ハローワークの相談員に顔を覚えられるほど通った記録

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ハローワークの相談員に顔を覚えられるほど通った記録

最初の来所

ハローワークに初めて行ったのは、大学卒業の翌年だった。23歳。就職できないまま卒業し、数ヶ月のアルバイトを経て、「ちゃんと仕事を探さなければ」と思い立った。

ハローワークの建物は、想像していたより地味だった。役所のような蛍光灯。プラスチックの椅子。番号札を取って待つ。呼ばれるまで30分。呼ばれて窓口に座る。「お仕事をお探しですか」「はい」。求職登録の手続き。住所、学歴、職歴、希望職種、希望年収。書類に記入して提出。ハローワークカードが発行される。

この日が、20年以上にわたるハローワーク通いの始まりだった。

通い始めた頃

23歳から25歳。週に2回はハローワークに通っていた。

求人検索機の前に座り、条件を入力する。職種:一般事務。勤務地:都内。雇用形態:正社員。年収:200万円以上。検索ボタンを押す。結果が表示される。20件、30件。一つずつ詳細を見る。条件に合いそうなものがあれば、求人票を印刷して窓口に持っていく。

窓口で相談員に見せる。「この求人に応募したいのですが」。相談員が企業に電話する。「はい、まだ募集しています」「では、応募書類を送ってください」。または「申し訳ありません、すでに充足しています」。すでに充足。何度この言葉を聞いただろう。求人票はまだ掲載されているのに、すでに募集が終わっている。タイムラグ。このタイムラグに何度も翻弄された。

応募できた場合、履歴書と職務経歴書を送る。書類選考の結果を待つ。1週間、2週間。不採用の通知が届く。次の求人を探す。ハローワークに行く。求人検索機に座る。同じ作業の繰り返し。

顔を覚えられた日

通い始めて半年ほど経ったある日、窓口に行くと相談員が言った。

「あ、○○さん、こんにちは」。

名前で呼ばれた。番号札の番号ではなく、名前で。相談員が私の顔と名前を覚えていた。

これは嬉しいことなのか、悲しいことなのか。一瞬考えた。結論:悲しい。

相談員に顔を覚えられるということは、それだけ頻繁に通っているということだ。頻繁に通っているということは、仕事が見つかっていないということだ。仕事が見つかっていないことを、相談員が知っている。知っているから、名前を覚えた。名前を覚えてもらえたのは、自分が「常連」になったからだ。

ハローワークの常連。この肩書きは、どのポジションにも載らない。載らないが、確かに存在する。常連客。リピーター。毎週来る人。相談員にとって、私は「いつもの人」になっていた。

相談員との関係

20年間で、何人もの相談員と接してきた。ハローワークの相談員は異動があるので、担当者が変わることがある。変わるたびに、一から関係を築き直す。

相談員にもいろいろなタイプがいた。

「事務的タイプ」。求人票を見て、条件を確認し、応募手続きをする。それ以上のことはしない。「次の方、どうぞ」。効率的だが、冷たく感じる。

「アドバイスタイプ」。求人票だけでなく、キャリアの方向性について助言してくれる。「こういう業界はどうですか」「この資格を取ると有利ですよ」。ありがたいが、助言が的外れなこともある。相談員は私の人生の全体像を知らない。知らないまま助言するから、ズレることがある。

「傾聴タイプ」。話を聞いてくれる。愚痴も聞いてくれる。「大変ですね」「頑張っていらっしゃいますね」。この一言が、予想以上に心に沁みる。ハローワークの窓口で「頑張っていますね」と言ってもらえるのは、転職エージェントに「厳しい年齢ですね」と言われるのとは、真逆の体験だ。

最も印象に残っている相談員は、40代くらいの女性だった。私が3回目に窓口に行ったとき、彼女はこう言った。「○○さん、前回の応募先、結果はどうでしたか」。前回の応募先を覚えていてくれた。覚えていて、結果を気にかけてくれた。「残念ながら不採用でした」と答えると、「そうでしたか。でも、応募し続けていることがすごいですよ」と言ってくれた。

