が足りない。賃金カーブの上で、5年分下のスタートになる。

教育社会学者の堀有喜衣氏は、日本経済新聞のインタビュー(2025年6月)で、こう指摘している。氷河期世代では、大卒男性の初職正社員率も2000年ごろには6割を割り込むようになった。当時、社会は「若者が好んで正社員ではない新しい働き方を模索している」と見なした。「就職できないことは若者自身の自己責任」とされた。

だが、堀氏らが進めてきた研究は、その見立てがまるごと誤りだったことを明らかにしている。「最初の5年」を外された人々は、自ら選んだのではなく、選ばされた。そして、その「外された5年」が、20年経っても30年経っても、その人の人生を縛り続けている。

1-4. この記事のスタンス

この記事のタイトルには「キャリアの空白という名の足枷」とつけた。ここで「空白」を「足枷」と表現したのは、二重の意味を込めている。

一つは、「空白」と呼ばれたあの時間が、その後の私たちの人生を縛り続けてきた、という意味。

もう一つは、「空白」という呼び方そのものが、私たちを縛ってきた、という意味。私たちは確かにあの時間を生きていた。働いていた。学んでいた。挫折し、立ち上がり、また挫折していた。それを「空白」と呼ぶこと自体が、私たちの生を否定する暴力ではなかったか。

この記事を通じて、私が試みたいのは、「キャリアの空白」というレッテルを、内側から解きほぐすことだ。それは、過去を美化することでも、自己責任を引き受け直すことでもない。「あの時間を、社会はこう呼んだ。だが、当事者にとっては、こうだった」という、二重の視点で書くことだ。


第2章 数字で見る「初期空白」の広がり

2-1. 初職正社員率という指標

「初期空白」の広がりを数字で見るとき、最も基本的な指標が「初職正社員率」だ。学校卒業後、最初に就いた仕事が正社員だった人の割合を示す。

労働政策研究・研修機構(JILPT)の堀有喜衣氏らによる、総務省『就業構造基本調査』の二次分析が、この指標の長期的な変化を明らかにしている。

私学高等教育研究所(日本私立大学協会)が公開している堀氏の論考「学歴と職業キャリア 就職氷河期世代のその後」によれば、生まれ年度別に「新規学卒で正社員採用された比率」(中卒から大学院卒段階までの累計)を見たとき、最も比率が低かったのは1982年度生まれだった。その比率はおよそ61%。少しくくりを広げて1978〜82年度の平均でも63%。これは、60年代生まれの平均79%と比べると、格段に低い。

つまり、氷河期世代の中核では、新規学卒で正社員になれなかった人が、ほぼ4割にのぼった。これが「初期空白」の出発点となる、最も重要な数字だ。

そして、堀氏が日経新聞で指摘しているように、大卒男性に絞っても、初職正社員率は2000年ごろに6割を割り込んだ。男性ですらこれだから、女性や高卒・中卒を含めれば、状況はさらに厳しかった。

2-2. 「最初は非正規」が、その後も続いた

決定的に重要な数字は、ここからだ。

新規学卒で正社員になれなかった人が、その後どうなったか。

WEB労政時報がまとめた堀氏の分析(『就業構造基本調査』2007年版の特別集計)によれば、1999年から2004年に大学を卒業した世代では、最初の仕事に就いたときに正社員でなかった人は、2017年の時点でも、男性は約6割、女性は約7割が、依然として正社員以外の雇用形態で働いていた。

1999〜2004年に大卒で社会に出た人々が、2017年で30代後半。新卒からおよそ15年が経過している。それだけの年月が経っても、最初の「正社員でなかった」状態が、6〜7割の人にとって続いていた。

15年間、ほぼ「初期空白」のまま、抜け出せなかった。これが私たち氷河期世代の現実だった。

ただし、この数字には注意が必要だ。これは2017年時点のデータ。その後、政府の氷河期世代支援(2019年〜)や、人手不足を背景とした中途採用の拡大により、状況は改善していく。後述するJILPTの2025年資料シリーズNo.296によれば、令和4年(2022年)版の『就業構造基本調査』の二次分析では、男女とも「他形態から正社員」(初職は正社員以外だが、現在は正社員)の割合が2017年調査よりも増加しており、正社員への移行が進んだことが確認されている。

つまり、「初期空白」を15年引きずった後、ようやく30代後半〜40代になって、一部は脱出した。だが、脱出したからといって、その15年の影響が消えたわけではない。第5章以降で詳しく書くが、賃金、年金、退職金、心理的な傷──「最初の5年」「最初の10年」「最初の15年」の差は、生涯にわたって残り続ける。

2-3. 若年無業者64万人という規模

「初期空白」のなかでも、特に深刻なのが「無業者」だ。

厚生労働白書(平成21年版)によれば、総務省「労働力調査」における「若年無業者」(15〜34歳)の数は、1990年代は40万人台で推移していた。それが2002年には64万人に増加し、その後も60万人強の水準で推移した。

このうち、就職活動もしていない「ニート」と呼ばれる層が一定数いた。当時、メディアでは「働く意欲のない若者」「親に甘えている」といった論調で報じられがちだった。だが、第1章でも触れたとおり、内閣府「平成16年度青少年の社会的自立に関する意識調査」では、若者自身の希望する働き方として「正社員・正職員」を希望する者が64.4%を占め、「非正規雇用者」希望は13.3%に過ぎなかった。

つまり、64万人のうち、本当に「働きたくない」と思っていた人は、ごく一部に過ぎない。圧倒的多数は、「働きたいのに、働けない」「働き口がない」「一度フリーターになったら抜け出せない」という状況にいた。

64万人。これは大きな数字だ。日本全国の県庁所在地クラスの都市の人口が、まるごと「初期空白」のなかにいた、と言ってもいい。その人々の青春が、誰にも見えない場所で、静かに消費されていった。

2-4. フリーター217万人の意味

無業者の周辺には、フリーターという、もっと広いカテゴリーがいた。

厚生労働白書によれば、フリーターは2003年にピークの217万人に達した。その後、緩やかに減少していくが、それでも100万人台後半が長く続いた。

217万人。私たち氷河期世代の世代規模が約1700万人。単純計算すれば、1割以上の人が「フリーター」というカテゴリーで「初期空白」を生きていた、ということになる。

そして、この「フリーター217万人」を、企業の側がどう評価したか。第5章で詳しく書くが、厚生労働省「雇用管理調査」(2004年)によれば、企業はフリーター経験を「マイナス」に評価する傾向が強かった。217万人の若者が「最初の数年」を非正規で過ごし、その「最初の数年」を企業がマイナス評価し、そのために正社員になれず、フリーターを続け、さらにマイナス評価が積み重なる。

完全な悪循環。出口のない円環構造。これが、私たちが「キャリアの初期空白」と呼ぶものの、もっとも基本的な構造だった。

2-5. 不本意非正規という概念

ここで、もう一つ重要な概念を導入したい。「不本意非正規」だ。

「不本意非正規」とは、正社員として働くことを希望しているのに、希望が叶わず非正規で働いている人のことを指す。総務省の労働力調査では、現職の非正規雇用者に「現在の雇用形態についた主な理由」を聞き、「正規の職員・従業員の仕事がないから」と回答した人を「不本意非正規」として集計している。

第1章でも引用した「ヒトノトリカタ」の記事は、「不本意非正規」について興味深い分析をしている。記事によれば、就職氷河期世代全体に占める不本意非正規の割合は約3%程度。つまり、氷河期世代のなかで「不本意ながら非正規」になっているのは、3%という見方もできる。

この数字をどう読むか。同記事は、「氷河期世代の本質は『大手が若年層の新規採用を絞った』ことによって、『大企業に正社員として入社できなかった世代』だ」と捉えている。氷河期世代の問題を、「全員が非正規」ではなく、「希望した会社・希望した形での正社員になれなかった」と理解する視点だ。

私はこの見立てに、半分は同意し、半分は留保したい。同意する点は、氷河期世代のキャリア問題を、「正規/非正規」という単純な二元論で語れないことだ。後で詳しく書くが、氷河期世代のキャリアは、もっと複雑な「行き来」のパターンを持つ。

留保する点は、3%という数字は、現時点の不本意非正規率であって、過去の累積を捉えていないことだ。20代に何年も不本意非正規だった人が、30代・40代でようやく正社員に転換できたとしても、その「過去の不本意非正規期間」は数字に表れない。「初期空白」の影響を見るには、現在のスナップショットだけでは足りない。

これが、次の章で触れる「ヨーヨー型キャリア」という、より動的な概念につながっていく。


第3章 「ヨーヨー型キャリア」という発見

3-1. JILPTの画期的な分析

ここで、本記事の核心となる重要な概念を紹介したい。「ヨーヨー型キャリア」という概念だ。

労働政策研究・研修機構(JILPT)は、堀有喜衣氏らを中心に、2024年1月に資料シリーズNo.272「就職氷河期世代のキャリアと意識──困難を抱える20人のインタビュー調査から」を発表した。この資料は、就職氷河期世代の困難を抱える20人に対するオンラインインタビュー調査をもとに、彼らのキャリアの実像を分析している。

そして、ここから決定的な発見が示された。

堀氏らはこう書いている。「就職氷河期世代であっても、新卒で初職正社員のケースは少なくない。ただし、今回のインタビューでは新卒正社員であっても『不本意正規』とでも呼べるような労働条件の悪い就職先であり、また、正社員経験はあるが何度か正社員を離職し、正社員と非正社員を行きつ戻りつしたり、あるいは無業・失業をたびたび経験するキャリアが多数存在している。就職氷河期のキャリアの困難はこれまで想定されていたような非正規の継続ではなく、正社員・非正社員・無業失業を行きつ戻りつする『ヨーヨー型』キャリアと把握できる」。

「ヨーヨー型キャリア」。

これは、私たち氷河期世代の経験を、これ以上ないほど的確に言い当てた言葉だと、私は思う。

3-2. 「最初から非正規だった」ではない

これまで、世間一般のイメージとして、氷河期世代の問題は「新卒で正社員になれず、ずっと非正規で過ごしてきた人々の問題」と理解されてきた。実際、佐渡治彦氏のnote記事も、「一般的に、就職氷河期世代というと、最初から正社員に採用されず、非正規社員で今まで社会人として働いてきたイメージがありました」と書いている。

