親の介護が始まったのに自分の生活すら安定していない話

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親の介護が始まったのに自分の生活すら安定していない話

電話が鳴った日

母から電話が来たのは、平日の昼間だった。仕事中にスマートフォンが振動した。母からの着信。平日の昼間に母から電話が来ることは滅多にない。嫌な予感がして、休憩時間に折り返した。

「お父さんが倒れた」。

心臓が一瞬止まった気がした。詳しく聞くと、脳梗塞だった。幸い軽度で、命に別状はない。だが右半身に麻痺が残る可能性がある。入院中。リハビリが必要。退院後も、一人では日常生活が難しくなるかもしれない。

電話を切ったあと、しばらくスマートフォンを握ったまま動けなかった。頭の中で、いくつもの問題が同時に立ち上がった。

父の容態。リハビリの見通し。退院後の生活。母だけで介護できるのか。自分は何をすべきか。仕事はどうする。介護のために帰省するか。帰省する交通費はあるか。長期で帰省するなら仕事はどうなる。派遣の契約は。

すべての問題が一度に押し寄せてきた。そしてその背後に、最も重い問題が立っていた。

自分の生活すら安定していないのに、親の介護をどうするのか。

安定していない生活の内訳

私の生活が安定していないことは、このエッセイシリーズで繰り返し書いてきた。だが介護の話をする前に、改めて整理しておく。

収入。派遣社員。年収300万円弱。手取り月16万円。昇給なし。ボーナスなし。契約は数ヶ月単位で、更新される保証はない。

貯金。50万円程度。生活防衛資金としては心もとない。3ヶ月分の生活費がやっと。仕事を失ったら、3ヶ月で底をつく。

住居。賃貸。家賃5万5000円。実家からは新幹線で3時間。

人間関係。友達ゼロ。パートナーなし。兄弟は一人いるが疎遠。

健康。慢性的な疲労。腰痛。時々の不眠。心療内科に通院中。

この状態で、親の介護が始まる。介護は、時間と金と体力と精神力を大量に消費するイベントだ。時間も金も体力も精神力も、すべてが不足している私に、介護ができるのか。

最初に考えたこと

父が倒れたあと、最初に考えたのは「仕事を休めるか」だった。

派遣社員が急に休むとどうなるか。契約上、有給休暇はある。だが「急な有給」は、派遣先の心証を悪くする。心証が悪くなれば、契約更新に響く。契約更新されなければ、収入が途絶える。収入が途絶えれば、自分の生活が崩壊する。

介護休業という制度がある。労働者は、家族の介護のために最大93日の休業を取得できる。派遣社員でも要件を満たせば取得可能だ。だが介護休業を取ると、その間の収入は減る。介護休業給付金が出るが、賃金の67%。手取り16万円の67%は約10万7000円。家賃5万5000円を払ったら、残り5万2000円。5万2000円で1ヶ月を過ごす。食費3万円で残り2万2000円。光熱費1万円で残り1万2000円。交通費、通信費、日用品——足りない。

介護休業を取ると生活が成り立たない。取らないと介護ができない。どちらを選んでも詰む。

母との電話

翌日、母ともう一度電話で話した。

「お母さん一人で大丈夫?」と聞いた。母は「なんとかなるわよ」と答えた。母の「なんとかなる」は、母の口癖だ。なんとかなると言いながら、なんとかならないことが多い。でも母はそう言うしかない。子どもに心配をかけたくないから。

「帰ったほうがいい?」と聞いた。母は少し沈黙してから、「来てくれたら助かるけど、あなたも仕事があるでしょ」と言った。

この一言が重かった。「来てくれたら助かる」=本当は来てほしい。「あなたも仕事があるでしょ」=でも迷惑をかけたくない。母の本音と遠慮が、一文の中に詰まっていた。

「週末に一度帰るよ」と答えた。週末なら仕事を休まなくていい。新幹線代は往復3万円弱。これは痛いが、仕方がない。

週末の帰省

土曜日の朝、新幹線に乗った。3時間。車窓の景色を見ながら、考えていた。何を手伝えるか。何ができるか。

病院に行った。父はベッドの上にいた。右手が動かなくなっていた。言葉は少し不明瞭だが、意識はある。私を見て、少し笑った。笑おうとして、口の右側だけが動かなかった。

その笑顔を見て、泣きそうになった。泣かなかったが、トイレに行くふりをして、廊下で深呼吸した。

医師の説明を聞いた。リハビリで回復する可能性はある。だが完全に元に戻るかはわからない。退院後は自宅でのリハビリと、訪問介護が必要になるだろう。要介護認定の申請を勧められた。

要介護認定。介護保険。ケアマネジャー。訪問介護。デイサービス。知らない言葉が次々と出てくる。メモを取ったが、頭が追いつかない。

母は隣で聞いていた。母も初めてのことばかりで、困惑していた。74歳の母が、76歳の父の介護を担う。74歳が76歳を介護する。老老介護だ。

兄弟との会話

帰省中に、兄に電話した。兄は別の地方に住んでいる。既婚。子ども二人。正社員。

「お父さんのこと、聞いた?」「ああ、母さんから聞いた」。

「これからどうする? 介護のこと」。

兄は少し黙ってから言った。「俺は家族もいるし、仕事もあるからさ。なかなか帰れないんだよ」。

わかっている。兄には家族がいる。家庭の責任がある。仕事もある。帰省するのは簡単ではない。

「でも、お前は独身だし、わりと自由が利くだろ」。

この一言で、空気が変わった。

「自由が利く」。独身だから自由が利く。家族がいないから時間がある。だから介護はお前が主に担え。——そういう意味だと受け取った。受け取り方が被害妄想的かもしれないが、「お前は独身だし」の一言には、明確な含意があった。

