- はじめに——「正月は1年に1回だけ人生を振り返る日」
- 第1章 22歳の正月(2001年1月)——「最後の実家の正月」
- 第2章 25歳の正月(2004年1月)——「帰省できなかった正月」
- 第3章 30歳の正月(2009年1月)——「リーマンショック直後の正月」
- 第4章 35歳の正月(2014年1月)——「年越しそばを自分で茹でた正月」
- 第5章 40歳の正月(2019年1月)——「NISAの年間計画を立てた正月」
- 第6章 45歳の正月(2024年1月)——「もやし炒め正月スペシャル」の開発
- 第7章 23歳の正月(2002年1月)——「初めての派遣社員としての正月」
- 第8章 27歳の正月(2006年1月)——「消費者金融の借金を抱えた正月」
- 第9章 28歳の正月(2007年1月)——「もやし炒めと出会った最初の正月」
- 第10章 32歳の正月(2011年1月)——「腰痛が始まった正月」
- 第11章 33歳の正月(2012年1月)——「東日本大震災の翌年の正月」
- 第12章 37歳の正月(2016年1月)——「心療内科に通い始めた正月」
- 第13章 42歳の正月(2021年1月)——「コロナ禍の正月」
- 第14章 「正月の食費」23年間の推移——22歳から45歳まで
- 第15章 「正月の過ごし方」の変遷——「テレビ」から「ラジオ」へ、「ぼんやり」から「計画」へ
- 第16章 「正月」と「孤独」——一人で迎える年越しの22年間
- 第17章 「正月」と「NISA」——元日にNISAの残高を確認する儀式
- 第18章 「正月」と「帰省」の経済学——22年間の帰省コスト総額
- 第19章 「50歳の正月」「55歳の正月」「60歳の正月」「65歳の正月」を予測する
- 第20章 「正月」は「人生の定点観測」——同じ行事を23回繰り返すことで見える「変化」
- 第21章 「正月料理」の進化史——カップ麺からもやし炒め正月スペシャルver.5まで
- 第22章 「正月」と「目標設定」——元日に書いた目標の達成率を検証する
- 第23章 「正月」と「初詣」——神社に行かない正月の過ごし方
- 第24章 「正月」と「年賀状」——出すのをやめた日、届かなくなった日
- 第25章 「正月」と「テレビ」の別れ——紅白をラジオで聴く生活
- 第26章 「正月」と「SNS」——元旦のタイムラインを見る恐怖
- 第27章 「正月」と「死」——「今年が最後の正月かもしれない」という意識
- 第28章 「正月」と「世代」——氷河期世代の正月は他の世代とどう違うか
- 第29章 「正月の音」——22年間で変わった正月の音風景
- 結論——「24回目の正月」に向けて
はじめに——「正月は1年に1回だけ人生を振り返る日」
大晦日の夜。テレビ(持っていない自分はradikoで紅白を聴く)。年越しそばを茹でる。23時59分。カウントダウン。0時00分。「あけましておめでとう」。言う相手はいない。壁に向かって言う。「あけましておめでとう、自分」。発泡酒で乾杯。一人で。これが「45歳独身男性の正月」だ。
正月は「1年に1回だけ、自分の人生を振り返る日」だ。「今年はどんな年だったか」「来年はどうしたいか」。普段は考えない「人生の棚卸し」を、正月だけはやる。22歳から45歳まで23回の正月。23回の「棚卸し」を年ごとに振り返る。
第1章 22歳の正月(2001年1月)——「最後の実家の正月」
大学4年生の冬。卒業を控えて就職先が決まっていなかった。100社応募して全滅。正月は実家に帰省した。母親の手料理。おせち。お雑煮。「これが最後の『子どもとして迎える正月』かもしれない」とは思わなかった。だが結果的にそうなった。22歳以降、「実家でゆっくり正月を過ごす」ことは年々減っていった。
正月の食費:0円(実家)。お年玉:もらう側(親から1万円)。帰省費用:片道5000円(鈍行列車)。正月の幸福度:7/10。「就職が決まっていない不安」が幸福度を下げている。
第2章 25歳の正月(2004年1月)——「帰省できなかった正月」
派遣先のシフトの関係で年末年始に休みが取れなかった。12月31日も1月2日も出勤。「正月に働く派遣社員」。大晦日の夜、コンビニで「おせちセット」(500円)を買った。一人暮らしのワンルームで、500円のおせちを食べた。テレビで紅白を見た。0時。「あけましておめでとう」。初めて「一人の正月」を経験した。寂しかった。寂しさを発泡酒で紛らわせた。
正月の食費:500円(コンビニおせち)+発泡酒270円(2本)。幸福度:2/10。
第3章 30歳の正月(2009年1月)——「リーマンショック直後の正月」
派遣切りされた直後の正月。無職。貯金ほぼゼロ。消費者金融の借金3万円。「人生で最悪の正月」。帰省する交通費すらなかった。電話で母親に「今年は帰れない」と伝えた。「そう、残念ね。体に気をつけてね」。電話を切った後、泣いた。
正月の食費:もやし炒め60円+食パン50円。お雑煮は作れなかった(餅を買うお金がなかった)。幸福度:1/10。「人生で最も不幸な正月」。
第4章 35歳の正月(2014年1月)——「年越しそばを自分で茹でた正月」
奨学金を完済した年の翌年。「1万5000円が浮いた」安堵感で迎えた正月。初めて「年越しそば」を自分で茹でた。乾麺のそば(スーパーで198円)。めんつゆ(100均110円)。ネギ(50円分)。鍋で茹でて、ざるに上げて、つゆをかけて食べた。「自分で作った年越しそば」が美味かった。コンビニの500円おせちとは「格が違う」(自炊の力)。
正月の食費:年越しそば358円+元日のもやし炒め(正月バージョン。豚バラ肉に変更200円)。幸福度:5/10。「一人の正月」に慣れ始めた。
