友達がいつの間にかいなくなった話

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気づいたら、いなかった

ある日ふと気づいた。友達が、一人もいない。

喧嘩別れしたわけではない。裏切られたわけでもない。大きな出来事は何もなかった。ただ、気づいたときには、連絡を取り合う相手が一人もいなくなっていた。

これは、ドラマのような劇的な展開ではない。むしろ、その逆だ。平坦で、静かで、気づいたときにはもう終わっていた。川の水が少しずつ蒸発していくように、友達が一人、また一人と消えていって、最後に干上がった川底だけが残った。

45歳。スマートフォンのLINEを開く。トーク一覧を見る。最後にやり取りしたのが半年前、1年前、2年前、3年前の相手が並んでいる。最新のトーク相手は、宅配業者の自動応答か、通販サイトの通知。人間同士の会話は、そこに存在しない。

電話帳を見る。登録されている番号は200件近くある。が、この1年で実際に電話をかけた相手は、親と、病院の予約と、役所の問い合わせだけ。友達と呼べる相手に電話をかけた記憶は、思い出せない。

気づいたら、一人だった。

20年前は友達がいた

大学生の頃は、友達がいた。10人くらい。ゼミの仲間、サークルの仲間、バイト先の仲間。

卒業式のあと、みんなで打ち上げをした。「社会人になっても、変わらず付き合おうな」と口々に誓った。あの誓いは、本心だったと思う。少なくとも、その場では。

25歳。まだ全員と連絡が取れていた。誕生日にはLINEが飛んできた。年末には飲み会があった。5人、6人と集まって、近況を報告し合い、愚痴を言い合い、朝まで飲んだ。仕事の話。恋愛の話。将来の不安の話。笑い、怒り、励まし合った。

28歳あたりから、少し雲行きが変わった。同期の結婚ラッシュが始まった。結婚式の招待状が年に数通届いた。結婚式は楽しい。だが、ご祝儀3万円の出費は、派遣社員の私には痛かった。月収の2割。それでも、友達の門出だから、祝う。祝わないわけにはいかない。

結婚した友達は、自然と疎遠になる。飲み会を開いても、「家族と過ごすから」「子どもがまだ小さいから」と断られる。独身の友達だけで集まるようになった。

30代、連絡頻度が落ちていく

30歳。連絡を取り合う友達は6人くらいに減っていた。

6人のうち、独身は私を含めて2人。残り4人は結婚、出産、子育てのフェーズに入っていた。

LINEのグループチャットはまだあった。だが、書き込みの頻度は明らかに減っていた。月に1、2回、誰かが写真を投稿する。子どもの写真、旅行の写真、新居の写真。それに対して「かわいい!」「いいな!」というスタンプが返る。会話とは呼べない、簡易な反応の応酬。

私は写真を投稿しなかった。投稿するような写真がない。新居もない、子どももいない、旅行にも行かない。投稿できるのは、一人で食べたラーメンくらいだ。それは投稿する気にならなかった。

グループチャットに写真が流れてくるたびに、少し気が重くなった。友達の幸せを妬む気持ちはない。本当に、ない。ただ、自分の人生が彼らと同じ軌道を歩んでいないという事実が、毎回確認される感覚。その確認作業に疲れていった。

気が重くなるから、通知をオフにした。通知をオフにすると、グループを開く頻度が減った。開く頻度が減ると、投稿するタイミングを逃す。タイミングを逃すと、書き込めないまま数週間が経つ。数週間の沈黙のあと、何を書けばいいのかわからなくなる。

こうして、グループチャット内で私は透明人間になった。いるのかいないのかわからない存在。誰も私に話しかけない。私も誰にも話しかけない。メンバー一覧に名前は残っているが、実質的には抜けたのと同じ。

35歳、3人に減った

35歳。連絡を取り合う友達は3人に減った。

1人は、独身の男友達。彼も非正規で、私と似た境遇。年に2、3回、飲みに行っていた。共通の話題は「仕事の愚痴」と「お金の話」。愚痴を言い合っても何も解決しないが、同じ境遇の人間がいるというだけで、救われる部分はあった。

1人は、既婚の女友達。子どもはいない。夫婦共働きで、経済的には安定しているが、仕事のストレスで疲れている。たまにLINEで愚痴を聞く関係。直接会うのは年に1回あるかないか。

1人は、大学時代のゼミの友達。結婚して子どもが2人いる。年賀状のやり取りだけの関係。会うことはない。

これを「友達」と呼んでいいのかは微妙だ。連絡は取り合うが、本音を話すわけではない。お互いの近況を軽く確認して、「また」と別れる。その「また」は、半年後か1年後だ。