だが、堀氏らの調査は、この通念をひっくり返した。

氷河期世代の困難を抱える人々のキャリアを見ると、「ずっと非正規」というパターンよりも、「正社員と非正規と無業を、何度も行き来している」というパターンのほうが多い。新卒で正社員になれたケースですら、その「初職正社員」が「不本意正規」(労働条件が悪く、長く続けられない正社員)であり、ほどなく離脱して、非正規や無業の状態に陥る。そして、また正社員に戻り、また離脱する……。

この「行きつ戻りつ」が、ヨーヨーが上下するさまに似ている。だから「ヨーヨー型キャリア」と呼ばれる。

3-3. EUの先行研究を援用した概念

「ヨーヨー型」という発想は、堀氏らが独自に思いついたものではない。JILPT資料シリーズNo.272および、社会政策学会誌『社会政策』第16巻第3号に掲載された堀氏の論文「就職氷河期世代の困難を振り返る──20名のインタビュー調査から考える」によれば、この「ヨーヨー型」(Yo-Yo)という概念は、EUの若者に関する先行研究、特にAndreas Walther、Barbara Stauberらの「ヨーヨー型トランジション」研究から援用されたものだ。

EUでも、若者から大人への移行(トランジション)が、かつてのような「学校→仕事→結婚・家族形成」という直線的なものではなくなり、行きつ戻りつする複雑なものになっていることが、1990年代以降に問題化していた。

日本の氷河期世代の経験は、EUのこの「ヨーヨー化したトランジション」と、構造的に似通っていた。雇用が不安定になり、人生のステップが行きつ戻りつする。日本では、それが「世代」という形で、特定のコーホート(同年代集団)に集中的に現れた。

3-4. 「ヨーヨー型」が示すもの

「ヨーヨー型キャリア」という概念が、私たちにとって決定的に重要なのは、それが「初期空白」の実態を、より正確に映し出すからだ。

第1章で書いた「初期空白の三つの形」を思い出してほしい。

  • 完全な無業期間
  • 非正規雇用期間
  • 短期離職の繰り返し

「ヨーヨー型キャリア」とは、この三つを、本人の人生の中で「行き来」している状態を指す。たとえば、こんな経歴だ。

  • 22歳: 新卒で中小企業の正社員(でも労働条件が悪い)
  • 23歳: 体を壊して退職、半年無業
  • 24歳: 派遣で事務職
  • 26歳: 別の派遣先で事務職、その間に正社員転換を狙うが落ちる
  • 28歳: ようやく中小企業の正社員に転換(年収は派遣時代より少し上)
  • 30歳: その会社が経営難で退職、3か月無業
  • 31歳: 派遣に戻る
  • 33歳: また別の中小企業の正社員、しかし2年で退職
  • 35歳: ハローワーク経由で正社員、ここで定着

これは私のフィクションだが、堀氏らのインタビュー調査に登場する氷河期世代の経歴と、本質的にはほぼ同じだ。職歴をつなげて見れば、たしかに「正社員」の期間もある。だが、その「正社員」期間は、ヨーヨーが上に上がった一瞬の状態であり、すぐに下に戻ってしまう。

そして、私が強調したいのは、この「ヨーヨー」の運動そのものが、当事者にとっては「初期空白の連続」として体験されることだ。正社員になっても、続かない。続かないから、また非正規に戻る。戻ったところを、また「ブランクがある」と評価される。一つひとつの転換のたびに、職歴書の上に「説明を要する穴」が空いていく。

3-5. JILPT資料シリーズNo.296の知見

JILPTは、2025年に資料シリーズNo.296「若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状④──令和4年版『就業構造基本調査』より」を発表している。この資料は、令和4年(2022年)の最新調査をもとに、氷河期世代のキャリアを定量的に分析している。

重要な知見が二つある。

第一に、「就職氷河期世代の正社員化は進みつつあり、人手不足を背景とした支援の効果と解釈される」。男女とも「他形態から正社員」(初職は正社員以外だが、現在は正社員)の割合が、2017年調査よりも増加している。

第二に、それでも「ヨーヨー型キャリア」のパターンは消えていない。とりわけ氷河期世代後期(1999〜2004年卒)では、「後から正社員」「正社員一時非典型」(一度正社員になったが、その後非典型雇用を経験している)の割合が、他の世代より高いままだ。

つまり、最近の人手不足のおかげで、氷河期世代の正社員化はある程度進んだ。だが、その「正社員化した人々」のなかにも、「以前に非正規期間があった」「途中で非正規に戻った経験がある」という人が多く含まれる。表面的な正社員率の改善は、必ずしも「ヨーヨー型」の終わりを意味しない。

そして、2025年11月25日の「就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム」第7回議事録によれば、堀氏は「労働政策研究・研修機構が実施しました氷河期世代50人へのインタビュー調査から、残された課題」として、引き続き「ヨーヨー型キャリア」の問題を指摘している。

ヨーヨーは、まだ振れ続けている。


第4章 なぜ「初期空白」は埋まらないのか──四つの構造

4-1. 構造1:「OJT神話」が機能しなかった

「初期空白」がなぜ後から埋まらないのか。その理由の第一は、日本の人材育成が「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」に強く依存していることだ。

日本の正社員制度は、「新卒の若者を、長期雇用を前提に、社内のOJTで育てる」という設計になっている。学校で身につけた知識を、社内で実務に応用する。先輩に教わり、失敗しながら覚える。これが、「企業特殊的人的資本」(その会社で通用するスキル)の蓄積を生む。

ところが、この仕組みは、「新卒の春に正社員のレールに乗った人」だけを対象に機能する。レールに乗れなかった人、途中で外れた人は、OJTを受ける機会そのものを失う。

非正規雇用には、原則としてOJTがない。派遣社員は、その派遣先で短期的に役立つ作業をするためだけに送り込まれる。「育てる」対象ではない。3か月後にはいなくなる可能性がある人材を、企業が本格的に育てる経済合理性はない。

これが、「最初の5年」を非正規で過ごすことの致命的な意味だ。本来であれば、その5年で蓄積されるはずだった「企業特殊的人的資本」が、まったく蓄積されない。スキルの蓄積がないから、その後の転職市場で評価されない。評価されないから、また非正規になる。負のスパイラルが完成する。

私自身、派遣社員時代に何度も感じた。「いま私がやっている仕事は、3か月後にはきっと別の派遣社員がやる。私が辞めても、私のスキルは引き継がれない。私が積んだ経験は、誰のためにもならず、私自身の市場価値にもならない」。あの徒労感は、いまも忘れない。

4-2. 構造2:「ジョブ型」採用の不在

「初期空白」が埋まらない第二の理由は、日本の中途採用市場が「ジョブ型」になっていないことだ。

欧米の労働市場では、採用は基本的に「ジョブ(職務)」単位で行われる。「営業のスペシャリスト」「経理の経験者」「データアナリスト」といった具体的な職務に対して、その職務をこなせる人を雇う。職歴の「期間」よりも、「どのジョブをどれだけこなせるか」のほうが重要だ。

ところが日本の中途採用は、長らく「メンバーシップ型」だった。会社の一員(メンバー)として、長期的にいろいろな仕事を担ってくれる人を採る。だから、「これまでどの会社で何年正社員をしていたか」が、評価の中心になる。「派遣で5年、経理の仕事をしていました」と言っても、評価されにくい。「経理の正社員として5年いました」のほうが、評価される。

この「正社員かそうでないか」の線引きが、私たちの派遣時代の経験を「キャリアにならない時間」に変えた。同じ仕事をしていても、雇用形態のラベルが違うだけで、市場価値が違うものとして扱われた。

近年、ジョブ型雇用への移行を打ち出す企業が増えている(富士通など)。それ自体は前向きな変化だが、私たち氷河期世代にとっては遅すぎる変化でもある。私たちの20代・30代の蓄積が、ジョブ単位で評価される時代が来る前に、私たちはすでに40代・50代になってしまった。

4-3. 構造3:「ブランク説明」という関門

第三の構造は、面接における「ブランク説明」という関門だ。

第1章でも触れたが、転職市場では、職歴に空白期間があると、必ず「この期間に何をしていましたか」と聞かれる。マイナビ転職の面接対策ページが推奨する回答は、「応募職種と関連性のある自己啓発や、資格取得のための勉強や最新の業界動向のキャッチアップなど、実務への復帰を意識した活動をしていたと回答しましょう」というものだ。

つまり、「この期間にも前向きに自己研鑽していました」とアピールできなければ、面接で評価されない。

考えてみてほしい。氷河期世代の多くは、新卒で就職できず、生活費を稼ぐのに精一杯だった。アルバイトを掛け持ちし、奨学金を返し、心身を疲弊させながら、毎日を生きていた。「資格取得の勉強」をする時間も、お金も、精神的余裕も、なかった人が多い。

それでも、面接の場では「ブランク期間に何をしていましたか」「キャリアアップにつながる活動はしていましたか」と問われる。「生きていくのに精一杯でした」と本音を答えれば、評価されない。だから、嘘半分の「自己研鑽」エピソードを、無理にひねり出す。

xtech日経クロステックの記事「職歴に長期ブランクありでも採用される人と採用されない人、3つの分かれ目」は、ブランク期間について「『転職活動』とだけ答える人がいますが、これをそのまま面接で伝えるのはお勧めできません」と書いている。「『転職活動に時間がかかっているのかな』『どこの企業にも採用されないのかな』と、意図せずマイナスの印象を与えてしまう可能性があります」と。

これが、空白を抱えた者に課される、二重の負担だ。本当の理由(「働きたかったが採用されなかった」)を正直に言えば「採用されない人だと思われる」。だから嘘をつくか、巧妙に言い換える。空白期間そのものの苦しさに加えて、空白を「説明可能なもの」に加工する手間と、嘘をつく罪悪感が重なる。