第5章 40歳の正月(2019年1月)——「NISAの年間計画を立てた正月」
NISAを始めて2年目。元日の朝、ノートを開いて「今年のNISA積立計画」を立てた。月1万円×12ヶ月=12万円。年末にNISAの残高がいくらになっているかを予測した。「来年の正月には、NISAが○万円になっている」。この「数字の目標」が「来年の正月まで頑張る理由」になった。
正月の食費:年越しそば+元日のもやし炒めカレー粉バージョン。帰省:2年ぶりに帰省(交通費5000円)。母親のおせちを食べた。「やっぱり母の味はいい」。幸福度:6/10。
第6章 45歳の正月(2024年1月)——「もやし炒め正月スペシャル」の開発
「もやし炒めで正月感を出せないか」。挑戦した。もやし炒めに「紅白のかまぼこ」(スーパーの半額品150円)を添える。「紅白かまぼこ+もやし炒め=和洋折衷の正月料理」。見た目は「それっぽい」。味は「いつものもやし炒め+かまぼこ」。だが「正月気分」は出た。
正月の食費:もやし炒め正月スペシャル210円+年越しそば358円+発泡酒135円。合計703円。幸福度:5/10。「一人の正月」に完全に慣れた。慣れたことが「良いこと」なのか「悲しいこと」なのかはわからない。
第7章 23歳の正月(2002年1月)——「初めての派遣社員としての正月」
22歳で大学を卒業し、派遣社員として働き始めて9ヶ月。初めての「社会人としての正月」。だが「社会人」という実感がない。派遣先は12月28日で仕事納め。1月4日から仕事始め。7日間の休み。「7日間、何をすればいいのかわからない」。
帰省した。片道5000円の鈍行列車で5時間。「新幹線に乗るお金はない」。実家に着く。母親が「おかえり」。「ただいま」。この2語が「1年ぶりの方言のスイッチ」を入れる。東京では標準語。実家では方言。「ただいま」のイントネーションが東京と違う。母親は気づいただろうか。
実家の正月。おせち料理。お雑煮。母親の手料理。「美味い」。東京のワンルームではカップ麺とコンビニ弁当の毎日だ(28歳でもやし炒めに出会うのはまだ先の話)。「実家の飯がこんなに美味いとは」。東京に出て初めて「母親の料理の価値」を知った。価値は「0円」。タダ。だが「世界一美味い料理」。
正月のテレビ。箱根駅伝を見る。父親と並んでコタツに入る。「仕事はどうだ」と聞かれる。「派遣で事務をやっている」と答える。「正社員にはなれないのか」と聞かれる。「今は厳しい」と答える。父親は黙る。母親が「まあまあ、お正月なんだから」と話題を変える。この「父の沈黙」と「母の気遣い」が「正月の風物詩」になる。以後20年間、毎回の帰省で同じパターンが繰り返される。
正月の食費:0円(実家)。お年玉:もらう側(親から5000円。「もういい大人なのにもらっていいのか」と思うが「生活費の足しになる」のでありがたく受け取る)。帰省費用:往復1万円。正月の幸福度:6/10。「実家は温かいが、仕事の不安が消えない」。
第8章 27歳の正月(2006年1月)——「消費者金融の借金を抱えた正月」
25歳で消費者金融に手を出した。27歳の正月。借金残高は1万5000円まで減っていた(返済が進んだ)。だが「借金がある」事実が「正月の空気」を重くする。実家に帰省したが「借金のことは言えない」。親に心配をかけたくない。「元気でやっている」と嘘をつく。嘘をつく正月。おせちの味が——少し苦い。
正月の出費。帰省費用:往復1万円。実家での食費:0円。「お年玉」を親にもらうのが「申し訳ない」。だがもらう。もらった5000円は「消費者金融の返済に充てた」。「親からのお年玉で借金を返す」。泣きたくなったが泣かなかった。正月に泣くのは「縁起が悪い」から。
正月の幸福度:3/10。「借金がある正月」は「もやし炒めの味がしない正月」と同じくらい辛い(もやし炒めにはまだ出会っていないが)。
第9章 28歳の正月(2007年1月)——「もやし炒めと出会った最初の正月」
28歳。もやし炒めデビューの年。同僚に教えてもらった「もやし炒め」を10月から作り始め、3ヶ月が経過した。年越しそばは——まだ作れなかった(そばの茹で方を知らなかった)。大晦日の夕食は「もやし炒め」。「年越しもやし炒め」。「年越しそば」の代わりに「年越しもやし炒め」。風情はないが腹は膨れた。
元日の朝。もやし炒めの残りを温め直して食べる。「1月1日の最初の食事がもやし炒め」。「新年の最初の一口がもやし」。「今年も1年、もやし炒めで生き延びるぞ」という誓い——は立てていなかったが、結果的にそうなった。17年間。
帰省はしなかった。「年末年始のシフトがある」と親に嘘をついた。実際はシフトがなかったが「帰省費用1万円を節約したかった」。1万円は「もやし炒め166食分」。166食分のもやし炒めか、実家のおせちか。もやし炒めを選んだ。正確には「選ばざるを得なかった」。
正月の食費:もやし炒め60円×3日分=180円。発泡酒135円×3本=405円。合計585円。「585円の正月」。正月の幸福度:4/10。「初めて自分で作った正月の食事」に「小さな誇り」があった。誇りが1ポイント分の幸福度を上げた。
第10章 32歳の正月(2011年1月)——「腰痛が始まった正月」
大晦日。もやし炒めを作ろうとフライパンを持ち上げた瞬間——「ギクッ」。腰に激痛。ぎっくり腰。「年末にぎっくり腰」。整形外科は「年末年始休診」。ロキソニン(市販薬)を飲んで横になる。「年越しもやし炒め」は——作れなかった。代わりに「年越しカップ麺」。「28歳でカップ麺を卒業したはずなのに、32歳で逆戻り」。腰痛の罰がカップ麺。