40歳、1人に減った

40歳。連絡を取り合う友達は1人になった。

独身の男友達が、地方に移住した。実家の介護のためだ。物理的な距離ができて、会う機会がなくなった。LINEのやり取りは続いたが、以前のような頻度ではない。月に1回あるかないか。そのうち、3ヶ月に1回になり、半年に1回になった。

既婚の女友達は、うつ病になった。連絡が途絶えた。LINEを送っても返事が来ない。心配して何度かメッセージを送ったが、返事はない。いつ治ったのか、今どうしているのか、わからないまま何年も経った。

年賀状の友達は、年賀状をやめた。「紙の年賀状は処分します」という旨の最後の年賀状が届いて、それきりになった。

残ったのは、半年に1回LINEで近況を送り合う友達、1人。その1人との関係も、いつ切れるかわからない。次のLINEの返信が来ない可能性は、十分にある。

45歳、ゼロになった

45歳。その最後の1人からも、LINEが来なくなった。

最後のやり取りは、私からの「元気?」というメッセージだった。既読はついた。だが返信は来なかった。

既読スルー。しばらく待った。1週間、1ヶ月、3ヶ月。返信は来ない。もう1回メッセージを送るべきか迷った。送らなかった。送って返事が来なかったら、完全に終わる気がしたから。曖昧に関係を残しておきたかった。

だが時間が経つにつれ、既読スルーのまま関係は自然消滅していった。曖昧に残したつもりが、結果的に切れた。切れたというより、フェードアウトだ。最後の挨拶も、関係の終わりを確認する儀式もなく、ただ消えた。

こうして、友達はゼロになった。

誰が悪いわけでもない

この話を誰かにすると、「悲しいね」と言われる。でも、悲しいというのとは少し違う。

怒りはない。誰が悪いわけでもないから。友達に裏切られたわけではない。友達が冷たくなったわけでもない。自分が避けたわけでもない。みんな、それぞれの人生を生きていただけだ。

人生のフェーズが分岐すると、友達関係を維持するコストが上がる。結婚した友達には家庭があり、子どもがいる友達には育児があり、介護中の友達には親がいる。彼らは自分の人生で精一杯だ。独身の私もそれは同じ。みんな、自分の持ち場を守るだけで精一杯。

その上、経済的な格差がある。飲み会の店選び、旅行の計画、プレゼントの予算。すべてにおいて、経済力の差が表に出る。差があると、誘う側も誘われる側も気を遣う。気を遣い続ける関係は、やがて疲弊する。

そしてライフスタイルの違い。子持ち家庭の会話と、独身の会話は噛み合わない。共通の話題が見つからない。昔の思い出話ばかりでは、話が続かない。

これらの要因が重なって、友達関係は自然に薄れていく。誰も悪くない。誰も悪くないから、誰にも怒れない。怒れないから、ただ受け入れるしかない。

自分からも連絡しなかった

正直に書いておく。友達が減っていった理由の一部は、私自身にある。

20代後半から、私は友達に連絡しなくなっていった。理由は簡単。連絡する気力がなかったからだ。

毎日の仕事で疲れ果てていた。派遣の仕事は、肉体的にはそれほどきつくないが、精神的に消耗する。契約更新の不安、将来の不安、経済的な不安。これらを抱えながら働くと、休日は寝ているだけで終わる。友達に連絡する元気が残らない。

連絡しても、話せる話題がない。自分の人生に変化がない。新しいことが起きていない。報告する出来事がない。「最近どう?」と聞かれても、「特に何もないよ」としか答えられない。それが何ヶ月も続く。話すことがないと、連絡する動機がなくなる。

誘われても断ることが増えた。お金がない。体力がない。服がない。飲み会に参加するには、それなりの準備がいる。その準備ができない。だから「今日はちょっと」「また今度」と断る。断り続けると、誘われなくなる。

友達が離れていったのではなく、私が離れていった面もある。自分から連絡を絶ち、誘いを断り、SNSの投稿を見なくなり、気づいたら距離ができていた。この「私が離れた」部分を認めるのは、少しつらい。だが認めないと、話が片手落ちになる。

「友達が少ない」ことの社会的不利

友達がいないことは、社会生活において様々な不利を生む。

まず、情報が入らない。友達のネットワークから得られる情報がある。仕事の情報、お得な情報、業界の噂話、新しいお店の情報。こういう「口コミ情報」は、友達がいないと入ってこない。ネットだけでは拾えない情報がある。

