上の世代に「俺たちの若い頃は」と言われた時の感情

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その前置きが始まると

「俺たちの若い頃はさ」。

この一言が飲み会の席で聞こえてくると、心の中で小さなため息が漏れる。声に出すことはない。出したら角が立つ。だから表情は笑顔のまま、内心では「はいはい、また始まった」とつぶやいている。

この前置きに続く話は、だいたい予想がつく。毎日終電まで働いた。上司に怒鳴られた。土日も出勤した。飲み会は全部参加が義務だった。パソコンなんてなかった。携帯電話もなかった。そういう時代を生き抜いてきた、という自慢話。最後は「だからお前たちも頑張れ」か「今の若いやつは恵まれてる」で締めくくられる。

会社員として20年以上働いてきて、この「俺たちの若い頃は」話を、一体何百回聞いただろう。一人のバブル世代の先輩から繰り返し聞き、新しい派遣先に行くたびに別の先輩からも聞き、親戚の集まりでも叔父から聞いた。語る人の個人差はあっても、内容は驚くほど似通っている。まるで「定型文」があるかのように。

最初の数回は、素直に聞いていた。「そうだったんですね、大変でしたね」と相槌を打っていた。だが繰り返し聞かされるうちに、相槌のバリエーションが尽きてきた。そして相槌を打つことの消耗に気づいた。自分のエネルギーを使って、他人の昔話を承認している。この構造に気づいてから、聞くのが少しずつつらくなった。

最初の感情、疑問

「俺たちの若い頃は」を聞いたときに最初に湧く感情は、疑問だ。

「本当にそうですか?」。

バブル世代の先輩が語る「大変さ」の内容を、冷静に分析してみる。長時間労働、パワハラ、強制的な飲み会、アナログ時代の非効率さ。なるほど、確かに大変だ。それは否定しない。

だが、その「大変さ」と引き換えに、彼らは何を得ていたか。

安定した雇用。就職は引く手あまた。面接に行けばほぼ内定。企業は新入社員を「資産」として大切に育てた。

高い給料。バブル期の初任給は、氷河期世代の初任給と比べても遜色ない、あるいは物価を考慮すればむしろ高かった。ボーナスは月給の数ヶ月分が当たり前。退職金もたっぷり。

昇進の約束。年功序列で、時間とともに役職が上がる。30代で管理職、40代で部長。キャリアのロードマップが見えていた。

手厚い福利厚生。社宅、保養所、家族手当、住宅手当。会社が社員の生活を丸抱えで面倒見ていた。

つまり、彼らは「大変だったが、大変さに見合うリターンを得ていた」のだ。長時間労働の対価は、雇用の安定と将来の保証だった。この対価があったからこそ、彼らは大変さに耐えられた。

氷河期世代の「大変さ」は、対価がなかった。100社受けても内定が出ない。派遣で働いても昇給がない。ボーナスもない。退職金もない。将来の保証もない。大変さに対するリターンが、ゼロに近い。

同じ「大変」という言葉でも、意味がまったく違う。リターンのある大変さと、ないままの大変さ。これを同列に並べて「俺たちも大変だった、だからお前たちも頑張れ」と言われても、話が噛み合わない。

二つ目の感情、怒り

疑問のあとに来るのが、怒りだ。

「なぜそれを、私に言うのか?」。

「俺たちの若い頃は」の背後には、「だからお前の苦労は甘い」という含意がある。自分たちのほうが苦労してきた、だから今の若い世代は甘い、という評価。この評価を、なぜ私が受けなければならないのか。

そもそも「苦労の多さ」は比較して優劣をつけるものなのか。人の苦労には種類がある。その種類を無視して「量」だけで比べるのは、乱暴だ。風邪と骨折を比べて「俺は骨折したから、お前の風邪なんて甘い」と言うようなもの。痛みの種類が違う。比べる土俵ではない。

しかも、その比較において「俺たちが勝っている」という結論を、先輩のほうが勝手に決めている。私は比較を望んでいない。望んでいない比較で負けを言い渡されている。この一方的な裁定が、腹立たしい。

さらに、「だからお前たちも頑張れ」の部分も問題だ。彼らの時代に通用した「頑張り方」が、今の時代にも通用するとは限らない。長時間労働で成果を出せた時代と、労働時間が規制される今の時代は違う。先輩の「頑張り方」のアドバイスは、時代錯誤なことが多い。時代錯誤のアドバイスを押し付けられる側は、困惑する。

怒りは、しかし、表に出さない。出せば「生意気だ」と言われ、評価が下がる。評価が下がれば契約更新に響く。非正規の立場では、怒りを表に出すことはほぼ不可能だ。だから内心にとどめる。内心で「それは違うだろ」と思いながら、表では「なるほど、勉強になります」と言う。この演技が、長期的に心を蝕む。