元日。腰が痛くて動けない。ベッドで横になったまま元日を過ごす。テレビで駅伝を見る。走っている選手が羨ましい。「走れる体」が羨ましい。「立ち上がれない体」で元日を迎えるとは。スマートフォン(この年に初めて購入した)でSNSを見る。同級生が「家族で初詣に行きました」と投稿している。自分は「腰痛でベッドから出られません」。投稿はしなかった。
正月の食費:カップ麺100円×2個+コンビニのおにぎり130円×4個=720円。正月の幸福度:2/10。「腰痛と孤独の正月」。30歳の「リーマンショックの正月」(幸福度1/10)に次いで「人生で2番目に不幸な正月」。
第11章 33歳の正月(2012年1月)——「東日本大震災の翌年の正月」
2011年3月11日の東日本大震災。33歳の自分は東京にいた。直接の被害はなかったが「計画停電」「食料品の品薄」「余震の恐怖」を経験した。もやし炒めの材料(もやし)がスーパーから消えた日があった。「もやしがない」恐怖。「もやし炒めが作れない」恐怖。「もやしがないと生きていけないのか」と自問した。「生きていけるが、QOL(生活の質)が著しく下がる」が答え。
震災の翌年の正月。「生きていること」の有難さを感じた正月。いつものもやし炒め。いつもの発泡酒。「いつも通り」であることの価値。「いつも通りのもやし炒めが作れる=平和の証拠」。正月の食費:もやし炒め60円+年越しそば(初めて自分で茹でた)358円+発泡酒135円=553円。正月の幸福度:5/10。「生きていることへの感謝」が幸福度を上げた。
第12章 37歳の正月(2016年1月)——「心療内科に通い始めた正月」
37歳。2015年にパニック障害を発症し、心療内科に通い始めた。エスシタロプラムを飲み始めて3ヶ月。薬の効果で「気分が少し安定してきた」頃の正月。年末年始は心療内科が休診。「薬がなくなったらどうしよう」の不安。年末に多めに処方してもらった。「年末年始分の薬を確保する」のが「新しい年末の習慣」になった。
大晦日の夜。エスシタロプラム5mgを飲む。もやし炒めを作る。年越しそばを茹でる。発泡酒を開ける(エスシタロプラムとアルコールの併用は推奨されないが、1本だけなら「医師に確認済み」。「1本だけですよ」と念を押された)。23時59分。ラジオで紅白の中継を聴く。0時00分。「あけましておめでとう」。壁に向かって。壁は答えない。だが「壁に向かって言えている自分」は「パニック発作で何も言えなかった3ヶ月前の自分」より——回復している。
正月の食費:もやし炒め60円+年越しそば358円+発泡酒135円+元日のレトルトカレー150円=703円。正月の幸福度:4/10。「薬を飲みながらの正月」に慣れていない。「いつか薬なしで正月を迎えたい」と思った。
第13章 42歳の正月(2021年1月)——「コロナ禍の正月」
2020年からのコロナ禍。42歳の正月は「緊急事態宣言」の直前だった。「帰省は控えてください」と政府が呼びかけ。帰省しなかった(元々帰省する予定はなかったが「帰省しないことに大義名分ができた」)。「コロナだから帰省しない」は「お金がないから帰省しない」より「社会的に受け入れられやすい理由」。正月に「帰省しない言い訳」をコロナがくれた。皮肉な「コロナの恩恵」。
コロナ禍の正月。外出自粛。初詣は「オンライン初詣」(神社のウェブサイトで参拝する。存在を初めて知った)。「オンラインで参拝して、ご利益はあるのか」。わからない。だが「参拝した気分」にはなる。気分が大切。
大晦日の夜。いつもと同じ。もやし炒め。年越しそば。発泡酒。ラジオ。「コロナ禍でも正月は変わらない」。変わらないことの安心感。「もやし炒めはコロナに影響されない」。もやしは「エッセンシャルフード(必要不可欠な食品)」であり、緊急事態宣言中もスーパーは営業している。もやしは買える。もやし炒めは作れる。「もやし炒めが作れる限り、パンデミックでも生き延びられる」。
正月の食費:もやし炒め60円+年越しそば358円+発泡酒135円×2本=688円。正月の幸福度:4/10。「コロナ禍でも幸福度はほぼ変わらない」。理由は「元々一人で過ごしている正月」だから。「コロナで人に会えなくなった」→「元々人に会っていない」。「コロナで外出できなくなった」→「元々外出していない(散歩以外)」。コロナ禍の影響が「最小限」だったのは「元々ミニマルな生活」のおかげ。「持たない暮らし」は「パンデミックに強い暮らし」でもあった。
第14章 「正月の食費」23年間の推移——22歳から45歳まで
23回の正月の食費を振り返り「推移」を見る。22歳:0円(実家)。23歳:0円(実家)。24歳:300円(コンビニおにぎり。帰省できず)。25歳:500円(コンビニおせち)。26歳:0円(実家)。27歳:400円(コンビニ弁当)。28歳:585円(もやし炒めデビュー後最初の正月)。29歳:0円(実家)。30歳:110円(もやし炒め+食パン。人生最悪の正月)。31歳:500円。32歳:720円(ぎっくり腰。カップ麺逆戻り)。33歳:553円。34歳:600円。35歳:703円(年越しそばデビュー)。36歳:700円。37歳:703円。38歳:700円。39歳:750円。40歳:800円(帰省のため実家の食費は0円だが交通費5000円)。41歳:700円。42歳:688円。43歳:750円。44歳:700円。45歳:703円(もやし炒め正月スペシャル)。
23回の正月の食費合計:約1万665円(実家で食べた分を除く)。23回の正月の平均食費:約464円。「1回の正月の食費が平均464円」。464円はもやし炒め15.5食分。「正月1回分の食費がもやし炒め15食分」。正月の食費のピークは32歳の720円(ぎっくり腰でカップ麺)。ボトムは30歳の110円(人生最悪の正月)。「ボトムとピークの差が610円」。610円の中に「人生の浮き沈み」が凝縮されている。
