はじめに——「昔はよかった」と言える人は幸福だ
「昔はよかったなぁ」。居酒屋で中年の男性が言う。「バブルの頃は接待で毎晩銀座に行ってた」。「昔は残業代がちゃんと出た」。「昔は年功序列で給料が毎年上がった」。——「昔はよかった」。この言葉が言えるのは——「良い昔があった人」だけだ。「良い昔がなかった人間」は——「昔はよかった」と言えない。「昔も今も良くない」。「良くない昔」と「良くない今」の間を——「ただ歩いている」。「いつが良かったか」と聞かれたら——「もやし炒めのカレー粉味を初めて成功させた日」くらいしか思いつかない。「人生のベストモーメント=もやし炒めの新バリエーション成功日」。——「愚痴としか言いようがない」。
第1章 「昔」を年代ごとに振り返る——良かった時期が見つからない
幼少期(1981〜1993年)。「バブル景気の恩恵を受けた?」。——「受けていない」。「親は普通のサラリーマン。バブルの恩恵は一部の人だけのものだった」。「幼少期の記憶=普通。特に良くも悪くもない」。学生時代(1993〜2001年)。「大学は楽しかった?」。——「楽しかった部分もあった。だが就活の影が3年生から忍び寄ってきた」。「大学3〜4年の記憶=就活の恐怖。楽しさよりも不安が勝った」。
社会人初期(2001〜2010年)。「100社不採用→派遣社員→パニック障害」。「良かった時期?——ない」。「生き延びることに精一杯の10年間」。社会人中期(2010〜2020年)。「派遣社員のまま→手取り15〜16万円→もやし炒めの開発が進む」。「もやし炒めが美味くなった時期=唯一のポジティブな変化」。「だが生活水準は変わらず」。社会人後期・現在(2020〜2026年)。「コロナ禍→派遣切り→復帰→物価高騰→手取り16万円の実質的な価値低下」。「良くなった?——なっていない。むしろ悪化している(物価上昇分)」。
「45年間を振り返って——『あの頃は良かった』と言える時期がない」。「ベストは——もやし炒めが100バリエーションに到達した2020年頃」。「もやし炒めの到達が人生のベスト=他にベストがないことの裏返し」。「もやし炒めのベストが人生のベストであること自体が——愚痴の対象」。
第2章 「昔はよかった」と言える世代への嫉妬
バブル世代(上の世代参照)。「昔はよかった」が言える。「バブル期の高給→海外旅行→高級車→銀座の接待」。「良い昔がある=人生に『黄金期』がある=黄金期の記憶で今を耐えられる」。「黄金期の記憶=精神的な貯金」。「精神的な貯金がある人」と「ない人」の差。「ある人=辛い今を『昔はよかった』で中和できる」。「ない人=辛い今を中和する記憶がない=辛いまま」。
「嫉妬する」。正直に。「『昔はよかった』と言える人が羨ましい」。「自分には——その贅沢がない」。「もやし炒めの醤油味だけで25年間生きてきた男」には——「フランス料理の記憶がない」。「フランス料理の記憶がある人」は——「もやし炒めを食べていても『昔のフランス料理は美味かったなぁ』と言える」。「自分は——『昔のもやし炒めは……やっぱりもやし炒めだったなぁ』としか言えない」。「回想しても——もやし炒め」。
第3章 「昔はよかった」の代わりに言えること——「今がマシ」
「昔はよかった」が言えないなら——何が言えるか。「今がマシ」。「22歳の100社不採用の頃より——今のほうがマシ」。「パニック障害で電車に乗れなかった頃より——今のほうがマシ」。「もやし炒め1バリエーションしかなかった頃より——120バリエーションの今のほうがマシ」。「『良い』ではなく『マシ』」。「マシ=以前よりは改善されている」。「改善=成長」。「成長している=人生は停滞していない」。
「今がマシ」は——「弱い言葉」。「今が最高だ!」とは言えない。「今がマシだ」が精一杯。「マシ」の積み重ねが——「25年間の人生」。「毎年少しずつマシになっている」。「もやし炒めのバリエーションが毎年5〜10増えるように」。「マシの蓄積=成長の蓄積」。「成長の蓄積を『昔はよかった』の代わりにする」。「昔はよかった→言えない。だが今がマシ→言える」。「言えることがあるだけ——マシ」(これも「マシ」で締めてしまう。「マシ中毒」)。