三つ目の感情、諦め

怒りのあとに来るのが、諦めだ。

「どうせ伝わらない」。

「俺たちの若い頃は」と語る先輩に、「それは時代が違うから比較できません」と反論したら、どうなるか。ほぼ確実に、「いや、そうじゃない、根本は同じなんだ」と返される。そして「最近の若いやつは言い訳ばかりだ」という結論に引き寄せられる。

反論は通じない。反論は、相手に「理解しよう」という意志がある場合にのみ機能する。「俺たちの若い頃は」と語る人の大半は、理解しようとしていない。自分の時代の価値観を、若い世代に押し付けたいだけだ。押し付けに対して反論しても、押し返されるだけ。

だから諦める。反論しない。「そうですね」と聞き流す。聞き流して、話題を変える。これが最も摩擦の少ない対応だ。

諦めは、敗北ではない。エネルギーの節約だ。有限のエネルギーを、勝てない戦いに投入しない。勝てる戦いのために温存する。これは中年が身につけた、サバイバル技術のひとつだ。

若い頃の私なら、怒りを表に出して反論していたかもしれない。「時代が違う、比較にならない、その根拠は」と。だが今の私は、そういうエネルギーを使わない。使っても消耗するだけで、何も変わらないから。

諦めは、ある種の成熟でもある。世の中には変えられないものがある、と認めること。先輩の価値観は変えられない。変えられないものに抗うのは無駄だ。抗わずにやり過ごすほうが、賢い。

四つ目の感情、疲労

そして最後に、疲労が残る。

「俺たちの若い頃は」を聞き終わったあと、私は疲れている。

疲れる理由はいくつかある。

ひとつは、演技の疲労。内心で反論しながら、外面では同意する。この二重作業は、エネルギーを消費する。30分の昔話を聞いているだけで、深い会議に参加したのと同じくらい疲れる。

ひとつは、時間の浪費感。その30分、1時間を、他のことに使えたのに、先輩の昔話を聞くことに使ってしまった。自分の時間が削られた。削られた時間は戻らない。

ひとつは、自己肯定感の低下。先輩の話を聞いていると、「今の自分はダメだ」と言われ続けているような感覚になる。直接「お前はダメだ」と言われてはいないが、構造的にそう聞こえる。聞き続けると、自己肯定感が削られる。

ひとつは、未来への諦め。先輩の話は「あの頃は良かった」という懐古と、「今はダメだ」という現状批判のセットだ。このセットを聞き続けると、「未来も良くならないのだろう」という諦めが染みついてくる。過去は良かった、現在はダメ、未来はもっとダメ。この下降線の物語を、繰り返し聞かされる。

これらの疲労が、積もり積もって、私の中に溜まっている。先輩には悪意がない。善意すらあるかもしれない。「若い世代に自分の経験を伝えたい」という、ある種の親切心。だが親切が親切として機能するためには、相手がそれを必要としている必要がある。私は必要としていない。必要としていないものを押し付けられるのは、親切ではなく、負担だ。

バブル世代への、実は感謝

ここまで批判的に書いてきたが、少し別の角度から書いてみたい。

バブル世代のすべてが「俺たちの若い頃は」を言うわけではない。一部の先輩は、自分の時代と今の時代の違いを理解していて、氷河期世代の苦労を尊重してくれる。そういう先輩には、心から感謝している。

ある先輩は、私が派遣で働いているのを知って、「時代が違うからな、大変だろ」と言ってくれた。「俺たちはラッキーだっただけだ、偉そうなことは言えないよ」と。その一言で、救われた気がした。「俺たちの若い頃は」ではなく、「君たちの若い頃は大変だな」と言ってくれる先輩。こういう人が、上の世代にはいる。少数派かもしれないが、いる。

別のある先輩は、会社のシステムを改善して、非正規の待遇を少しでも良くしようと動いてくれた。「君たちの世代は不遇だから、せめてこの会社の中では」と。政治的な力はないかもしれないが、できる範囲で行動してくれる先輩。ありがたい。

「俺たちの若い頃は」と語る先輩は、一定数いる。だが全員ではない。個別に見れば、時代を理解してくれる人もいる。世代で一括りに批判するのは、フェアではない。

私が批判しているのは、「俺たちの若い頃は」の定型文を無自覚に繰り返す人であり、バブル世代そのものではない。この区別は、自分の中で意識しておきたい。世代で一括りにする乱暴さは、私たち氷河期世代が最も嫌ってきたはずのものだ。それを自分がやっては、同じ穴の狢になる。

受け流しの技術

「俺たちの若い頃は」にどう対応するか。受け流しの技術を、少しまとめておく。

技術1、相槌のバリエーション。「そうだったんですね」「大変でしたね」「勉強になります」。3パターンくらい用意しておく。機械的に繰り返すと、不自然。シャッフルすると、自然に見える。