第15章 「正月の過ごし方」の変遷——「テレビ」から「ラジオ」へ、「ぼんやり」から「計画」へ
22〜27歳の正月の過ごし方。テレビを見る。紅白。ガキ使。箱根駅伝。テレビの前に座って1日が過ぎる。「受動的な正月」。テレビが「正月のBGM」であり「正月の過ごし方のすべて」。特に記憶に残ることは——ない。「テレビを見ていた」以外の記憶がない。
28〜33歳の正月の過ごし方。テレビ+もやし炒め。テレビを見ながらもやし炒めを作る。「正月にもやし炒めを作る」のは「正月っぽくない」と自分でも思ったが「他に作れる料理がない」ので仕方がない。「正月っぽい料理」を作る技術がなかった。
34〜38歳の正月の過ごし方。ラジオに移行。テレビを持っていないため(NHK受信料の節約で処分した)。radikoで紅白を聴く。箱根駅伝もラジオで聴く。「ラジオの正月」は「テレビの正月」より「想像力が必要」。「箱根の山をラジオの実況だけで想像する」。実況アナウンサーの声のトーンで「選手の疲労度」を推測する。「ラジオのほうが楽しい」と気づいた。テレビは「見せられる」。ラジオは「想像する」。想像は「能動的」。テレビの正月より「脳が活性化する正月」。
39〜45歳の正月の過ごし方。「計画の正月」。元日にノートを開き「今年の計画」を書く。NISAの年間積立額。読書の目標冊数。散歩の目標歩数。公務員試験の勉強スケジュール。「元日に計画を立てる」のが「40歳以降の正月の儀式」になった。計画を書いた後にもやし炒めを作り、発泡酒を開け、「今年もよろしく」と壁に向かって言う。壁は答えない。だが「計画」が答えてくれる。「今年はNISAを月1万円×12ヶ月=12万円積み立てる」。計画が「今年の方向性」を示してくれる。「方向がある正月」は「方向がない正月」より幸福度が高い。
第16章 「正月」と「孤独」——一人で迎える年越しの22年間
23回の正月のうち「一人で年越しした」のは何回か。数えてみる。実家で年越し:8回(22歳、23歳、26歳、29歳、34歳、38歳、40歳、43歳)。東京で一人で年越し:15回。「23回中15回が一人の年越し」。65%。「人生の正月の3分の2を一人で過ごしている」。
「一人の年越し」は寂しいか。正直に答える。「25歳のときは寂しかった」。「30歳のときは絶望的に寂しかった」。「35歳頃から慣れた」。「40歳以降は寂しくない」。「慣れた」のと「寂しくない」のは違う。「慣れた」のは「感覚が麻痺した」こと。「寂しくない」のは「一人であることを肯定できるようになった」こと。自分は「肯定した」のか「麻痺した」のか。たぶん「両方」。半分は肯定。半分は麻痺。100%肯定するのは難しい。100%麻痺するのは危険。「50対50のバランス」が「一人の年越しを乗り越える最適な心理状態」。
「一人の年越し」に「儀式」を持つことの意味。大晦日の夜。もやし炒めを作る(儀式1)。年越しそばを茹でる(儀式2)。発泡酒を開ける(儀式3)。ラジオで紅白を聴く(儀式4)。23時59分にカウントダウンする(儀式5)。0時00分に「あけましておめでとう」と壁に言う(儀式6)。この「6つの儀式」が「一人の年越しを『行事』にする」。行事があれば「ただの孤独な夜」が「意味のある夜」に変わる。儀式のコスト:もやし炒め60円+年越しそば358円+発泡酒135円=553円。553円で「意味のある年越し」が買える。
第17章 「正月」と「NISA」——元日にNISAの残高を確認する儀式
40歳以降の「元日の儀式」。NISAの口座にログインし、残高を確認する。「今年の最初の行為がNISAの残高確認」。これは「今年も資産形成を続ける」宣言であり「1年間の成果の確認」でもある。
40歳の元日。NISA残高:約15万円(積立開始2年目)。「15万円か。もやし炒め5000食分」。5000食分のもやし炒め。14年分。「14年分のもやし炒めがNISAに入っている」。安心。
41歳の元日。NISA残高:約28万円。前年比+13万円。「1年間で13万円増えた」。月1万円の積立+運用益。「1年間コツコツ積み立てた結果が13万円」。もやし炒め4333食分の増加。12年分。
42歳の元日。NISA残高:約42万円。前年比+14万円。順調。
43歳の元日。NISA残高:約55万円。「50万円を超えた!」。50万円は「手取り16万円の3ヶ月分以上」。「3ヶ月間無収入でもNISAがある」安心感。
44歳の元日。NISA残高:約72万円。順調。
45歳の元日(2024年1月)。NISA残高:約90万円。「90万円。もやし炒め3万食分。82年分」。82年分のもやし炒め。「死ぬまでのもやし炒めがNISAに入っている」(計算上)。この安心感が「45歳の正月の幸福度」を押し上げている。
「元日のNISA確認」は「精神安定剤」だ。「今年も資産がある」と確認することで「今年も生き延びられる」安心を得る。エスシタロプラムが「脳のセロトニン」を調整するように、NISAの残高確認が「心の安心レベル」を調整する。「薬」と「NISA」は「精神の安定装置」として同じ機能を持つ。元日に両方を確認する。「エスシタロプラムを飲む→NISAの残高を確認する→もやし炒めを作る→発泡酒を開ける」。元日の4ステップ。4ステップで「今年も大丈夫」と思える。
第18章 「正月」と「帰省」の経済学——22年間の帰省コスト総額
23回の正月のうち帰省したのは8回。帰省のコスト。鈍行列車の場合:片道5000円×往復×8回=8万円。「8万円を帰省に使った」。8万円はNISA残高90万円の8.9%。「NISAの9%を帰省のために使った」。