4-4. 構造4:「即戦力」という呪文

第四の構造は、中途採用が「即戦力」を求めることだ。

中途採用に関するMS-Japanの記事には、「中途採用では、即戦力として働ける人材を求めています。そのため、募集している職に役立つスキルを持っているかどうかが評価するための重要な指標の一つとなる」と書かれている。学情の記事も同様で、「経営層や現場の『即戦力となる優秀な人材がほしい』という要望」が中途採用の難しさの背景にある、と説明している。

「即戦力」。この言葉が、どれほど私たちを苦しめたか。

「即戦力」とは、要するに「入社してすぐに、教育なしで使える人材」のことだ。これは、第1構造で書いたOJT神話と完全に矛盾する。新卒なら「OJTで育てる」と言って採るのに、中途では「即戦力でなければ採らない」と言う。育てるのは新卒だけ。中途は、すでに育っている人しか採らない。

では、新卒で正社員になれなかった私たちはどうすればいいのか。OJTを受ける機会がない、だからスキルがない、だから即戦力として評価されない、だから中途でも採用されない。完全な袋小路だ。

ハタラクティブのような未経験者向けの就職支援サービスは、こうした袋小路を打開するために、「経歴不問・未経験歓迎の求人」を扱っている。そういうサービスが存在すること自体は、ありがたい。だが、そこで提供される求人は、多くの場合、給与水準が低く、定着しにくい職種に偏る。

「即戦力でないと採らない」が中途採用市場の主流である限り、「初期空白」を抱えた人間は、その主流市場から排除され続ける。これが、空白が埋まらない構造の四つ目だ。


第5章 奪われた「教育される機会」

5-1. 教育の機会、それ自体が奪われた

ここまで、構造的な要因を見てきた。だが、もっと根本的な、もっと痛みを伴う「奪われたもの」がある。それは、「教育される機会」そのものだ。

新卒で正社員になった人は、その会社で教育を受ける。新人研修、配属後のOJT、先輩からの指導、業務マニュアル、社内勉強会。それらすべてが、入社初日から、当たり前のように提供される。本人は「教育されている」とすら意識しないまま、社会人としての基礎を身につけていく。

派遣社員には、これがない。

派遣先の会社は、派遣社員を「教育する」ことに、基本的にコストをかけない。派遣社員は「すでにスキルがある人」として送り込まれる。だから、業務マニュアルも、研修も、ほとんどない。配属初日に簡単な説明を受けて、あとは「見て覚えてください」「分からないことがあったら聞いてください」と言われる。

「聞いてください」と言われても、実際には聞きにくい。派遣社員は外部の人間として扱われる。雑談の輪にも、ランチにも、入りにくい。質問するためのちょっとした人間関係が、構築されていない。

私自身、20代後半の派遣社員時代、「もっと聞きたいことがあるのに、聞ける雰囲気じゃない」と感じることが、毎日のようにあった。仕事は何とかこなせた。でも、その仕事の「背景」「目的」「会社全体の戦略」といった、ホワイトカラーが本来身につけるべき大きな視点を、教えてもらえなかった。狭い範囲の作業をこなすロボットのように、毎日を消化した。

5-2. 「教育格差」は、20年後の賃金格差になる

「教育される機会の差」は、その後の人生にどう響くのか。

ある意味、最もはっきり数字に出るのが、賃金カーブだ。

労働政策研究・研修機構の堀有喜衣氏の分析によれば、氷河期世代のうち「正社員定着組」と「正社員転職組」では、平均年収で大きな差がある。「正社員定着組」が530.7万円、「正社員転職組」が453.6万円。同年代の中でも、「ずっと正社員だった人」と「途中で正社員に転換した人」とで、80万円近い差がついている。

この差は、能力の差ではない。年齢を重ねるごとに広がる「教育の蓄積」の差だ。「最初の5年」を正社員のOJTで過ごした人は、その5年で得た知識・経験・人脈が、その後の10年・20年で複利的に積み上がる。一方、「最初の5年」を非正規で過ごした人は、そのスタート地点に立つのが5年遅れる。その5年の遅れは、賃金カーブの上では「永遠の5年遅れ」として、生涯にわたって残る。

「キャリアの初期空白」とは、つまるところ、「教育される機会の剥奪」だ。そして、その剥奪は、賃金という具体的な形で、20年後・30年後の人生に刻み込まれる。

5-3. 「能力が低い世代」という、二重の暴力

そして、ここで第二の暴力が起きる。

教育される機会を奪っておきながら、企業の側は、私たちを「能力が低い世代」と評価する。「氷河期世代は使えない」「教育されていないからスキルがない」と。

日経ビジネスの記事タイトルにも「氷河期世代は能力が低い?人生”再設計”の大いなる矛盾」というものがある。私たちは、自分たちの「教育されていない」状態を、本人の能力の問題として見なされ、評価された。

これは完全な「マッチポンプ」だ。火をつけた人が、燃えた家を見て「燃えやすい家だったね」と言う。教育の機会を奪った企業の側が、その結果を「能力不足」と評価して、また採用しない理由にする。

私が、この構造を最も腹立たしく思うのは、当事者の私たち自身が、この「能力が低い」という評価を、内面化させられていくことだ。「自分には能力がない」「教育されていないから、いまさら学んでも遅い」「リスキリングも、自分には向いていない」。こうした自己評価が、行動を萎縮させ、さらに学習機会を遠ざける。

第3章で触れた、堀氏らのインタビュー調査でも、当事者の多くが自己評価の低さを語っている。それは、本来の能力の問題ではなく、長年「能力が低い」と評価され続けたことの後遺症だ。

5-4. 「初職」の質が、その後を決める

教育される機会の問題を、別の角度から見てみよう。「初職」(最初の仕事)の質、という観点だ。

JILPT資料シリーズNo.272の堀氏らの分析が、重要な事実を指摘している。「就職氷河期世代であっても、新卒で初職正社員のケースは少なくない。ただし、今回のインタビューでは新卒正社員であっても『不本意正規』とでも呼べるような労働条件の悪い就職先」だった、と。

つまり、新卒で「正社員」になれたとしても、その正社員の中身が問題だった。長時間労働、低賃金、教育体制の不備、ハラスメント横行、将来性のない事業──そういう「不本意正規」の正社員職に就いた人々は、結局、心身を病んだり、限界に達したりして、数年で離脱した。

そして離脱すると、非正規や無業の状態に陥り、ヨーヨー型キャリアが始まる。

これは何を意味するか。「新卒で正社員になれた」と「新卒で良質な教育を受けられた」は、必ずしも同じではない、ということだ。たまたま大企業の新卒採用に滑り込めた人は、良質な研修と OJT を受け、その後のキャリアの基礎を作れた。一方、「とにかく卒業までに正社員になりたい」と中小企業の不本意正規に飛び込んだ人は、教育もないまま消耗し、結局はキャリアの軌道に乗れないまま離脱した。

私自身、22歳で新卒で入った中小企業は、まさにこの「不本意正規」だった。研修と呼べるものはほぼなく、入社初日からいきなり実務をやらされた。先輩は誰も教えてくれず、「見て覚えろ」だった。半年で会社が経営難になり、解雇されたとき、私は何のスキルも身につけていなかった。「正社員だった」という事実だけが、職歴に残った。それは「正社員のキャリア」というより、「正社員という名の半年間の事故」だった。

5-5. 自費でリスキリングする世代

教育される機会を奪われた私たちは、その後、自費で学び直すしかなかった。

働きながら、深夜の専門学校に通った人がいる。土日に資格試験の勉強をした人がいる。給料の少ない非正規時代に、なんとか月数万円を捻出して、通信講座を受けた人がいる。

私自身、20代後半の派遣時代に、簿記2級を独学で取った。あれがなかったら、28歳で正社員に転換できていたかどうか、わからない。試験前は、派遣の仕事を終えてから毎日3時間勉強した。週末は朝から晩までテキストに向かった。あの時の必死さは、いまも体に残っている。

教育訓練給付金などの公的支援制度はあるが、雇用保険の加入期間が短い非正規労働者には、利用条件のハードルが高かった。氷河期世代向けのリスキリング支援が政策メニューに登場するのは、2019年以降、私たちがすでに40代を迎えた頃だ。

つまり、本来であれば企業が新卒に対して提供すべき「教育のコスト」を、私たちは個人として、自分の時間とお金で負担した。社会全体が肩代わりすべきだったコストを、被害者である本人が支払った。

この「自費リスキリングの世代」という側面も、私たちのキャリアの初期空白がもたらしたものの一つだ。


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第6章 非正規という名の「初期空白」──派遣・契約・アルバイトの実態

6-1. 「働いていたのに、空白とされる」という不条理

第1章で書いたとおり、私たち氷河期世代の「初期空白」には、三つの形があった。完全な無業、非正規雇用、短期離職の繰り返し。この章では、そのなかで最も人数が多かった「非正規雇用としての初期空白」に焦点を当てたい。

非正規雇用とは、派遣社員、契約社員、アルバイト、パートなどの総称だ。私たちの世代の若い時期、特に派遣社員の存在が急速に膨らんだ。BIZUPの記事や複数の研究資料が指摘するように、その背景には1999年の労働者派遣法改正(対象業務の原則自由化)、2004年の製造業派遣解禁といった、規制緩和の流れがあった。

これは何を意味したか。簡単に言えば、企業が「正社員を採用するコスト」を回避するために、派遣会社を経由して労働力を調達する道が開かれた、ということだ。「人件費の変動費化」と呼ばれる。本来であれば正社員を採用していた業務を、派遣で済ませる企業が急増した。

そして、その派遣の担い手の多くが、私たち氷河期世代だった。新卒で正社員になれなかった人、不本意正規から離脱した人、第二新卒として正社員を狙ったが叶わなかった人。彼らが、派遣会社に登録し、派遣先で働いた。20代の貴重な時間を、3か月契約の更新を繰り返しながら過ごした。

働いていた。毎日通勤し、与えられた業務をこなし、賃金を得ていた。それは紛れもなく「労働」だった。だが、その労働は、「キャリア」とは見なされなかった。職歴書に書いても、評価されなかった。これが、「働いていたのに空白とされる」という、私たちの不条理だった。

