氷河期世代の「夢」の変遷——22歳の夢は「正社員になること」だった。45歳の夢は「もやし炒めを明日も食べること」

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はじめに——「夢」は「縮小」したのか「進化」したのか

「将来の夢は何ですか」。小学校の卒業文集に書いた。「サッカー選手」。中学校の進路希望調査に書いた。「大学に行って、いい会社に入る」。大学の就職活動で思った。「正社員になれればいい。どこでもいい」。22歳の夢は「正社員になること」だった。「正社員」が「夢」。サッカー選手や宇宙飛行士ではなく「正社員」。この時点で「夢のスケール」が大幅に縮小していた。そして100社不採用。「正社員になる」夢すら叶わなかった。

45歳の今。夢は何か。「もやし炒めを明日も食べること」「発泡酒が冷えていること」「NISAが減らないこと」「散歩ができる健康であること」。これらは「夢」と呼べるのか。「願望」か。「生存条件」か。「夢」の定義が——22年間で変わった。「夢=大きな目標」から「夢=明日の安全」に。「夢が縮小した」と嘆くべきか。「夢が現実的になった」と肯定すべきか。

第1章 22歳の夢——「正社員になれれば、それでいい」

2001年。大学4年生。就職活動の真っ只中。求人倍率0.99倍。「正社員になること」が夢だった。「大企業」は望まない。「中小企業」でもいい。「ブラック企業」でもいい。「とにかく正社員になりたい」。この「とにかく」に22歳の絶望が凝縮されている。「とにかく」は「選り好みする余裕がない」の別名だ。

100社受けた。すべて不採用。「夢が叶わなかった」。だが「夢が叶わなかった」のではなく「夢を叶える椅子がなかった」。自分の能力不足ではなく、椅子の数が足りなかった。「夢が叶わない」のと「夢を叶える環境がない」のは根本的に違う。前者は「個人の問題」。後者は「社会の問題」。22歳の自分は「個人の問題」だと思い込んでいた。「自分がダメだから正社員になれなかったんだ」。この誤認が「自己責任論の内面化」であり「23年間の自己否定」の出発点だった。

第2章 25歳の夢——「せめて手取り18万円」

25歳。派遣社員として3年。手取り14万円。「せめて手取り18万円あれば」。18万円。正社員の初任給の手取りと同程度。「正社員と同じ手取りがあれば、もう少し楽に暮らせるのに」。夢が「正社員」から「18万円」に変わった。「肩書き」ではなく「金額」に。「18万円」は「正社員」より「具体的」であり「計測可能」であり「達成基準が明確」。だが「達成手段がない」。派遣社員の時給は「派遣先が決める」のであり「自分では変えられない」。「変えられない夢」は「夢」ではなく「祈り」だ。祈り続けた。手取りは14万円のまま。

第3章 30歳の夢——「借金を返す」

30歳。消費者金融の借金3万円。リーマンショック後の空白期間で借りた。「夢は借金を返すこと」。「借金を返す」が「夢」になるとは22歳のとき想像もしなかった。「夢」のスケールが「サッカー選手→正社員→18万円→借金返済」と縮小した。縮小の速度は加速している。「5年ごとにスケールが半分になる」。このペースなら40歳で夢は「もやし炒めを食べる」レベルになる。——なった。

借金は31歳で完済した。「3万円を返し終わった」達成感は——「NISAの90万円を達成したとき」に匹敵する。金額は比較にならないが「借金ゼロの状態に戻った」安堵感は「90万円を持っている安心感」と同質だった。「マイナスからゼロ」と「ゼロからプラス90万」。「ゼロに到達する喜び」は「プラスに到達する喜び」と同じくらい大きい。

第4章 35歳の夢——「貯金100万円」

35歳。奨学金を完済(33歳で完済)した後の「新しい夢」。「貯金100万円」。生まれて初めての「蓄える夢」。それまでの夢は「返す」(借金)や「得る」(正社員、18万円)だった。「蓄える」は「守る」に近い。「100万円を貯金する」は「100万円分の安全を蓄える」こと。

100万円に到達したのは42歳。7年かかった。月1万円の貯金×84ヶ月=84万円+NISAの評価益等で100万円到達。「7年間の夢が叶った」。100万円のATM残高を見て「目が潤んだ」のは内緒だ。100万円。もやし炒め3万3333食分。91年分。「91年分のもやし炒めが口座にある」。この安心感は——言葉にならなかった。

第5章 40歳の夢——「NISAで老後を守る」

40歳。NISAを始めて2年。「NISAで老後の生活費を確保する」が新しい夢になった。目標:65歳までに400万円。月1万円×25年×年利5%=約596万円(理想)。「596万円!」。手取り16万円の人間にとって596万円は「天文学的な数字」に見えるが「複利の力」が実現してくれる。「時間が夢を叶える」。この認識が「もしもっと早く始めていたら」の後悔と「今からでも遅くない」の希望を同時に生んだ。