「帰省しなかった15回」の理由。「帰省費用を節約したかった」10回。「仕事のシフトがあった」3回。「体調不良(ぎっくり腰、パニック障害等)」2回。「節約のため」が最多。「1万円の帰省費用」は「月の自由裁量費1万7000円の59%」。「帰省1回で自由裁量費の6割が消える」。この「コスト」が「帰省の頻度を下げ」「親との距離を広げ」「方言を使う機会を減らし」「故郷とのつながりを弱くした」。「1万円のコスト」が「人生の多くのものを失わせた」。
「もし帰省費用が0円だったら」。毎回帰省していた。23回すべて。「23回の帰省」は「23回の方言の復活」であり「23回の母親の手料理」であり「23回の親との時間」。「帰省費用のハードル」が「親との時間を奪った」。これもまた「手取り16万円の見えないコスト」だ。
「帰省の代替手段」を模索する。テレビ電話(LINE通話・ビデオ通話)。0円。正月にLINEのビデオ通話で「親の顔を見る」。「あけましておめでとう」を画面越しに言う。「今年も元気か?」「元気やで」。方言のスイッチが入る。5分間の通話。5分間で「帰省の10%の効果」が得られる。0円で。「0円の帰省」。完全な代替にはならないが「ゼロよりは遥かにマシ」。
第19章 「50歳の正月」「55歳の正月」「60歳の正月」「65歳の正月」を予測する
50歳の正月(2029年1月)。公務員試験に合格しているシナリオ。公務員として3年目。手取り約24万円。「手取りが1.5倍になった」正月。正月の食費は——変わらない。もやし炒め正月スペシャルver.3。年越しそば。発泡酒。「手取りが増えても正月の食事は変わらない」。変わるのは「NISA の残高」。50歳のNISA残高:約200万円(月2万円×5年の追加分を含む推定)。「200万円」。元日にNISAの残高を確認して「200万円か」とにやける。にやけた後にもやし炒めを作る。
55歳の正月(2034年1月)。NISA残高:推定約350万円。「350万円」。もやし炒め11万6667食分。319年分。「319年分のもやし炒めがNISAにある」。319年分。——もう計算がおかしくなっているが「数字が大きくなっていく」ことの安心感。55歳の正月の幸福度:7/10(推定)。「過去最高の幸福度」。理由は「経済的な安定が増したから」。手取りが上がり、NISAが育ち、「将来への不安」が軽減されている。不安が減ると正月の幸福度が上がる。「幸福度は不安の逆数」。
60歳の正月(2039年1月)。公務員として定年まであと5年。NISA残高:推定約500万円。「500万円」。退職金の見込み700万円を加えると「65歳時点の金融資産約1200万円」が見えてきた。「老後のシミュレーション」を元日にノートに書く。「月の年金+NISAの取り崩しで、もやし炒めを食べ続けられるか」。計算する。「——食べ続けられる」。安心。60歳の正月の幸福度:7/10。
65歳の正月(2044年1月)。退職した翌年の正月。「仕事始めがない正月」。元日に目覚まし時計が鳴らない。「起きなくてもいい」。だが起きる。「もやし炒めを作るために」。65歳の元日。もやし炒め正月スペシャルver.20(20年間改良を続けた完成形)を作る。年越しそばは「20年分の上達」で「プロ級」の出来になっている(はず)。発泡酒を開ける。「あけましておめでとう、自分。43年間の正月、お疲れさま」。壁に向かって言う。壁は——やはり答えない。だが「壁に向かって43回あけましておめでとうと言い続けた自分」は——偉い。本気で偉い。
第20章 「正月」は「人生の定点観測」——同じ行事を23回繰り返すことで見える「変化」
正月は「毎年同じ行事」だ。大晦日→元日→三が日。この「同じフレーム」の中で「中身」が変化してきた。食事の変化(カップ麺→コンビニおせち→もやし炒め→年越しそば→もやし炒め正月スペシャル)。過ごし方の変化(テレビ→ラジオ→計画策定)。気持ちの変化(不安→絶望→諦め→回復→安定)。NISA残高の変化(0→90万円)。幸福度の変化(7→2→1→4→5→6→5)。
「同じフレーム」があるからこそ「変化が見える」。毎日の生活では「変化に気づきにくい」。だが「年に1回の正月」に「去年と比べてどうか」を確認すれば「1年間の変化」が可視化される。正月は「人生の定点観測地点」だ。「毎年同じ場所に立って、同じ方向を見る」。見える景色は「毎年少しずつ違う」。22歳の景色は「希望と不安」。30歳の景色は「絶望」。35歳の景色は「回復の兆し」。40歳の景色は「NISAの芽吹き」。45歳の景色は「穏やかな安定」。
50歳の景色は——まだ見えない。見えないが「想像はできる」。「NISAが200万円。手取りが24万円。もやし炒めがver.8。散歩が習慣。読書が年40冊」。この想像が「50歳の正月への期待」を生み、期待が「あと5年頑張る力」を生む。正月は「過去を振り返る日」であると同時に「未来を想像する日」だ。過去と未来の交差点。その交差点に「もやし炒め」がある。過去のもやし炒め(2808回の記憶)と未来のもやし炒め(あと何千回作れるだろう)。交差点のもやし炒めは——いつも通りの味。いつも通りが——最高だ。
第21章 「正月料理」の進化史——カップ麺からもやし炒め正月スペシャルver.5まで
22歳の正月料理は「母親のおせち」だった。自分で作る能力はゼロ。23歳も同じ。24歳で初めて「自分で正月の食事を用意する」必要に迫られ、コンビニのおにぎりを買った。25歳はコンビニおせち500円。「コンビニおせち」は「おせちの名前をつけた惣菜パック」であり、「伝統的なおせち料理」とは別物だ。黒豆。かまぼこ。伊達巻き。3品だけの「ミニおせち」。味は——「まあ、正月っぽい」。500円の正月っぽさ。