6-2. 派遣社員の実態──3か月ごとの不安

派遣社員の実態を、もう少し詳しく書きたい。

私が派遣社員として働いたのは、22歳から28歳までの主に5年間だった。複数の派遣会社に登録し、4つの派遣先を渡り歩いた。期間は短いところで6か月、長いところで2年弱。

3か月ごとの契約更新が、最も精神的にきつかった。「次の3か月の契約はあるのか、ないのか」が、毎回、契約満了の2〜3週間前にならないと分からない。派遣会社の営業から「派遣先の方針で、次回更新はなしになりました」という電話を受けたことが、何度かある。理由は説明されない。「企業側の判断ですので」とだけ言われる。

その電話を受けた瞬間から、私の頭の中では、計算が始まる。失業保険は出るか(派遣の場合、出ないことが多い)、貯金はいくらあるか、家賃の支払いは何か月分耐えられるか、奨学金の返済は猶予できるか、次の派遣先はすぐに見つかるか。

派遣の更新拒否は、解雇とは違う扱いだ。「契約が終了しただけ」と扱われる。退職金もない。次の仕事を探すのも、原則として自分の責任だ。派遣会社は「次のお仕事を紹介します」と言うが、すぐに見つかる保証はない。空白期間が生まれる。その空白期間が、後で「ブランク」として職歴に響く。

派遣社員時代、私は「自分は誰からも責任を負ってもらえない労働者なのだ」と感じていた。正社員なら、解雇は法的にハードルが高い。派遣は、いつでも切れる。社会保険(健康保険、厚生年金)に加入できない時期もあった。国民健康保険と国民年金を、自分で払うしかなかった。月の手取りから2万数千円が、社会保険料で消えた。

6-3. 契約社員という「中途半端な存在」

派遣と並んで、契約社員という働き方もあった。

契約社員は、企業が直接、有期雇用で採用する形態だ。派遣のように派遣会社を経由しない。だから、その会社の一員ではある。だが、契約期間(多くは1年)があり、契約満了で雇い止めになる可能性が常にある。

私の友人で、新卒の年に契約社員として中堅企業に入った木下(仮名・49歳・男性)がいる。彼の体験談を聞いたことがある。

「契約社員でも、最初は『3年頑張れば正社員に登用する』という話だった。それを信じて、人一倍働いた。残業も厭わなかった。3年経った。話は何もない。上司に聞いたら『今は会社の業績が厳しくて、登用は難しい』と。さらに2年待った。今度こそ、と思ったら、別の契約社員が先に登用された。その人は、私より勤続年数が短かったけど、社内の力のある部署にいた」

木下はその後、契約社員のまま30代になり、結局、その会社を辞めて転職した。次の会社では正社員になれたが、年収はその会社の同世代より大幅に低かった。20代を「契約社員」として過ごしたことが、生涯賃金に響き続けている。

「『正社員になれる』という言葉に、人生を賭けてしまった」と木下は言う。「あの5年間、もし最初から正社員の道を諦めて、別の方向に行っていたら、もう少しマシだったかもしれない。でも、『あと少しで正社員に』という希望が、ぶら下げ続けられていた」

これも、ヨーヨー型キャリアの一形態だ。「正社員になれる」という餌を見せられて、それに引き寄せられて、結局なれずに離脱する。その時間が、初期空白として残る。

6-4. アルバイトという「最も見えない労働」

非正規雇用のなかで、最も評価されにくいのが、アルバイトだった。

第2章で触れた「フリーター217万人」の多くが、アルバイトとして働いていた。コンビニ、飲食店、書店、塾講師、コールセンター。社会のあらゆる業種を、フリーターが支えていた。

だが、アルバイトの職歴は、転職市場では「ほとんど何の意味も持たない」とされた。職歴書に「○○書店アルバイト 2年」と書いても、評価されない。それは、その2年間が「正社員のキャリア」とは別物だと、社会が決めつけていたからだ。

私の大学時代のサークル仲間、鈴木(仮名・50歳)──前回までの記事にも登場した人物だ──は、卒業後、コンビニのバイトで食いつなぎながら3年間就活を続けた。「面接で『なぜこの3年間、コンビニのバイトだけだったんですか』と聞かれる。『就活を続けていたからです』と答えると、面接官は何も言わずに次の質問に移る。それで、結局落とされる」

鈴木は最終的に、実家に戻った。地元のスーパーで40歳近くまでアルバイトを続け、その後ようやく正社員になれた。彼が「正社員」になったのは、コンビニ時代から17年以上経ってからだった。コンビニのアルバイト経験は、最後まで「キャリア」として認められなかった。

6-5. 「非正規でも生計を立てる」ことの過酷さ

第3章で紹介した堀有喜衣氏らのJILPT資料シリーズNo.272は、興味深い分析を提供している。インタビュー調査の対象となった氷河期世代20人のうち、結婚経験があったのは5人のみ。男性は3人(うち2人は離婚)、いずれも結婚は正社員のときに生じていた。一人暮らしも4人にすぎなかった。

なぜか。資料はこう書いている。「家族を養う責任が軽いことや住まいの負担が少ないことは、ヨーヨー型キャリアであっても何とか食べていくことを可能にする重要な要件でもある。ただし不安定な働き方でも生計が維持できた一つの要因は実家同居であったが、今後はそれが重荷にかわる可能性は高い」。

つまり、非正規雇用で生計を維持できた多くの人が、「実家同居」「未婚」「子なし」という条件のもとでかろうじて生きてきた、ということだ。

これは、私たちの世代の生活実態を、的確に表している。非正規の収入では、自立した一人暮らしは難しい。結婚して家族を養うのは、もっと難しい。だから、実家に住み続ける。そうすれば、住居費がかからない。親の食事を一緒に食べれば、食費も浮く。そうやって、なんとか生きていく。

でも、その「実家同居」が、いずれ「親の高齢化」「親の介護」「親の死後の生活基盤喪失」へとつながっていく。これが、いま日本社会で問題化している「8050問題」の根っこにある構造だ。

私たちの「初期空白」は、20代の私たち個人の問題に見えて、実は親世代を巻き込んだ家族全体の問題だった。そして、その家族の支えがあったからこそ、私たちは非正規でも生き延びられた。だが、その支えが今、限界を迎えている。


第7章 短期離職という「もうひとつの空白」

7-1. 「3か月で辞めた」が職歴に残る恐怖

「初期空白」の第三の形は、短期離職の繰り返しだった。

私自身、新卒で入った中小企業を半年で離れた。会社が経営難に陥り、解雇通告を受けた、というのが事情だ。だが、職歴書の上では「○○株式会社 1999年4月〜1999年10月」とだけ残った。理由の説明は、面接の場で口頭で行うしかない。書類選考の段階では、「半年で辞めた人」としか見えない。

「定着性に問題がある」と判断され、書類で弾かれた。何回もそういう経験をした。

第二新卒として、卒業後3年以内なら新卒並みの扱いをする企業もある、と言われた。だが、実際には「卒業後3年以内+正社員として勤続3年以上」が条件だったり、「短期離職者は不可」と書かれていたりすることが多かった。半年で辞めた人間には、第二新卒の門も狭かった。

7-2. 短期離職の理由を、誰が判定するのか

短期離職には、いろいろな理由がある。

会社の経営難・倒産。これは本人の責任ではない。 過酷な労働条件・ハラスメント。これも本人の責任とは言い難い。 本人の心身の不調。これは本人の問題と言われるが、過酷な労働環境が原因の場合も多い。 配属先のミスマッチ。これは採用側の問題でもある。 家庭の事情。介護・育児・家族の病気など、避けられない事情がある。

ところが、職歴書を見る企業の側は、これらの理由を区別しない。理由はどうあれ、「短期離職した」という事実だけが残る。そして、「定着性に問題がある人」として、書類選考で弾かれる。

第3章で引用した堀有喜衣氏の指摘を、もう一度思い出してほしい。氷河期世代の新卒正社員のなかには、「不本意正規」とでも呼ぶべき、労働条件の悪い就職先だったケースが多かった。長時間労働、低賃金、ハラスメント。そういう環境に耐えきれず辞めた人を、社会は「我慢が足りない」「定着性がない」と非難した。

これは、被害者を二重に傷つける構造だ。劣悪な労働環境を強いた企業の責任は問われず、そこから逃げた本人だけが「離職した」というラベルを貼られる。

JILPTのリサーチアイ第89回(堀氏、2025年10月10日)が、ハローワーク・サポステ利用者へのインタビュー調査の知見をまとめている。それによれば、「離職の理由は長時間労働が多いものの多岐にわたるが、求職者の希望は会社内(内勤)で総務や人事などを担当する一般事務に集中する傾向があった。決まった場所で残業なく定時で帰れるイメージの一般事務の仕事に就きたいというニーズの背景には、サービス業にありがちな長時間労働を過去に経験したがゆえのワークライフバランスへの強い希望がある」。

要するに、過去に過酷な労働で離職した経験が、その後の仕事選びの「縛り」になっている。「もう長時間労働はしたくない」「もう体を壊したくない」という、切実な防衛反応だ。それを「贅沢な希望だ」と切り捨てるのは簡単だが、本人にとっては死活問題だ。

7-3. 「ヨーヨー型」の入り口は短期離職

第3章で紹介した「ヨーヨー型キャリア」の入り口は、多くの場合、この「短期離職」だった。

新卒で不本意正規の会社に入る → 過酷な環境で消耗する → 短期で離職する → 心身を立て直すために無業期間を過ごす → 失業保険か親の援助で生活する → 派遣会社に登録する → 派遣社員として働き始める → ……

このパターンを、私の周りで何人見ただろうか。木下(仮名)もそうだ。私の妹のような世代の人もそうだ。新卒で「ようやく入れた会社」が、ブラック企業だった。3か月で体を壊して退職した。それから5年、彼女のキャリアは派遣と無業を行き来した。

短期離職が「ヨーヨー型キャリア」の起点になる理由は、第6章までで見てきた構造の組み合わせだ。短期離職した人は「定着性に問題」と評価される。だから、次の正社員ポジションが見つからない。仕方なく派遣に登録する。派遣ではOJTがない、スキルが蓄積されない。だから、再び正社員のポジションを得るのが難しい。たまに正社員になれても、その正社員は「不本意正規」だったりするから、また続かない。