「応募し続けていることがすごい」。この言葉に、少し泣きそうになった。100社落ちても応募し続けることを、「すごい」と言ってくれた人は、彼女が初めてだった。

ハローワークの風景

ハローワークの待合室には、独特の空気がある。

蛍光灯の白い光。プラスチックの椅子に座る人々。スーツ姿の人、カジュアルな服装の人、作業着の人。年齢もバラバラ。20代から60代まで。全員が「仕事を探している」という共通点だけで、この空間に集まっている。

目を合わせない。ハローワークの待合室では、誰も目を合わせない。自分がここにいることを、あまり人に知られたくない。知られたくないから、視線を避ける。みんなスマートフォンを見ているか、求人票を見ているか、天井を見ている。

この空間には、連帯感があるようでない。同じ境遇にいるのに、お互いに話しかけない。話しかけない理由は、自分の弱みをさらしたくないからだろう。ハローワークにいること自体が弱みだ。弱み同士を見せ合うのは、辛い。だから黙って座っている。黙って座って、番号を呼ばれるのを待つ。

この空間を、20年間、何百回と訪れてきた。最初は居心地が悪かった。だが何百回も来ると、居心地の悪さに慣れる。慣れると、ハローワークが「第二の居場所」のようになってくる。居場所というのは大げさだが、「定期的に通う場所」ではある。図書館のように。スーパーのように。ハローワークのように。

エージェントとの違い

転職エージェントとハローワークを、両方使ってきた。その違いを書いておく。

エージェントは「選ぶ」。私を商品として見て、売れるかどうかを判断する。売れないと判断されたら、扱ってもらえない。年齢が高い、経歴が薄い、年収が低い。これらの理由で「お力になれません」と門前払いされる。

ハローワークは「拒まない」。誰が来ても受け付ける。年齢も経歴も関係なく、求職者として登録すれば、求人を紹介してもらえる。門前払いはない。どんな属性の人間でも、窓口に座れば相談できる。

この「拒まなさ」が、ハローワークの最大の美点だ。エージェントに「厳しい年齢ですね」と言われた人間が、最後にたどり着く場所がハローワークだ。最後の砦。セーフティネット。

もちろん、ハローワークの求人の質はピンキリだ。エージェントが扱うような大企業の求人は少ない。中小企業が中心。条件も、エージェント経由より劣ることが多い。だが「あること」が大事だ。求人がある。応募できる。面接を受けられる。この「できる」が、自分を前に進める原動力になる。

20年通って思うこと

20年以上ハローワークに通って、何が変わったか。

ハローワーク自体は、少しずつ変わった。求人検索がタッチパネルになった。オンラインでも求人が見られるようになった。窓口の対応も、以前より丁寧になった気がする。氷河期世代向けの専門窓口ができた(前のエッセイで書いた通り、効果は限定的だが)。

私自身は、あまり変わっていない。20年前と同じように求人を探し、応募し、落ち、また探す。変わったのは年齢だけだ。23歳の求職者が、45歳の求職者になった。窓口に座る姿勢は同じ。「お仕事をお探しですか」「はい」。このやり取りも同じ。

ただ、20年前と一つだけ違うことがある。相談員が名前で呼んでくれるようになった。覚えてもらえた。覚えてもらえたのは、通い続けたからだ。通い続けたのは、仕事が見つからなかったからだ。悲しい理由で覚えてもらえた。だが覚えてもらえたこと自体は、少しだけ嬉しい。

名前で呼ばれるということは、「存在が認識されている」ということだ。匿名の番号札ではなく、名前を持った人間として扱われている。この認識が、ハローワークの蛍光灯の下で、ほんの少しだけ温かい。

明日もまた行くかもしれない。行けば、「○○さん、こんにちは」と言ってもらえるかもしれない。言ってもらえなくても、窓口に座れば求人を紹介してもらえる。それだけで、十分だ。十分だと思えるようになったのが、20年の成果だ。成果と呼ぶには寂しいが、ゼロではない。ゼロではないものを、成果と呼ぶ。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。ハローワークに通い続けた経験がある人は、きっと少なくないはずです。

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