28歳。もやし炒めデビュー後の最初の正月。大晦日の夕食は「年越しもやし炒め」。「年越しそば」の代わり。年越しそばには「細く長く生きられるように」という意味がある。年越しもやし炒めには——「安く強く生き延びるように」という意味を自分でつけた。もやしは「安い」。もやし炒めは「強い(栄養がある)」。「安く強く」。これが自分の正月の願い。
35歳。年越しそばデビュー。乾麺のそば(198円)を初めて自分で茹でた。「茹ですぎてブヨブヨになった」のが最初の年。36歳で「茹で時間を30秒短くする」ことを学び、「コシのある年越しそば」が完成した。37歳でめんつゆに「ネギ」を加えた。38歳で「天かす」を加えた。39歳で「卵」を加えた。40歳で「かき揚げ(スーパーの半額品80円)」を加えた。年越しそばは「毎年1つずつトッピングが増える」進化を遂げた。45歳の年越しそばは「ネギ+天かす+卵+かき揚げ」の豪華版。材料費合計558円。「558円の豪華年越しそば」。店で食べれば800〜1000円する品質。「自炊スキルの23年間の成長」が年越しそばの進化に凝縮されている。
もやし炒め正月スペシャルの進化。ver.1(45歳):もやし炒め+紅白かまぼこ。見た目に「正月感」。ver.2(予定):もやし炒め+紅白かまぼこ+伊達巻き(スーパーの半額品)。「おせちの要素」をもやし炒めに添える。ver.3(予定):もやし炒め+雑煮風(もやし炒めの上に餅を乗せて醤油をかける。「もやし炒め雑煮」)。ver.4(予定):もやし炒め+おせち三種盛り(黒豆・かまぼこ・栗きんとん。すべてスーパーの半額品)。ver.5(予定):もやし炒め+年越しそばの汁をかけた「もやし炒めそば」。「年越しそばともやし炒めの融合」。究極の正月料理。材料費は——全バージョン500円以内に収める。
第22章 「正月」と「目標設定」——元日に書いた目標の達成率を検証する
40歳以降、元日に「今年の目標」をノートに書いている。6回分の目標と達成率を振り返る。
40歳の目標。「NISAを月1万円積み立てる」→達成(12万円積立)。「月に2冊本を読む」→達成(年間28冊)。「散歩を毎日30分する」→部分達成(週5日。雨の日はサボった)。「体重を2kg減らす」→未達成(1kgしか減らなかった)。達成率:2.5/4=62.5%。
41歳の目標。「NISAを月1万円継続」→達成。「公務員試験の情報を集める」→部分達成(情報は集めたが勉強は始めなかった)。「もやし炒めの新バリエーションを10個開発する」→達成(12個開発)。「歯科検診を年2回受ける」→達成。達成率:3.5/4=87.5%。「もやし炒めの目標」は達成しやすい。「好きなことの目標」は達成率が高い。
42歳の目標。「NISAを月1万円継続」→達成。「エスシタロプラムを5mgから3mgに減薬する」→未達成(医師と相談の結果、まだ早いと判断)。「帰省を年2回する」→部分達成(1回しか帰省できなかった)。「スマートフォンの使用時間を1日2時間以内にする」→未達成(平均2時間30分)。達成率:1.5/4=37.5%。「減薬」と「スマホ制限」は難しい目標だった。
43歳の目標。「NISAを月1万円継続」→達成。「読書を年30冊」→達成(32冊)。「もやし炒め正月スペシャルを開発する」→達成(45歳の正月で実現)。「生活防衛資金を50万円にする」→部分達成(40万円まで到達)。達成率:3.5/4=87.5%。
44歳の目標。「NISAを月1万円継続」→達成。「公務員試験の勉強を始める」→部分達成(参考書を2冊買ったが、まだ本格的には始めていない)。「デジタル終活をする」→達成(エンディングノートのデジタルページを記入)。「推しを見つける」→未達成(まだ見つかっていない)。達成率:2.5/4=62.5%。
45歳の目標(今年)。「NISAを月1万円継続」。「公務員試験の勉強を本格開始」。「推しを見つける」。「もやし炒め正月スペシャルver.2を開発する」。達成率は——年末にならないとわからない。
6年間の目標の平均達成率:(62.5+87.5+37.5+87.5+62.5)÷5=67.5%。「目標の約7割を達成している」。100%ではないが「7割」は「悪くない」。「10割を目指して3割しか達成できない」より「7割を達成して3割を来年に持ち越す」ほうが精神衛生上良い。「7割の達成感」と「3割の課題」。このバランスが「来年もまた目標を書こう」のモチベーションになる。
第23章 「正月」と「初詣」——神社に行かない正月の過ごし方
初詣。正月に神社やお寺に参拝する日本の伝統行事。だが自分は——ほとんど行っていない。23回の正月のうち初詣に行ったのは推定5〜6回。そのうち4回は「実家に帰省したとき親と一緒に行った」。東京で「一人で初詣に行った」のは1〜2回。
一人で初詣に行かない理由。理由1は「混雑が嫌い」。正月の神社は「1年で最も混雑する場所」。パーソナルスペースがゼロ。満員電車と同じストレス。「通勤電車で毎日ストレスを受けている人間が、わざわざ休日に同じストレスを受けに行く」のは不合理。理由2は「一人で初詣に行くのが惨めに感じる」。周囲は「家族連れ」「カップル」「友人グループ」。一人で参拝している人は——少数派。少数派であること自体は問題ないが「周囲の幸せそうな集団」の中にいる「一人の自分」の対比が精神に堪える。理由3は「お賽銭が惜しい」。一般的なお賽銭は5円〜100円。5円なら「もやし炒め0.17食分」。100円なら「もやし炒め3.3食分」。「3.3食分のもやし炒めを神様に捧げる」のは——「神様よりもやし炒めを優先する」自分がいる。信仰心の欠如ではなく「生存本能の発露」。