ヨーヨーが、上下する。短期離職という最初の振り子の動きが、その後の何年・何十年もの振動を生む。

7-4. 「定着性」という幻想

ここで、根本的な問いを投げかけたい。

「定着性」とは何だろうか。

長く一つの会社に勤め続けることが、本当に「能力の証明」になるのか。

考えてみれば、一つの会社に長く勤め続けられた人の中には、たまたまその会社が安定していた、たまたま上司に恵まれた、たまたま配属先がよかった、というだけの人もたくさんいる。逆に、短期離職を繰り返した人の中には、構造の波に翻弄されただけで、能力には何の問題もない人がたくさんいる。

それでも、転職市場では「定着性」が信仰されている。「3年は同じ会社で頑張れ」と言われる。「ジョブホッパー(短期で職を変える人)は信用できない」と言われる。

この「定着性信仰」は、日本型雇用システムの産物だ。長期雇用を前提とした年功序列・終身雇用の発想が、転職市場にも持ち込まれている。「うちの会社でも長く勤めてくれそうな人を採りたい」という、企業側の論理が、応募者の「定着性」を測ろうとする。

だが、その「定着性」という基準で、氷河期世代の私たちは、不利な位置に置かれた。最初の会社が短期で潰れた。次の派遣先で3か月ごとに更新を切られた。それらは私たちの「定着性のなさ」ではなく、私たちが置かれた構造の問題だった。にもかかわらず、職歴書の上では、すべて「定着性のなさ」として記録された。

「定着性」という幻想を、いつか日本社会は手放さなければならない。それまでは、氷河期世代の経験は、ずっと「短期離職を繰り返した、能力の低い人々の集まり」として、記憶される危険がある。


第8章 時間とともに積み上がっていったもの

8-1. 「最初の5年」の差は、5年では終わらない

「キャリアの初期空白」が残酷なのは、それが「初期」だけの問題に留まらないことだ。

最初の5年で蓄積されなかった「企業特殊的人的資本」は、その後の5年でも蓄積されない。なぜなら、最初の5年で土台がないから、次の5年で建てるべき建物の設計も描けない。

たとえば、新卒で大企業の総合職に入った人は、最初の5年で:

  • 業界の基礎知識
  • 自社の事業構造
  • 取引先との関係性
  • ビジネス文書の書き方
  • 部署を超えた人脈
  • 上司・先輩からの暗黙知

を身につける。これが、その後の5年で:

  • プロジェクトのリーダー経験
  • 後輩の指導経験
  • 部門間調整の経験
  • 業界全体の動向把握
  • 専門領域の深化

につながる。さらにその後の5年で:

  • 管理職としての判断力
  • 経営的視点
  • 業界全体での評価
  • 転職市場での価値

になっていく。

このピラミッドの一段目を、私たちは作れなかった。だから、二段目も、三段目も、その後の段も、作れない。あるいは、作れたとしても、同年代の「最初の5年でピラミッドの一段目を作れた人」とは、決定的に違うものになる。

これが「最初の5年の差」が、20年後・30年後に、賃金カーブの大きな差として現れる理由だ。

8-2. 賃金カーブの上で永遠に下にいる

具体的な数字で、この「永遠の差」を確認しよう。

第5章でも紹介したが、堀有喜衣氏の分析によれば、氷河期世代の「正社員定着組」の平均年収は530.7万円、「正社員転職組」は453.6万円。約80万円の差がある。

この差は、年齢で縮まるかというと、そうではない。逆に、年齢とともに広がる傾向がある。なぜなら、賃金は年功で上がるのと、能力評価で上がるのと、両方で決まるからだ。「定着組」は両方で上がる。「転職組」は、定着組より低いスタートから始めるので、年功の積み上げが少なく、能力評価の差(蓄積したスキルの差)も加わって、差は広がっていく。

退職金についても同じだ。退職金は基本的に勤続年数で決まる。一つの会社に長く勤め続けた人と、転職を繰り返した人では、退職金の額がまったく違う。氷河期世代の「ヨーヨー型キャリア」を歩んだ人は、退職金がほぼゼロか、極めて少額になる可能性が高い。

そして、年金。これも勤続年数と納付額で決まる。非正規期間が長かった人、無業期間があった人は、厚生年金の納付額が少なく、将来の年金額が低くなる。第3章で引用した堀氏の指摘「現在正社員で厚生年金であっても、しばしば生じる失業時には免除を申請しているため、金額が少ないと認識されている」(JILPTリサーチアイ第89回)は、現在の正社員ですら、過去のヨーヨー型キャリアが影響して、年金見込み額が低くなっていることを示している。

8-3. 「失われた時間」が複利で利息を生む

経済学的に言えば、「最初の5年の空白」は、複利で利息を生む。

5年間、年100万円ずつ、合計500万円を運用できる人と、5年間まったく運用できなかった人。10年後の差は、単純に500万円ではない。運用利回り3%なら、運用できた人は約530万円。差は30万円多い。

これが、何十年も続く。賃金、スキル、人脈、経験、自己肯定感──すべてが「初期に蓄積したか、しなかったか」で、その後の蓄積の速度が変わる。蓄積できる人は加速度的に蓄積し、できない人は加速度的に遅れる。

私が28歳で正社員に戻ったとき、すでに「24歳から正社員だった人」との差は、単純に4年分ではなく、それ以上の意味を持っていた。彼らは4年間で、私が知らない世界を生きていた。社内政治、業界の慣習、取引先との微妙な距離感、上司の機嫌の取り方、そういう「教科書には書かれていないが、仕事に決定的に重要な知恵」を、彼らはすでに持っていた。私は、それを30代になってから、必死に追いかけて学んだ。

50歳になった今でも、私と同期入社の「24歳から定着組」の人々との差は、消えていない。彼らは管理職、私は実務担当。彼らの年収は私より高く、彼らの社内人脈は私より広い。何十年経っても、「最初の5年の差」は、私の生活と仕事の隅々に、影を落とし続けている。

8-4. 「自己肯定感の低下」という見えにくい蓄積

そして、賃金や役職といった「見える差」だけでなく、「見えない差」もある。

何度も拒絶された経験が、「自分は使えない人間だ」という感覚を、深いところに植え付ける。

新卒で100社に落とされた経験。第二新卒で50社に落とされた経験。派遣の更新を切られた経験。中途採用の面接で「短期離職が多いですね」と言われた経験。これらが積み重なると、自分の中に「どうせ私は採用されない」「どうせ私は能力が低い」という確信が生まれる。

その確信は、新しいチャレンジを阻む。「リスキリングしませんか」と言われても、「どうせ私は学んでも使われない」と思う。「転職してみませんか」と言われても、「どうせまた拒絶される」と思う。「もっと給料の高い仕事に挑戦してみませんか」と言われても、「私には不相応だ」と思う。

第3章でも触れたが、労働政策研究・研修機構の高橋康二氏が2025年10月の発表で指摘した「ためらい」──氷河期世代の不本意非正規雇用者の多くが、正社員への転換を希望していても、実際には転職活動を起こせない──の正体は、まさにこの「自己肯定感の慢性的低下」だ。

これは、いくら政府が支援策を整えても、簡単には解消しない。20年・30年かけて積み上がった自己評価の低さは、20年・30年かけて少しずつ解きほぐすしかない。だが、私たちには、もう20年・30年の時間がない。


第9章 仲間たちの「初期空白」──証言を集める

9-1. 統計の向こうにある一人ひとり

ここまで、構造的な分析を続けてきた。だが、繰り返しになるが、統計の数字は、人間の人生だ。この章では、私自身の経験と、同世代の友人・知人の証言を、もう少し詳しく紹介したい。すべて本人の承諾を得たうえで、仮名にしている。

9-2. 木下の場合──「あと一歩で正社員」を5年

木下(仮名・49歳・男性)。前章でも触れたが、もう少し詳しく書きたい。

木下は2000年3月卒。求人倍率0.99倍の世代だ。彼が新卒で就いたのは、ある中堅企業の契約社員のポジションだった。「3年頑張れば正社員に登用する」と言われていた。

「最初の半年は希望に満ちていた。新卒研修も受けさせてもらえたし、正社員と同じように仕事をしていた。給料は正社員の8割くらいだったけど、3年後を信じていたから、苦じゃなかった」

3年が経過した。話は何もなかった。木下は上司に「正社員登用の件は、どうなっていますか」と尋ねた。「いまは会社の業績が厳しくて、登用は難しい。もう少し待ってくれ」という答えだった。

それから2年。木下は、何度か「もう辞めようか」と考えた。だが、辞めれば「契約社員5年で離職」という職歴になる。次の正社員ポジションが、簡単に見つかる保証はない。だから、待ち続けた。

5年経ったとき、別の契約社員が正社員に登用された。彼は木下より勤続が短く、社内政治に強い部署にいた。木下は、何かが折れる音を聞いた。

「あの瞬間、自分が騙されていたんだと気づいた。最初から、私を正社員にする気はなかったんだ。『あと少しで正社員』という餌を見せて、私を低賃金で働かせていただけだったんだ」

木下はその会社を辞めた。29歳だった。次の会社では正社員になれたが、年収は契約社員時代より少し上がっただけ。同世代の他の正社員と比べれば、すでに数年分、賃金カーブの下にいた。

「あの5年があったから、いまの私は、同年代の他の正社員より年収が低い。退職金の見込みも少ない。あの5年で得たものは、何もなかった。失ったものだけが、はっきりしている」

木下の話は、契約社員という「正社員になれる希望」を見せられ続けた人の、典型的なパターンだ。希望そのものが、人を縛る。希望があるから動けない。動けないまま、時間だけが過ぎる。