40歳の夢のスケール。「NISAで400〜600万円」。22歳の「正社員」、25歳の「手取り18万円」と比べると「金額的にはスケールが大きい」。だが「夢の質」が変わった。22歳の夢は「今すぐ叶えたい」。40歳の夢は「20〜25年後に叶えばいい」。「即時の夢」から「長期の夢」へ。「長期の夢」は「忍耐の夢」であり「もやし炒めを毎日食べ続ける夢」であり「発泡酒を毎日1本に抑える夢」であり「月1万円をNISAに入れ続ける夢」。「毎日の地味な行為」が「夢の実現手段」になった。

第6章 45歳の夢——「もやし炒めを明日も食べること」

45歳。今の夢。「もやし炒めを明日も食べること」。「発泡酒が明日も冷えていること」。「散歩ができる健康であること」。「NISAが明日も減っていないこと」。これらは「夢」か。「生存条件」ではないか。生存条件が「夢」と同義になった。「生きていること自体が夢の実現」。

「小さすぎる」と思うかもしれない。「もやし炒めを食べることが夢って、それ夢じゃなくて日常でしょ」。そうだ。日常だ。だが「日常が続くこと」を「当たり前」と思えない人間にとっては「日常が続くこと」が「夢」になる。「明日も派遣先があるかわからない」「来月の家賃が払えるかわからない」「体がいつ壊れるかわからない」。これらの「わからない」の中で「もやし炒めを明日も食べられる」のは「確実ではない」。確実でないものを「願う」のは「夢」の定義そのものだ。

第7章 「大きな夢」と「小さな夢」——どちらが幸福か

22歳の「正社員になりたい」は「大きな夢」。45歳の「もやし炒めを明日も食べたい」は「小さな夢」。どちらが「幸福」をもたらすか。

「大きな夢」の問題点。達成できない確率が高い。100社不採用。「大きな夢×低い達成確率=大きな挫折」。大きな挫折は精神を壊す。22歳の自分がストレス性胃炎になったのは「大きな夢が壊れたショック」が原因だ。

「小さな夢」のメリット。達成できる確率が高い。もやし炒めを明日食べる確率は99%以上(スーパーが営業している限り)。「小さな夢×高い達成確率=小さな達成感」。小さな達成感は毎日得られる。毎日得られる達成感は「精神の安定剤」。「大きな挫折を1回」より「小さな達成感を365回」のほうが「年間の幸福度の合計」が高い。

心理学の研究でも「小さな目標を繰り返し達成する」ほうが「大きな目標を1回達成する」より「持続的な幸福感」が得られることが示されている。「もやし炒めを食べた。達成。発泡酒を飲んだ。達成。散歩した。達成。NISAの積立ができた。達成」。1日に4回の「小さな達成」。年間1460回。「1460回の達成感」は「1回の大きな達成感」を上回る。

「夢が縮小した」のではない。「夢が分散した」のだ。「1つの大きな夢」が「365個の小さな夢」に分散した。「分散投資」と同じ原理。「1つの銘柄に全額投資」はリスクが高い。「365の銘柄に分散投資」はリスクが低い。夢の「分散投資」が「精神のリスク管理」として機能している。NISAのインデックスファンドが「分散投資」であるように、もやし炒めの日々は「夢の分散投資」だ。

結論——「もやし炒めを明日も食べる」は「世界で最も実現可能な夢」

22歳の夢:正社員。実現確率:10%以下(求人倍率0.99倍の年)。25歳の夢:手取り18万円。実現確率:20%程度。30歳の夢:借金返済。実現確率:90%(返済計画通りに返せばほぼ確実)。35歳の夢:貯金100万円。実現確率:70%(7年間コツコツ貯めれば達成可能)。40歳の夢:NISAで老後を守る。実現確率:80%(月1万円を20年間続ければほぼ確実)。45歳の夢:もやし炒めを明日も食べる。実現確率:99%以上。

「夢の実現確率」は23年間で「10%→99%」に上昇した。「夢が縮小した」のは事実だが「夢の実現確率が上昇した」のも事実。「叶わない大きな夢」と「叶う小さな夢」。どちらを選ぶか。45歳の自分は「叶う小さな夢」を選ぶ。叶う夢は「幸福」を生む。叶わない夢は「挫折」を生む。「幸福の生産」と「挫折の生産」。どちらの工場を稼働させるか。もやし炒め工場を——稼働させる。毎日。60円で。世界で最も実現可能な夢を——毎日叶える。

このエッセイは、就職氷河期世代のひとりの個人的な記憶と感想に基づいています。

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