技術2、聞いているフリ。視線は相手の顔、表情は興味深そう、だが頭の中では別のことを考えている。夕飯のメニュー、週末の予定、今日の仕事のタスク。頭を空にせず、別の用途に使う。そうすることで、話の内容でダメージを受けずに済む。

技術3、話題の転換。適切なタイミングで話題を変える。「そういえば、最近のニュースで」「ところで、今日の仕事の件ですが」。自然な転換を心がける。強引だと角が立つ。

技術4、物理的な退避。どうしてもつらいときは、トイレに行く。席を立つ。空気を吸いに行く。数分間でも離れると、リセットできる。

技術5、時間の計算。この話は、いつ終わるか。だいたいのパターンから予測する。「たぶんあと10分」と見積もれると、その10分を耐えやすくなる。終わりが見えない苦痛は、耐えるのが難しい。終わりが見える苦痛は、耐えられる。

これらの技術は、消耗を最小化するためのものだ。言い換えれば、戦わずに勝つ技術。戦ったら負けるとわかっている戦いで、戦わない選択肢を取る。これが中年の知恵だ。

いつか自分が言う側になるのか

怖いのは、いつか自分が「俺たちの若い頃は」を言う側になることだ。

年を取れば、自分より若い世代が現れる。その世代に対して、つい自分の経験を語りたくなる気持ちは、理解できる。自分が苦労して得た知見を、若い世代に伝えたい。それは親切心だ。

だが、その親切心が「俺たちの若い頃は」として発現すると、押し付けになる。時代の違いを無視して、自分の経験を普遍化してしまう。若い世代にとっては、迷惑でしかない。

私がいつか、後輩に「俺たちの氷河期世代は」と語り始める日が来るかもしれない。100社落ちた話。非正規で20年食いつないだ話。自己責任論を浴びた話。これらを、後輩に向かって、懐かしむように語る日。

もしその日が来たら、自分で自分を止めたい。「俺たちの氷河期世代は」は、「俺たちの若い頃は」と同じ構造だ。過去の苦労を、現在の若者に押し付ける。私が批判してきた先輩たちと、同じことをやってしまう。

だから、意識しておきたい。若い世代に自分の経験を語るときは、「時代が違うから参考にならないかもしれないが」という前置きをつけること。自分の経験を普遍的な真理として語らないこと。聞き手の反応を見ながら、押し付けにならないよう調整すること。

「俺たちの若い頃は」を言われてきた経験を、言う側にならない訓練にする。これは、世代を超えたバトンの渡し方だ。バトンを渡すとき、前の走者と同じ渡し方をするのではなく、次の走者が走りやすいように渡す。その工夫ができるかどうかが、中年から老年への、ひそかな試練だ。

結局、世代の断絶

「俺たちの若い頃は」の根底には、世代間の断絶がある。

バブル世代と氷河期世代は、経済構造も、雇用慣行も、生活感覚も違う。違うのに、同じ言葉で語り合おうとする。言葉は共通でも、指している現実が違う。「仕事」「結婚」「将来」「安定」。どの言葉も、世代によって意味がズレている。ズレたまま会話すると、噛み合わない。

噛み合わないまま、上の世代は下の世代に語る。下の世代は、わかったフリをする。わかったフリの中で、お互いの真意は伝わらない。伝わらないまま、時間が過ぎる。

この断絶を埋めるのは難しい。言葉は同じでも、背景が違うから。背景を共有しない限り、言葉だけでは通じない。そして背景を共有するには、長い時間と、お互いの理解への意欲が必要だ。

現実的には、断絶のまま共存するしかないのかもしれない。完全に理解し合うのは諦めて、適度な距離を保ちながら付き合う。表面的な会話はする。だが深いところでは、お互い別の世界にいる、と認識する。

「俺たちの若い頃は」と言われたとき、私は静かに思う。「あなたの若い頃は、私の若い頃ではない。だから比較はしません。でも、あなたの時代の話は、物語として興味深く聞いています」。この距離感で聞けば、ダメージは最小化できる。共感はしなくていい。ただ、他人の物語として聞く。

この距離感を取れるようになったのは、最近だ。若い頃はもっと素直に傷ついていた。傷ついて、怒って、反論して、消耗した。今は距離を取る。距離を取ることで、エネルギーを節約する。節約したエネルギーは、自分の生活のために使う。

「俺たちの若い頃は」は、これからも何度も聞くだろう。聞くたびに、私は静かに距離を取る。距離を取ったまま、うなずく。うなずきながら、内心では別のことを考える。この技術で、残りの人生を渡っていく。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。「俺たちの若い頃は」に複雑な感情を持ったことがある人は、きっと少なくないはずです。

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