9-3. 美咲の場合──「派遣6年、その後10年」

美咲(仮名・47歳・女性)。2001年3月卒。地方の私立大学の文学部を卒業した。

「新卒で就職できなかった。卒業の時点で内定ゼロ。何十社受けたか、覚えていない。卒業式の後、実家に戻って、地元のスーパーでバイトを始めた」

半年後、彼女は東京の派遣会社に登録した。「事務職をやってみたかった。スキルアップしたかった。派遣なら、いろいろな会社で経験を積めると、派遣会社の営業に言われた」

最初の派遣先は、外資系IT企業の事務サポート。1年契約。電話応対と書類整理と簡単な英語の翻訳。「楽しかった。仕事ができることが嬉しかった」

1年で契約満了。次は、別の派遣先で経理アシスタント。1年半。次は、医療機器メーカーの営業事務。2年。その間、彼女は何度か「正社員に転換しませんか」と派遣先から打診を受けた。だが、いざ転換の条件を聞いてみると、給料は派遣時代より下がる。「正社員になれば安定する、と思っていたけど、実際の正社員の給料は、私の派遣時給より低かった。残業代も込みで考えると、派遣のほうがマシだった」

そうこうしているうちに、彼女は20代後半になっていた。30歳の節目で、「このままではいけない」と思って、本格的に正社員転換を目指した。だが、年齢的にもう「未経験OK」の求人は減っていた。事務系の正社員求人は競争が激しく、「派遣6年、正社員経験ゼロ」という職歴は、敬遠された。

「面接で『なぜ最初に正社員にならなかったんですか』と何度も聞かれた。『派遣でいろいろな経験を積みたかったんです』と答えても、納得してもらえない。『なんでこの人、いまさら正社員になりたいんだろう』という目で見られた」

結局、美咲が正社員になれたのは、35歳のとき。地方の中小企業の経理だった。給料は、20代後半の派遣時代より少しだけ上。それから10年、彼女は同じ会社で経理を続けている。

「いま思うと、20代を派遣で過ごしたことを、後悔しているかと言われると、半分そうで、半分そうじゃない。あの派遣の6年で、私は多くのことを学んだ。経理のスキルも、英語も、ビジネスマナーも、派遣時代に身につけた。それが今の仕事に役立っている。でも、社会の側から見れば、あの6年は『キャリアの空白』だった。私が学んだものは、何も評価されない」

美咲の話は、「派遣でも本人は学んでいた」「だが社会はそれをキャリアとして認めなかった」という、私たちの世代の典型的な経験を示している。

9-4. 健太の場合──「3社で計2年」

健太(仮名・48歳・男性)。1999年3月卒、つまり私と同じ卒業年だ。

彼は新卒で大手家電メーカーの営業に内定した。氷河期の中では「成功例」と言えた。だが、配属された部署が、典型的な「ブラック」だった。連日の深夜残業。ノルマ未達者への激しい叱責。同期の半分が、入社1年で辞めた。

健太も、9か月で退職した。心身ともに限界だった。「あのまま続けていたら、間違いなく病気になっていた」

退職後、半年休んでから、別の電機メーカーの営業に転職した。だが、ここも長くは続かなかった。「最初の会社の経験で、もう営業はやりたくないと思っていたのに、結局営業職にしか採ってもらえなかった。1年で限界が来た」

3社目は、IT関連の営業。ここで彼は、また9か月で離脱した。理由は、配属先の上司からのパワハラだった。

「3社で計2年。25歳のとき、自分のキャリアは終わったと思った。職歴書は『3社、それぞれ1年未満』という、最悪の見栄えだった。次の転職活動では、面接にすら呼ばれなかった」

健太はそれから3年間、無業の状態が続いた。実家に戻り、両親の援助で生活した。「親に申し訳なくて、毎日が苦しかった。でも、外に出る気力もなかった」

28歳で、ようやくハローワーク経由で、中小企業の事務職に就いた。職種は変えた。営業はもう懲り懲りだった。給料は新卒時代より大幅に下がった。だが、健太はそこで腰を落ち着けた。「あの会社が私を採ってくれなかったら、私は今でも実家でひきこもっていたと思う」

健太は現在もその中小企業で働いている。20年勤続。「いまの会社には感謝している。でも、20代の数年間の『3社で短期離職』という履歴は、ずっと自分の中の傷として残っている。あれがなかったら、もう少し違う人生だったかもしれない」

健太の話は、新卒で大手企業に入れた「氷河期の勝ち組」ですら、配属次第ですぐに脱落しうるという現実を示している。そして、いったん短期離職を重ねると、そこから立ち直るのに何年もかかる。

9-5. 私自身のこと──「派遣5年、その後の20年」

最後に、私自身のこと。

22歳で新卒入社した中小企業が、半年で経営難。10月に解雇通告。年明けからどうするか、考える余裕もないまま、卒業の翌春には派遣会社に登録した。

最初の派遣先は、損害保険会社の事務サポート。電話応対と書類入力。3か月契約。次は、メーカーの経理サポート。6か月契約。次は、システム開発会社の営業事務。1年弱。次は、外資系の人事部のアシスタント。2年弱。

5年で4つの派遣先。仕事は真面目にやった。文句も言わずに、与えられた仕事をこなした。だが、5年経っても、私は「派遣社員」のままだった。

転機が来たのは28歳のときだ。最後の派遣先(外資系の人事部)で、私の働きぶりを評価してくれた上司が、別の中小企業の知人を紹介してくれた。「うちの知り合いの会社が、正社員を募集している。あなたの経験なら、合うかもしれない」

面接を受けた。役員面接で、私の派遣時代の経験を、丁寧に聞いてくれた。「派遣のキャリアも、立派なキャリアだと思いますよ」と、その役員は言った。あの言葉は、いまも忘れない。私が派遣時代に積み上げたものが、初めて「キャリア」として認められた瞬間だった。

28歳で正社員になれた。それから20年。私は今もその会社にいる。年収はそれなりに上がった。だが、24歳から正社員だった同世代と比べれば、明らかに低い。退職金の見込みも少ない。年金は、22〜27歳の厚生年金未加入期間が痛い。

50歳の今、私はあの派遣の5年間を、どう評価しているか。

正直に言えば、複雑だ。「失われた時間」だったとは思う。同時に、「私を強くした時間」だったとも思う。3か月ごとの更新の恐怖、社会保険の重い負担、職場で「外部の人」として扱われる疎外感──そういうものを経験したから、いまの私がある。

ただ、「強くなれたから、あの5年は意味があった」とは、絶対に言いたくない。あれは、社会が私から奪った時間だ。私が個人的に「意味があった」と思おうと思うまいと、社会の側に、責任がある。

私の話は、こうして「キャリアの初期空白」の経験を、当事者の言葉で書き残すために、ここに記しておく。


第10章 「ヨーヨー」の中で歳をとっていく──30代・40代の現実

10-1. 30代:「あれ、自分どこにいるんだろう」

「キャリアの初期空白」を抱えた人々が、30代に入ると、新しい問題が浮上する。

20代までは、「いつかは挽回できる」「まだ間に合う」という希望があった。第二新卒の枠もあった。「年齢的にまだ若い」と扱われた。

ところが30歳を超えると、状況が変わる。求人広告から「未経験OK」の文字が減る。「○○の実務経験○年以上」という条件が増える。30代前半までは、まだ何とかなる。30代後半になると、急に厳しくなる。

そして、30代になると、同年代の「ずっと正社員だった人」たちが、結婚し、子どもを持ち、家を買い、明らかに「別の人生」を歩み始める。SNSや同窓会で、彼らの暮らしを目にする。「自分は、何をしてきたんだろう」「自分は、いまどこにいるんだろう」と、立ち止まる。

私自身、30代前半はその感覚との戦いだった。28歳で正社員になれた、その安堵が薄れたあと、「でも、本当はもっと違う人生があったんじゃないか」「私の20代は、何だったんだろう」という問いが、繰り返し襲ってきた。仕事には差し障りなかったが、心の奥に、消えない違和感があった。

10-2. 40代:「人生の収支」が見え始める

40代になると、別の段階が来る。「人生の収支」が、はっきり見え始める。

賃金、貯蓄、年金見込み額、住宅、家族構成。これら一つひとつの「数字」が、明確になっていく。そして、それを同年代の「ずっと正社員だった人」と比較すると、差が歴然としている。

第5章で書いた「教育される機会の差が賃金の差になる」という構造が、40代で最も露骨に表れる。同年代の人が、月収50万円、ボーナス込みで年収700万円超に達しているのに、自分は月収30万円、年収450万円。家を買おうにも、住宅ローンの審査が通らない。子どもを持とうにも、教育費を考えると躊躇する。

そして、初老の親の存在が、現実味を帯びてくる。親の介護をどうするか。親が亡くなった後、自分の生活基盤はどうなるか。実家に住んでいた人は、実家の処分や相続の問題が出てくる。

40代は、「初期空白」が、現在進行形の生活問題として、はっきり姿を現す時期だ。

10-3. 「正社員になっても安定しない」現実

ここで、第3章で紹介した「ヨーヨー型キャリア」が、再び重要になる。

40代で「ようやく正社員になれた」と思っても、その正社員職が、安定するとは限らない。

JILPT資料シリーズNo.272の堀氏らの分析では、就職氷河期世代のキャリアの困難は「正社員になっても、再び非正社員・無業・失業に戻ってしまう」点にある。中間管理職を任されたが対応しきれず退職した人。会社の倒産で職を失った人。心身を病んで離脱した人。介護のために働き方を変えざるを得なかった人。

40代でヨーヨーが下に振れると、立て直すのは20代の比ではない。年齢の壁が、より高くなっている。「45歳で職を失う」と、再就職の選択肢は極めて限られる。低賃金の非正規しかない、というケースが珍しくない。

そして、40代でヨーヨーが下に振れた人は、その後の老後設計が、ほぼ崩壊する。20年積み上げてきた厚生年金は確保できても、その後20年の積み上げができない。退職金の見込みも、当初の予定から大幅に減る。

第3章で引用した、Yahoo!ニュース(2026年4月、河合薫氏)の記事タイトル「氷河期世代『高齢貧困41万人』の衝撃」は、まさにこの問題を示している。氷河期世代の中で「高齢期に貧困に陥るリスクのある人」が41万人と推計されている。その多くが、「ヨーヨー型キャリア」を歩み、40代以降で再び落下した人々だと考えられる。

10-4. 40代の「孤立」という新しい問題

そして、40代になって、新しい問題が浮上する。「孤立」だ。

20代・30代の頃は、同じ境遇の友人が周りにいた。みんな就活で苦労していた。みんな派遣を経験していた。みんな結婚していなかった。集まれば「あるあるネタ」で笑えた。

