職場で自分だけ契約形態が違うことを知った瞬間のこと
全員同じだと思っていた
その職場に入って3ヶ月目のことだ。
小さなオフィスだった。社員数は10人程度。私は派遣社員として配属されたが、他のメンバーがどういう雇用形態なのかは知らなかった。知る必要もないと思っていた。同じフロアで、同じ仕事をしている。朝礼にも一緒に出る。ランチも一緒に食べることがある。全員が同じチームのメンバーだと思っていた。
それが崩れたのは、ある日のランチタイムだった。
隣のデスクの山田さん(仮名)が、弁当を食べながら言った。「今年のボーナス、少なくない?」。向かいの佐藤さん(仮名)が答えた。「うちの部署はまあまあだったよ、2.5ヶ月分」。山田さんが「え、うちは2ヶ月だったんだけど」。佐藤さんが「評価の差かもね」。
ボーナス。2ヶ月分。2.5ヶ月分。
私にはボーナスがない。ゼロ。派遣社員だから。時給×労働時間。それだけ。ボーナスという概念が、私の給与体系には存在しない。
二人の会話を聞きながら、弁当を食べる手が止まった。止まったことに気づかれないように、すぐに箸を動かした。何事もなかったように。だが頭の中では、高速で計算が回っていた。「月給25万円×2.5ヶ月=625000円。彼らはボーナスだけで62万円もらっているのか。私の3ヶ月分の手取りに相当する」。
知ったのは「差」ではなく「壁」
あの日から、職場の風景が変わった。物理的には何も変わっていない。同じデスク、同じパソコン、同じ蛍光灯。だが心理的には、見えない壁が現れた。
正社員と派遣社員の壁。
壁はずっとそこにあったのだろう。私が気づいていなかっただけだ。ボーナスの会話で、壁の存在が可視化された。可視化されたら、もう見えないふりはできない。
壁の向こう側にいる正社員は、ボーナスがある。昇給がある。退職金がある。有給休暇が取りやすい。研修に参加できる。会議に呼ばれる。意思決定に関わる。キャリアパスがある。
壁のこちら側にいる派遣社員は、それらがない。時給で働く。契約は数ヶ月単位。昇給はほぼない。退職金はない。有給はあるが取りにくい空気がある。研修は対象外のことが多い。会議に呼ばれないことがある。意思決定には関わらない。キャリアパスは存在しない。
同じ仕事をしているのに。同じフロアにいるのに。同じ朝礼に出ているのに。壁の向こうとこちらで、条件がこれだけ違う。
「同一労働同一賃金」の建前
「同一労働同一賃金」という言葉がある。同じ仕事をしているなら、同じ賃金を払うべきだという原則。法律でも、正規と非正規の不合理な待遇差は禁止されている。
だが「同一労働」の定義が曖昧だ。正社員と派遣社員が「同じ仕事」をしているかどうかは、見る角度によって変わる。「正社員には責任がある」「正社員にはマネジメントの期待がある」「正社員には配置転換の可能性がある」。これらの「違い」を理由に、待遇差は「合理的」と見なされる。
合理的。確かに、責任の範囲は違うかもしれない。正社員は会社全体の業績に対して責任を負い、派遣社員は契約範囲の業務に対してのみ責任を負う。だがデータ入力のスピードは同じだ。電話応対の質は同じだ。書類作成の正確さは同じだ。目の前の仕事は同じなのに、報酬が違う。
同一労働同一賃金は、建前としては素晴らしい原則だ。だが建前と実態の間には、壁と同じくらいの厚さの乖離がある。
ボーナス時期の振る舞い方
ボーナスの時期が来ると、職場の空気が微妙に変わる。
正社員は少しそわそわしている。「今年はいくらだろう」「去年より上がるかな」。期待と不安の入り混じった空気。支給日が近づくと、ちょっとだけ顔がほころぶ。支給日当日は、みんな少しだけ機嫌がいい。「今年はまあまあだった」「去年より少し上がった」。こういう会話が、昼休みのあちこちで聞こえる。
私は、この空気の中で、何も感じていないフリをする。「ボーナスの話は自分には関係ない」という顔で、自分のデスクに向かう。パソコンの画面を見つめる。データを入力する。ボーナスのある人々の幸せな空気を、背中で感じながら。
一番きつかったのは、ある正社員に「○○さんも、ボーナス出たでしょ?」と無邪気に聞かれたときだ。その正社員は、私が派遣社員だということを忘れていた。忘れるくらい、私が職場に馴染んでいた。馴染んでいたことは嬉しいが、「ボーナス出たでしょ?」には答えようがない。
「私、派遣なんで、ボーナスはないんです」。笑顔で答えた。相手は「あ、そうだったね、ごめん」と気まずそうに言った。この気まずさが、場に流れる。気まずさを解消するために、すぐに別の話題を振った。「そういえば、あの案件の件ですけど」。仕事の話に切り替えることで、空気をリセットする。
このリセット操作を、ボーナスの時期に毎回やっている。年に2回。何年も。リセットが上手になった。上手になったことを、褒められたくはない。
忘年会の会費問題
契約形態の違いが表面化するもう一つの場面が、忘年会だ。
忘年会の会費が5000円だとする。正社員にとっての5000円と、派遣社員にとっての5000円は、重さが違う。正社員はボーナスが出た直後の12月。5000円は痛くない。派遣社員はボーナスがない12月。5000円は月の自由裕度の数パーセントを占める。
一部の職場では、正社員と派遣社員で会費に差をつけてくれるところもある。「派遣さんは3000円でいいよ」。これは配慮だ。ありがたい配慮だが、「派遣さん」と括られる瞬間に、壁が可視化される。
配慮されることと、差別されることは、紙一重だ。配慮は善意。善意は受け取るべき。受け取るが、受け取るたびに「自分は違うカテゴリの人間なんだ」と確認させられる。確認のたびに、壁の存在が強化される。
壁と共存する技術
この壁は、壊せない。少なくとも、私個人の力では壊せない。制度が変わらない限り、正社員と非正規の壁は存在し続ける。
壊せないなら、共存するしかない。壁があることを受け入れた上で、壁のこちら側でできることをやる。できる仕事を着実にこなし、時給分の価値を発揮し、契約期間を全うする。
壁の向こうを羨んでも、こちらの時給は上がらない。羨む時間があるなら、目の前の仕事に集中するほうが、精神衛生上はましだ。集中しているときは、壁のことを忘れられる。忘れられる時間が長いほど、一日が楽だ。
ただし、壁を「忘れる」ことと「受け入れる」ことは違う。忘れるのは一時的な回避だ。受け入れるのは、壁の存在を認めた上で、それでも自分の価値を信じることだ。壁のこちら側にいるからといって、自分の価値が壁の向こう側の人間より低いわけではない。雇用形態は異なるが、人間としての価値は同じだ。この信念を、毎日自分にリマインドしている。
リマインドしなければ忘れそうになるから、リマインドする。壁が強固であるほど、リマインドの頻度を上げる。上げないと、壁に飲み込まれて、自分の価値を見失う。見失ったら、立ち直るのに時間がかかる。だからリマインドする。毎日。「お前の価値は、雇用形態で決まらない」と。
このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。職場で契約形態の壁を感じたことがある人は、きっと少なくないはずです。