第4章 「未来はよくなるか」——「昔がよくなかった」世代は未来に期待できるか
「昔がよかった世代」は——「未来に悲観的」な場合が多い。「昔は良かった→今は悪い→未来はもっと悪い」の下降トレンド。「下降トレンド=未来への悲観」。「昔がよくなかった世代(自分)」は——「未来にどう向き合うか」。パターンA(悲観):「昔も今も良くない→未来も良くないだろう」。パターンB(現状維持):「昔も今も同じくらい→未来も同じくらい」。パターンC(楽観):「昔より今がマシ→未来はもっとマシかもしれない」。
自分は——「パターンBとCの間」。「未来が劇的に良くなるとは思わない(楽観的すぎると裏切られたとき辛い)」。「だが——もやし炒めのバリエーションは増え続けるし、NISAは積み上がるし、散歩の習慣は体を維持してくれる」。「未来が今よりマシになる可能性=もやし炒めのバリエーションが増える可能性」。「可能性はゼロではない」。「ゼロではない=生きる理由になる」。
第5章 「黄金期を持たない世代」の生き方——「平坦な人生」の哲学
「黄金期がない人生」は——「平坦な人生」。「山がない。だが谷もない(パニック障害の時期は谷だったが)」。「平坦=退屈」に見えるが「平坦=安定」とも言える。「もやし炒めの味は——平坦」。「毎日ほぼ同じ味(バリエーションはあるが基本は醤油味)」。「平坦だが——安心する」。「安心=安定=平坦の価値」。
「山と谷がある人生(バブル世代)」vs「平坦な人生(氷河期世代)」。「山と谷=ジェットコースター。スリルがある。だが落ちるとき辛い」。「平坦=平地を歩く。スリルがない。だが転ばない」。「どちらが幸福か」。——「主観的には——平坦のほうが『総合的な苦痛が少ない』かもしれない」。「山を登った快感」を知らないから「山から落ちた苦痛」も知らない。「知らない苦痛=苦しまなかった苦痛」。「苦しまなかった分だけ——トータルの苦痛が少ない」(かもしれない)。——「自分を慰めているだけか」。「たぶんそう」。「でも——慰めないと生きていけない日がある」。
第6章 「いつか『あの頃はよかった』と言える日が来るか」
45歳の今を——「10年後に振り返ったとき」。「55歳の自分は——45歳の頃を『あの頃はよかった』と言うだろうか」。「可能性1:『45歳の頃は健康だった。55歳の今は体が辛い。あの頃はよかった』」。「可能性2:『45歳の頃はまだ一人だった。55歳の今はパートナーがいる。あの頃は大変だったけど今は幸せ』」。「可能性3:『45歳も55歳も変わらない。ずっとマシ。ずっと平坦』」。
「どの可能性でも——もやし炒めは作っている」。「55歳の自分も——もやし炒めを作っているだろう」。「もやし炒めを作っている限り——生きている」。「生きている限り——『マシ』の蓄積は続く」。「マシの蓄積が十分になったとき——はじめて『あの頃は——まあまあだったかな』と言えるかもしれない」。「よかった」ではなく「まあまあだった」。「それで十分」。「まあまあ」が——「手取り16万円の人生の最高評価」。
結論——「昔はよかった」は「もやし炒めの隠し味」——入れられない味もある
もやし炒めに「入れたいが入れられない調味料」がある。「トリュフオイル」。「あれば美味い(はず)。だが買えない」。「昔はよかった」も同じ。「言えたら心が楽になる(はず)。だが言える過去がない」。「入れられない調味料の代わりに——入れられる調味料(醤油・カレー粉・ポン酢)で美味くする」。「言えない言葉の代わりに——言える言葉(今がマシ・もやし炒めが美味い・NISAが増えた)で心を楽にする」。「ないものを嘆くより——あるもので勝負する」。もやし炒め的に。110円的に。「あるもので勝負する人生」を——25年間続けてきた。これからも——続ける。「昔はよかった」が言えなくても。「今がマシ」と言い続けながら。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