40代になると、状況が変わる。同世代の多くが、結婚し、子育てに忙しくなる。集まる機会が減る。SNSでも、子どもの写真や家族旅行の投稿が増える。

そういう「家族を持つ同世代」と、「単身のまま40代を迎えた氷河期世代」のあいだに、生活実態としての断絶が生まれる。話が合わなくなる。

そして、職場でも孤立する。会社で「同世代の管理職」と仕事をする場面が増えるが、自分だけ実務担当のまま。彼らとの距離が、肩書きと年収の差として、はっきり存在する。

JILPTの2025年11月25日の議事録でも、堀有喜衣氏は氷河期世代について「孤独・孤立の状況に陥らないような支援も必要」と指摘している。氷河期世代の孤立は、いま政府も認識する深刻な課題になっている。

「初期空白」が、20年・30年の時間を経て、「中年期の孤立」という、また別の形で現れている。これも、初期空白がもたらした長期的な帰結だ。


第11章 「キャリアの空白」を読み替える──ヨーヨーは何を生んだか

11-1. 空白ではなく、「別のキャリア」だったとしたら

ここまで、「キャリアの初期空白」がもたらした不利益を、徹底的に書いてきた。

最後の章で、視点を変えてみたい。

もし、「キャリアの空白」と社会が呼んできたあの時間を、「空白」ではなく「別のキャリア」として読み替えるとしたら、何が見えてくるだろうか。

これは、自己責任論的に「あの時間にも意味があったのだから受け入れろ」という話ではない。社会の側が、私たちのあの時間を「空白」と呼ぶことの暴力を、もう一度問い直したい、ということだ。

11-2. 派遣社員が学んだもの

私自身、派遣社員時代に学んだものを、改めて挙げてみる。

  • 複数の業界・複数の会社の内側を見る経験
  • 「外部の人」として、組織を客観視する目
  • 短期間で新しい環境に適応するスキル
  • 与えられた仕事を効率的にこなす実務能力
  • 雇用の不安定さに対する精神的耐性
  • 自分の生活を自分で立てる金銭管理能力
  • 法律や社会保障制度の知識(国民健康保険、国民年金、雇用保険のルールなど)
  • 「ダメな会社」「ダメな上司」を見抜く目

これらは、立派なスキルセットだ。一つの会社の正社員として20代を過ごした人には、絶対に得られない経験だ。

ただ、社会の側が、これを「キャリア」として認めなかった。職務経歴書に書いても評価されなかった。だから、これらは私たちの「資産」にならなかった。私たちが密かに持っているだけの、市場では値段がつかない知恵になった。

11-3. 短期離職が教えてくれたこと

短期離職した人々も、その経験から何かを学んでいる。

ブラック企業を経験して、労働基準法の知識を独学で身につけた人がいる。 ハラスメント上司から逃れて、心身の健康を最優先する価値観を獲得した人がいる。 3社で短期離職を繰り返して、「自分に合う仕事/合わない仕事」を見極める目を養った人がいる。 何度も挫折して、「失敗から立ち直る」というレジリエンスを身につけた人がいる。

これらも、立派な経験値だ。ただ、社会の側が、これを「定着性のなさ」と一括りに評価して、価値を認めなかった。

11-4. 無業期間に何が起きていたか

完全な無業期間を経験した人ですら、その時間に何かを得ていた可能性がある。

ひきこもり経験のある人が、後にカウンセラーや支援者として活躍するケースを、いくつか知っている。自分が経験した苦しみが、同じ苦しみを抱える人を支える力になる。これは、無業期間がなければ得られなかった経験値だ。

無業期間に独学で何かを学んだ人もいる。プログラミング、語学、哲学、芸術。お金にならない学びだが、その人の人格を深めた学びだ。

家族の介護で長期離職した人もいる。その介護経験が、後の人生で他者をケアする力につながる。

これらすべてを「空白」と呼ぶことの、なんと冷たいことか。

11-5. それでも「読み替え」だけでは足りない

ここまで書いてきて、私自身、複雑な気持ちになる。

「キャリアの空白」を「別のキャリア」と読み替えることは、確かに大切だ。当事者自身が、自分の20代・30代を「失われた時間」ではなく「自分の人生」として引き受けるために、必要な作業だ。

だが、それだけでは足りない。

なぜなら、「読み替え」だけでは、賃金の差は消えないからだ。年金の差は消えないからだ。退職金の差は消えないからだ。「空白だ」と評価された時間は、現実の生活において、はっきりとした不利益として残り続けている。

私たちには「読み替え」と「補償」の両方が必要だ。

私たち自身が、自分のあの時間を肯定的に読み替える。それと同時に、社会の側に、「あの時間は空白ではなかった、私たちは確かにあの時間を生きていた、だからそれに対する社会的承認と、可能な範囲での補償を求める」と言い続ける。

この両輪が必要だ。どちらか一方ではなく、両方が。

11-6. 堀有喜衣氏の指摘──「実存への社会的承認」

JILPT資料シリーズNo.272(堀氏ら)が、社会政策学会誌『社会政策』第16巻第3号に掲載された堀氏の論文「就職氷河期世代の困難を振り返る」で、極めて重要な指摘をしている。

「現在の就職氷河期世代支援は、正社員ないしは就業を目指すという点で再分配にもっぱら焦点が当てられているが、同時に社会に居場所を見つけることが難しいという実存を否定するような体験への社会的な承認について、また若い世代に地続きの問題として伝えていくための方策について議論を重ねる」必要がある、と。

「実存を否定するような体験への社会的な承認」。

これは、まさに私が前項までで書いてきたことの、学術的な表現だ。氷河期世代が経験したのは、単なる「雇用機会の喪失」ではなかった。それは、自分の存在そのものが社会から否定されているという、深い実存的体験だった。「お前はこの社会に居場所がない」と、繰り返し告げられる体験だった。

その実存的体験への「社会的承認」が必要だ、と堀氏は言う。「あなたたちが経験したことは、確かに存在した。それは個人の失敗ではなかった。社会の構造の問題だった。社会は、あなたたちに、その時代に向き合わせて申し訳なかった」──そういう、社会的なレベルでの承認だ。

これは、再就職支援とも、賃金補償とも違う、もっと根本的な次元の話だ。「キャリアの空白」というレッテルを、社会の側が剥がす。「あれは空白ではなかった、あなたたちが必死に生きていた時間だった」と認める。それが、本当の意味での「氷河期世代支援」だと、私は思う。


第12章 次の世代への手紙──空白を生まないために

12-1. 私たちの経験を、誰かに引き渡したい

50歳になった。

このまま黙って消えていくこともできる。私たちの世代の「初期空白」がもたらした全てを、自分の人生だけで完結させることもできる。

だが、それでは何かが足りない。

私たちの経験を、次の世代に手渡したい。それも、「氷河期世代の苦労話」としてではなく、「次に新卒の春を迎える若者が、同じ苦しみを繰り返さないため」の知恵として、手渡したい。

12-2. AI時代に新卒となる若者へ

第10章までで触れたが、いま、AIによる「entry-level職の消滅」が懸念されている。新人が経験を積んで一人前になる、その「最初の一段」が消える可能性がある。これは、私たちの世代が経験した「初期空白」と、構造的によく似た問題を生み出すかもしれない。

もし、これからの若者が、新卒の春に「育てられない」経験をするなら、私たちが伝えたいことが、いくつかある。

第一に、それは個人の問題ではない、構造の問題だということ。「自分の能力が低いから」「自分の努力が足りないから」と思い込まないでほしい。あなたが直面している困難は、社会の側の問題だ。

第二に、「空白」と社会が呼ぶ時間にも、必ず意味があるということ。あなたが必死に生きている時間を、社会が「キャリアにならない」と評価したとしても、それはあなたの生がないがしろにされる理由にはならない。あなた自身の中に、その時間の意味を見つけてほしい。

第三に、早めに動いてほしいということ。私たちは、自分の状況が「構造の問題だ」と気づくまでに、長い時間がかかった。気づいたときには、すでに40代になっていた。あなたには、もっと早く、「これは社会の側の問題だ」と気づいてほしい。気づいて、声を上げてほしい。

第四に、孤立しないでほしいということ。一人で部屋にこもって、「自分のせいだ」と思い込まないでほしい。同じ境遇の人がいる。支援団体がある。専門家がいる。一人で抱え込まずに、つながってほしい。

第五に、「自己責任」という言葉に抵抗してほしいということ。この言葉は、社会の構造的問題を、個人の問題にすり替える、暴力的なレトリックだ。あなたが直面している困難に対して「自己責任だ」と言われたら、はっきり「違う」と言ってほしい。

12-3. 政策の決定者へ

そして、政策を決める人々に対しても、伝えたいことがある。

第一に、「正社員化」だけがゴールではないということ。氷河期世代の支援も、その後の世代の支援も、「とにかく正社員にすればいい」という発想を超えてほしい。第3章のヨーヨー型キャリアが示すように、正社員になっても落下しうる。継続支援、定着支援が必要だ。

第二に、「キャリアの空白」を社会が認める仕組みを作ってほしいということ。職歴書のフォーマット、採用選考の基準、職業訓練の対象範囲。あらゆる場面で、「正社員のキャリア」だけがキャリアではない、という考え方を、社会の制度に組み込んでほしい。

第三に、「最初の5年」の重要性を制度的に保障してほしいということ。新卒一括採用がいまだに主流である以上、その入り口で外れた人に対する、公的なOJT機会(職業訓練と実務経験のセット)が、もっと充実されるべきだ。

第四に、「補償」という発想を持ってほしいということ。これからの就労支援だけでは、氷河期世代が失った時間は埋まらない。年金加算、奨学金返済免除、住宅支援──過去に対する補償としての制度設計が、必要だ。

第五に、この問題を「世代論」で閉じないでほしいということ。氷河期世代の問題は、日本社会の構造的問題だ。次の世代にも、その次の世代にも、同じ問題は繰り返されうる。世代を超えた、構造的な解決を目指してほしい。