「初詣に行かない正月」でも「新年の祈り」は持っている。元日の朝、もやし炒めを作りながら「今年も生き延びられますように」と心の中で祈る。祈りの対象は「神様」ではなく「自分自身」。「自分の体」「自分の精神」「自分のNISA」に祈る。「体よ、壊れないでくれ」「精神よ、折れないでくれ」「NISAよ、減らないでくれ」。この「自己への祈り」が「もやし炒め初詣」。お賽銭は0円。ご利益は——もやし炒めが美味いこと。
第24章 「正月」と「年賀状」——出すのをやめた日、届かなくなった日
年賀状。日本の正月の伝統。だが年賀状の発行枚数は減少を続けている。自分も「年賀状を出さなくなった」一人だ。22〜25歳:年賀状を20〜30枚出していた。大学の友人。高校の同級生。親戚。26〜30歳:年賀状が15枚に減った。「返事が来ない人」をリストから外した。31〜35歳:年賀状が5枚に減った。「本当に出したい人」だけに絞った。36歳以降:年賀状をゼロにした。LINEで「あけましておめでとう」を送る方式に変更。
年賀状をやめた理由。理由1は「コスト」。年賀状1枚63円(2024年時点)。20枚出せば1260円。1260円はもやし炒め42食分。「42食分のもやし炒めを年賀状に使う」のは「コスパが悪い」。理由2は「返事が来ない寂しさ」。20枚出して返事が来るのが10枚。「10人に無視された」感覚。「無視された感覚」は正月の幸福度を確実に下げる。理由3は「書くことがない」。「今年もよろしくお願いします」以外に何を書けばいいか。「手取り16万円で頑張っています」?「もやし炒めを2808回作りました」?「NISAが90万円になりました」?——どれも年賀状に書く内容ではない。
「年賀状が届かなくなった日」。36歳で年賀状を出すのをやめた。翌年(37歳の正月)。ポストを見る。年賀状が——1枚もない。「0枚」。元旦のポストが空っぽ。「去年まで5枚来ていた年賀状」が「0枚」になった。「自分が出さなければ、相手も出さない」。当然の結果。だが「0枚のポスト」は「社会的なつながりのゼロ」を可視化した。「自分は誰ともつながっていない」。この事実がポストの中の「空白」として目に見える形になった。
「年賀状のゼロ」を「悲しい」と思うか「楽になった」と思うか。両方。「悲しい」のは「つながりが消えたから」。「楽になった」のは「義務感が消えたから」。年賀状は「楽しいから出す」ものではなく「出さなければ失礼だから出す」ものだった。「義務」が消えたことの解放感。解放感が悲しさを上回る。「年賀状を出さない自由」を手に入れた。自由は——もやし炒め42食分の価値がある。
第25章 「正月」と「テレビ」の別れ——紅白をラジオで聴く生活
テレビを処分したのは33歳のとき。NHK受信料の節約のために。年間約1万3000〜2万6000円の節約。以降、正月のテレビ番組は「ラジオ」で聴いている。紅白歌合戦はNHKラジオ第1で完全中継される。箱根駅伝は文化放送とニッポン放送で中継される。「テレビがなくても正月番組は楽しめる」。
「ラジオで紅白を聴く」体験は「テレビで紅白を見る」体験とは「まったく別のもの」だ。テレビでは「歌手の衣装」「ステージの演出」「審査員の表情」が見える。ラジオでは「歌声」だけが聞こえる。「歌声だけ」の紅白は——「歌の本質」に集中できる。「この人、歌うまいな」が「衣装やパフォーマンスに惑わされず」に判断できる。ラジオの紅白は「音楽好き」にとっては「テレビより贅沢な体験」かもしれない。
箱根駅伝のラジオ中継。テレビなら「選手が走っている映像」が見える。ラジオでは「実況アナウンサーの声」だけ。「○○選手がスパートをかけました!後ろとの差が縮まっています!あと500メートル!」。アナウンサーの声の「熱量」だけで「レースの展開」を想像する。「想像する余地がある」のがラジオの魅力。テレビは「すべてを見せてくれる」が「想像する余地がない」。ラジオは「声だけ」だが「想像で映像を補完する」。想像で補完された映像は「テレビの映像より鮮明」な場合がある(自分の脳が「見たい映像」を作るから)。
「テレビなしの正月」を12年間続けている。12年間で「テレビが恋しい」と思ったことは——「ない」。ラジオで十分。radikoで十分。スマートフォンのradikoアプリで「もやし炒めを作りながら紅白を聴く」。台所で。フライパンの音と紅白の歌声が混ざる。「もやし炒めBGM:紅白歌合戦」。年に1回だけの特別なBGM。このBGMでもやし炒めを作る大晦日が——「自分の正月の最高の瞬間」だ。
第26章 「正月」と「SNS」——元旦のタイムラインを見る恐怖
元旦の朝。スマートフォンを開く。SNSのタイムラインに「新年の投稿」が溢れている。「家族で初詣に行きました」「今年の目標は○○です」「新年あけましておめでとうございます!今年もよろしく!」。キラキラしている。幸せそう。
自分の元旦。6畳のワンルーム。一人。もやし炒め。発泡酒。壁に向かって「あけましておめでとう」。このリアルとSNSのタイムラインの「落差」が——正月で最もメンタルに堪える瞬間だ。「家族で初詣」vs「壁に向かっておめでとう」。「今年の目標は海外旅行」vs「今年の目標はNISA12万円」。「新年会で20人集まりました」vs「友達ゼロ」。
対策は「元旦にSNSを見ない」。元旦だけは「スマートフォンを引き出しにしまう」。SNSを見なければ「比較」が起きない。比較が起きなければ「落差」を感じない。落差を感じなければ「惨めさ」がない。「元旦はSNS断食の日」と決める。代わりに「本を読む」「散歩に出る」「ノートに今年の計画を書く」「もやし炒めのバリエーションを考える」。これらの「自分に集中する行為」で元旦を過ごす。「他人の正月」ではなく「自分の正月」を生きる。