独身であることが、ここでもハンデになる。結婚していれば「家族がいるから」と断れる。独身だと「自由が利く」と見なされ、介護の負担が回ってくる。独身のデメリットが、介護の場面でも発動する。

介護と仕事の両立問題

現実問題として、介護と仕事をどう両立するか。

父の状態が安定するまでの当面の間、母が主な介護者になる。要介護認定が出れば、訪問介護やデイサービスを利用できる。母一人では限界があるが、介護サービスを組み合わせれば、なんとかなるかもしれない。

私にできることは、週末の帰省、電話での相談、介護に関する情報収集。平日は仕事を続ける。仕事を辞めたら収入が途絶え、自分の生活が崩壊する。崩壊したら、親の介護どころではなくなる。だから仕事は辞められない。

だが介護は、急に状況が変わることがある。父の容態が悪化したら。母が介護疲れで倒れたら。そのとき、私はすぐに駆けつけられるか。新幹線で3時間。3時間では間に合わない場合もある。

実家の近くに引っ越すという選択肢もある。だが実家の地域で派遣の仕事が見つかるかわからない。地方は都市部より求人が少ない。見つかったとしても、時給が下がる可能性がある。時給が下がれば、さらに生活が苦しくなる。

すべての選択肢に、デメリットがある。デメリットのない選択肢は存在しない。デメリットの中から、最もマシなものを選ぶ。今の仕事を続けながら、週末と電話でサポートする。これが現時点での「最もマシな選択」だ。

介護にかかるお金

介護にはお金がかかる。どのくらいかかるか、ざっくり調べた。

介護保険の自己負担は原則1割。要介護度によって利用限度額が決まっている。限度額内なら1割負担で利用できる。限度額を超えた分は全額自己負担。

仮に要介護2だとすると、月の利用限度額は約20万円。1割負担で約2万円。これに加えて、介護用品、おむつ、食事代などの自己負担がある。月のトータルで3万円から5万円程度。

この費用を誰が払うか。基本的には父の年金から出す。父の年金は月15万円程度。母の年金と合わせれば、月20万円強。ここから生活費と介護費を出す。ギリギリだが、なんとかなるかもしれない。

問題は、介護が長期化した場合だ。在宅介護が限界を超え、施設入所が必要になったら。特別養護老人ホーム(特養)は比較的安いが、待機者が多く、すぐには入れない。有料老人ホームは入居金が数百万円、月額費用が20万円以上。父の年金では足りない。足りない分は——誰が出すのか。

兄か。私か。兄は正社員で年収が私の倍以上ある。だが兄には家族がいる。住宅ローンもある。「余裕がある」わけではない。私は独身で住宅ローンもないが、年収300万円弱で、自分の老後資金すら足りていない。親の介護費用を負担する余裕は、ほぼゼロだ。

この先のことを考えると、頭が痛くなる。だが考えないわけにはいかない。「考えないことにする」技術を発動したくなるが、介護の問題は先送りできない。先送りすればするほど、状況は悪化する。

自分の生活と親の介護の板挟み

最も苦しいのは、自分の生活を維持することと、親の介護を支えることが、トレードオフの関係にあることだ。

介護に時間を使えば、仕事が減り、収入が減る。収入が減れば、自分の生活が苦しくなる。自分の生活が苦しくなれば、介護に回す余裕がさらになくなる。

逆に、仕事を優先すれば、介護に使える時間が減る。介護に使える時間が減れば、母の負担が増える。母の負担が増えれば、母が倒れるリスクが高まる。母が倒れたら、父と母の両方を支えなければならなくなる。

どちらに傾いても、どこかが壊れる。壊れないバランスポイントがあるとすれば、それは「すべてが薄くギリギリで持ちこたえる」ラインだ。自分の生活もギリギリ、介護もギリギリ、母もギリギリ。全員がギリギリで、誰かが一歩踏み外せば全体が崩れる。

このギリギリのバランスの上で、毎日を過ごしている。バランスを崩さないように、慎重に。一歩ずつ。一日ずつ。

介護と氷河期世代

この状況は、私だけの問題ではない。氷河期世代の多くが、同じ問題に直面している、あるいはこれから直面する。

氷河期世代の親は、70代から80代。介護が必要になる年齢だ。氷河期世代自身は40代から50代。本来なら、仕事も安定し、収入も増え、介護に備える余裕があるはずの年齢。だが氷河期世代の多くは、仕事が不安定で、収入が低く、貯蓄が少ない。介護に備える余裕がない。

余裕がないまま介護が始まる。始まったら、余裕はさらになくなる。自分の生活を維持しながら親を支える。この二重の負荷を、経済的に脆弱な人間が担う。構造的な無理がある。

この無理を個人の努力で乗り越えろ、と社会は言う。介護は家族の問題だ、と。だが家族の問題であるならば、その家族が介護できる状態にあることが前提だ。前提が崩れているなら、社会が支える必要がある。支えが足りないなら、崩壊が起きる。個人の崩壊が。家族の崩壊が。

崩壊しないために、使える制度をすべて使う。介護保険、訪問介護、デイサービス、地域包括支援センター。知らない制度がまだあるかもしれない。知らないことで損をしてきた経験は、もう十分にある。今度は、知ることで少しでも得をしたい。得というのは大げさだが、崩壊を遅らせることができれば、それで十分だ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。介護と自分の生活の板挟みに苦しんでいる人は、きっと少なくないはずです。

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