保証人がいない人生の実務的な困りごと全集

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「保証人」という制度の重さ

日本で生きていると、人生のあらゆる場面で「保証人」を求められる。賃貸契約、就職、入院、ローンの申し込み、老人ホームの入居。これらの場面で「保証人をご用意ください」と言われるたびに、心の中で小さな悲鳴を上げている。

保証人とは、「もしこの人が義務を果たせなかった場合に、代わりに責任を負ってくれる人」のことだ。つまり保証人を立てるということは、「自分を信用してくれて、かつ金銭的な責任を代行してくれる人がいる」ことを証明する行為だ。

この証明が、独身で、家族関係が希薄で、友人がいない人間には、極めて困難なのだ。

保証人を頼める相手は、通常、親、兄弟、配偶者、親しい友人。私の場合、親は高齢で年金暮らし。保証能力があるか疑わしい。兄弟はいるが疎遠。頼みにくい。配偶者はいない。親しい友人もいない。

詰んでいる。

賃貸契約の壁

保証人問題が最も頻繁に発生するのは、賃貸契約だ。

引っ越しのたびに、保証人が必要になる。かつては連帯保証人が必須で、保証人を立てられない人間は部屋を借りられなかった。最近は保証会社の利用が普及し、保証人なしでも契約できる物件が増えた。これは救いだ。

だが保証会社を利用するにも審査がある。審査では、年収や雇用形態がチェックされる。派遣社員で年収300万円弱の私は、審査に落ちることがある。保証会社の審査に落ちたら、連帯保証人が必要になる。つまり、保証会社が使えない場合、結局保証人問題に戻る。

さらに、保証会社を利用する場合でも「緊急連絡先」の記入を求められる。緊急連絡先は保証人とは異なるが、何かあったときに連絡が取れる人の名前と電話番号が必要だ。親の名前を書いているが、親が亡くなったら誰を書けばいいのか。兄弟? それも難しくなったら?

「保証人不要」を売りにしている物件もある。URの賃貸住宅がその代表だ。URは保証人も保証会社も不要で、初期費用も比較的安い。独身の非正規には心強い存在だ。だがURの物件は数が限られており、立地や間取りの選択肢が狭い。すべての人がURに住めるわけではない。

就職時の身元保証

就職時にも保証人が求められることがある。正確には「身元保証人」だ。

「入社に際し、身元保証書の提出をお願いします」。この一文を、何度見てきたか。身元保証人とは、「この人物の身元を保証します」と書面で約束してくれる人だ。万一、社員が会社に損害を与えた場合に、保証人が賠償責任を負う、というもの。

親に頼んでいた。「お父さん、また保証人のサインをお願い」。父は何も言わずにサインしてくれた。だが父も高齢になり、いつまで保証人を務められるかわからない。父が亡くなったら、身元保証人は誰に頼めばいいのか。

最近は身元保証人を求めない企業も増えているが、まだ要求する企業もある。特に中小企業に多い。非正規から正社員に転職しようとして、身元保証人が用意できないために内定を辞退する、というケースも聞く。保証人問題が、雇用のチャンスを潰す。

入院時の保証人

病院に入院する際にも、保証人を求められる。

入院手続きの書類に「連帯保証人」「身元引受人」の欄がある。入院費の支払いを保証する人と、退院時に身元を引き受ける人。この二つが必要だ。

緊急入院の場合、保証人がいなくても入院できる。病院は正当な理由なく入院を拒否できないことになっている。だが予定入院の場合、保証人を求められることが多い。保証人がいないと、入院前の時点でつまずく。

特に困るのは、手術の同意書だ。手術の同意書には、本人のサインに加えて家族のサインが求められることがある。家族とは、配偶者や親族。独身で親が遠方の場合、サインしてくれる「家族」がすぐに見つからない。

身元保証代行サービスを利用する、という選択肢もある。NPOや民間企業が、身元保証人の代行をしてくれるサービスだ。費用はサービスによるが、初期費用数万円から数十万円、年会費数万円というケースが多い。決して安くない。安くないが、他に選択肢がなければ利用せざるを得ない。

老後施設の入居問題

将来、介護施設や老人ホームに入居する際にも、保証人が必要になる。

施設入居時の保証人は、「入居費用の支払い保証」「本人に判断能力がなくなった場合の代理」「死亡時の身柄引き取り」などの役割を担う。これは単なる連帯保証よりも重い。金銭的な保証だけでなく、人生の最終段階の意思決定を代行する責任がある。

独身で、子どもがなく、親も兄弟も高齢または他界している場合、この保証人を立てるのは極めて困難だ。成年後見制度や身元保証代行サービスを利用する方法はあるが、手続きが複雑で費用もかかる。

保証人がいないと施設に入居できない。入居できないと在宅で過ごすしかない。だが在宅で一人暮らしを続けるのは、身体が衰えると限界がある。施設にも入れず、在宅も限界。この板挟みに、保証人のいない独身者は追い込まれる。

死後の手続き問題

さらに、死後の手続きも問題だ。

人が亡くなると、死亡届の提出、火葬の手配、遺品の整理、賃貸物件の解約、各種契約の解除など、様々な手続きが必要になる。通常これらは遺族が行うが、身寄りがない場合は誰がやるのか。

自治体が「行旅死亡人」として処理するケースもあるが、それは最後の手段だ。事前に「死後事務委任契約」を結んでおけば、弁護士やNPOに死後の手続きを委任できる。だがこれも費用がかかる。数十万円から百万円単位。

保証人問題は、生前から死後まで一貫して付きまとう。生きている間は賃貸の保証人、入院の保証人、就職の保証人。死んだあとは、身柄の引き取り、遺品の処理、墓の管理。人生の全フェーズで、「誰かに頼む」ことが求められる社会の中で、頼める人がいない。

保証人制度への根本的な疑問

そもそも、保証人制度自体が、「人はコミュニティに属している」という前提に基づいている。家族がいる。親族がいる。友人がいる。この前提は、かつては多くの人に当てはまった。だが現在の日本では、この前提が揺らいでいる。

未婚率の上昇、少子化、核家族化、地域コミュニティの希薄化。これらの要因により、「保証人を立てられない人」は増加している。氷河期世代に限らず、幅広い層で保証人問題は深刻化している。

制度が現実に追いついていない。現実には保証人を立てられない人が大量にいるのに、制度はまだ「保証人がいる」ことを前提にしている。この乖離は、制度の側が修正すべき問題だ。個人に「保証人を見つけろ」と言うのではなく、「保証人なしでも社会参加できる仕組み」を整えるべきだ。

URの保証人不要制度は、その方向の先駆けだ。保証会社の普及も、その一部だ。だがまだ不十分だ。入院、就職、施設入居、死後事務。これらすべてのフェーズで、保証人なしの選択肢が整備される必要がある。

保証人問題は、孤独の実務的な側面だ。孤独は精神的な問題として語られることが多いが、実務的にもこれだけの困りごとがある。精神的な孤独と実務的な孤独。両方が重なると、生きていくこと自体のハードルが上がる。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。保証人問題に困った経験がある人は、きっと少なくないはずです。

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