「SNSを見ない元旦」を始めてから正月の幸福度が「1〜2ポイント上がった」実感がある。「見ないだけで幸福度が上がる」。0円の幸福度向上策。「SNSを見ない」は「もやし炒め0食分のコスト」で「幸福度2ポイントの上昇」を生む。コスパ無限大。
第27章 「正月」と「死」——「今年が最後の正月かもしれない」という意識
45歳。平均寿命まであと36年。「あと36回の正月」。36回は多いようで少ない。「22回の正月を振り返ったら、あっという間だった」。残りの36回も「あっという間」だろう。「あと36回しかない正月」を「どう過ごすか」。毎年の正月が「最後の正月かもしれない」と意識したとき、「正月の過ごし方」が変わる。
「最後の正月」を意識すると何が変わるか。変化1は「もやし炒めを丁寧に作る」。「最後のもやし炒め正月スペシャルかもしれない」と思えば、もやしの炒め加減に「いつも以上の注意」を払う。醤油の量を「いつもより少しだけ多く」する(減塩は一旦忘れる。最後の正月なら)。変化2は「発泡酒を味わって飲む」。「最後の正月の発泡酒」なら「一気飲み」ではなく「ゆっくり味わう」。プシュッ。ゴクッ。ゴクッではなく「チビッ」。1口ずつ。変化3は「壁への『あけましておめでとう』を心を込めて言う」。「最後かもしれない『あけましておめでとう』」を壁に向かって言う。壁は答えない。だが「心を込めて言った自分」は「少しだけ温かい」。
「毎年の正月を『最後の正月』として過ごす」。これは「悲観」ではなく「覚悟」だ。「最後かもしれない」と思うことで「今の正月の価値」が上がる。「当たり前の正月」が「かけがえのない正月」に変わる。もやし炒め60円が「60円以上の価値」を持つように、「毎年来る正月」が「二度と来ないかもしれない正月」として輝く。
「最後の正月」に何を食べるか。もやし炒め正月スペシャル。年越しそば。発泡酒。「いつもと同じ」。「いつもと同じ」が「最高の選択」。特別なことをする必要はない。「いつもの正月」を「いつも通り」過ごす。「いつも通り」が「最高の贅沢」。手取り16万円の人間にとって「いつも通り」は「何も変わらなかった=危機がなかった=生き延びた」の証拠。「いつも通りの正月」は「サバイバルの勝利宣言」だ。
第28章 「正月」と「世代」——氷河期世代の正月は他の世代とどう違うか
バブル世代(1965〜1970年生まれ)の正月。家族で温泉旅行。おせちは百貨店の高級おせち(2〜5万円)。子どもにお年玉を配る。正月の予算:5〜10万円。氷河期世代の正月。6畳のワンルームで一人。もやし炒め正月スペシャル703円。正月の予算:700〜1000円。「予算差:約100倍」。100倍の差が「同じ正月」に存在する。
Z世代(2000年代生まれ)の正月。「帰省」よりも「カウントダウンイベント」に行く。友人と「年越しパーティー」。SNSに「あけおめ」投稿。初詣は「写真映えする神社」を選ぶ。正月の予算:1〜3万円。「SNS映え」が正月の重要な要素。氷河期世代にとってSNSは「見ると病む装置」であり「正月の天敵」。Z世代にとってSNSは「正月の主役」。
「氷河期世代の正月」の特徴。特徴1は「一人で過ごす確率が高い」(65%)。特徴2は「予算が極端に少ない」(平均464円)。特徴3は「『いつもと同じ』が最高の贅沢」。特徴4は「NISAの残高確認が元日の儀式」。特徴5は「もやし炒めが正月料理」。これらの特徴は「他の世代にはない」独自のものであり、「氷河期世代の正月文化」と呼べるかもしれない。「もやし炒め正月スペシャル」は「おせち」「雑煮」と並ぶ「日本の正月料理の一つ」——になるのは無理があるが、少なくとも「氷河期世代の正月料理」としては「正統な一品」だ。
第29章 「正月の音」——22年間で変わった正月の音風景
22歳の正月の音。実家のテレビの音。紅白の歌声。除夜の鐘(近所のお寺から聞こえた)。母親の「おめでとう」の声。父親の「今年もよろしく」の声。「家族の声に包まれた正月」。
30歳の正月の音。ワンルームの沈黙。テレビの紅白の音。隣の部屋の住人が友人と騒いでいる声(壁が薄い)。「自分の部屋の沈黙」と「隣の部屋の賑やかさ」のコントラスト。このコントラストが「孤独の音」だ。
45歳の正月の音。radikoの紅白の音声。もやし炒めの「ジュージュー」。年越しそばの湯の「グツグツ」。発泡酒の「プシュッ」。「自分が作る音」で満たされた正月。「テレビの音」から「自分の音」へ。「受動的な音環境」から「能動的な音環境」へ。22年間で「正月の音」が変わった。変わった方向は「外の音→自分の音」。「外の世界の音に包まれる正月」から「自分の生活の音に包まれる正月」へ。どちらが「豊か」かは人による。だが「自分の音で満たされた正月」は「自分の力で作った正月」であり、「誰かに作ってもらった正月」より「自己効力感が高い正月」だ。
「ジュージュー」「グツグツ」「プシュッ」。この3つの音が「45歳の正月のサウンドトラック」。映画なら「エンディングテーマ」に使われるような——壮大な音楽ではない。フライパンと鍋と缶の音。だがこの「ささやかな音」が「23年間の正月の到達点」だ。カップ麺の「お湯を注ぐ音」から「もやし炒めのジュージュー」まで。23年間の「食の進化」が「正月の音の進化」に重なる。来年の正月の音は——たぶん同じ。「ジュージュー」「グツグツ」「プシュッ」。同じ音が「安心」だ。
結論——「24回目の正月」に向けて
来年の正月。46歳。24回目の「社会人としての正月」。NISAの残高を確認する。もやし炒め正月スペシャルver.2を開発する。年越しそばを茹でる。発泡酒で乾杯する。「あけましておめでとう、自分。今年もよく頑張った」。壁に向かって言う。壁は答えない。だが「言った自分」は少しだけ温かい。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