次に、緊急時の頼り先がない。具合が悪いとき、困ったとき、助けを求められる相手がいない。親はもう高齢で頼れない。兄弟は距離がある。友達がいれば「ちょっと助けて」と言える。友達がいないと、全部自力で解決するしかない。

そして、自己認識が歪む。友達は、自分を映す鏡だ。友達との会話を通して、自分がどう見えているか、どんな人間かを確認する。友達がいないと、この確認作業ができない。自分の中だけで自己認識が完結してしまう。歪みやすい。

最後に、楽しい時間が減る。一人でも楽しめるが、誰かと一緒のほうが楽しいことは多い。その「誰か」がいないと、楽しい時間の総量が減る。人生の充実度が、じわじわ削られていく。

これらの不利は、一つ一つは小さい。だが積み重なると、生活の質を大きく下げる。友達の不在は、見えにくいが確実に存在する、じわじわ効くダメージだ。

今から友達を作れるか

45歳から友達を作れるかというと、難しい。

大人になってから友達を作るのは、学生時代と比べて格段に難しい。学生時代は毎日同じ場所で同じ人と会う。自然と会話が生まれ、関係が深まる。大人は違う。毎日同じ人と会うのは職場くらいだが、職場の関係は「仕事」という枠に規定される。「友達」までは距離がある。

趣味のサークルやコミュニティに入るという手もある。しかし、趣味がない人間には、その入り口すらない。前のエッセイで書いたが、私には語れる趣味がない。サークルに入る動機もない。

マッチングアプリで友達を作る、という選択肢もあるらしい。が、マッチングアプリで友達を作るのはハードルが高い。大半は恋愛目的だから、純粋な友達関係は成立しにくい。

結局、中年になってから友達を作る方法は、ほとんどない。できるとしたら、仕事で知り合った人とプライベートでも付き合うくらいだろうか。だが仕事関係を友達関係に発展させるのは、相性の問題もあり、偶然頼みだ。

だから、友達がゼロのまま老後を迎える可能性が高い。その覚悟をしておく必要がある。

一人で生きる準備

友達がゼロでも、生きていける。生きていけるように、準備するしかない。

緊急時の備え。病気になったとき、怪我をしたとき、どうするか。民間の見守りサービスや緊急連絡先サービスを調べておく。地域包括支援センターの存在を知っておく。保証会社や身元保証人サービスも、調べておく必要がある。

情報の入手経路。友達の口コミがない代わりに、自分で情報を取りに行く習慣をつける。書籍、新聞、信頼できるメディア、行政の広報。能動的に情報を取る力を鍛える。

楽しみの確保。友達がいない分、一人で楽しめるものを増やす。図書館、散歩、映画。お金のかからない楽しみでいい。一人で満たせる時間を増やす。

自己認識の健全化。友達という鏡がないから、自分を客観視する別の方法を持つ。日記を書く。文章を書く。自分と対話する時間を持つ。このエッセイも、その一環だ。

これらの準備は、地味で、楽しくない。だが必要だ。友達がいないという前提で、生き延びる技術を身につける。中年から老年にかけての私の課題は、これかもしれない。

一人であることの受容

友達がいつの間にかいなくなった。この事実を、最近ようやく受け入れ始めている。

受け入れるまでに時間がかかった。30代の頃は、この事実を認めたくなかった。「もう少ししたら、また連絡が戻るかもしれない」「きっかけがあれば、再び集まれる」と思っていた。

40代に入って、その希望が幻想だと気づいた。時間が解決することはない。時間が経つほど、距離は広がる。失われた関係は、自然には戻らない。

受け入れた上で思うのは、これは氷河期世代の「あるある」なのではないか、ということだ。経済的な不安定さ、ライフスタイルの違い、メンタルの消耗。これらが重なって、人間関係が自然に縮小していく。私一人の問題ではなく、世代の傾向なのかもしれない。

そう考えると、少し救われる。私だけが孤独なのではない。同じような孤独を抱えている氷河期世代が、日本中にたくさんいる。会ったことはないが、確かに存在する。彼らとは友達にはなれない。だが同じ景色を見ている、という仲間意識は、勝手に持っている。

孤独だが、孤独な人間は私だけではない。この認識が、日々の寂しさを少しだけ和らげる。同じ星空を別々の場所から見上げている。隣にはいないが、同じ星空だ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。友達がいつの間にかいなくなった経験がある人は、きっと少なくないはずです。

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