12-4. 同世代の仲間へ

最後に、同じ世代を生きてきた仲間たちへ。

私たちは、確かに「初期空白」を抱えてきた。賃金の差、年金の差、退職金の差。それは、いまも残っている。これからも、消えないだろう。

でも、それでも、私たちは生きてきた。20代の派遣時代、30代のヨーヨー型キャリア、40代の中年危機──そのすべての時間を、私たちは生き抜いてきた。

私たちが学んだもの、感じたもの、考えたこと。それらは、社会のものさしでは「キャリア」と呼ばれなかったかもしれない。でも、それは私たちの「人生」だった。

50歳になった私は、もう「キャリア」という言葉に縛られないことにしている。私の20代の派遣時代は、私の人生だった。30代の正社員転換は、私の人生だった。40代の苦闘は、私の人生だった。50代のこれからも、私の人生だ。

それを「空白」と呼ばせない。それを「失敗」と呼ばせない。それは、社会の側のものさしであって、私自身のものさしではない。

同世代のあなたへ。あなたの人生も、あなた自身のものだ。社会が何と呼ぼうと、あなたが生きてきたその時間は、確かに存在した。その存在を、まず自分自身が肯定してほしい。そして、もし可能なら、社会に向かって「私の生きた時間を、軽んじるな」と言ってほしい。

それが、入り口で扉を閉ざされた最初の世代である私たちが、自分自身に対して、そして次の世代に対して、できる最後の仕事だと、私は思う。


おわりに

「キャリアの初期空白」という言葉について、12章にわたって書いてきた。

書きながら、何度も自分の20代・30代を思い返した。派遣会社の登録会、契約満了の電話、職務経歴書の「説明できない数年間」、面接での「ブランクは何をしていましたか」という質問、サイレントお祈り、紹介してくれた上司の言葉、28歳で正社員になれたあの日──。

それらすべてが、社会のものさしでは「空白」だった。でも、私にとっては、確かに生きた時間だった。

50歳になった。これから何年生きるかわからない。健康なうちに、書けることを書いておきたい。私の世代が経験したこと、私たちが何を奪われ、何を作り、何を伝えたいのか。

「キャリアの初期空白」は、確かに私たちから多くを奪った。賃金、年金、住宅、家族、自信。挙げ始めればきりがない。それらの損失は、もう取り戻せない。

でも、それでも、私たちは生きてきた。

そして、私たちが生きてきたという事実を、次の世代に伝えることはできる。「あなたたちと同じ社会に、こういう経験をした人々がいた」「彼らは確かに苦しんだが、それでも生きていた」「あなたが直面する困難も、個人の問題ではなく、社会の問題かもしれない」「だから、孤立しないで、声を上げてほしい」と。

これが、私が「キャリアの初期空白」について書く意味だ。過去の傷を撫でるためではない。未来の若者が、同じ穴に落ちないために。落ちたとしても、より早く脱出できるように。落ちた経験を、より早く社会に共有できるように。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。10万字を超える長い文章でした。同世代の方には、頷きながら読んでいただけたなら嬉しい。違う世代の方には、私たちの「初期空白」が何だったのか、少しでも伝わったなら、これ以上のことはありません。

私たちのキャリアの初期は、空白だったのではない。社会がそれを「空白」と呼んだだけだ。私たちの人生は、私たち自身のものだ。そのことを、私はこれからも、書き続けたいと思う。


参考資料一覧

政府・公的機関の資料

  1. 内閣官房「就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム(第7回) 議事録」(2025年11月25日) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shushoku_hyogaki_shien/suishin_platform/dai7/gijiroku.pdf
  2. 内閣府『日本経済2019-2020』第2章第2節「働き方の変化と就業機会」 https://www5.cao.go.jp/keizai3/2019/0207nk/n19_2_2.html
  3. 厚生労働省『平成21年版 厚生労働白書』第1部第2章「様々な場面における、個人の自立と社会の安定に向けた取組み」 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/09/dl/01-02-01.pdf
  4. 厚生労働省「就職氷河期世代の方々への支援について」 https://www.mhlw.go.jp/shushoku_hyogaki_shien/about/
  5. 厚生労働省「雇用管理調査」(2004年)──フリーター経験の企業評価に関するデータ
  6. 内閣府「平成16年度 青少年の社会的自立に関する意識調査」
  7. 総務省「就業構造基本調査」(各年版)
  8. 総務省「労働力調査」(各年版)──若年無業者数等

労働政策研究・研修機構(JILPT)関連資料

  1. 労働政策研究・研修機構 資料シリーズNo.272「就職氷河期世代のキャリアと意識──困難を抱える20人のインタビュー調査から」(2024年) https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2024/272.html 執筆者: 堀有喜衣、田上皓大、小杉礼子、金崎幸子、渡邊木綿子、荻野登、松上隆明
  2. 労働政策研究・研修機構 資料シリーズNo.296「若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状④──令和4年版『就業構造基本調査』より」(2025年) https://www.jil.go.jp/institute/siryo/2025/296.html 執筆者: 堀有喜衣、小杉礼子、田上皓大
  3. JILPTリサーチアイ第89回「就職氷河期世代(ミドル世代)の働き方と支援ニーズ──ハローワーク・サポステ利用者に対するインタビュー調査の知見から」(堀有喜衣、2025年10月10日) https://www.jil.go.jp/researcheye/bn/089_251010.html
  4. 労働政策研究・研修機構 資料シリーズNo.126『壮年期の非正規労働──個人ヒアリング調査から』(2013年)
  5. 労働政策研究・研修機構 資料シリーズNo.217『若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状③──平成29年版「就業構造基本調査」より』(2019年)

研究論文・専門記事

  1. 堀有喜衣「就職氷河期世代の困難を振り返る──20名のインタビュー調査から考える」社会政策学会誌『社会政策』第16巻第3号 https://www.jstage.jst.go.jp/article/spls/16/3/16_33/_pdf/-char/ja
  2. 堀有喜衣「学歴と職業キャリア 就職氷河期世代のその後」アルカディア学報(私学高等教育研究所/日本私立大学協会) https://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/397.html
  3. 田上皓大「インタビュー対象者のライフラインの定量的分析」(JILPT資料シリーズNo.272 第7章、2023年)
  4. Walther, Andreas and Barbara Stauber, et al. eds.── EUにおける「ヨーヨー型」トランジションに関する先行研究(堀氏らがJILPT資料シリーズNo.272で引用)
  5. 横浜市政策局男女共同参画推進課『令和2年度 横浜市 就職氷河期世代シングル女性の就労支援に向けた調査及び事業開発報告書』(2021年)

報道記事・ウェブ媒体

  1. 日本経済新聞「氷河期世代のキャリア、不安定な『ヨーヨー型』多く 堀有喜衣氏」(2025年6月4日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD229DU0S5A520C2000000/
  2. nippon.com「高度成長から『就職氷河期』、そして人手不足の時代… 日本の若者の学校から職業への移行はどう変化したのか」(2026年1月28日) https://www.nippon.com/ja/in-depth/d01185/
  3. Yahoo!ニュース(エキスパート/河合薫氏)「氷河期世代『高齢貧困41万人』の衝撃: 税負担増、年金崩壊、政府支援策が『絆創膏』に過ぎない理由とは」(2026年4月13日) https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3be40d65bb056e4bfe7041491f18c98bbd729e98
  4. note「就職氷河期世代のキャリアは『ヨーヨー型』!?」(佐渡治彦、2025年6月) https://note.com/haru07060715/n/n37023af11bc9
  5. マイナビキャリアリサーチLab「就職氷河期世代とは? 現在の年齢と当時の労働市場、現在の支援制度について」(2026年1月) https://career-research.mynavi.jp/report/20210615_10633/
  6. リカレント「就職氷河期世代とは? いまさら聞けない意味と原因を解説」(2025年6月18日) https://www.recurrent.co.jp/career/employment-iceage-generation/
  7. BIZUP「就職氷河期とはいつ?原因や影響、支援策までわかりやすく解説」(2025年9月5日) https://training.ejinzai.jp/reskilling/period-of-japanese-employment-ice-age/
  8. CROSS Marketing「就職氷河期世代の年齢とは?世代の特徴や背景、現状を解説」(2025年5月2日) https://www.cross-m.co.jp/column/marketing/mkc20250502
  9. ヒトノトリカタ(TRMS)「就職氷河期世代の特徴と採用ポイント」 https://trms.jp/midcareer/planning-mid/739/
  10. マイナビ転職「ブランク(空白・離職期間)がある、正社員経験が少ない方向けの面接質問と回答例」 https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/mensetsu/qa06/
  11. 日経クロステック(xTECH)「職歴に長期ブランクありでも採用される人と採用されない人、3つの分かれ目」(2022年11月28日) https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01985/112200009/
  12. note「経歴のブランクは不利か?面接官が明かす実際のところ」(成瀬岳、2025年8月12日) https://note.com/narusegaku_hr/n/nddda6901680d
  13. MS-Japan「中途採用の採用基準とは?評価方法や作り方」 https://www.jmsc.co.jp/corporate/recruit/100/
  14. 学情「中途採用を成功させるポイントをケーススタディで解説」(2025年12月14日) https://service.gakujo.ne.jp/jinji-library/saiyo/00050/

事典・データベース

  1. Wikipedia「就職氷河期」 https://ja.wikipedia.org/wiki/就職氷河期
  2. Wikipedia「新卒一括採用」 https://ja.wikipedia.org/wiki/新卒一括採用

注記事項

本記事の数字・事実については、可能な限り一次資料(政府統計、研究論文、JILPT等の公的研究機関による調査報告)にあたって確認した。ただし、データの一部は二次資料(報道、ウェブ媒体による解説)を経由している。とりわけ、本記事の核心となる「ヨーヨー型キャリア」という概念は、労働政策研究・研修機構の堀有喜衣氏らの一連の研究に依拠している。読者が本記事を読んだうえで、より詳しく当事者の実態を知りたい場合は、JILPT資料シリーズNo.272および同No.296を直接参照されることをお勧めする。

本記事は2026年5月時点で入手可能な情報をもとに執筆した。当事者の証言として記載した内容は、本人の承諾を得たうえで、プライバシー保護のために仮名とし、特定可能な細部を加工している。

10万字を超える長文に、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


(おわり)

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